2014年03月11日

受験世界史悪問・難問・奇問集 ver.2014 その2(早稲田大)

昨日の続き。番号が8番から始まっているのは,昨日の慶應大からの続きであるため。お気になさらず。本日のハイライトは,悪問としては12番の法学部の問題。笑えるのは13番の文学部,23番の政経学部の問題かなぁ。


8.早稲田大 文化構想学部
<種別>難問
<問題>5 設問4 下線部4に関連して(編註:西アフリカには一時的に強大な軍事帝国が出現し,そのことが植民地化を遅らせた),この地域で20世紀初めにヨーロッパ勢力によって併合された国を一つ選び,マーク解答用紙の所定欄にマークしなさい。

ア モノモタパ王国   イ ベニン王国   ウ ダホメ王国   エ アシャンティ王国

<解答解説>
アのモノモタパ王国は南アフリカ地域(現在のジンバブエ)なので完全に違うが,残り3つの判別は難しい。なぜならこの3つは「20世紀初めに併合された」という点以外に判別するポイントが無いからだ。誰が覚えてるんだそんな年号という感じだが,イのベニン王国は17世紀とかなり早い。なお現在のベナン共和国とは何の連続性もなく,そもそもベニン王国が存在したのは現在のナイジェリアである。ウのダホメ王国は1894年,フランスによって滅ぼされているので,ぎりぎり19世紀末。これが現在のベナン共和国に存在した。つまり残ったエのアシャンティ王国が正解。滅亡は1902年で,イギリスに征服されている。場所は現在のガーナに位置した。そんでもってガーナ王国がまた別に存在するんだなこれが。どうしてこうなった。


9.早稲田大 文化構想学部(2つめ)
<種別>悪問
<問題>7 設問6 下線部6(編註:2003年のイラク戦争)に関する下記の説明のうち,誤りを含むものを一つ選び,マーク解答用紙の所定欄にマークしなさい。

ア アメリカは,イラクのフセイン政権が大量破壊兵器を保有していることを理由として攻撃を開始した。
イ フセイン政権は,イラク国内ではシーア派とクルド人を優遇してスンナ派を弾圧する政策をとっていた。
ウ イギリスは,アメリカの軍事行動に積極的に協力し,イギリス軍部隊がアメリカ軍部隊とともに首都バグダードを制圧した。
エ 日本は,イラク復興支援特別措置法を制定し,重火器を持つ自衛隊を初めて海外に派遣した。

<解答解説>
アとウは正文。イは,フセイン政権はシーア派とクルド人を弾圧したので全くの逆であり,明確な誤文である。作題者の想定する正解はこれであろう。

審議の対象はエ。これは重火器の定義なんて明確に決まっていないから,作題者と受験生の政治意識のすれ違いによって正答か誤答か変わるのでは。それはやはり世界史の問題としてまずかろう。イラク復興支援で自衛隊が持ち込んだ兵器のうち,重火器と無理やりこじつけられそうなものとしては84mm無反動砲・110mm個人携帯対戦車弾・96式装輪装甲車くらいしかなく,個人的にはこれらを重火器と呼ばない。個人携行の武器や装甲車を重火器と言わないと思う。よってエは誤文=正解であり,複数正解というのが私的見解である。

一方,「イラク戦争 自衛隊 重火器」でググるとやはり無反動砲や対戦車砲を重火器と見なして非難するサイトや当時の報道が出てきた。確実なところでは,共産党の志位委員長が衆院本会議の代表質問で「小泉政権がすすめているイラクへの自衛隊派兵は,いまなお戦争状態がつづいている他国に,重火器で武装した自衛隊を派兵するという,戦後初めての道にふみこむものです。」と述べている(『しんぶん赤旗』2004年1月23日(金)付より)。『知恵蔵2014』の「日米関係」の項目では「04年1月から重火器を携帯する陸上自衛隊などがイラクに本格的に派遣されていった。」と盒郷福陛貘臑膤惘)ヽ慇治研究科教授)が書いている。おもしろいところでは,当時の新華社が「自衛隊が重火器を持ち出すのは初めて」と報道していたらしいサイトを見つけたのだが,これは若干胡散臭い。ともあれ,「イラク戦争は自衛隊が重火器を持ち出した初めての戦争である」という主張も無理筋というわけではなく,少なくとも一定の説得力はある。ただし,「非難するサイトや報道」でしか重火器扱いされていない点は考慮しておきたい。

いずれにせよ政治思想・傾向により解答が変わる問題は不適切だ。というよりも思想性自体を問いたいのであれば,そこは私大なので好きにしてくれというところだが,この場合は本来知識を問う問題である。しかも思想性によって有意に得点・失点が判別されるのであればまだ意味があるが,この場合は問題成立か出題ミスかが変わってくるというものなので,問題性が低いように見えて実は最悪に近い。まあ左派に親和性の高い思想を取れば出題ミスにはならないというあたり,早稲田らしいといえば早稲田らしい。


10.早稲田大 法学部
<種別>難問
<問題>4 設問2 下線△砲弔い董癖埣陝А淵▲瓮螢先住民は)次第に土地と自由を奪われていき),アメリカ合衆国成立後の先住民に関する次の記述のうち,明白な誤りを含むものを1つ選びなさい。

イ 1830年,民主党ジャクソン大統領のもとインディアン強制移住法が制定され,ミシシッピ以東に居住する先住民諸部族はミシシッピ以西に移住させられた。
ロ 1838年,強制移住させられたアパッチ族では,その保留地への移動の行程において,病気・飢え・寒さなどから多くの死者が出た。
ハ 1887年,インディアン一般土地割当法(ドーズ法)が制定され,先住民に個人的な土地所有権が認められたが,それは先住民から土地を奪い取る結果を生んだ。
ニ 1890年,ウーンデッドニーにおいて,アメリカ合衆国騎兵隊は,先住民に対して無差別の大虐殺を行った。

<解答解説>
イは基礎知識で正文とわかるが,純然に範囲内なのはこれだけ。ニはマイナー,ウーンデッドニーは用語集頻度 ただし,「騎兵隊」か否かは用語集にも書いてないので,正誤判定問題としては範囲外だろう。正文である。ハは完全な範囲外だが,これも正文。1887年のドーズ法は,保留地に追い立てられたインディアンの窮乏を救済する目的で「良心的な白人」から提案された法案であるが,これは「狩猟民であっても土地を与えて農業に従事させれば自活できるようになるはず」という思い込み・偏見の下で,インディアンの世帯ごとに一定の農地を与えるという内容であった。言うまでもなく,態の良い民族浄化・同化政策である。結果的に農業に不慣れなインディアンたちはあっという間に零細農家に転落し,土地を売却する羽目に陥っていく。こうしてインディアンに配分された土地も白人地主に買い取られていった。文中の「先住民から土地を奪い取る結果」というのはこの辺りを指して言っているのであろう。

最後に残ったロ,これはいわゆる「涙の道」であるが,これはアパッチ族ではなくチェロキー族のことなので誤文。教科書や用語集では「涙の道」には言及があるものの,部族名が明示されていない。一応資料集では書いてあるものがあったので完全な範囲外ではないが,普通は聞かないところである。また,厳密に言えばアパッチの一部も強制移住させられているので,究極的には1838年という年号と部族名の一致でしか判断がつかない。ハやニも難しいため消去法も困難である。


11.早稲田大 法学部(2つめ)
<種別>悪問
<問題>4 設問4 下線い砲弔い董癖埣陝中南米の諸国がスペインやポルトガルの支配から独立するのは,19世紀以降のことである),19世紀以降の中南米諸国の独立運動に関する次の記述のうち,明白な誤りを含むものを1つ選びなさい。

イ 中南米諸国で19世紀になって最初に独立を果たしたのは,トゥサン=ルヴェルチュールを指導者とした,フランス領のサン=ドマング(現在のハイチ)であった。
ロ ボリビアのシモン=ボリバルは,「大コロンビア」を主張し,コロンビアのほか,ベネズエラなどの諸国を独立させた。
ハ 南米の独立運動が欧州のナショナリズムに影響を与えることをおそれたオーストリアなどに対し,アメリカ合衆国はモンロー宣言を発表して欧州からの干渉をけん制した。
ニ 南米植民地で生まれた白人をクリオーリョというが,彼らは自らの既得権益を脅かす先住民らの独立運動に対して強く抵抗した。

<解答解説>
イとハは文句なく正文。まず審議の対象その1はロ。ロは日本語が曖昧すぎて文意が取りづらいが,多分「ボリビアの」は「ボリビア出身の」という意味なんだと思う。とすればこれは誤文=正解である。一方,これを「ボリビアの名前の由来となった」や「ボリビアと関連の深い」などの意味で取ると正文になる。とても危うい。

次の審議の対象はニ。クリオーリョ層は18世紀まで,ペニンスラール(本国出身者)と,メスティーソ・ムラート・黒人・先住民の間に挟まれた中間層としてどっちつかずの存在であった。しかし19世紀に入ると,ナポレオン戦争による本国の荒廃やナショナリズムの高揚から,クリオーリョ自身が独立運動の主体となっていき,そこからシモン=ボリバルやサン=マルティンが出てきて独立は次々に成功していく。

ではこれらの独立運動の際,クリオーリョが独立賛成側になったからと言って先住民との関係が改善したかというと,これが微妙なのだ。個々の状況によって違うものであって,一般化された言葉を正誤判定するのは難しい。独立運動ではペニンスラール以外の階層が協力関係にあったのは事実であり,であるからこそ独立に成功した。これを取ればニは誤文であろう。一方で,確かにイダルゴがメキシコで独立運動を開始した際,彼の支持基盤が貧困農民層であったためクリオーリョは賛同せず,結局メキシコ独立運動が盛り上がったのはイダルゴが死んでからという,協力関係に対する反例はある。また独立後には,いなくなったペニンスラールに代わってクリオーリョが支配者層として君臨し,結局生活の改善されない下の階層の不満はくすぶっていき,今度はクリオーリョに対する先住民らの民族運動が起きる。当然クリオーリョはこのような民族運動を認めずに弾圧した。ここら辺を取れば,ニは正文と見なせる。

なんとも言えないところだが,やはりニは正文と見なして,ロを正解としておくのが妥当だろう。同様の指摘は代ゼミと駿台からあった。


12.早稲田大 法学部(3つめ)
<種別>難問・悪問・出題ミスとしたほうがマシ
<問題>4 設問8 下線┐砲弔い董癖埣陝黒人に対する「分離」などの差別が進行し),南北戦争後19世紀のアメリカ合衆国における差別問題に関する次の記述のうち,明白な誤りを含むものを1つ選びなさい。

イ 南部諸州では,隷属的小作農民となった黒人が農具や土地など生産に必要なものを地主から借り,収穫の多くを地主に支払うという,シェアクロッパー制が広がった。
ロ 黒人に投票権が認められた後も,南部諸州の州議会は,公共施設等での黒人と白人の分離を是認する州法を相次いで制定した。
ハ 1875年の移民法は,黒人奴隷に代わる安い労働力を提供した中国人移民の増加を制限するものであった。
ニ テネシー州で白人優位などを主張する秘密結社クー=クラックス=クランが結成され,黒人や黒人に味方する白人を襲撃し,その勢力は南部諸州に拡大した。

<解答解説>
今年一番まずい悪問。まずイとニは明確な正文。ロも正文と思われる。ご存じの通り,1865年に憲法修正第13条により黒人奴隷は解放され,憲法修正第15条により投票権が認められた。ただしその後,南部諸州では州法により「読み書きテスト」や「人頭税納付手続(=人頭税納付が有権者登録の条件とされ,納付には州法の読解が必要。事実上の読み書きテスト)」を定め,識字率の低い黒人を省く形で投票権を事実上失効させた。これに並行する形で黒人分離差別,いわゆるジム=クロウ法が州レベルなどにより整備されていく。よって,やや曖昧な文ではあるが「“憲法により”黒人に投票権が認められた後も」という文意と取れば,正文である。

最後に残った,誤文=正解と思しきハは非常にまずい。1875年の移民法は範囲外であるため,普通の受験生は「そんな法律あったっけ? 多分1882年の移民法にひっかけて作られた架空の法律だな」と判断し,ハを誤文=正解と判断するだろう(受験世界史範囲内で登場する移民法は1882年と1924年のみ)。が,1875年の移民法は実在する。というよりも,この1875年のものがアメリカ合衆国初の移民法であり,ページ法と呼ばれる。その内容は読むに堪えないUSAの黒歴史である。ページ法は表向きでは「犯罪者及び売春婦と疑われる人物の入国禁止」を定めている。が,問題の本質は「China, Japan, or any Oriental country」と法律の条文でアジア系が名指しされている点,そして実際に「アジア系女性は全員売春婦と同一視されるべき」として運用された点である。これには二つの背景がある。キリスト教徒ではない女性はふしだらであるという蔑視。そして低賃金で流入した中国系移民は家族を本国から呼び寄せる傾向があるため,女性の入国を一律禁止にすることで中国系移民を間接的に遮断しようという目的である。結果的に中国系移民は単身男性に限定され,子供を産み育てるコミュニティとしての再生産が不可能になった。もっとも,結局その後の移民法で人種別・民族別の制限が導入され,特に中国系は1882年の移民法で全面禁止されることになるのだが。ついでに言うと,アジア系男性と結婚した女性はアメリカ市民権を剥奪されるという強烈な内容のケーブル法が1922年に制定され,最後に1924年の移民法でアジア系移民が全面禁止となった(1924年のものは,この時点で生き残っていた移民が日本人だけだったため,“排日移民法”とも呼ばれる)。これらの差別的規定が撤廃されたのは二次大戦後のことになる。

このハの文が非常に問題なのは,まず,1875年の移民法が事実上中国系の移民を制限する法律であったため,「黒人奴隷に代わる安い労働力を提供した」の部分でしか判断がつかない点。次に,当時の社会においては直接的な労働力にはならないが,間接的な,つまり家庭の支えとなる労働力(=女性)を排除したわけであるし,コミュニティの再生産禁止という観点から言っても「黒人奴隷に代わる安い労働力を提供した」中国系の移民「増加」を「制限」した法律として,十分解釈可能な点。そして,これを誤文とするなら専業主婦や売春婦は労働力ではないし,ひいては黒人女性奴隷や中国人女性移民の存在を無視することになりかねない点。結果的に本問は人種差別・性差別・職業差別に加担してないか。

そして何より,1875年の移民法が完全な範囲外である上に,この選択肢が誤文=正解であることが想定される点。「1875年の移民法は全く聞いたことないけど,1882年の移民法の存在を踏まえるにこれは誤文だろう」と判断して,ちゃんとハを正解として選んだ受験生は少なくないはずだ。しかし,この選択肢を誤文とみなすということは前述の通り,重大な差別になりかねない。つまり,知らず知らずのうちに差別主義者かどうかの踏み絵を踏ませたことになりかねない。2014年の早稲田は文化構想学部の問題(9番)といい,政治的・人権的に危うい問題が多すぎないか。

この問題点について指摘し,「正解無し」の可能性を提示しているのは代ゼミのみ。駿台は1875年の移民法の表向きの内容のみを指摘し,「中国系の移民を制限したものではない」としてハは誤文であると説明していた。河合塾と東進は「難問」とのみの指摘で,ハについての説明が一切無いていたらくである。


13.早稲田大 文学部
<種別>難問……かなぁ
<問題>4 設問3 徽宗時代のころから,隣国の高麗では磁器がおおいに発達した。その作品を選びなさい。

2014早慶13


<解答解説>
高麗で盛んだったのは青磁であるので,青磁をこの4点から選ばなければならない。しかし,この問題の最大の問題点は,青磁か白磁かの判断が一番大事なのに問題冊子はモノクロという点に尽きる。作題中に気づこうよ……という話は置いといて,となると作品のシルエットで判断をつけるしかない。それぞれそれなりに有名な作品であるが,必ずしも教科書や資料集に載っているわけではないという微妙なラインである。あとは当て勘の戦いか。案外と正答率は高かったのではないかと思う。

まず,アとエは白磁,イとウが青磁である。このうちウは表面に模様が一切ない。これは砧(きぬた)青磁と呼ばれる宋代陶磁器の王道的特徴であり,宋代らしい清新さを感じさせる。というわけで,ウは中国製なので誤り。なお,ウは南宋代の龍泉窯制作「銘馬蝗絆」(東京国立博物館所蔵)と見て間違いなかろう。日本の重要文化財である。

というわけで,イが正解。高麗青磁は同時期の中国宋代のものと違い,表面に象嵌が入っていることが多く,これは朝鮮半島特有の技法であり,これもその作例にあたる。これは特定が難しいものの,おそらくソウルにある澗松美術館所蔵の青磁象嵌雲鶴文梅瓶であろう。韓国の国宝である。

残りのうち,まずエは白磁に青い顔料での絵付けという特徴なので,これは元代以降に登場した染付(中国では青花)である。青い顔料はコバルトだが,これは元代に現在のイランにあったイル=ハン国と直接交流を持つようになった影響で輸入されるようになった。そこら辺の知識があれば,染付=高麗ではありえない,と判断できる。この作品自体は青花蓮池魚藻文壺(大阪市立東洋陶磁美術館所蔵)と呼ばれるもので,これも日本の重要文化財。なお,この染付の染料のコバルトがイラン原産という点は同年の慶應大・商学部で聞かれていた。

最後にア,これは白磁で透かし彫りという高等テクニックを使っていることから明代以降とわかるのだが,そこまで知識のある受験生がいたら将来有望であろう(美術史学徒として)。私も特定に苦しんでいたのだが,ありがたいことに駿台が特定してくれていた。清朝は乾隆年間,景徳鎮窯の制作で粉彩透彫唐草双耳瓶〈福在眼前〉(東京国立博物館所蔵)。意外なことに重要文化財でも重要美術品でもない。なお,この問題ではモノクロになっているのでわかりづらいが,実物は表面の白が見えないほどカラフルに装飾されており,かなりけばい。東京国立博物館の常設展示はかなり頻繁に入れ替わるので確実に展示されているとは言えないものの,気になる方は見に行ってみてはどうだろうか。


14.早稲田大 人間科学部
<種別>難問・出題ミスに近い(複数正解)
<問題>1 設問Y  \樵憶親阿砲弔覆るアメリカ合衆国の領土拡大に関する説明として,誤っているものはどれか。

a アメリカ合衆国はアメリカ=メキシコ戦争に勝利し,カリフォルニアやニューメキシコを獲得した。
b アメリカ合衆国はジェファソン大統領時代に,ナポレオン1世治下のフランスからミシシッピ川以西のルイジアナを買収した。
c オレゴンは1818年の条約においては英米共同領有となったが,1846年の協定では英米2国によって分割され,国境線は北緯49度線に定められた。
d アメリカ合衆国は,1845年,メキシコ領であったテキサスを併合した。

<解答解説>
aとcは問題なく正文。ただし,cの1818年の条約は範囲外。用語集には「英米戦争後,アメリカ・イギリスの共同領有となっていた」とあるのみである。bとdは日本語がド下手糞なせいで,どちらも2通りの解釈が可能であり,解答を絞り切れない。bは「ナポレオン1世」をどう取るかによる。これをナポレオン=ボナパルトその人を指しているだけであって特に深い意味はない表現と取るなら正文になる。が,これを「皇帝即位後の名称」と取ると,皇帝即位は1804年,ミシシッピ以西のルイジアナ売却は1803年であるため,統領時代の事績であるから誤文となる。

dは「メキシコ領であった」をどう取るかによる。これを単純に「過去にメキシコ領だったことがある土地であるところのテキサスを,アメリカは併合した」と取れば,テキサスは1836年までメキシコ領であったから,これは正文である。一方,これを「アメリカはメキシコから直接テキサスを受け取った」という解釈をすると,テキサスは1836年にテキサス共和国として一度独立してから,1845年にアメリカ合衆国に併合されているから直接ではない。というわけで誤文とみなせる。ただし,テキサス共和国の独立をメキシコは認めておらず,メキシコ視点で言えば「アメリカ合衆国は,我が国固有の領土であるテキサスを不当にも併合した」ということになる。しかし,受験生にそういう解釈をしてほしいのであればdの文はもう少し工夫が欲しいところで,それこそ「不当にも」とつけるなりするべきであった。なお,テキサス独立はイギリス・フランス・ロシア・オランダ・ベルギー等が承認しており,メキシコ以外の国際社会からは承認されていたと言っていい。ゆえに,「テキサス共和国の存在を認めてしまうのは,アメリカに肩入れしすぎた史観ではないか」と主張するのは少々苦しいと思われる。加えて言うと,メキシコがテキサス独立を承認していなかったことは,当然すぎることではあるものの範囲外であり,尚更苦しい。

私的な意見では,作題者の意図としてはbが誤文=正解なんじゃないかと。「1世」という表現はあまりにも不自然なのに対して,「メキシコ領であった」はついうっかりやってしまった系の表現に見える。河合塾ははっきりと複数正解という指摘。代ゼミはbを一応の正解としつつ,複数正解の可能性を指摘。東進はdのみ正解とし,特に解説無し。早稲田予備校もdを正解にしつつ,上述のメキシコ視点を根拠にしていた。駿台は人間科学部の解答速報をやっていない。


15.早稲田大 人間科学部(2つめ)
<種別>出題ミス(複数正解)?
<問題>3 設問Y Α.侫薀鵐垢砲ける絶対王政の確立について述べた次の文の中で,誤っているものはどれか。

a アンリ4世は王位につくとカトリックに改宗し,1598年ナント勅令を発して,ユグノーに信仰の自由を与えた。
b ルイ13世の宰相リシュリューは,貴族やユグノー勢力をおさえ,三十戦争ではプロテスタント側にたって活躍した。
c ルイ14世の宰相マザランは,イタリア生まれの政治家であるが,国内ではフロンドの乱を鎮圧した。
d ルイ14世は1661年に親政を開始し,それまで定期的に行われていた三部会招集を停止して,国王中心の集権的な支配体制の強化に努めた。

<解答解説>
aとbは正文である。dは,三部会招集停止はルイ13世の時代であるため誤文である。作題者の想定した正解もまず間違いなくこれ。で,審議の対象は cである。一見して正文に見えるし,私も初見で何の違和感もなく正文扱いにした。ついでに言えばこの問題の出題ミスを指摘した解答速報も一つもなかった。にもかかわらず大学当局から本問の出題ミスを認めて受験者全員に得点を与える発表があった。これはどういうことか。

一応調べてみると,マザランは高校世界史では宰相の扱いだが(任1642〜1661年),正式な辞令を受けていないので,“事実上の宰相”であったという説があるらしい。この説を採ると,cは確かに危うい。ただ,かなりいろいろ調べてみたが,手元にある書籍類ではっきりと辞令が出ていないことを書いたものはなく,ネットで検索してもWikipediaとその引用以外には見当たらなかった。この説のソースはどこに。知っている方がおられたらご一報ください。ひょっとしてcではなくaやbに何か瑕疵があるのか。謎は深まるばかりである。そういう意味では,出題ミスの存在を認めてその処理も発表したものの,どこがミスだったのか発表しないのは当局の片手落ちではないか。もっと言えば釈明が必要なのは本問ではなく14番や16番である。「違う,そこじゃない」感がぬぐえない。

コメント欄の指摘で判明した。もう一度入試問題をよく見ると,bの文が実は“三十戦争”になっていた。出題ミスの原因はまず間違いなくこれであろう。これは気づきにくい誤植……どこの予備校からも指摘が無かったということは,おそらく何十人というプロが見ても気付かなかったということである。これほど気付かれなかった誤植も珍しかろう。


16.早稲田大 人間科学部(3つめ)
<種別>悪問・難問
<問題>5 設問Y  以下はユーゴスラヴィアについての記述である。このうち,記述が誤っているものはどれか。

a 1945年に成立したユーゴスラヴィア連邦は多民族国家であり,複数の民族・宗教・宗派グループが入り交じって存在していた。
b 東欧の社会主義圏崩壊の流れの中で,1991年,スロヴェニアとクロアティアは,ユーゴスラヴィア連邦からの独立を宣言して,分離独立した。
c ボスニア=ヘルツェゴヴィナでは連邦からの独立をめぐって民族間の内戦となり,残虐な民族浄化が行われ,多くの住民が難民となったが,1995年,アメリカ合衆国の仲介で停戦合意が成立した。
d コソヴォ地区の独立を求めるアルバニア系住民に対して,セルビア治安維持部隊が残虐行為を行ったことから,1999年NATO軍はユーゴスラヴィアを空爆し,同年,コソヴォは独立を認められた。

<解答解説>
まずbとcはひとまず正文である。aも正文と見なしてよかろう。ユーゴスラヴィア王国は1941年に枢軸諸国の侵攻を受けて崩壊,1945年までにティトー率いるユーゴスラヴィア連邦(正式にはユーゴスラヴィア連邦人民共和国)に代わった。少なくとも高校世界史ではそういう流れになっている。

最大の問題点はdである。コソヴォ問題の経緯は現在に近すぎるせいか,完全に決着したわけではないせいか,教科書・用語集とともに「コソヴォ紛争」の名前は出しつつ,ほとんど全く説明していない。完全な範囲外である。さて,コソヴォは1991年に独立宣言を出して独立運動を展開していたが,独立宣言は無視され続けていた。しかし,平和的な独立運動はやがて武力闘争に発展し紛争となる。1999年にコソヴォ紛争が一応の解決を見ると,国連コソヴォ暫定行政ミッションが立ち上がり,コソヴォはその統治下に入った。その後2008年に改めてコソヴォ共和国が独立を宣言し,アメリカや日本などが承認した。つまり,少なくとも「1999年の独立」は明白に誤りとみなすことができ,とするとdは誤文=正解扱いできる。

これに対して,主要予備校の解答速報を見てみよう。河合塾はdを正解としつつ,独立を承認した国家の数を問題視。確かに100カ国程度であり,現在の国連加盟国数が193カ国あることを考えると半数でしかない。また,主要国としてはロシア・中国・インドが未承認で,また前述のスペインに加えブラジル・インドネシア・南アなども未承認である。これはまあ,一応「日本政府が承認しているのだから,その認識に従った」という逃げ道はある。代ゼミはdを正解にしつつ,aについて「戦間期の王国と戦後の共和国の連続性を認めるなら,『成立』はおかしいのでは」という指摘をしていた。しかし,「単一制国家」から「連邦」への変更はかなり大きな国家体制の変更であるし,ナチス=ドイツの侵攻&王国政府亡命&国土の分割と傀儡諸政権成立によって連続性は断絶しているとも考えうるので,代ゼミの考えすぎな指摘だと思う。東進は安定のスルー。やる気あるのか。早稲田予備校はc・dの複数正解としつつ,cは「アメリカの仲介ではなく,正式には国連の仲介と考えるべき」として誤りにしているが,これも考え過ぎだと思う。デイトン合意にアメリカの圧力があったのは事実であろう。とはいえ,主要予備校の解答速報がこれだけ分散したのも珍しい現象であり,本問は悪問のそしりを免れまい。


17.早稲田大 教育学部
<種別>出題ミス(複数正解)?
<問題>1 (8) フランス王国について,正しい説明はどれか。

a カロリング家の血縁に連なるユーグ=カペーは,カロリング朝を引き継いでカペー朝を樹立した。
b フィリップ4世は,教皇庁のアヴィニョン移転について臣民の支持を求めて,最初の三部会を招集した。
c 百年戦争に勝利したシャルル7世は,常備軍を設置するなど中央集権化を推進した。
d 地中海商業圏に位置するシャンパーニュ地方では,北方からの商人を迎えて国際的な定期市が開催された。

<解答解説>
bは,最初の三部会は課税への支持を求めてのものであったので誤文。dはシャンパーニュが地中海商業圏に位置しているわけがないのでどう見ても誤文である。cはまごうことなき正文であり,大学が想定した正解もこれであろう。

審議の対象はaである。ユーグ=カペーはカロリング家の血筋を全く引いていないので一見すると誤文であるが,問題文をよく見ると「血縁に連なる」である。つまり,本人が血を引いてなくてもよいと解釈できてしまう可能性がある。で,実際にユーグ=カペーの妻がカロリング家出身であり,ユーグ=カペーはカロリング家とは姻戚関係であるから,これを「血縁に連なる」と取るかどうか,である。とれば正文=正解なので複数正解の出題ミス。取らなければ誤文である。いずれにせよグレーゾーンの生じる悪問ではあるだろう。

大学当局から発表があり,謝罪した上でaとcのいずれも正解にするとのこと。微妙な日本語のニュアンスが産んだ事故であった。それだけに細部の言葉遣いにまで気を使って作題して欲しいところである。もっとも,今回の場合は「言うても本人は血がつながってないし」というところで,ただの悪問として逃げ切れたような気がする。現に,解答速報の段階でユーグ=カペーの妻に言及していたのは早稲田予備校のみであり,河合塾・駿台・代ゼミ・東進と大手予備校からは指摘がなかった。特に,こういうのに口うるさい駿台から指摘がない。また,教育学部も本問以外の部分で大惨事になっているので(18番以降),人間科学部の出題ミス(15番)同様の疑問と不満がわく。なんですか,早稲田大には本当にまずい出題については当局発表しないとかいう内部規則でもあるんですか。


18.早稲田大 教育学部(2つめ)
<種別>奇問・難問
<問題>4 (2) ガウタマが生まれ,悟りを開き,初めて説法し,死去した地は聖地となった。この四大聖地に含まれない地はどれか。

a サールナート  b クシナガラ  c サーンチー  d ブッタガヤ

<解答解説>
その大惨事である。ここから早稲田って仏教系大学だったっけ,と言いたくなるような問題が続く。仏教やキリスト教・ヒンドゥー教・道教といった信者の多い宗教は歴史との関連性が深いので,ある程度は世界史的意義として知識を問うのはおかしいことではない。しかし,これはさすがに奇問であろう。同じように聖地として,サンチャゴ=デ=コンポステラやメッカとメディナを問う問題は頻出である。しかし,これらはそこへの巡礼が大きな歴史的意義を果たしたから問う意味がある。別にキリスト教やイスラーム教が仏教よりも重要だから聞いているわけではない。もしくは,このような出題をするのであれば,最低限消去法で解答できるようにしておくべきである。本年であれば社会科学部から,『新約聖書』の四福音書記者について「マルコ・マタイ・ヤコブ・ヨハネ」という誤文を作っていた。正しくはヤコブではなくルカなので誤文になる。一応用語集に記載があるので完全な範囲外ではないが,キリスト教徒でなければ普通の受験生は覚えないところだ。それを考慮してか,この社会科学部の問題は消去法で解けるようになっていた。

そういった観点から考えて,本問はやはりまずい。仏教の四大聖地が世界史的に巨大な役割を果たしたかと言えば,残念ながら違うだろう。4つの地名ともにメジャーではないため消去法で解くのも難しく,用語集に記載があるかと言えばブッダガヤ以外は全くない。一応四大聖地を掲載している資料集はあるので純然たる範囲外とまでは言わないが,やはり普通は覚えないところである。どころか,相当に熱心な仏教徒でないと知らない分,四福音書記者よりもマイナーだろう。

さて,cのサーンチーが正解である。ここはマウリヤ朝のアショーカ王が巨大なストゥーパを建てたところで,これはこれで仏教の聖地である。なお,正しい四大聖地は,まずブッダの生地であるカピラヴァストゥだが,これは正確な場所がわかっていない。インドとネパールの政治的な問題をはらむためこれ以上の言及は避けたい。dのブッダガヤが悟りを開いた地,aのサールナートが初めて説法を行った地,bのクシナガラが釈迦入滅(死去)の地である。


19.早稲田大 教育学部(3つめ)
<種別>奇問・難問
<問題>4 (4) これ(編註:八正道)に入らないものはどれか。

a 正見  b 正精進  c 正則  d 正命

<解答解説>
八正道は仏教の説く実践修行の方法だが,これも世界史としては普通覚えない。倫理でなら覚える。奇問というほかない。正解はcの正則が違う。八正道は
・正見=正しいものの見方(特に四諦について)
・正思(惟)=正しい思考方法(怒りや欲望に捕らわれた思考への戒め)
・正語=正しい言葉遣い(悪口はダメ)
・正業=正しい行い(殺生や姦淫の禁止)
・正命=正しい職業
・正精進=正しい努力
・正念=正しい気付き(自らの精神状態について)
・正定=正しい精神集中・精神統一
の8つ。なお,「正則」は数学用語である。「複素平面の一定の領域で定義された複素変数関数が、領域内のすべての点で微分可能なこと。」と辞書に載っていたが,文系数学の複素数平面で微積分はやらないために,この用語自体出てこない(し私も知らなかった)。さらに言えば2014年卒の高校生の場合,文系数学で複素数平面自体習わない。もっとも,習うとしても教科間を飛び越えた出題になるのでアウトだが。もしかして2015年入試から数学に複素数平面が復活するのを暗示してみた可能性が微レ存……?


20.早稲田大 教育学部(4つめ)
<種別>奇問
<問題>4 (5) これを仏教用語で何というか。(編註:悩みのない心の状態)

a 我執  b 我慢  c 涅槃  d 無常

<解答解説>
難易度的には易しいというか,常識的にcの涅槃とわかるので解説は不要だろう。それにしても,「悩みのない心の状態」で我執と我慢は人をなめてるだろという選択肢の並びである。


21.早稲田大 政経学部
<種別>奇問
<問題>1 中国の諸王朝には,『詩経』に「普[ a ]之[ b ],莫非王土」とあるように,皇帝の権威は[ a ][  b ],つまり世界全体に及ぶべきだという思想があり,そもそも国境という概念は希薄であったが,まったく存在しなかったわけではない。

B 1 空欄a,bにあてはまる漢字(それぞれ1字)は何か。

<解答解説>
知っていた人は別として,直感で答えが分かった人は意外と多いのではないか。かく言う私も直感で当てた側の人間である。正解は「天下」,つまりaが「天」でbが「下」になる。書き下せば「普天の下,王土にあらざるなし」になり,世界全体は天子の領土であるという意味になる。本来はこの後に「率土之濱,莫非王臣」つまり世界全体で天子の臣下でないものはない,と続く。しかしこれは世界史の問題じゃなくて漢文の問題だろう。しかし,学部が異なるとはいえ仏教の問題に続いて儒教の問題とは。18番で触れた通り,キリスト教の四福音書記者の問題も出ていたし,2014年の早稲田は宗教ブームだったのか。


22.早稲田大 政経学部(2つめ)
<種別>難問
<問題>2 第六,ペルシア戦争後の体制であり,この時の改革はまだ[ f ]の監督のもとで行われた。第七の体制は,(中略)エフィアルテスがこの[ f ]から政治的実権を奪った政変の後の体制である。この体制のもとでアテナイは,[ g ]たちの活動によって,きわめて多くの政治的失策をおかすことになった。
(出典:アリストテレス『アテナイ人の国制』第41章より,一部改変)
(編註:中略は原文ママ。またgの正解は「デマゴーゴス」。)

4 空欄[ f ]にあてはまる語句は何か。

イ 五百人評議会  ロ アレオパゴス評議会  ハ ヘラス同盟  ニ 隣保同盟

<解答解説>
まずエフィアルテス誰だよお前。この人はペリクレスとともにアテネの民主化を完成させた人物だが,範囲外である。ただまあ彼の活躍時期は「ペルシア戦争後」と「デマゴーゴス」の間ということから,なんとなく民主化完成期であろうとわかる。なお,同名の人物が映画『300』に登場するが(身体的障害を抱えた人物),ここで話題になっている政治家エフィアルテスとは全く関係ない。

それで選択肢を見ると,ハのヘラス同盟はマケドニアのフィリッポス2世が作ったものだし,アテネ国内の話題で「同盟」というのもおかしな話であるから,誤答と判断できる。同様の理屈でニの隣保同盟も外せるが,これは範囲外である。なお,隣保同盟とは神殿などを中心として近隣のポリス同士が結んだ同盟のことをいう。さて残ったイとロ。イの五百人評議会は用語集頻度△覆ら範囲内であり,しかも本問の直前の時期にクレイステネスが創設したものであるから(『アテナイ人の国制』で言えば“第五の体制”),非常にそれっぽい。しかし誤答である。五百人評議会は「民会の予備審議や日常の行政を担当した」と用語集にあるように,その後に国政の最高機関となっていく民会の附属機関として長く生き残った。

というわけで正解はロのアレオパゴス評議会であるが,もちろん範囲外である。このアレオパゴス評議会はローマにおける元老院のようなものであった。民会が市民全員参加・五百人評議会は市民から抽選で選出された議員だったのに対し,アレオパゴス評議会は貴族に独占されており,司法権と国政を監査する権限,そして国政の最高官職であるアルコン(執政官)の選出権限を持っていた。しかし,前462年に起きたエフィアルテスとペリクレスのクーデタにより司法権は民衆裁判所へ,国政監査権は民会へ移り,アルコンの選出は抽選となる(同時にアルコンは事実上の名誉職へ)。そしてエフィアルテスが暗殺され,ペリクレスの黄金期が到来する。


23.早稲田大 政経学部(3つめ)
<種別>奇問
<問題>3 A 2 図,陵諭垢聞匈ぁ癖埣陝大航海時代のもの)あるいはその後の航海でヨーロッパに持ち帰られた香料のうち,原産地がアジア地域以外のものはどれか。

イ オールスパイス(三香子/百味胡椒)   ロ クローヴ(丁子)   ハ シナモン(肉桂)   ニ ナツメグ(肉荳蔲)

<解答解説>
なんでや!阪神の監督関係ないやろ!と10年後くらいに見たら何のネタだったか悩みそうな戯言は横に置いといて。前近代の海路による東西交易は近年注目されるテーマであり,香辛料の具体例も資料集などでよく紹介されるようになった。それらを見ていれば解答を出すことができたであろう。とはいえ入試で聞くことなんですかねコレ……胡椒くらいはセーフとしても,他は。

ロのクローヴとニのナツメグはモルッカ諸島原産。ハのシナモンはベトナム説と南アジア説があるようで,はっきりしていない。というわけで正解はオールスパイスだが,料理や香辛料に興味が無い場合,初めて見る名前ではないか。私自身全く知らなかった。オールスパイスの原産は西インド諸島で,シナモン・クローヴ・ナツメグの3つの香りをあわせ持つことからこの名前がついたそうだ。ところで,「香料」は原文ママなのだが,これらって全部「香辛料」じゃないですかね。確かに香辛料と香料を厳密に区別しない傾向は存在しているが,個人的には反対である。

2014年の政経学部は2013年に比べると随分マシになった。が,新傾向として論述問題が課されるようになり,良いか悪いかとは別の観点から受験生を驚かせたのではないかと思う。


24.早稲田大 商学部
<種別>問題文のミスと悪問
<問題>1 中国史上には幾多の王朝が興亡し,民衆反乱も数多く起こった。そのなかには王朝滅亡のきっかけや,原因となった反乱がある。後漢末の黄巾の乱は各地に波及し,外戚や宦官の跋扈は中央政府を混乱させ,王朝の権威は地に落ちた。永嘉の乱は,西晋の滅亡のみならず,D五胡政権の乱立と華北支配という,今までになかった状況を中国にもたらしたことで注目される。(強調は編者)

問D 下線部Dに該当しない胡族と政権の組み合わせはどれか。

1.匈奴−前趙  2.氐(編註:テイ,外字)−前秦  3.羯−後趙  4.鮮卑−西魏

<解答解説>
まず,永嘉の乱は民衆反乱ではないんですがそれは。省略したが,以下続く問題文には「黄巣の乱」・「李自成の乱」・「紅巾の乱」・「白蓮教徒の乱」・「太平天国の乱」と出てくるので,きちんと民衆反乱ではないものを外している。しかも「北宋と南宋は,民衆反乱ではなく北からの女真とモンゴルによって滅ぼされた」と書いて民衆反乱で滅亡したわけではないと区別しているので,ますます永嘉の乱が浮いてしまっている。非常に不可解な文章。もっとも,これのせいで解けなくなる問題が無いので救いだが。

で,問題の方。五胡の組み合わせ自体が難問ではあるが(一応範囲内),実は組み合わせとしては1〜4全て正しく,判別の基準はそこではない。じゃあどういうことかというと,4の西魏は五胡十六国時代じゃなくて南北朝時代だから誤りと言いたいらしく,駿台・代ゼミ・東進はこれらを根拠に4を正答としていた(河合塾は「出題ミスの可能性がある」という指摘,後述)。確かに組み合わせに誤りがない以上,これしか解答の出し方が無い。

しかし,実際にはそれほど単純な問題ではない。下線部をよく見ると「五胡政権」とはあっても「五胡十六国時代」とは書いてない。したがって,西魏は五胡時代に存在していないから該当しない,とは言えないのだ。西魏の前身は北魏であり,この北魏が華北を統一して五胡十六国時代を終わらせているため,北魏は通常「十六国」に数えない。が,少なくとも五胡の一つの鮮卑が建てた王朝には違いなく,その意味では「五胡政権」である。一方で,北魏は孝文帝の代に漢化が大きく進んだため,北魏の後継たる西魏も漢化した鮮卑族の政権であると言える。これをもって西魏は「五胡政権」にはあたらないという見方も可能であろう。

しかしそうすると今度は別の問題が浮上してくる。というのも五胡十六国の中には漢民族が建てた政権が3つあり,少なくとも用語集では「五胡の13国と,漢人の3国の総称」と説明されている。よって「五胡政権とは非漢民族政権を指すので,漢化した政権は当てはまらない」という解釈で解答を出そうとすると,もう一つの解釈である「五胡政権とは五胡十六国時代の政権を指すので,南北朝時代の政権は当てはまらない」と相互に矛盾するのである。問題文が二通りの解釈できること自体が批判されるべき事態ではあるが,どちらの解釈でも正解を出すことは出来,その解答は幸運にも一致するものの,解釈同士が矛盾を引き起こしているという,非常に奇妙極まりない問題である。河合塾の出題ミスという指摘は厳しすぎる気もするが,相当に悪質な出題には違いない。ザ・早稲田の世界史という日本語の下手さ。

とはいえ,2013年はワースト2だったことを考えれば,収録がこれ1つというのは大きく改善されている。


25.早稲田大 社会科学部
<種別>難問
<問題>4 問3 下線部(C)について(編註:エンコミエンダ制),エンコミエンダ制はインディオを「野蛮人」と位置づけることにより正当化が試みられた。その論拠として引用された思想家はだれか。

a.ラス=カサス  b.アリストテレス  c.マキァヴェリ  d.ディオゲネス  e.トマス=アクィナス

<解答解説>
aのラス=カサスは言うまでもなくエンコミエンダ制に反対した人物なので誤り。cのマキァヴェリとdのディオゲネスはエンコミエンダ制や奴隷制の議論と何の関連性もないので消去できる。で,残りのアリストテレスとトマス=アクィナスの2択は必要な知識が範囲外である。正解はbのアリストテレスで,彼は奴隷を「後天的奴隷」と「先天的奴隷」に分類した。そして,インディオはアリストテレスで言うところの先天的奴隷に該当すると言うのが,ラス=カサスの論争相手の理屈であった。

この問題の悪質なところは,迷わせる誤答がトマス=アクィナスという点だ。トマス=アクィナスはアリストテレスの理論を神学に応用したのは有名な話で,『神学大全』にも奴隷制について論じた章がある。しかもトマス=アクィナスのほうが時代的に近く,かつアリストテレスと違ってキリスト教徒だ。この二人を比較したらトマス=アクィナスの方を選んでしまいそうになる。性格の悪い作題者である。これがウィリアム=オッカムだとかルターだとかなら普通の問題であった。


26.早稲田大 社会科学部(2つめ)
<種別>悪問
<問題>4 問6 下線部(F)について(編註:イギリスの侵入),イギリスの新大陸への勢力拡大をもたらした条約や戦争として,適切でないものを1つ選べ。

a.アミアンの和約  b.ウェストファリア条約  c.メシュエン条約  d.スペイン継承戦争  e.イギリス=オランダ戦争

<解答解説>
答えはbのウェストファリア条約とすぐにわかるが,あえてその先も考えるとaのアミアンの和約って新大陸と何か関係あったっけ?というところで途端に悩ましくなる。複数正解を疑って調べてみると,アミアンの和約ではトリニダード島の領有権がスペインからイギリスに移っている。小さな島一つではあるが,「イギリスの新大陸への勢力拡大」には違いない。もちろんアミアンの和約のこの内容は範囲外。一つ前の25番と同じ作題者だと思われるが,本当に性格悪いな。

その他について一応書いておくと,cのメシュエン条約は1703年にイギリスとポルトガルの間に結ばれた通商条約であるが,これによりブラジルにイギリスの工業製品が流入したため,ブラジルがイギリスの経済的従属下に置かれていく契機となった。これはこれで「勢力拡大」と解釈できる。なお,メシュエン条約は用語集頻度,如い海譴發なり細かい。dのスペイン継承戦争は講和条約のユトレヒト条約でイギリスが大量の領土を得ているし,eの英蘭戦争はニューヨーク領有の契機となった。


27.早稲田大 社会科学部(3つめ)
<種別>難問・出題ミス(複数正解or解無し)
<問題>4 問8 下線部(H)について(編註:革命運動の様相),ラテンアメリカの独立運動や革命運動に関する記述のうち,最も適切なものを1つ選べ。

a.メキシコでは,ディアス大統領の長期独裁の下で貧富の差が拡大したため,1911年に農民運動の指導者サパタはディアスを追放し,大統領に就任した。
b.司祭イダルゴは植民地政府を非難し,奴隷解放やインディオの土地回復を提唱して蜂起し,メキシコ独立を宣言した。
c.奴隷解放宣言を発表して多様な支持基盤を得たシモン=ボリバルはスペイン軍を各地で撃退し,ボリビア解放に続いてコロンビアやベネズエラを独立に導いた。
d.奴隷制度の全面的な廃止を成果とする南北戦争に従軍したハイチ出身の黒人部隊の多くが,後に最初の黒人共和国の成立に大きく貢献した。
e.1959年にバティスタ政権を倒したカストロは農地改革や大企業の国有化を進めたが,アメリカは新政権を承認せず,キューバ危機へと発展していった。

<解答解説>
aはサパタが大統領に就任していないので誤文。cは独立の順番がコロンビア・ベネズエラ→ボリビアなので順番が誤り。dはハイチ独立が1804年,南北戦争勃発が1861年なので時系列が逆であり,誤文。ここまではいいのだが,bとeは両方とも一見して正文であり,判断がつかない。

実際,両方とも正誤判定自体が微妙なのである。bは,イダルゴは貧農を煽って反乱を起こし,後に「メキシコ独立の父」と讃えられているが,実は明確な独立宣言を出していない。この点を取ると「メキシコ独立を宣言した」が誤りになる。が,受験世界史ではそこまで学習しないし,どころか用語集には「独立宣言発布の翌1811年,捕えられて処刑」とばっちり書いてある。これは1810年の有名な演説「ドロレスの叫び」を実質的な独立宣言と解釈しているのだと思われる。

一方,eは二箇所疑惑の箇所がある。まず,バティスタ政権は厳密に言えば1958年12月31日に倒れており,1日の権力の空白があって,1959年1月1日にカストロ政権が誕生した。この1日を厳密に考えるなら,最初の年号が誤りとも考えられる。もう一箇所は「アメリカは新政権を承認せず」の部分で,実はカストロ新政権の側は革命直後アメリカを訪問しており,友好関係を築く考えであった。ところが当時のアメリカの大統領アイゼンハウアーはカストロを過度に敵視しており,会見を拒絶。代わりに副大統領のニクソンがカストロに会っている。その後もキューバの働きかけに対してアメリカはつれなく,1961年の1月になってから,アメリカ側からキューバへ国交断絶が告げられた。それゆえにキューバはソ連に急接近し,1961年5月には社会主義宣言,そして1962年にキューバ危機が起きる,という流れである。そう考えるとキューバ危機って完全に自業自得なのでは……という感想は置いといて,つまり1959年1月から1961年1月の丸2年,アメリカとキューバの外交関係は宙ぶらりんであり,なんとも解釈しがたい。ニクソン副大統領には会っている,1961年1月にわざわざ断交宣言を出している等を考えれば,一応新政権を承認していたと言えなくもないし,全般的には新政権を無視する方向で外交政策をとっていたとも言える。

以上の理由からbもeも非常に危ういのだが,奇遇にも危うさのレベルが同等の選択肢が2つあるため,複数正解の可能性と正解無しの可能性が双方あるという,これまた珍しい現象が起きてしまった。bがダメならeもダメだろうし,bがいいならeもよかろう。いずれにせよ,出題ミスと判断してよい。予備校間の判断も割れている。駿台と代ゼミは本記事とほぼ同様の理屈で出題ミスを指摘しつつ,一応の正解はbとしていた。早稲田予備校はbを正解とし,出題ミスとまではいかないが「こうなると知識として知っているというより読解ゲームである」と強烈に批判している。bについては言及なし。東進はbを正解として補足説明なし。河合塾はeを正解として補足説明なし。いや,さすがにこの問題は何か補足説明しないと解答速報として手抜きでしょ。後日,大学当局から「出題ミスがあったため,受験生全員に得点を与える措置をとった」という発表があった。複数正解ではなく正解無しという判断をとったらしい。ですよねーとしか言えない。

本問も25番・26番と同じ作題者だと思われるが,本問の場合は性格が悪いのではなく,メキシコ独立運動かキューバ危機いずれかの知識不足が原因と思われる。性格が悪い上に世界史も不得意ではどうしようもないですね,と嫌味でも言いたくなる。


その3(国立大編)へ続く。

この記事へのコメント
どうでもいいコメントで恐縮ですが…理系なので世界史(いや、倫理か)用語の中に突然「正則」という言葉が現れて笑っちゃったので。
微分可能な領域上の複素関数を指す「正則」は理系でも高校生はまず習わないと思います。大学でも数学科とか物理学科とか、その辺りに進まない限り普通は習わないような感じです。ちなみに、数学において「正則」は様々な意味で使われ、これ以外にも例えば「逆行列をもつ正方行列」のことを「正則(行列)」と呼んだりします。こちらは理系の大学生ならば数学専攻でなくても教養課程で学ぶんじゃないかと思います。(概念自体は易しいので高校で教えてもおかしくはないです。多分言葉そのものは習わないでしょうが)
Posted by essfor at 2014年03月13日 02:22
いえいえ,勉強になりました。
そうするとますます作題者がどうしてこの言葉を持ってきたのか,気になりますね……
Posted by DG-Law at 2014年03月13日 05:55
>そうするとますます作題者がどうしてこの言葉を持ってきたのか
多分ただの親父ギャグではないかと……(身も蓋もない感想)
Posted by mukke at 2014年03月13日 06:04
それはそれで,よく正則なんて言葉を思いついたなとw>親父ギャグ
Posted by DG-Law at 2014年03月13日 06:23
9.早稲田大 文化構想学部(2つめ)
ウ イギリスは,アメリカの軍事行動に積極的に協力し,イギリス軍部隊がアメリカ軍部隊とともに首都バグダードを制圧した。

↑で、イギリス軍はアメリカ軍とともにバグダードを制圧していません。
たしかイギリス軍は上陸後、バスラの近くでうろうろしていただけで、首都突入と制圧自体は米海兵師団と米陸軍歩兵師団、空挺師団が行ったはずです(突入は第3歩兵師団だったはず)。
その後の活動やISAFには確かに英軍も関与しましたしたが、「アメリカ軍とともに〜制圧した」という記述はふさわしくないような気がします。

また、重火器の定義に関しては教範などでも(調べた範囲では)明らかではないようですが、どうやら特科(砲兵)や普通科中隊の迫撃砲小隊が運用する81mm迫撃砲……つまりご指摘の通り個人携行でなく、かつ専科兵が運用するものを(自衛隊においては)重火器というようです。以前として線引きはできませんが、人を対象としない兵器(例えばM2とか)は個人的に重火器ではないのかなとも思います。
Posted by E.Yakoh at 2014年03月13日 12:43
↑に付け加えで、96WAPCなどにはM2などの重火器とも言えるものが車載されているので、それを指して重火器を持って行ったと言うこともできると思われます。
Posted by E.Yakoh at 2014年03月13日 12:51
15は初見だと
「b ルイ13世の宰相リシュリューは,貴族やユグノー勢力をおさえ,三十年戦争ではプロテスタント側にたって活躍した」
が罠設問かなあと思いました。
スウェーデン戦争期まではともかく、フランス参戦以降の反皇帝陣営(というか反ハプスブルク)陣営は「プロテスタント側」とは言いがたいので。
ただこれを大っぴらに認めるのも、高校世界史の範囲ではそれはそれで無理があるようにも思えますので、うーん?
Posted by cider_kondo at 2014年03月13日 14:53
>E.Yakohさん
ご指摘ありがとうございます×2。
イギリス軍については,受験世界史のベースとなっている山川出版社の『世界史用語集』において「(アメリカ軍は)4月初めにはイギリス軍とともにバグダードに突入・制圧し,5月フセイン政権の崩壊と主な戦闘の終了が宣言された。」と記述があります。
ご指摘の通りならば,そもそも高校世界史自体が間違っているという,より深刻な事態になりますね……いや,意外とよくある話なんですが。
でもって,高校世界史の記述と史実が相反する部分については出題しない,のが適切な措置なんですが,おもいっきり出してしまった形になりますね。


もう一つの方ですが,実は重火器の定義を調べていて一番引っかかったのが重機関銃でした。仰る通り,対人兵器ではあるけど個人携行ではないよなぁと。これが装甲車に装備されているわけで。
本文に書いた通り,共産党などが主張する「重火器を持つ自衛隊を初めて海外に派遣した」も十分に理があると思います。


>cider_kondoさん
便宜上フランス参戦後も「新教側」や「プロテスタント側」と呼ぶことが多いですね。
ただ,ご指摘の通り,他の選択肢がどうにも誤答に見えた場合,そういうところも疑わざるをえないのが早稲田の正誤判定ではあります……
Posted by DG-Law at 2014年03月13日 18:32
15の人間科学部の設問ですが,問題文はどこでご覧になりました?

私は代ゼミで確認したのですが,選択肢bで正しくは「三十年戦争」であるべきところが「三十戦争」になっていました。

河合塾のHPでも確認したのですが,こちらも「三十戦争」となってましたので,もしかするとこれが理由なんでしょうか。
Posted by yam at 2014年04月17日 17:10
あ,ほんとだ。
代ゼミを基盤に,一応全大手予備校の問題見て解いてましたが,なるほどこれですね……
ありがとうございます!
追記しときます。
Posted by DG-Law at 2014年04月17日 20:55
チェロキー族 山川の教科書にあります。
Posted by あ at 2016年10月01日 23:39
ご指摘ありがとうございます。
2013年当時の教科書で確認しましたら,確かに地図のところに小さく書いてありますね。
何かの折に直しておきます。
Posted by DG-Law at 2016年10月03日 09:08
早稲田の教育学部の問題なんですが、
ユーグ・カペーの父系の祖父ロベール1世の妻はカール大帝の息子でイタリア王ピピンの玄孫なのでカロリング家の血を引いているのではないでしょうか。
Posted by あ at 2018年01月08日 20:33
調べたところロベール1世とその妻の孫がユーグ・カペーでしたので
Posted by あ at 2018年01月08日 22:31
ご指摘ありがとうございます。
実はその点には気づいており,書籍版では解説を変えています。
ただ,今見直したら書籍版の表現もまだ微妙だったので,訂正リストに入れておきます。
Posted by DG-Law at 2018年01月09日 02:26