2013年06月25日
アレクサンドリア(映画)
4世紀末,キリスト教徒が増加するアレクサンドリアで,大図書館(ムセイオン)が破壊され,科学が殺されていく経過を描いた作品……と書くと作品評としてダメだと思う。正確にはこうである。キリスト教徒が増加するアレクサンドリアで,古典古代の宗教が破壊されていく過程を描き,ついでに古代の科学も破壊される作品。これは実は見事で,単純な宗教VS科学にしなかったところは好感が持てる。
これに伴って,本作の悪役は言うまでもなくヴァンダリズムにいそしむキリスト教徒なのだが,一方的な悪役にしないことに注意が払われている。そもそもキリスト教が広まったのは古代ローマ社会の貧困層や奴隷から支持を集めた点であることが冒頭で描写される。しかも,大図書館が破壊される直接の契機となった乱闘は,多神教徒の側からの不意打ちである。多神教徒(裕福な層である)は,自分たちのほうが多数派であると勘違いしていた。だから,マジョリティの暴力で押さえ込めると思い込み,不意打ちという卑怯な行為を仕掛けた。ところが実際に乱闘を始めてみると,街角からキリスト教徒が出るわ出るわであっという間に逆襲されてしまう。そして堅牢な大図書館に閉じこもり,ローマ皇帝の裁定を待つこととなった。ところが,4世紀末ではローマ皇帝(作中ではテオドシウス帝)もすでにキリスト教に帰依しており,有利な裁定が出るはずもなく……と,徹底して多神教徒は「間抜けな金持ち」として描かれている。
ヒュパティア本人はあくまで科学者である。科学者というと近代の響きがするが,当時の自然哲学者の一人であり,自然現象や宇宙の原理を明かすことで神に近づこうとしたのであった。作中では明かされないが,史実の彼女は新プラトン主義の思想家でもあったそうなので,とても納得の行く行動である。彼女も多神教側には属していたが,このような態度であったため,女性であるということもあり戦いには全く加わらなかった。それでも大図書館を拠点に活動していた以上,争いに巻き込まれる。ここに,次第にキリスト教に惹かれていく奴隷,教え子たちとのラブストーリーも絡みつつ,物語は展開する。教え子たちもさまざまなで,結局皆時代の流れでキリスト教徒にはならざるをえないのだが,仮面キリスト教徒もいれば,大司教まで上り詰めた者もいた。その中で物語の鍵を握ったのはやはり奴隷で,奴隷としてそれを否定するキリスト教に惹かれつつも,ヒュパティアに学問の才も認められ,彼女自身にも惹かれていく……複雑な葛藤を抱えた彼の行動が物語を動かしていく。
本作では,科学が未熟な世界における「神の名において」という文句の強力さを,まざまざと見せつけられることになる。彼らが少数派であったうちは「カルトだ」と一笑に付すことができる。しかし,彼らがある程度の勢力になってくると,あらゆることが「神の名のもとに」正当化され,敵対勢力は理不尽な目に遭い,勢力を縮小させていく。内側の統制も同様で,仮面であるのは許されなくなっていく。自分たちが弱いうちは「神のもとの平等」を歌って社会的弱者を集め,数の暴力を「神の名において」で正当化する。本作をキリスト教徒の成り上がり物語としても見ることが可能だろう。
宗教戦争の傍らでは,本来の本筋であるヒュパティアの天文学の研究が進められていく。彼女の業績はほとんど残っていないので推測の域は出ないのだが,彼女が作中で持った疑問,それに対する研究の進め方,行き着いた結論はどれも不自然さがなく,「ありえそうだ」という範囲にとどまっている。公式サイトを見ると,ここは制作上かなりこだわったポイントであるようだが,成功したと言えるだろう。一応,見る前にアリスタルコスからケプラーに至る天文学史を大雑把に知っておいたほうが,ヒュパティアが何をしたかったのかわかりやすいと思う。
原題は『Agora』で,要するに古代ギリシア語の「広場」を指す。確かに本作は多神教徒とキリスト教徒の街の奪い合いであるから,そこに焦点を当てるなら正しい題だろう。また,アゴラを政治的場だと捉えてもしっくり来る。ある古代の一都市だけで起きた現象というわけではなく,こうした悲劇は油断すればいつだって起きるというメッセージから,アレクサンドリアに特定されるタイトルをつけるのは避けたのかもしれない。現在のキリスト教と古代中世のキリスト教は違うとはいえ,キリスト教徒が圧倒的多数派のスペインで制作され,欧州でヒットしたのだからそのメッセージ性は高い。が,私は日本語の題『アレクサンドリア』のほうが好きだ。古代都市アレクサンドリアに憧憬を持ちすぎなだけかもしれないが。
なお,本作が放映されたのは2009年。つまりエジプト革命の3年前である。そこではまたしても宗教が問題になったが,今度はキリスト教徒が圧倒的少数派であった。そう,これだけ横暴をほこったアレクサンドリアのキリスト教徒たちも,映画の時代から約250年後には,あっさりとムスリムに塗り替えられていくのであった。
アレクサンドリア [Blu-ray] [Blu-ray]
出演:レイチェル・ワイズ
出版:SHOCHIKU Co.,Ltd.(SH)(D)
(2011-09-09)
これに伴って,本作の悪役は言うまでもなくヴァンダリズムにいそしむキリスト教徒なのだが,一方的な悪役にしないことに注意が払われている。そもそもキリスト教が広まったのは古代ローマ社会の貧困層や奴隷から支持を集めた点であることが冒頭で描写される。しかも,大図書館が破壊される直接の契機となった乱闘は,多神教徒の側からの不意打ちである。多神教徒(裕福な層である)は,自分たちのほうが多数派であると勘違いしていた。だから,マジョリティの暴力で押さえ込めると思い込み,不意打ちという卑怯な行為を仕掛けた。ところが実際に乱闘を始めてみると,街角からキリスト教徒が出るわ出るわであっという間に逆襲されてしまう。そして堅牢な大図書館に閉じこもり,ローマ皇帝の裁定を待つこととなった。ところが,4世紀末ではローマ皇帝(作中ではテオドシウス帝)もすでにキリスト教に帰依しており,有利な裁定が出るはずもなく……と,徹底して多神教徒は「間抜けな金持ち」として描かれている。
ヒュパティア本人はあくまで科学者である。科学者というと近代の響きがするが,当時の自然哲学者の一人であり,自然現象や宇宙の原理を明かすことで神に近づこうとしたのであった。作中では明かされないが,史実の彼女は新プラトン主義の思想家でもあったそうなので,とても納得の行く行動である。彼女も多神教側には属していたが,このような態度であったため,女性であるということもあり戦いには全く加わらなかった。それでも大図書館を拠点に活動していた以上,争いに巻き込まれる。ここに,次第にキリスト教に惹かれていく奴隷,教え子たちとのラブストーリーも絡みつつ,物語は展開する。教え子たちもさまざまなで,結局皆時代の流れでキリスト教徒にはならざるをえないのだが,仮面キリスト教徒もいれば,大司教まで上り詰めた者もいた。その中で物語の鍵を握ったのはやはり奴隷で,奴隷としてそれを否定するキリスト教に惹かれつつも,ヒュパティアに学問の才も認められ,彼女自身にも惹かれていく……複雑な葛藤を抱えた彼の行動が物語を動かしていく。
本作では,科学が未熟な世界における「神の名において」という文句の強力さを,まざまざと見せつけられることになる。彼らが少数派であったうちは「カルトだ」と一笑に付すことができる。しかし,彼らがある程度の勢力になってくると,あらゆることが「神の名のもとに」正当化され,敵対勢力は理不尽な目に遭い,勢力を縮小させていく。内側の統制も同様で,仮面であるのは許されなくなっていく。自分たちが弱いうちは「神のもとの平等」を歌って社会的弱者を集め,数の暴力を「神の名において」で正当化する。本作をキリスト教徒の成り上がり物語としても見ることが可能だろう。
宗教戦争の傍らでは,本来の本筋であるヒュパティアの天文学の研究が進められていく。彼女の業績はほとんど残っていないので推測の域は出ないのだが,彼女が作中で持った疑問,それに対する研究の進め方,行き着いた結論はどれも不自然さがなく,「ありえそうだ」という範囲にとどまっている。公式サイトを見ると,ここは制作上かなりこだわったポイントであるようだが,成功したと言えるだろう。一応,見る前にアリスタルコスからケプラーに至る天文学史を大雑把に知っておいたほうが,ヒュパティアが何をしたかったのかわかりやすいと思う。
原題は『Agora』で,要するに古代ギリシア語の「広場」を指す。確かに本作は多神教徒とキリスト教徒の街の奪い合いであるから,そこに焦点を当てるなら正しい題だろう。また,アゴラを政治的場だと捉えてもしっくり来る。ある古代の一都市だけで起きた現象というわけではなく,こうした悲劇は油断すればいつだって起きるというメッセージから,アレクサンドリアに特定されるタイトルをつけるのは避けたのかもしれない。現在のキリスト教と古代中世のキリスト教は違うとはいえ,キリスト教徒が圧倒的多数派のスペインで制作され,欧州でヒットしたのだからそのメッセージ性は高い。が,私は日本語の題『アレクサンドリア』のほうが好きだ。古代都市アレクサンドリアに憧憬を持ちすぎなだけかもしれないが。
なお,本作が放映されたのは2009年。つまりエジプト革命の3年前である。そこではまたしても宗教が問題になったが,今度はキリスト教徒が圧倒的少数派であった。そう,これだけ横暴をほこったアレクサンドリアのキリスト教徒たちも,映画の時代から約250年後には,あっさりとムスリムに塗り替えられていくのであった。
アレクサンドリア [Blu-ray] [Blu-ray]
出演:レイチェル・ワイズ
出版:SHOCHIKU Co.,Ltd.(SH)(D)
(2011-09-09)
Posted by dg_law at 12:00│Comments(0)│