2013年05月29日

第223回『文明崩壊』ジャレド・ダイアモンド著,楡井浩一訳,草思社(文庫)

『銃・病原菌・鉄』のジャレド・ダイアモンドの著作である。あちらは「文明の発祥・発展とその条件」とポジティブな方向で文明を分析したものであったが,こちらは「すでに滅んでしまった文明,及び現代社会の環境破壊におけるその要因」が主なテーマとなる。ここで”現代社会”と入っているところが一つポイントで,前作のノリで読むと少々苦しい思いをすることになると思う。というのは,確かに本書は歴史上の諸文明の滅亡理由にも焦点を当てているものの,それは現代社会分析で応用するためであって,本書の主眼はあくまでも現代社会の環境破壊が現代文明崩壊を早めているのではないか,という極めて現代的なところにある。私は歴史物だと思って読み始めたから,現代社会の比重が大きく,少し拍子抜けしながら読むことになってしまった。読書をする上で読み始めの心構えは大事であるから,これはこれからの読者のために警告しておきたい。

また,前著はそうでもなかった気がしたが,本書はアメリカ国民向けへ向けられた視線が強い。環境問題を扱った本であり,現在の地球環境を破壊している最大派閥はアメリカ人であるから,著者がアメリカ人であることを差し引いてもその判断は正しかろう。しかし,それを日本人の私が読むという観点で見ると,勝手ながら少々ピントがずれた話をしていると思える箇所は何箇所かあった。それはあまりにも基礎知識すぎやしないか,と思える部分も。特に第1章のモンタナ州の話はこの欠点が強いので,読破に自信がないなら読み飛ばすことをお勧めする。この辺は,実はアル・ゴアの『不都合な真実』を6年ほど前の流行った時にも全く同じ感想を抱いたので,アメリカ人の意識・知識なんてそんなものかもしれない。少なくとも2005年頃は。本書も英語で最初に出版されたのは2005年のことだったか。

あと書いておくべきこととして,若干の用語の不適切ないし誤解が見られる。章によってはかなり多い。自分が指摘できるくらいなのだから,世の中でもっと騒がれているだろうと思って検索したが,意外にも指摘がほとんど無かった。どういうことなんだよと首を傾げながら,以下自分が気づいたものをささいな点から重大な点まで列挙しておく。著者が悪いのか翻訳が悪いのか……。本当はこの記事の最下部につけておく予定であったが,あまりにも多くなってきたので別記事を立てることにした。→ 『文明崩壊(ジャレド・ダイアモンド)』で気になったところ


とはいえ,本書には美点もある。本書は文明が崩壊する理由を5つの要因に分類して分析している。すなわち,「(人為・非人為によらず)環境の変動」,「(短期・長期によらず)気候の変動」,「近隣の敵対集団の存在」,逆に「友好的な集団の存在」,そして「変化に対する社会の対応」の5つである。この分析項目は的確で,過去の崩壊した文明,崩壊しなかった文明の説明は整然となされていたように思えた。特に力が入っていたと見えて,大きく取り上げているノルウェー領グリーンランドの事例はとてもおもしろく読めた。ただし,比較すると現代社会に対する分析は前述の事情もあってやや新鮮味を欠くものが多い。

本書の特質は,訳者あとがきにもある通り安易な古代社会賛美に走らず,極めて公平な目で古代社会を評価している点だと思う。そう,人間は古代だろうと現代だろうと,環境を破壊し続けており,そのコントロールがうまく行かなければ崩壊するのだ。また安易な人類批判に走ってもいない。環境の変化は人類自身が引き起こしたものもあれば,地球自体の長期的な変化が及ぼしたものもある。これに対する社会の対応も様々なで,一概に崩壊した社会の成員だけが原因だとは決め付けることができない。原因は大体複合的なのだ。この視点が貫かれているのは美点であった。

総じて,前書『銃・病原菌・鉄』ほどのおもしろさはなく,お勧めしづらい。


文明崩壊 上: 滅亡と存続の命運を分けるもの (草思社文庫)文明崩壊 上: 滅亡と存続の命運を分けるもの (草思社文庫) [文庫]
著者:ジャレド ダイアモンド
出版:草思社
(2012-12-04)

文明崩壊 下: 滅亡と存続の命運を分けるもの (草思社文庫)文明崩壊 下: 滅亡と存続の命運を分けるもの (草思社文庫) [文庫]
著者:ジャレド ダイアモンド
出版:草思社
(2012-12-04)





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