2013年04月15日

徹夜しなかっただけ自制が働いたものと

・日曜日は昼飯を食べながらAoD(Arsenal of Democracy)を始め,気づいたら12時間経っていたという失態で丸一日つぶしてしまった。気づいたら夕飯食ってないわ外は暗いわ日付変わってるわでちょっとびっくりした。やっぱりパラドゲーはアカン。
→ せっかくなので軽くAARを。自国イギリスで,米ソに頼らず日独伊撃破を目標に。41年中に北アフリカ,42年初にイタリア降伏,ギリシア・ユーゴ・ブルガリア解放まではほぼイギリス独力で出来たので満足しておきたい。史実通り41年6月に独ソ戦が始まったが,ドイツ軍がベラルーシくらいまで出張ったところでようやくアルプス山脈の軍が薄くなり,2年ほど早いノルマンディーで南北縦断しアルプスの部隊と合流,後はじりじりと押しつぶして43年夏までにヨーロッパ戦線は終結した。結果的にドイツ・オーストリアは完全に西側で独立,東側に吸収されたのはハンガリーとポーランド,チェコスロヴァキア,ルーマニアだけなので,史実よりも大分マシな鉄のカーテンになったと思う。やはりドイツは強く,ソ連の力を借りてしまった。しかしアメリカは出て来なかったしイタリアまでは完全に独力なので満足したい。
→ 日本戦もほぼ史実通りに開戦したが,日本が日中戦争に勝利し中華民国を併合してしまっていたため,広大な領土と膨大なマンパワーを得ており,ビルマ・タイ国境で英軍50個師団と日本軍(中身中国人)120個師団がにらみ合い続けるという一次大戦のような状況に陥る。物量差にもかかわらず持ちこたえたのは密林の地形効果と技術力格差なんだろう。
→ 一方,陸軍に気を回し過ぎたせいか,なんだか普段のAI日本よりも海軍が弱っちく,結果的に2年ほど早いレイテ沖海戦となり,適当に空母を5隻(4〜5型)ほど大西洋から回したらあっという間に壊滅してしまった。がんばって年代キャップを無視して6型の開発とか進めていたのに,完全な宝の持ち腐れである。レイテ沖で決戦になったように,東南アジアはほぼ無傷で終わり,日本軍がちょっとでも上陸したのはフィリピンとカリマンタン島だけであった。
→ あとは圧倒的な海軍優勢のもとちまちまと北上し,42年末にフィリピン奪還,43年夏に台湾・沖縄,夏から日本上陸して44年春に本土完全制圧。ところが日本降伏イベントが起きず(どっかでフラグを立て損ねたらしい),仕方なく朝鮮半島に上陸し,44年秋に朝鮮,45年初に満州国陥落。この頃物資不足でタイの日本軍が壊滅し,ようやくインドシナ戦線も動き始め,雲南・広州まで前線が北上した。そこから先は低い補給効率に苦しみながら挟み撃ちで進行し,結局46年夏に中国全土を制圧して併合,即日本と中華民国を衛星国で独立させた。こちらは米ソの力を借りずにほぼ完勝である。
→ 第三次世界大戦どうしようかな。さすがにちょっと疲れたし,赤い津波と戦う気力が……とか言いつつ核開発してやっちゃうんだよなぁ,というわけで今日も更新に気力がない(そわそわ)。



・キューピー人形は「反イスラム」 マレーシア政府が難色(朝日新聞)
→ うーん,よくわからない。
1.キューピッドが元ネタだから天使ではない 
2.よしんば同一視するとしても,これは偶像ではないし崇拝もされてない 
3.天使はイスラームでも信仰の対象(六信の一つ)
4.担当者交代での解釈変更。
→ イスラーム教は案外教義の解釈で融通がきく宗教ではあるが,逆に言えば担当者が変わればこうなる可能性はある。しかし,上記の4点から考えて,これはちょっと納得のいかない解釈の変更である。2年待ってくれるところからして袖の下とかでもなさそうだし,やっぱりわからない。


・豆腐に醤油をかけるが、どちらも大豆だ(デイリーポータルZ)
→ これは絶対グラコロネタでブコメが埋まっているに違いない!と勇んで開いてみたらそうでもなかったという。大豆も小麦も万能である。トウモロコシも粉にすれば汎用性が高い。その点,米はほぼそのまま食べられる分,加工には向かないか。近年なら米粉があるものの。


・「YAIBA」 最後の敵が最弱!?"バトル漫画の常識"に反する最終章の意義(アニメな日々、漫画な月日)
→ これは名考察で同意できる。最後の最後に,武器にもステータスにも頼らない戦いに持ち込むことで,逆説的に刃の成長を描いたんだなと。
→ 特に,YAIBAは武器の側に意志(のようなもの)があって,それに認められることでランクアップを表してきたところがあるので。龍神剣しかり覇王剣しかり。少年漫画的にはそれは楽しくて仕方なかったのだけど,じゃあ刃自身の成長ってどうなのかというのがわかりにくかったのもまた確かで。最後に木刀に戻ってきて,闘刃に行き着いたところがすばらしいと思う。


・「文字の美しさを極限まで追求した芸術です」アラビア書道家・本田孝一
→ 確かにアラビア文字は書道に向いていると思う。しかしこの場合,カリグラフィではないのかという疑問は残るが。どっちでも良いというか,兼ねていると言えるかな。
→ アラビア書道自体はすばらしいと思うが,記事(というか本人の言)はどうかと思う部分がちらほら。黄金比は迷信に近いので理由に挙げないほうが,という話とか,「ピカソはアラビア書道について『すでに芸術の最終目標に達し始めている』と言っています」もピカソの放言と思われるをそんなに取り上げていいの,とか。何より「アラビア書道ほど美学的に完成された文字はない」という言い方は”美学的”という言葉の意味が曖昧すぎて何を言いたいのか不明瞭だし,そもそもそこで他の文字と比べる必要があるのか。