2013年06月09日
第224回『ロスト・シンボル』ダン・ブラウン著,越前敏弥訳,角川書店(文庫)
ダン・ブラウンによるロバート・ラングドンシリーズの第三作である。今回登場する秘密結社は超メジャーどころで,フリーメイソンであった。場所もヨーロッパではなく筆者と主人公の地元,アメリカ合衆国はワシントンDCである。
さて,読んだ感想をすぱっと言えば,つまらないとまでは言わないが,まあおもしろいかと言われると別に……というくらいであった。『ダ・ヴィンチ・コード』,『天使と悪魔』のずば抜けたおもしろさに比べると,格段に落ちると言わざるをえない。その理由を端的に言うと,2つある。まず,話のテンポが遅く,起こっている事件の大きさの割りには緊迫感に欠いた。『ダ・ヴィンチ・コード』は次々と解くパズルが変わり場面も変わる。パリからロンドンと移動距離も長く,常に公権力から追われる立場である。さらに,『天使と悪魔』は場面こそローマに集中しているが,序盤に謎が4つ提示されていて,しかもタイムリミット付で素早く話が進む。ラングドン本人の生命はかかっていないものの,4人の枢機卿の生命がかかっており,かつローマ教皇庁そのものも存亡の危機に立たされていた。4つの謎もそれぞれインパクトがありつつ,ラングドンがすいすいと解いては話が進んでいった。これは緊迫感に満ちていた。
一方,『ロスト・シンボル』は延々と同じパズルの解読が進む。それも解読方法がわからないからというよりも,ラングドン本人が解読に乗り気でなく,謎が提示されてから延々と謎が放置されていたからである。いいから早く答えをくれと。パズルの数は実際のところ少なくなく,今ざっと数えたら4つはある(ピラミッドの表の刻印の”暗号”,ある人物へのアナグラム,ある科学実験で現れる文字,最後の暗号)。にもかかわらず謎の数が少なく感じられたのは,前述のようにラングドンが解かずに躊躇していたからというのと,提示されてから解法がわかるまでのタイムラグの長さが理由であろう。いいから早くその謎を解いてほしいと,読んでて何度思ったことか。
そして,公権力や犯人に狙われて身体の自由や生命が危険に晒されていた点は『ダ・ヴィンチ・コード』と同様ながら,犯人はともかくCIAがラングドンの身をつけ狙っていた理由がなかなか明かされない。で,明かされてみるとCIAの打った手が非常に悪手であり,そりゃラングドン逃げたくなくても逃げるよなぁと思ってしまう。『ロスト・シンボル』は早々にCIAがうまいこと手を打っていれば,もっとすんなり解決した事件ではなかったか。事件が長引いた理由を誰かの愚かさ,とりわけCIAのような組織に押し付ける手法はうまくない。これも話のテンポが遅くなった理由であろう。
もう1つの理由は,今回出てくるトンデモ超科学「純粋知性科学」のせいではないかと思う。『ダ・ヴィンチ・コード』ではラングドンたちが追っていたもの(イエスの血筋)自体がトンデモではあったが,そもそもこれはそういう話というのが前提にあるので問題がなかったし,科学面でぶっ飛んだ話というわけではなかった。『天使と悪魔』はトンデモ超科学が生んだとある大量破壊兵器が出てきて話が進むものの,あれはローマをぶっ壊すための小道具というのが読者には十分わかる作りになっていて,科学的な理屈自体はどうでもよかった。また,そのトンデモ超科学自体が『天使と悪魔』のテーマである「宗教と科学の融和」に直接結びついてるので,この点から考えても自然に納得できるSF的な設定であった。
そこへ行くと,本作の「純粋知性科学」はだいぶ弱い。これ自体がラングドンに脅威を及ぼしていたわけではないし,フリーメイソンの暗号にも全くの無関係である。物語のテーマである「言葉の重み」には関連性があり,フリーメイソンの理想ともかかわりがあるので,全く無意味だったというわけではない。が,前作に比べると科学の絡め方が弱いとしか言えない。作劇の小道具としては全くの不要だったのがどうしても響いている。
そんな本作も映画化が進行中だそうだが,意外にもそれなりに楽しみである。なぜなら本作は「ワシントンDC観光名所を巡る旅」としては優秀で,場面のつなげ方と紹介の仕方という点ではよくできていたからだ。しかもこれだけ間延びした展開だから,映画にする上で脚本はおそらくばっさりとカットした部分が多くなり,逆に引き締まった展開になっていいかもしれない。『天使と悪魔』もローマの観光名所紹介ムービーとしては大変素晴らしかった一方,脚本がばっさりと切りすぎて原作の再構成という観点では落第であった。本作の映画がどうなるか,注目である。
ロスト・シンボル (上) (角川文庫) [文庫]
著者:ダン・ブラウン
出版:角川書店(角川グループパブリッシング)
(2012-08-25)
ロスト・シンボル (中) (角川文庫) [文庫]
著者:ダン・ブラウン
出版:角川書店(角川グループパブリッシング)
(2012-08-25)
ロスト・シンボル (下) (角川文庫) [文庫]
著者:ダン・ブラウン
出版:角川書店(角川グループパブリッシング)
(2012-08-25)
さて,読んだ感想をすぱっと言えば,つまらないとまでは言わないが,まあおもしろいかと言われると別に……というくらいであった。『ダ・ヴィンチ・コード』,『天使と悪魔』のずば抜けたおもしろさに比べると,格段に落ちると言わざるをえない。その理由を端的に言うと,2つある。まず,話のテンポが遅く,起こっている事件の大きさの割りには緊迫感に欠いた。『ダ・ヴィンチ・コード』は次々と解くパズルが変わり場面も変わる。パリからロンドンと移動距離も長く,常に公権力から追われる立場である。さらに,『天使と悪魔』は場面こそローマに集中しているが,序盤に謎が4つ提示されていて,しかもタイムリミット付で素早く話が進む。ラングドン本人の生命はかかっていないものの,4人の枢機卿の生命がかかっており,かつローマ教皇庁そのものも存亡の危機に立たされていた。4つの謎もそれぞれインパクトがありつつ,ラングドンがすいすいと解いては話が進んでいった。これは緊迫感に満ちていた。
一方,『ロスト・シンボル』は延々と同じパズルの解読が進む。それも解読方法がわからないからというよりも,ラングドン本人が解読に乗り気でなく,謎が提示されてから延々と謎が放置されていたからである。いいから早く答えをくれと。パズルの数は実際のところ少なくなく,今ざっと数えたら4つはある(ピラミッドの表の刻印の”暗号”,ある人物へのアナグラム,ある科学実験で現れる文字,最後の暗号)。にもかかわらず謎の数が少なく感じられたのは,前述のようにラングドンが解かずに躊躇していたからというのと,提示されてから解法がわかるまでのタイムラグの長さが理由であろう。いいから早くその謎を解いてほしいと,読んでて何度思ったことか。
そして,公権力や犯人に狙われて身体の自由や生命が危険に晒されていた点は『ダ・ヴィンチ・コード』と同様ながら,犯人はともかくCIAがラングドンの身をつけ狙っていた理由がなかなか明かされない。で,明かされてみるとCIAの打った手が非常に悪手であり,そりゃラングドン逃げたくなくても逃げるよなぁと思ってしまう。『ロスト・シンボル』は早々にCIAがうまいこと手を打っていれば,もっとすんなり解決した事件ではなかったか。事件が長引いた理由を誰かの愚かさ,とりわけCIAのような組織に押し付ける手法はうまくない。これも話のテンポが遅くなった理由であろう。
もう1つの理由は,今回出てくるトンデモ超科学「純粋知性科学」のせいではないかと思う。『ダ・ヴィンチ・コード』ではラングドンたちが追っていたもの(イエスの血筋)自体がトンデモではあったが,そもそもこれはそういう話というのが前提にあるので問題がなかったし,科学面でぶっ飛んだ話というわけではなかった。『天使と悪魔』はトンデモ超科学が生んだとある大量破壊兵器が出てきて話が進むものの,あれはローマをぶっ壊すための小道具というのが読者には十分わかる作りになっていて,科学的な理屈自体はどうでもよかった。また,そのトンデモ超科学自体が『天使と悪魔』のテーマである「宗教と科学の融和」に直接結びついてるので,この点から考えても自然に納得できるSF的な設定であった。
そこへ行くと,本作の「純粋知性科学」はだいぶ弱い。これ自体がラングドンに脅威を及ぼしていたわけではないし,フリーメイソンの暗号にも全くの無関係である。物語のテーマである「言葉の重み」には関連性があり,フリーメイソンの理想ともかかわりがあるので,全く無意味だったというわけではない。が,前作に比べると科学の絡め方が弱いとしか言えない。作劇の小道具としては全くの不要だったのがどうしても響いている。
そんな本作も映画化が進行中だそうだが,意外にもそれなりに楽しみである。なぜなら本作は「ワシントンDC観光名所を巡る旅」としては優秀で,場面のつなげ方と紹介の仕方という点ではよくできていたからだ。しかもこれだけ間延びした展開だから,映画にする上で脚本はおそらくばっさりとカットした部分が多くなり,逆に引き締まった展開になっていいかもしれない。『天使と悪魔』もローマの観光名所紹介ムービーとしては大変素晴らしかった一方,脚本がばっさりと切りすぎて原作の再構成という観点では落第であった。本作の映画がどうなるか,注目である。
ロスト・シンボル (上) (角川文庫) [文庫]
著者:ダン・ブラウン
出版:角川書店(角川グループパブリッシング)
(2012-08-25)
ロスト・シンボル (中) (角川文庫) [文庫]
著者:ダン・ブラウン
出版:角川書店(角川グループパブリッシング)
(2012-08-25)
ロスト・シンボル (下) (角川文庫) [文庫]
著者:ダン・ブラウン
出版:角川書店(角川グループパブリッシング)
(2012-08-25)
Posted by dg_law at 12:00│Comments(0)│