2014年08月05日

ヒトラーの贋札

ホロコーストを扱った映画の金字塔というと『シンドラーのリスト』で異論は無かろう。あの作品は強制収容所内の悲惨さを訴えた系統の作品であった。しかし,『シンドラーのリスト』があまりにも偉大すぎるため,以後のホロコースト作品は何かしらの工夫が必要になる。うまい具合に比較されることを避け,新たな作品像を打ち立てたのは『戦場のピアニスト』だと思う。あえて逃げまわるピアニストと破壊されるワルシャワ市内に焦点を当て,悲惨の強調される強制収容所は映さなかった。しかし,孤独極まる逃亡生活の苦しさや廃墟となったワルシャワの虚無感,そして哀愁漂うショパンの音楽と,ホロコーストの悲劇を示すには十分なインパクトを持った。『ライフイズビューティフル』は強制収容所が舞台の話ではあるが,主役を「楽しく生きよう」をモットーとするイタリア人にすることで,重く苦しい収容所生活の中に明るさを持ち込んで差別化しようとしていた。

さて,『ヒトラーの贋札』はどうだったかというと,「(比較的)厚遇されるユダヤ人」に焦点を当てることで差別化を図った,と言えるだろう。主人公は天才的な贋札造りの犯人で,それゆえに「ポンドやドルの贋札を作って連合国の経済を混乱させる」という作戦が発動されると,一躍厚遇される立場となった。作業場には他にも印刷工や画家志望の学生など,贋札造りに必要な技術の持ち主だったり手先が器用だったりする人々が集められ,「これだけの待遇を与えてやっているのだから,協力しろ」と迫ってくるわけである。協力すれば戦争は長引くし,協力しなければ元の収容所へ連れ戻されたり殺されたりする。結局,彼らは巧妙にボイコットしつつも,贋札造りに協力せざるをえないのである。

本作のハイライトは,誰しもが次のシーン群を挙げるだろう。一般のユダヤ人収容者の生活を,彼らが覗いてしまった場面や,無造作に殺害されるのを目撃してしまったシーンである。あからさまな分割統治ではあるが,自分たちが厚遇されているだけに,そして強制的にとはいえ協力してしまっているだけに,やりきれない気持ちが蔓延する。彼らは贋札造りに協力すべきであったのか否か,彼らに与えられた厚遇は許されざるものなのか。本作はその倫理的な答えを出さないし,また出ない類の問いであろう。しかし,主人公ソロヴィッチは,その倫理的問いと答えの間をかいくぐり,知恵と機転を働かせて,最適解を導いていく。極限状況で最後に勝利を得るのは個人の才知というのがひょっとしたら答えなのかもしれないと考えると,誤りではないがそれはそれで薄ら寒い。

なお,本作は実際に贋札造りに参加した人の自伝をベースにしている実話である。また,『ヒトラー最期の十二日間』と同じ制作会社ということを頭の片隅に入れておくと,さらにおもしろいかもしれない。


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カール・マルコヴィクス
東宝
2008-07-11




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