2015年08月11日
新々課程の「歴史総合」について
2022年からの高校教育課程について,社会科の科目の抜本的改革が提唱されている(リンク先は日経新聞)。今回提言されているのは「歴史総合」「公共」「地理総合」の設置である。これらに対する解説と評価は,一応の歴史教育系ブロガー(?)として論じておかねばなるまいと思ったが,書いていたら長くなったので,前後編に分けることにした。先に結論だけ書いておく。
・「歴史総合」は実態として機能するかが大きく運用と「新テスト」にかかっており,受験科目化するなら評価できる。
・「地理総合」はおそらく実態としてあまり機能しないが,設置意義は評価できる。
・「公共」は発案した奴誰だよ。無駄の極みだよ。
この前編では歴史総合について扱う。「歴史総合」は,世界史と日本史の近現代史部分のみを扱う科目である。これは現行の制度崩壊に関する議論から生まれた発想だが,その制度崩壊を説明しておきたい。
現行の高校地歴科の必修は,「世界史AまたはBから1つ」と「日本史AまたはB,地理AまたはBの4科目から1つ」の合計2科目履修となっている。しかし,現状のこの課程は全く上手くいっていない。ポイントはAとBの違いである。
1.B科目は内容が厚く難関大学を受験する高校生向け。A科目は競争率の高くない大学の受験生や,受験を意識しない高校生向け。
2.日本史・世界史のB科目は前近代から近現代まで満遍なく履修する。A科目は近現代を重視する。前近代はほとんど扱わない。
3.B科目は4単位でA科目2単位である。つまり,B科目の履修にはA科目の倍の授業数が必要。
(多くの高校ではB科目は2年かけて終わらせるが,A科目は1年で終わる)
一見すると上手い住み分けのように見えるのだが,実際には早期に崩壊した。理由はいくつかある。まず何より,選抜性の低い大学も含めたほぼ全ての大学においてA科目は受験科目として認められておらず,相手にされていない。国公立大はセンター試験が必須,私大専願でも今時は必ずセンター試験を受けて私大入試に利用する(センター利用と言って,入試をセンター試験の点数で肩代わりする制度がある)。そして受験要項を見ると,ほとんどの大学はB科目を要件にしていて,A科目では受験できないのである。難関大学だけではない,偏差値的にはかなり下位の大学であってもBを要件にしている。その結果は受験者数が雄弁に物語っている。A科目の受験者数はB科目の50分の1以下に過ぎない。具体的な数字を出しておこう。平成27年度センター試験(本試)では世界史Bが84,053人に対し世界史Aが1,376人。日本史Bが155,273人に対し,日本史Aが2,409人。
また,センター試験自身も制度を裏切っている。A科目の難易度はB科目より有意に易しいとは言えない程度には難しく,前近代からの出題も多く,矛盾した話だがB科目を勉強していかないと高得点にはならない。結果として,平均点は世界史・日本史いずれもB科目の方が15点以上高い。受験者層のレベルに比して,A科目の難易度が明確に高すぎるためだ。この実態から乖離した難易度は幾度となく指弾されてきたが,とうとう是正されないままセンター試験自体がなくなりそうである。大学側がB科目を必須要件にするのは,難関大を自称したい見栄の問題もあっただろうが,それ以上にこのセンター試験A科目の惨状を鑑みてのことだろう。
A科目の闇はまだある。進学校の世界史A未履修問題である。2006年頃に発覚して話題になった。上述の通り,高校生は地歴のうちから2科目が必修だが,ほとんどの受験生は地歴を1科目しか使わない。ゆえに高校の側も,使わない方の科目をAで履修登録させておいて,実際には受験で使う方のB科目の授業を受けさせるか,自習時間にしてしまう(当時のうちの母校は前者でした)。受験に使わないならせめて近現代史だけでも軽くさらっておけというのがA科目の存在意義の一つであったはずだが,軽くですらさらいたくないというのが進学校の本音である。
それでも,大学受験を全く考えない層の多い高校にはA科目が必要なのでは? という意見があるかもしれない。私はその意見には反対である。なぜなら内容の軽重は高校教員の主体的な判断・裁量に任せられるべきで,受講する生徒の力量を鑑みて教える内容を決めればいいのである。高校の教員にそのくらいの権限があっても良かろうと思う。教科書だって現行でさえB科目なのに受験を意識しない高校生用のものがある謎の状態なので(その存在自体がA科目のアイデンティティクライシスである),A科目を廃止したところで全く影響が無いのは明白である。
それで,私がここで改めて訴えるまでもなくA科目廃止論は長らく議論されており,どう廃止するかが焦点であった。しかも,折からの安倍内閣の要望で日本史の必修化議論が出てきた。しかし世界史を必修から外すのは大学の側から猛反発が出て,世界史と日本史の両方を必修にするというのは現場の事情から言って不可能である。そこで出た発想が実態上ではなくお題目上の(ここ重要)世界史Aと日本史Aを融合させた「歴史総合」であり,これを必修にする代わりに,世界史と日本史を両方とも必修から外すというものである。経緯を知っていると,容易に否定できない科目であることは,理解していただけると思う。
さて,これが実態をなすかどうかは,前述の結論で述べたように運用上の問題が大きいと思われる。世界史Bや日本史Bと並ぶ受験科目として認知されれば意義の大きい科目になるだろうが,ならなければ現行のA科目同様に没落するであろう。だから,あらかじめカリキュラムの側で,世界史Bや日本史Bと同格に並べてやればよいわけだが,現状「歴史総合」が2単位か4単位なのか自体が明らかになっていない。活きた科目にするなら4単位としてほしいものである。
・「歴史総合」は実態として機能するかが大きく運用と「新テスト」にかかっており,受験科目化するなら評価できる。
・「地理総合」はおそらく実態としてあまり機能しないが,設置意義は評価できる。
・「公共」は発案した奴誰だよ。無駄の極みだよ。
この前編では歴史総合について扱う。「歴史総合」は,世界史と日本史の近現代史部分のみを扱う科目である。これは現行の制度崩壊に関する議論から生まれた発想だが,その制度崩壊を説明しておきたい。
現行の高校地歴科の必修は,「世界史AまたはBから1つ」と「日本史AまたはB,地理AまたはBの4科目から1つ」の合計2科目履修となっている。しかし,現状のこの課程は全く上手くいっていない。ポイントはAとBの違いである。
1.B科目は内容が厚く難関大学を受験する高校生向け。A科目は競争率の高くない大学の受験生や,受験を意識しない高校生向け。
2.日本史・世界史のB科目は前近代から近現代まで満遍なく履修する。A科目は近現代を重視する。前近代はほとんど扱わない。
3.B科目は4単位でA科目2単位である。つまり,B科目の履修にはA科目の倍の授業数が必要。
(多くの高校ではB科目は2年かけて終わらせるが,A科目は1年で終わる)
一見すると上手い住み分けのように見えるのだが,実際には早期に崩壊した。理由はいくつかある。まず何より,選抜性の低い大学も含めたほぼ全ての大学においてA科目は受験科目として認められておらず,相手にされていない。国公立大はセンター試験が必須,私大専願でも今時は必ずセンター試験を受けて私大入試に利用する(センター利用と言って,入試をセンター試験の点数で肩代わりする制度がある)。そして受験要項を見ると,ほとんどの大学はB科目を要件にしていて,A科目では受験できないのである。難関大学だけではない,偏差値的にはかなり下位の大学であってもBを要件にしている。その結果は受験者数が雄弁に物語っている。A科目の受験者数はB科目の50分の1以下に過ぎない。具体的な数字を出しておこう。平成27年度センター試験(本試)では世界史Bが84,053人に対し世界史Aが1,376人。日本史Bが155,273人に対し,日本史Aが2,409人。
また,センター試験自身も制度を裏切っている。A科目の難易度はB科目より有意に易しいとは言えない程度には難しく,前近代からの出題も多く,矛盾した話だがB科目を勉強していかないと高得点にはならない。結果として,平均点は世界史・日本史いずれもB科目の方が15点以上高い。受験者層のレベルに比して,A科目の難易度が明確に高すぎるためだ。この実態から乖離した難易度は幾度となく指弾されてきたが,とうとう是正されないままセンター試験自体がなくなりそうである。大学側がB科目を必須要件にするのは,難関大を自称したい見栄の問題もあっただろうが,それ以上にこのセンター試験A科目の惨状を鑑みてのことだろう。
A科目の闇はまだある。進学校の世界史A未履修問題である。2006年頃に発覚して話題になった。上述の通り,高校生は地歴のうちから2科目が必修だが,ほとんどの受験生は地歴を1科目しか使わない。ゆえに高校の側も,使わない方の科目をAで履修登録させておいて,実際には受験で使う方のB科目の授業を受けさせるか,自習時間にしてしまう(当時のうちの母校は前者でした)。受験に使わないならせめて近現代史だけでも軽くさらっておけというのがA科目の存在意義の一つであったはずだが,軽くですらさらいたくないというのが進学校の本音である。
それでも,大学受験を全く考えない層の多い高校にはA科目が必要なのでは? という意見があるかもしれない。私はその意見には反対である。なぜなら内容の軽重は高校教員の主体的な判断・裁量に任せられるべきで,受講する生徒の力量を鑑みて教える内容を決めればいいのである。高校の教員にそのくらいの権限があっても良かろうと思う。教科書だって現行でさえB科目なのに受験を意識しない高校生用のものがある謎の状態なので(その存在自体がA科目のアイデンティティクライシスである),A科目を廃止したところで全く影響が無いのは明白である。
それで,私がここで改めて訴えるまでもなくA科目廃止論は長らく議論されており,どう廃止するかが焦点であった。しかも,折からの安倍内閣の要望で日本史の必修化議論が出てきた。しかし世界史を必修から外すのは大学の側から猛反発が出て,世界史と日本史の両方を必修にするというのは現場の事情から言って不可能である。そこで出た発想が実態上ではなくお題目上の(ここ重要)世界史Aと日本史Aを融合させた「歴史総合」であり,これを必修にする代わりに,世界史と日本史を両方とも必修から外すというものである。経緯を知っていると,容易に否定できない科目であることは,理解していただけると思う。
さて,これが実態をなすかどうかは,前述の結論で述べたように運用上の問題が大きいと思われる。世界史Bや日本史Bと並ぶ受験科目として認知されれば意義の大きい科目になるだろうが,ならなければ現行のA科目同様に没落するであろう。だから,あらかじめカリキュラムの側で,世界史Bや日本史Bと同格に並べてやればよいわけだが,現状「歴史総合」が2単位か4単位なのか自体が明らかになっていない。活きた科目にするなら4単位としてほしいものである。
Posted by dg_law at 10:00│Comments(6)│
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この記事へのコメント
何故か名市大医学部医学科はAでもBでも受けれると言う。それでいいのか医学部。
Posted by ななし at 2015年12月17日 08:33
名市大,薬学部もA科目で受験できますね。
社会科は適当でいいよ,という方針なのかもしれません……が,本文中に書いたように,実際のところA科目がB科目より有意に易しいというわけではないので,あまり意味は無いんですよね。
社会科は適当でいいよ,という方針なのかもしれません……が,本文中に書いたように,実際のところA科目がB科目より有意に易しいというわけではないので,あまり意味は無いんですよね。
Posted by DG-Law at 2015年12月17日 13:35
私が働いている塾にも定期テスト対策に日本史Aを勉強している生徒が居ますが、
学校からの課題では私が現役当時にやった日本史Bの近現代史分野よりはるかに難しい内容があったのを思い出します。
ある種入試対策、という枠を外れているがゆえに、先生側もマニアックな内容も語りがちになりますし、センター試験側もどうせ受ける人少ないし、ということになってしまうのかもしれません。
当の生徒は入試に使わないことを割りきった内容の授業であるためか、却って楽しい内容だ、ということであるというのが全くの皮肉に感じますが…。
学校からの課題では私が現役当時にやった日本史Bの近現代史分野よりはるかに難しい内容があったのを思い出します。
ある種入試対策、という枠を外れているがゆえに、先生側もマニアックな内容も語りがちになりますし、センター試験側もどうせ受ける人少ないし、ということになってしまうのかもしれません。
当の生徒は入試に使わないことを割りきった内容の授業であるためか、却って楽しい内容だ、ということであるというのが全くの皮肉に感じますが…。
Posted by 774 at 2015年12月17日 20:10
あー。その辺の事情は皮肉である点も含めて,非常にA科目らしい話ですね。
却って楽しい内容になるなら,先生は良い授業をしていると思います。
それでつまらなかったら,もう何も救いがないので……
却って楽しい内容になるなら,先生は良い授業をしていると思います。
それでつまらなかったら,もう何も救いがないので……
Posted by DG-Law at 2015年12月19日 03:29
はじめまして。
もともと現行のB科目を"2単位まで減単可"にして
内容を薄くするなり、近現代だけやるとか考えなかったんですかね?
数学AB とかもそうだけど2単位科目は単体ではセンター試験科目
にはならないことは分かっていたでしょうに?
もともと現行のB科目を"2単位まで減単可"にして
内容を薄くするなり、近現代だけやるとか考えなかったんですかね?
数学AB とかもそうだけど2単位科目は単体ではセンター試験科目
にはならないことは分かっていたでしょうに?
Posted by くさちゃん at 2016年01月20日 08:22
>数学AB とかもそうだけど2単位科目は単体ではセンター試験科目
>にはならないことは分かっていたでしょうに?
多分,この辺が想定外だったんじゃないかと思います。
作った当初の目論見では,もっと多くの大学が2単位科目を受験科目として採用するだろうと。
まあ,結果的には全然ダメでしたね。
>にはならないことは分かっていたでしょうに?
多分,この辺が想定外だったんじゃないかと思います。
作った当初の目論見では,もっと多くの大学が2単位科目を受験科目として採用するだろうと。
まあ,結果的には全然ダメでしたね。
Posted by DG-Law at 2016年01月21日 23:36