2015年11月08日

私的相撲用語事典(1)組み方編

大相撲の場所中,私はnix in desertis出張所で毎日場所の記録をつけている。が,そこで使っている相撲用語が,自分で使っていてかなり混沌としてきたため,一度自分なりに整理しておこうと思う。ついでに,相撲を見る人はそういうところで相撲を見ているんだという手引きや,NHKの実況で使われている専門用語の理解などに役立てば,幸いである。ただし,基本的には私も用語の使い方はかなり自己流であるため,そこはご了承いただきたい。


・上手/下手
まわしの取り方の分類。相手の腕の上側(外側)を通って取った場合は上手,逆に相手の腕より下側(内側)を通って取った場合は下手になる。上手と下手にはそれぞれ特性があり,これが相撲の最大の見どころの一つであると思う。残りの話は全てここから派生する。下手は相手の内側に入るためがっちりと相手を捕えやすい。が,自身の体勢も下を向くため,投げの打ち合いになると上手に対して不利である。一方上手はまんまその逆で,相手を拘束する力は発揮しづらいが,相手の背に近い部分に力をぶつけることができるので,投げは有利になる。特に白鵬の左上手投げは強烈極まりなく,全盛期の白鵬に左上手を取られることは,トキの北斗有情破顔拳を意味した。最近ではやや弱くなり,そこまで即死技というわけでもなくなったが。だから白鵬戦を観戦するなら,左上手には必ず注目しなければならない。

・右四つ/左四つ
相撲の組み方の種類。上記の説明の通り,下手と上手のそれぞれの弱点を補うため,多くの力士は片方で下手,もう片方の手で上手を取りに行くと段違いの構えを取ることになる。こうして,相撲の最も基本的な型である,右四つと左四つが発生する。下手基準で,「右手が下手・左手が上手」なら右四つ,「左手が下手・右手が上手」なら左四つになる。ただし,そうそう綺麗に両手ともまわしに手がかかるわけではなく,大体不十分になる。特に下手は取りやすいが上手は取りにくい。互いに下手だけ入って上手がないまま戦況が膠着,結果先に上手を取ったほうが寄り切って勝つというのは頻出パターン。人間利き手があるように,大体の力士は得意の型がどちらかに絞られる。たとえば白鵬・日馬富士は右四つ。ここでも,「白鵬は右四つ=左上手」というのがわかる。稀勢の里は左四つ。朝青龍は両方でとれたが,データ上は左四つに分類されるようだ。

・もろ差し/外四つ
しかし,たまに段違いの構えを取らず,両手ともに下手・上手で取りに行く例外がいる。両下手の組み方をもろ差し,両上手の組み方を外四つと呼ぶ。もろ差しは非常に攻撃的な組み方で,完全の相手の内側に入り込むため,相手からすると非常にうざったい。単純に寄り切るだけならこれに勝る組み方はない。が,逆に言って寄り切る以外の技には派生しづらく,窮屈な相撲になる。小兵はもろ差しになりやすく,近年だと豊ノ島と栃煌山がもろ差しがうまい。逆に外四つはどちらかというと苦し紛れの型で,積極的になる型ではない。それでも巨体の力士なら,ここからつり出しや上手投げで逆転が可能。近年だと名手は把瑠都・琴欧洲・旭天鵬あたりであったが,直近で照ノ富士が外四つで極めて上手い相撲を取る。

・相四つ(がっぷり)/喧嘩四つ
相手と得意の型が同じなら相四つ,違うなら喧嘩四つである。少し考えてもらえばわかるが,右四つ同士が組みに行けば,互いの腕がぶつからないから,互いに簡単に右下手・左上手が取れる。結果,相四つの場合,互いに得意な型であるため,純粋な力比べになりやすい。この力比べに移行した相四つの状況のことをさらに「がっぷり四つ」と呼ぶ。がっぷりまで行くと熱戦になりやすく,それゆえ右四つがっぷりになりやすかった白鵬・朝青龍戦は名勝負製造機であった。
一方,喧嘩四つは,これも少し想像してくれればわかるが,片方が右下手をとったら,相手が左下手を取るのは物理的に不可能になる。つまり,自分が得意の型で組んだら,相手は不得意な型で組まざるをえなくなる。結果,組むまでが勝負の分かれ目となり,得意の型で組みさえすれば,多少の体格差・腕力差があれど逆転できる。白鵬と稀勢の里が喧嘩四つだが,稀勢の里がたまに白鵬に勝っているのは,稀勢の里が差し手争い(後述)に勝って先に左四つを作ることがあるため。

・差し手争い,前さばき
というように,特に喧嘩四つの場合はそうだが,立ち合いの瞬間にいかに有利な“下手”を取りに行くか,というのが相撲において最も重要な戦術のポイントとなる。この立ち合いから下手を取るまでの争いを差し手争いと呼ぶ。また,差し手争いを含め,自分の正面空間に自らが有利な空間を作り出すための挙動のことを前さばきと呼ぶ。自分が積極的に差し手をとりにいくだけでなく,たぐって(後日記述)牽制してみたり,脇を締めて相手の差し手を防いでみたり,いなして(後日記述)相手の正面から外れてみたり,といろいろできる。この前さばきが抜群にうまかった力士というと,近年では琴光喜であったが,逆に彼はさばいてからが無い力士ではあった。現役の力士だと鶴竜・妙義龍・安美錦はうまいと言っていい。稀勢の里は別にうまくないのだが,時々白鵬に差し勝っているのが本当に不思議。

・差し手
ここまでで,いかに下手を取ることが大事か解説してきたのでわかっていただけたと思う。しかし,実際のところ下手の威力である,相手の動きを拘束する効果は,自分の腕が相手の腋に入り込むことで発生する。つまり,まわしが取れているかどうかはそこまで重要ではないのだ。そこで,相撲では「まわしをつかんでいるかどうかは別として,自らの腕が相手の腋の下に入り込んだ状態」を指して,特別に「差し手」と呼ぶ。下手はもちろん差し手に含まれる。だから「下手争い」ではなく「差し手争い」だし,「もろ下手」ではなく「もろ差し」なのだ。

・巻き替え
一度組んでしまってから,高速でまわしから手を放し,組み替える技術のこと。一般的に言うと巻き替えは危険で,一瞬無防備なるからである。しかし,熟達者がやると無防備である瞬間が極めて短くなり,得意の四つに組んだり,相手の動きを牽制したりと,有効な手段となる。巻き替えを極めた力士がやると,観戦者がまばたきをしている間に,右四つがもろ差しに,もろ差しを経由して左四つに変遷していたりする。観戦者がいわゆるヤムチャ視点を最も味わうのは巻き替えの応酬であろう。白鵬と朝青龍の巻き替え合いは高速すぎて,マジで「今何回巻き替えあった……2回,いや3回か……?」と多くのテレビの前のNHK視聴者が混乱し,2ch実況スレが賑わった(当時)。現役の巻き替え名手というと,白鵬以外では鶴竜を挙げておこう。