2015年06月09日

歴史コミュニケーション研究会(5/31)報告

歴史コミュニケーション研究会の第21回に,光栄にも招待されて話なんぞをしてきたので,簡潔に。簡潔になってしまうのは,自分が報告してきた内容についてはあまり書く気がなく(本の内容と同じ内容を書いても意味が無い),一方で議論の内容を書こうとしたら議論自体に集中していて手元にあまりメモがなく(間が一週間も空いたのはこれをどう埋めようか考えていたため),そもそもオフレコであまり表に出せる内容ではないものも多いため。以上三点はご了承願いたい。基本的に,配布したレジュメに沿いつつ,それに関連して出た議論などを足していく感じで。



 ゝ掴世料按
・入試問題をその質で分類すると,「良問」「悪問」と,大多数の「良くも悪くもない問題」に大別される。
・明確な「悪問」は定義しやすく,意見も一致しやすい。一例として,拙著による分類(参考)

・一方,「良問」の定義は人によりかなり異なるのではないか? 良問 = 「難問」にならない程度の知識を応用させつつ,歴史的な「思考力」を問うもの,という定義自体は衆目一致しているが,「思考力」の中身がまるで違う。
→ 史料・資料を読解する能力? 
→ 時系列や論理性に沿って知識を整理する能力? 
→ 条件に応じてテーマを論じる能力? 
→ 推論を立てる能力?
まずはこれを整理しないと,議論が成立しないのではないか? これまでの議論は各々が勝手に定義する「良問」がかみ合わないまま,議論が進められてきて,混乱したのでは?
→ これが大問題なのは,現行の学習指導要領には「歴史的思考力」という用語が掲げられており,かつふわっとした感じの意味で使われているから。ここら辺(pdf)から「歴史的思考力」で検索してくれれば世界史Bの部分に行き当たると思うが,引用するに
「世界の歴史の大きな枠組みと流れを,我が国の歴史と関連付けながら理解させ,文化の多様性と現代世界の特質を広い視野から考察させることによって,歴史的思考力を培い,国際社会に主体的に生きる日本人としての自覚と資質を養う。」
解説編(pdf)も一応掲載しておく。
【追記】実はこれに関連して「思考力」が掲げられている「新テスト」の話題も出たのだが,オフレコにしないとまずい話が多すぎたので,泣く泣くカットさせていただく。

・私的な意見として,実は「どの定義」でもあまり問題は無く,その意味で学習指導要領の用法にはあまり異論がない。いきなりひっくり返すようだが,ある程度はバズワードのままでいい。何かしらの「暗記した知識をそのまま使う」以外の要素があれば,それは思考力を要していて,良問であろうと思う。つまり,良問の範囲を可能な限り広く取る立場。その意味で,良問の定義に関する議論はあまり意味が無いと考えている。むしろ,この議論にこだわり,「貴方の考えている歴史的思考力は“本質的”ではない」という否定的な見解による殴り合いが,議論を大きく妨げているのではないか。

・また,マーク式や短答記述式の問題と,論述問題は分けて考える必要がある。実は後者の方が意見が割れやすい。
→ 「マーク式や短答記述式の問題」で,いずれの定義であるにせよ「良問」を作るのはかなり厳しい。特に難易度が高くなると,悪くなりやすい。
= センター試験は良問が多いとされるが,あれには二つの大きな理由がある。
1.「偏差値50の人が,60点になるように」という明確な目標をもって作られている&作成期間が丸一年あるからこその問題。早慶上智受験者層の水準で“ちゃんと選別できる”問題を作るのは,けっこう難しい(単なる難問は作るの簡単)。
2.実際のところのセンター試験は「良くも悪くもない問題」がちゃんと大多数を占めている = ほとんどの私大の入試と比べると相対的には間違いなく良い。ただし,努力があるのも確か。時系列を意識させたり,地図問題や,画像の問題を出したり。その努力の具体例は後述。
→ 私が常々難関私大の入試問題制作者に対して言っている言葉が,「良問を増やせ」ではなく「悪問を減らせ」なのはこういう理由。論述問題を増やせない事情や,マーク式で良問を作る困難さは私もわかっているので,せめて「良くも悪くもない」問題を増やしてほしい。

・論述問題の場合は良問を作りやすく,受験生の差も出やすい。論述問題である時点で,否応なく「条件や時系列に沿って知識を整理する」ことを要求される=思考力を要するから。知ってる知識をそのまま吐き出すのと,まがいなりにも文章を組み立てるのは,使ってる脳みそが違う。これは案外と意識されていないところで,文章に書き慣れている人ほど,このギャップに意識がいかないと思う。私自身,研究会が終わった後,友人と反省会をしていて,ようやく気がついた。しかし,このギャップがあるからこそ,という話。
ここから言えることは2つ。
1.逆説的に,論述問題を解くのは非常に面倒な作業であり,今の受験生は論述問題を避ける傾向がある。論述問題を課すと,如実に受験生がその入試日程を敬遠する。拙著にも書いたが,論述問題が避けられるのは,少ない労力で大量の受験生を捌きたい大学側と受験生の共犯。
→ 半ば余談ですが,論述問題はすでに準絶滅危惧種の段階くらいにはなっているような。特に300字超の論述を課す大学となると本当に絶滅危惧種。……さらに言えば,国公立二次試験の社会科自体がどんどん死滅傾向で……
2.つまり,論述は変にひねらない方が適切な良問になりやすい。しかし,それでは難易度が高くはならないので,旧帝大クラスになると,やはりひねる必要が出てくる。ひねり方によって大学の特色が出る。一橋大や名大はひねり方がおかしいので,悪問になりやすい。高度な段階での高大接続を議論するなら,この「ひねり方」に関する議論は避けて通れない。

・研究会の議論の目的:マーク式・論述式別・難易度別に,私の考える良問や悪問の具体例を提示し,材料とする。現場と大学教員とのギャップを埋めることに貢献したい。ついでに,最難関の論述問題を高校生に教える側がどのように見ているかかも提示することで,高度な段階での高大接続の議論にも寄与したい。


◆.沺璽式:良問・悪問の事例集
1.センター試験2014年 第2問 
問9 下線部Г亡慙△靴董ぜ,稜表に示したa〜dのうち,アメリカ合衆国で女性参政権が認められた時期として正しいものを,下の 銑い里Δ舛ら一つ選べ。

 a 
1917年 アメリカが,第一次世界大戦に参戦した
 b 
1933年 ニューディール政策が始まった
 c 
1948年 国連が,世界人権宣言を採択した
 d 

   a  ◆b   c  ぁd

[コメント]
1920年の出来事だから,bが正解。と普通に解答してもよいのだが,大多数の受験生は年号までしっかりと覚えてはいない。しかし,解答はちゃんと論理的に出せる。多くの先進国は第一次世界大戦の銃後の活躍を契機として女性参政権を達成するので,それさえ知っていればbに絞れる。作題者の立場から言えば,年号を思い出して放り込むのではなく,時系列的なつながりを想起して解答してほしい問題。

無論,それでも上位層は年号をしっかり覚えていて,論理性もくそもなく見た瞬間で解答して次の問題に行く。逆に言って,「こんな常識的な問題に思考力も何もないだろう」と思われるかもしれないが,正答率は約53%(大学入試センター公表の数値)。誤答した人は,ニューディール政策や世界人権宣言に惑わされたと思われ,女性参政権の背景知識の有無で見事に選別できている。良問と言っていいだろう。


2.〜5.悪問の事例集。拙著からの抜粋なのでここでは省略。センター試験の出題ミスにも触れ,「大学入試センターはミスを認めて謝ったが,こういう日本語の危うい入試問題は非常に多い」という話もした。


 論述式:良問・悪問の事例集
1.東大「テーマに沿った歴史の具体像の抽出,構想力」
膨大と言える世界史の全範囲から,細かく指定された条件に沿った事項(具体例)だけを抽出し,問題文で提示されたテーマに沿って再構成させる問題。現場では一例として2011年の第1問「7〜13世紀のイスラーム世界と周辺地域をめぐる文化的諸交流」を取り上げた。ここで解説すると長くなるので省略。どうしても気になる方はこの辺りを見てくれれば概ねわかると思う。一言付け加えるなら,指定語句という大きなヒントがついてるじゃないか,と誘いにのっていくと,半分しか点がない解答が完成するトラップ。指定語句以外の部分をどれだけ想起できるか,その事項が本当に問題文の提示した条件に沿っているかを精査できるか,が鍵。
→ 確実に良問ではあるのだけれども,言うまでもなく難問で,実際に受験生の答案はズタボロ。あくまで開示点数と受験生からの聴取による推定になるが,平均点は4割程度,最高点は7割程度とどの予備校でも推定しているはず。まあ確かに,この問題文で,「スワヒリ語」「クトゥブ=ミナール」『千夜一夜物語』を想起せよって言われてもねぇ,という受験生の怨嗟の声はわからんでもない。
→ これに対しての指摘として,「確かに教科書からはみ出た知識を必要とせず,理論上は高校生でも満点が取れるのかもしれないが,実際には極めて困難。とすると,受験生の側からするとはじめから70点満点な悪問と変わらんく見えるのでは。というものがあり,私的には大変に目から鱗だった。これは長年東大受験生に教えている立場から言って,一理ある。東大さんはもうちょっと難易度下げてくれませんかねぇ……

2.京大「複雑な事象の時系列的・論理的整理」
2013年の第3問を取り上げた。問題が短いのでさくっと引用。
「フランス革命以降,フランスとロシアはしばしば敵対関係におちいったが,第一次世界大戦では両国は連合国の主力として,ドイツを中核とする同盟国と戦うことになる。ウィーン会議から露仏同盟成立に至るまでのフランスとロシアの関係の変遷について,300字以内で説明せよ。」
シンキングタイムは長く取って30分。これが非常に複雑でヤバイというのは,普通に近代ヨーロッパ史を勉強した人なら一読してわかると思う。推察する力も史料読解力も必要なく,東大のような大それたテーマ設定もないが,これも十分な思考力の使わせ方ではなかろうか,と私は思う。変にひねらず,時系列・論理的つながりだけを問うという点では非常に王道的な論述問題。
→ ちなみに,こいつも受験生の手には余るようで,平均点は約4割程度と推察されている。その意味では,東大と同じツッコミを入れることは可能。

3.阪大「適切な資料の提示からの推論」
2015年の文字資料の問題を提示。問題を載せているところにリンクを張ろうと思ったが,簡単にはみつからないので断念。受験生の見知らぬ東南アジアの文字(ラーオ文字とかジャウィ文字と思しきもの)資料を提示して,たとえばジャウィ文字と思しきものには「1300年前後から特に島嶼部で用いられた」などのヒントを付した上で,元となった文字が伝来・普及した背景を説明させる問題。文字自体を全く特定できなくても,アラビア文字っぽい造形とヒント,覚えてきた教科書知識を総合すると「香辛料貿易」「スーフィズム」『クルアーン(コーラン)』というキーワードにたどりつき,解答が組み立てられる。推論が必要なくせに,超越難易度ではない点で,綺麗に練られている。

あと研究会の場では時間不足で取り上げられなかったが,これとはちょっと違った資料を読ませる問題として,東京外大の2014年の問題がある。これも非常に良い問題だと思うので,紹介だけしておく。大学の公式発表の解答例があるのも非常に良心的(掲載期間が約1年なので今は消えている)。


4.「推論はどこまで許されるか」
4−1.一橋大2015  
リンク先で詳細に解説しているのでここでは略。ここで取り上げたいのは,この論述問題に代表されるような,問題文が曖昧な問題批判に対する反論。これが興味深い。ネットでいくつか見たものを総合すると,
「問題条件が曖昧なのは,受験生の側に定義を示させることが目的なのでは。この問題であればEUやASEAN10も含むか否か自体が,受験生に委ねられているのでは。含むか否かさえかっちり決まればそう難問ではない。」
「発想を見ている問題なのだから,正解が一つである必要はない。」
これに対して再反論するなら,以下。
1.であれば「解答の範囲は自らで定義せよ」の一言をつける親切さがあってもよい。ないのは,ただの杜撰。
2.「正解が一つである必要がない」のはその通りで,現に上に挙げた東大2011や外大2014では複数の満点パターンが想定される。しかし,推測させる問題で複数正解が想定されるなら,「採点者の気まぐれ」や「採点者間の意識のズレ」で採点基準がぶれないことが絶対的な前提条件で,大学側が解答例や採点基準を一切示していない現状では認めることが難しい。たとえば,「受験生レベルの推測としては筋が通っているが,専門的な見識からすると絶対にありえない新説」が解答として現れた場合,高得点を与えるのか?

4−2.千葉大2014 
これもリンク先で詳述している通りなので,解説は略。これも,これに対する反論に再反論しておきたい。
「学説としての正解を求めたのではなく,受験生の発想を見る問題だったのではないか。であれば,定説として固まっていないものを出題してもいいのでは。」
1.発想をはかるにも,この問題では材料が足りなさすぎる。これでは「妄想力」を見ている,または小説を書く能力を見ているのと変わりがない。
2.仮に受験生の絶対に知り得ない分野から出題することで発想だけを見る問題を出すとしても,定説自体は固まっているものから出すべき。

この2問に対して,擁護でもないが,研究会で出た意見がこちら。
→ 史学科の生徒だけを拾うという発想で行くなら,『受験生レベルの推測としては筋が通っているが,専門的な見識からすると絶対にありえない新説』に高得点を与えて積極的に拾っていくべき。千葉大の問題は確かに学説に到達できない以上は入試問題として失格だが,方向性としては考えられる。歴史学の営為とはちゃんとした史料に基づいた三題噺の積み重ねであって,三題噺を作る能力だけを入試で見るという考え方も成り立ちうる。詰まるところ『文系全体に課す入試』としては適格でないという話なのでは。」
→ これは一理ある。ただ,その場合でも「自由に立論せよ」だとか「史実への近さを評価しているわけではない」という注意書きが一言問題文にあってもよいと思うが。また,研究会のその場で「それって小論文という科目の範疇であって,世界史ではないのでは」という再々々反論もあった。これもこれでその通り。
→ とはいえ,この提議は非常に示唆的で,この研究会で最も注目すべき意見である。実のところ「推論だけが歴史的思考力」と考えがちな人,そうでなくとも推論型の悪問を擁護しがちな人は,史学科の生徒しか見えていないのではないかと思う。また,それには「史学科的な推理力は,他学部学科に進む人でも持ち合わせているに越したことはないのでは」という意見もまたありうると思われる(個人的には反対だが)。この点は,今後より議論を深めていくべきポイントだろう。ちなみに,あの場では言いそびれたのだが,史学科限定問題を課す大学は存在したはず。多分すぐに調べがつくので,つき次第追記しときます。
【追記】調べた。京都府立大が現役で「史学科限定問題」を出題している。ただし,意外にも推論型ではなく,他の問題よりもちょっと難しい程度の普通の論述問題(たとえば2014年度はペレストロイカとソ連崩壊の経過の説明問題)。
→ また,この話では「問題文中で書くというよりも,アドミッションポリシーの段階で欲しい解答の方向性を明示させてしまうべきでは」という意見もあり,将来的には有効な方策だと思う。その前に,現状アドミッションポリシーはほとんど活用されておらず,おそらくほとんどの受験生が読み流した経験しかないと思うし,また現状そういう機能を持っていない。二重に,アドミッションポリシーとはそういうことを示すものだ,という常識に変えていく必要があろう。実現できれば世界史のみならず,数学や国語でも役立つだろう。

さて,実を言うと研究会に強硬な推論主義者がいて,この話題で激論になるかと思われたのだが,一人もいなかった。結果的にはそうでなくても貴重な意見はもらえたし,研究会が穏健に終わって良かった,と言うべきか。

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