2014年04月22日

三十年戦争の絞首刑の絵の人

ジャック・カロ《戦争の悲惨(大)絞首刑》西美のジャック・カロ展に行ってきた。どうでもいいが,URLが2013callotになっていることに今気づいた。2014年なのに。

ジャック・カロと言われてもピンと来ないかもしれないが,画像を見て誰のことか分かった人も多いのではないか。三十年戦争の戦争画を描いたこの人である。生まれはロレーヌだが,この時代の画家のご多分に漏れずローマに留学。トスカーナ大公国に仕え,フィレンツェでしばらく過ごしている。代表作しか知らなかった身としては意外なことに,彼の作品はこの時期のものの方が多いようだ。そこで仕えていたコジモ2世が亡くなったのを契機に故郷に帰ったが,ロレーヌ公国ではあまり仕事をもらえなかった。理由としてはロレーヌ公国の財政危機が挙げられるが,すでに三十年戦争が始まっていた時期でもあった。やがてロレーヌ公国も三十年戦争に巻き込まれ,フランスの侵略を受ける。ウェストファリア条約でフランス軍はロレーヌから撤退し公国は復活するが,ジャック・カロはそれ以前の1635年に亡くなっている。なお,その後もフランスの侵略は続き,最終的に18世紀半ばにロレーヌを併合する。

やはり代表作は三十年戦争を描いた《戦争の悲惨》であろう。しかし,これまた意外なことに,有名な《戦争の悲惨》は自主的な制作でも被害を受けたロレーヌ公の発注でもなく,フランス王からの発注であるらしい。ときどき勘違いされているのを見るが,吊るされているのは敵兵でも農民でもなく,傭兵である。実は本作は連作であって,この手前にはこの傭兵たちが農村や修道院で略奪を働いているシーンが描かれている。その後,この傭兵たちが他の兵隊たちに捕縛されるシーンがあり,その後でこの絞首刑のシーンが来る。なお,この処刑のさらに後には,傭兵の処刑の報告を受けるフランス国王の姿が描かれている。要するにこの連作で訴えられているのは規律の重要性であって反戦ではないのだ。今回の展覧会では本作を反戦の絵として見ることに対して,強い戒めを発していた。その通りであろう。無論のことながら反戦は重要で,古今東西で美術作品のテーマになるものだが,戦争の悲惨さを描いていれば即反戦がテーマというのは短絡的すぎる話だ。

その他の作品も魅力的なものが多かったが,《インプルネータの市》を挙げておく。ジャック・カロの版画の魅力というとその異常な緻密さが一つにあるが,本作は通常の版画よりも大きめの作品であるから,より緻密さが際立つ。大きな作品なのに,隅々まで丹念に描写してある。一説には本作だけで千人いるそうだが,数えるのもしんどい。リンクした西美のHP上でもそこそこズームして見られるが,今回の展覧会ではルーペを入り口で貸し出している他,本作については超拡大して見られるデジタルルーペの筐体も設置されていてかなり細部まで見ることができる。そうして見ると手相占いする女性とスリの少年のコンビがおるわ,縛られて見世物になってる犯罪者はおるわ,殴り合いのケンカをしてる人たちもおるわでだいぶカオスである。ジャック・カロの絵は発注されて描いたであろう宗教画も多い一方で,こうした猥雑な民衆の光景や反戦目的ではない戦争画,道化や乞食など,多種多様な人間の描写が目を引く。先述の《戦争の悲惨》も,キャプションでは「(依頼があったというより)人間を描写したかったのではないか」と画家の制作動機について述べており,非常に説得力があるように思う。


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