2015年01月18日

2015年度センター試験地歴の「やらかし」について

まさかセンター試験で「悪問集」に入れなくてはならないようなミスが出るとは思ってもなかったが,出たものはしょうがない。しかし,マスコミの報道では説明が面倒くさいからかミスの内容が詳しく解説されておらず,各予備校でも所詮100点満点の3点分であるせいか,大きく取り上げられていない。そして受験生の間での噂話では情報が錯綜していて混乱しており,あまり良い状態とは言えない。そこで,本ブログで取り上げて問題点を整理しておく。取り急ぎの超音速で書いているので,この解説自体に誤植があったり,後から追記のあったりするかもしれないが,糾弾目的で書いている記事ではないので,ご容赦いただきたい。なお,直接の出題ミスが出たのは世界史Bのみだが,日本史Bでもやらかしているので,表題は「地歴」としておいた。これについても一応触れる。


1.センター試験世界史B〔本試〕
<種別>出題ミス(複数正解)

<問題>第4問 問8 下線部8(編註:貞享暦)について述べた次の文中の空欄〔 ア 〕と〔 イ 〕に入れる語の組合せとして正しいものを,下の1〜4のうちから一つ選べ。 (問題番号35)

貞享暦は,中国の〔 ア 〕の時代に,〔 イ 〕によって作られた授時暦を改訂して,日本の実情に合うようにしたものである。

1 ア―元  イ―顧炎武
2 ア―元  イ―郭守敬
3 ア―清  イ―顧炎武
4 ア―清  イ―郭守敬


<解答解説>
大学入試センターの公式発表によると,2と4の両方で正解になる。〔 イ 〕の方は,授時暦の制作者が郭守敬であるので問題ない。つまり,〔 ア 〕が問題になる。これは単純な日本語のミスだ。「中国の〔 ア 〕の時代に」がどこに係っているかで文の意味が変わってきてしまう。

・「中国の〔 ア 〕の時代に」が「〔 イ 〕によって作られた」に係ると考えると,〔 ア 〕には授時暦の制作年代が入るので「元」が正しく,問題の正解は2となる。
・「中国の〔 ア 〕の時代に」が「貞享暦は」や「改訂して」に係ると考えた場合,〔 ア 〕には貞享暦の制作年代が入る。これは17世紀後半にあたり,日本で言えば江戸時代だが,中国で言えば「清」の時代になる。この場合,問題の正解は4になる。

どちらも日本語としては十分に通じる。あえて言えば,私は後者の解釈の方が日本語として自然に感じるが,読者諸氏としてはいかがだろうか。ただし後者の解釈では,本来的には日本史用語であるところの貞享暦の制作年代を問う,という良問でならすセンター世界史らしからぬ作問となってしまう。ただし,多くの世界史の教科書にも貞享暦は登場するから,完全な範囲外ではない。よって,貞享暦の制作年代を問うこと自体が即不適切な出題になるというわけではない。

しかし,貞享暦の制作年代が問われたならば答えは「日本の江戸時代」であるべきであって,わざわざ中国の時代区分で解答させる意味はほとんど無い。しかも,実は問題文の下線部8のすぐ前に「江戸時代の日本で,囲碁の家元に生まれた安井算哲(渋川春海)が」と明示してあるので,この状況下で「清」を解答に求める出題をするのは,ますますもって奇妙だ。つまり,後者の解釈で取ろうとすると日本語としては自然でもセンター試験としてはやや不適切ということになってしまう。前者と後者,いずれの解釈でも問題が残るのである。

どうしてこんなことになってしまったかといえば,読点(カンマ)を余分に打ってしまったことが原因である。大学入試センターとしては前者の解釈のつもり,すなわち「元」が正しく正解は2としたかったようだ。であれば文の二つ目の読点,つまり「中国の〔 ア 〕の時代に“,”」のこの読点を削除すれば,前者の解釈でしか取れなくなる。こういう日本語のミスは作題者本人や厳重なクロスチェックでも気づかない時は誰も気づかないもので,事故に近い。特に「授時暦=元の郭守敬が作成」という構図がこびりついている人ほど,この種のミスには気づけないものだ。これを防ぐ手段としては,あえて世界史にあまり習熟していない人を使って事前に解かせるという手段がある(たとえば地理の作題者とか,英語の作題者とか)。本問自体,教育産業からの指摘ではなく受験生からの指摘で発覚したそうだが,納得する話で,意外とそういうもんである。おそらく大学入試センターは世界史のベテラン勢だけでクロスチェックをしたのではなかろうかと思う。割と同情する。


2.センター試験世界史B〔本試〕(2つめ)
<種別>出題ミスにあたるかもしれない
<問題>第2問 問7 下線部7(編註:イラン産生糸やアナトリア産綿花)に関連して,繊維の原料や製品について述べた文として正しいものを,次の1〜4のうちから一つ選べ。 (問題番号16)

1 漢代の江南地方で,綿織物業が発達した。
2 ジョン=ケイが,紡績機の改良を行った。
3 アメリカ合衆国南部では,綿花のプランテーションが発達した。
4 18世紀後半に,ナイロン(合成繊維,石油を原料とした人工繊維)が開発された。

<解答解説>
1は,綿織物業の発展は宋代以降の江南になるので誤文。4はナイロンの発明が20世紀前半になるので誤文。3が正文で,これが大学入試センターの想定した正解。

では,選択肢の2について。ジョン=ケイは織布工程で使われる「飛び杼」の発明者であって,紡績機の発明には携わっていない。よって誤文……というのが受験世界史としては適正な解答解説になる。ところが,ググってみると状況が一変する。なんと,紡績機の改良者にもジョン=ケイがいるので,一転して正文になってしまうのである。日本語版Wikipediaだけではソースとして心許ないわけだが,探せばもうちょっと信用できるソースは出てくる。たとえばこれ(pdf注意)とか,これ(経済学者のジョン=ケイが歴史的ジョン=ケイについて語るエッセイ)とか。要するに,水力紡績機の発明者アークライトの協力者であったようだが,本職の歴史家ですら「飛び杼」のジョン=ケイとしばしば取り違えるようなマイナー人物であるようだ。日本語版Wikipediaに記事があること自体がおかしいというか,無ければ多分誰も気づかずに終わっていただろう。今,さらに信頼のおけるソースとして紙媒体の参考資料がないか探しているところだが,案外と言及しているものがなくてちょっと困っている。場合によってはこの解説を後で書きかえるかも。

さてこういう経緯であるので,本問を大学入試センターが出題ミスと認めていない理由もわかる。「うちは適正に問題を作っているので,範囲外からは決して出題しませんよ」と。だから「紡績機改良者のジョン=ケイが歴史上存在したとしても,範囲外にあたるのだから『受験世界史上は』存在しないものとして扱います」ので出題ミスではない。これが大学入試センターの立場であり,むしろ本問を出題ミスとして認めてしまうと「何のための『受験世界史』という枠組みなのか」というアイデンティティの喪失にかかわることとなってしまう。これを防ぐために,間違いなく問い合わせはあったはずだが,あえて黙殺しているのではなかろうか,というのが私の推測である。

これは,実際に過去ほとんど出題ミスなく,範囲内限定で良問を輩出してきた実績のある大学入試センターだからこそ可能な「逃げ道」である。拙著(狡猾な宣伝)で批判したような,出題ミスや範囲外からの出題を乱発する某大学とか某大学だったら,こうした言い訳は立たなかっただろう。私自身この黙殺は不快ではないし問い合わせもしていないのだが,読者諸氏としてはどうだろうか。ジョン=ケイ(紡績機)を調べつつ,経過を待ちたい。

(追記)
紙媒体を調べてみたら,意外とあっさり見つかった。時計職人でアークライトに技術協力をしたジョン=ケイ(飛び杼とは別人)は実在するようです。


〔番外編〕 センター試験日本史B〔本試〕
<種別>誤植・出題ミスを際どく回避
<問題>第2問 問3 下線部c(編註:古墳時代には列島各地を政治的に統合したヤマト政権が誕生するにいたる)に関して述べた次の文a〜dについて,正しいものの組合せを,下の1〜4のうちから一つ選べ。 (問題番号9)

a ヤマト政権を構成する豪族らは,氏として組織化された。
b ヤマト政権は,列島各地に田荘とよばれる直轄地を設けた。
c 『魏志』倭人伝によれば,倭の五王は中国の北朝に朝貢した。
d 大王や王族に奉仕する部民として,名代・子代が設定された。

1 a・b
2 a・d
3 b・c
4 b・d

<解答解説>
一見してどこが誤植なのかわからなかった人,あなたは正しい。これは世界史での出題ミスと違って,センター日本史の形式に習熟していないと気づかないたぐいの誤植である。

本問のa〜dにある2つの正文の正しい組合せを選択させる問題は,センター日本史では頻出である。ただし,そこにはa・bのどちらかが1つが正文で,c・dのどちらか1つが正文という鉄の掟がある。かつ,1〜4の選択肢は必ず,1が「a・c」,2が「a・d」,3が「b・c」,4が「b・d」であるのも不変である。前述の鉄の掟を鑑みれば,この4つ以外のパターンは存在しえないからだ。

ここまで書けば,なぜ本問は誤植なのかわかるだろう。1が「a・b」になっており,見た瞬間にこれが誤答とばれてしまう。というかそれだけならいいのだが,本問のようなタイプはa〜d4つの正誤が判別できないと解けない仕様になっているはずなのに,本問はこの誤植によりbが誤文とわかればそれだけで2以外に正解がありえないと分かる間抜け仕様になっている。しかも,実際にbが誤文なので正解は2になる(直轄地は「田荘」ではなく「屯倉」)。得した受験生は多かろう。

この問題,aとdが正文で2が正解だったからよかったものの,aとcが正文だった場合,正解の選択肢がなく完全な出題ミスで致命傷になっていた。作題者は紙一重で出題ミスを避けた形である。

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この記事へのコメント
しかしまあどの設問も枝葉末節の知識を問うものばかりで、
こんなのに高校時代という人格形成に貴重な時間を浪費するならば、
近現代史や統計学をみっちり課したほうがずっといいと思う。
Posted by kiya2015 at 2015年01月18日 13:23
個人的にはこういうスポーツ的に勉学に励むと言うのもいいことだとは
思うけどね。あんまり日本(というか儒教圏)で教養主義やると大体
酷いことになるからなあ。
いわゆるグロテスクな教養そのまんまになっちゃう。

そういう意味でセンター試験みたいなものは重要だと思ってる
Posted by 名無しさん at 2015年01月18日 16:03
この記事を待ってました!

しかし、どちらも解いてる時は気づきませんでしたねぇ…
Posted by がもん総理 at 2015年01月18日 18:41
センター受けてきた高3です。
授時暦のやつは自分その場でおかしいと思ったんで手をあげて監督に
「日本語で答え変わってきませんか」
って聞いたんですけど
「答えに直接関わるから答えられない、自分で考えて」
みたいな返事でした。

今年も悪問集期待してます!
Posted by rick at 2015年01月18日 21:53
>kiya2015さん
本ブログではそこは論点として扱う気はあまり無いんですよね。
というのは横に置いとくと,実際ジョン=ケイやアークライトといった発明家を扱う必要はないだろう,という議論はあります。
郭守敬の授時暦は世界史の内容を相当そぎ落としても,生き残ると思いますが。

>名無しさん
そういう考え方もありますね。

>がもん総理さん
速報性重視で超音速で書きましたが,概ね好評なようで何よりです。
気づかなかった人も多いのではないかと。
得にジョン=ケイの方は試験中に気づいた人が何人いるか,というレベルだと思います。

>rickさん
それは割とまじめに試験監督ダメです。抗議した方がいいです。
実際,出題ミスだったわけですし。

悪問集は作る予定でいます。
収録される問題が多くなければいいんですが。
受験がんばってください。貴方が受ける日程では悪問や出題ミスがないことを祈っておきます。
Posted by DG-Law at 2015年01月19日 09:03
ジョン=ケイの問題について、こんな解釈はどう思いますか?

ジョン=ケイ(1704-1708)は、飛び杼の「発明者」、一方のジョン=ケイは紡績機の「発明者」です。
つまり、後者のケイは紡績機の「改良者」ではありません。選択肢では「紡績機を改良した」とありますから、正答ではありません。
紡績機を発明したジョン=ケイは存在しますが、紡績機を改良したジョン=ケイは存在しません。
Posted by s.k. at 2015年01月19日 11:51
その意見については目にしていましたが,問題なしと判断して言及していませんでいた。

ジョン=ケイ(飛び杼)は飛び杼の発明者ですが,飛び杼自体が「織機」の一部です。ゆえに,「ジョン=ケイ(飛び杼)は織機の改良者」は正文と考えることできます。
似たような理屈で,ジョン=ケイ(紡績機)は確かに水力紡績機の発明者ですが,水力紡績機自体,紡績機という機械の一種です。ゆえに「ジョン=ケイ(紡績機)は,水力紡績機を発明したことで,“紡績機の改良”を達成した」と考えることができます。この考え方を取れば,該当の選択肢は正文になります。

発明の歴史だと,発明者と改良者を厳密に分けるのは困難な事例が出てきます。
たとえばジェームズ=ワットとか。蒸気機関の発明者とも言えるし,手前にニューコメンがいるのだからと考えると改良者とも言えてしまう。ワットの場合は「“実用的な”蒸気機関の発明者」と表現することもありますね。
このように,発明者と改良者の違いにこだわるのは悪手ではないかと。
ジョン=ケイも「発明者であって改良者ではない」として誤文と判断するのは無理筋に思えます。
Posted by DG-Law at 2015年01月19日 12:13
詳細にありがとうございます。

私に致命的な誤認がありました。ケイ(紡績機)が紡績機自体の発明者だと理解していました。冷静に考えればありえませんね。 DG-Lawさんが説く通りですね。まだまだ勉強不足です、精進します。

失礼します。
Posted by S.K. at 2015年01月19日 13:15
>DG-Lawさん
試験監督はどんなに明らかなミスでも問題に関してコメントすることはできませんので、試験監督の責任は問えないかと
それをしてしまうと試験場ごとに条件の差が出てしまいますし

まぁ試験監督といってもその辺の大学教員なんかが駆り出されてるだけだったりで、そもそも問題作成側の人間でもないですし



Posted by M.S. at 2015年01月19日 13:38
>M.S.さん
もちろん,どれだけ明白なミスでも,その場で試験監督の判断を下してはいけないと思います。おっしゃる通り,有利不利が出てきちゃいますし。

ゆえに「答えられない」の部分はいいんですが,「自分で考えて」という指示を与えるのはこれはこれで独断じゃなかろうかと。
そして,この対応が通るなら,出題ミスは受験生の指摘では発覚しない構造になっちゃいますし。
「立場上解答できない」とした上で「本部に問い合わせるので,試験時間内は気にせず解答を続けてください」が筋の通った対応と思います。
(模試の試験監督はどこの予備校もこうなってるはずです)

もっとも,センター試験の試験監督は厳重なマニュアルがあるはずなので,それに従っただけなのかもしれませんが。それはそれで,そのマニュアルはどうかと思いますね。
Posted by DG-Law at 2015年01月19日 16:32
>>読点を余分に打ってしまった
社会人の決裁の場合、ヒラが作ると「これはどっちの意味なんだ」と指摘されて直されるのですが、課長が起案したら「これは分かるだろ」とノーチェックで通りそうです。
まして同分野の同程度のベテランが作ってチェックすると、「別の意味に取れる」と思わないのでしょうね。受験生はともかく、外野から見ると面白いです。
Posted by aruzya at 2015年01月20日 00:23
その辺って社内の風土が問われるところですよね。
大学入試センターがさすがに「上司のミスを指摘できない」ような風土とは考えられないですが,大学だとこういうことはありそう(国公立・私立を問わず)。
Posted by DG-Law at 2015年01月20日 08:41
飛び杼の方のジョン・ケイのwikipediaを見てみると、

息子のジョン ("French Kay") は父と共に長くフランスに住んでいた。1782年、彼は同じく特許問題を抱えていたリチャード・アークライトに父のトラブルの記録を提供している[55]。

と書いてあります。

これが正しいとすると、アークライトはジョン・ケイ(紡績機)も関わっている特許問題解決のために、ジョン・ケイ(飛び杼ジュニア)からジョン・ケイ(飛び杼)に関する資料を提供してもらった、ということになりますねw
Posted by 砂屋 at 2015年01月21日 01:22
その辺の話が本当だとすると,かなりおもしろいですね。
ジョン=ケイは困窮のうちに死にましたが,アークライトは特許取り消しになるまでに十分元が取れたそうで,ジョン=ケイ(French)の手伝いが功を奏していたとすると,江戸の恨みを長崎で果たしたような感じさえしますw
Posted by DG-Law at 2015年01月22日 00:47
予備校Sの試験運営マニュアルにさえ、
質問があった場合は答えずに、
「即」試験本部に連絡しろと書いてあるのです。

あと、大学会場のセンター試験は、
教員が嫌々大学に泊まり、嫌々試験監督しているので、
結構殺気立ってるのです。





帝○とか。
Posted by 通りすがり at 2015年01月24日 21:55
、の場所で解釈がわかれる感じの問題は
早稲田でもありましたね。
Posted by NAS at 2015年01月24日 22:57
>通りすがりさん
ええ,普通はそうなってるはずなんです。
「自分で考えて」という指示に加えて,本部に連絡するかどうか受験生に告げないのは,どうにも不可解です。

>NASさん
その辺は拙著にて手厳しく批判したつもりですね。早稲田と上智はその種のミスが非常に多いです。
http://blog.livedoor.jp/dg_law/archives/52229003.html
Posted by DG-Law at 2015年01月25日 23:11
気分転換に覗きに来ました、先日コメントしたセンター受けてきた高3です。

自分のコメントの説明不足をお詫びしなくてはいけません、その試験監督は即答したわけではなく一旦教室を外して(本部に連絡をしたということなのかな?)僕に返事をしたカタチでした。

本部に連絡を入れるかどうかというのがそこまで重要なことだとは受験生である僕が認識していなくて、みなさんを混乱させてしまったようです。申し訳ありませんでした。センター試験側の対応に特別問題な点はなかったと思います。ただ、所謂"指摘した受験生"はその場ではなんと返されたのかDG-Lawさんに報告したかっただけでした。
長文すいません、失礼します。
Posted by rick at 2015年01月26日 14:25
あー,それならまだ納得できます。一度席を外したのは本部に連絡しに行ったんでしょう。
報告ありがとうございました。お気になさらずに。
Posted by DG-Law at 2015年01月27日 01:22