2015年08月12日

新々課程の社会科全般について

前回の議論の続き。今日の議題は残りの「地理総合」と「公共」だが,先に「地理総合」から取り上げる。地理総合は地理Aを改変して設置する必修科目(予定)だが,この科目が出てきた事情は,現在の地理Aおよび地理Bの置かれたちょっと特殊な状況から振り返らなければならない。

まずデータから見てみよう。平成27年度センター試験(本試)の受験者数は地理Bで146,846人,地理Aで1,843人であった。地理Bの受験人数は昨日の記事で紹介した世界史Bの受験人数(84,053人)よりもよほど多い。これでなんだ人気あるじゃないかというのは早計で,実は地理Bの受験者の大半は理系である。どういうことか。地理Bは,同格の世界史や日本史に比べると暗記量が圧倒的に少ない。用語数がおおよそ半分しかないというのが界隈の定説である。特にセンター試験はその傾向が強く,用語を暗記していないとどうにも解けないという問題が少ない。だから,暗記慣れした文系と戦わなくていい戦場という点で,地理は理系にとって相対的にマシな科目になる。代わりに提示された統計資料や地図から当てをつけて推測する能力が問われる問題が多いが,そういうたぐいの問題なら文理はあまり関係が無い。

逆に言って,純粋な文系としてセンターを越える地理Bの勉強をしている人は,実は非常に少ない。全統記述模試なり駿台記述模試なりの科目別受験者数を調べてみると,文系としての地理の模試受験者数は大抵の場合で日本史や世界史の半分以下しかいない。特に私大専願に限ると一気に十分の一程度まで減ってしまう。これが文系の地理人口の実態だろう。これにはちゃんとした理由がある。大学でちゃんとした人文地理学科があるところが少ないのだ。結果として地理を教えられる高校教員が育たない。地理は日本史と競合する選択科目なので,高校としては日本史を設置して逃げる。ゆえに受講できる高校生は限られる。当然,大学で人文地理学科に行こうと考える高校生のパイ自体が限られる。結果として,大学教員として人文地理学を専門とする研究者も限られるし,人文地理学科が新設されにくい原因にもなる。負のスパイラルに近い。(ちなみに,こうした事情からか,入試問題もひどいものが多いし,批判する人も少ない。是非ともどなたかに『絶対に解けない受験地理』を書いてほしい。)

これらにより,本邦の高校生は理系に行くと地理を勉強するが,文系に行くと地理を勉強しないという謎のねじれが発生している。それで「全く勉強しない」のはまずいということで,文系の地理Aの必修化案が浮上した。しかし,A科目が全般的に機能していないのは昨日書いた通りで,地理Aも例外ではない。名目上ではあるにせよ近現代重視ということになっている世界史A・日本史Aに比べて,地理Aはそういう特性すらなく,単純に地理Bを簡素化したものというぞんざいな扱いであった。だからこれを機会にてこ入れして,環境問題と防災にだけフォーカスする。ついでに看板も掛け替えてしまおうというのが「地理総合」の趣旨である。こういった経緯と趣旨なので,少なくとも設置の意義は理解できる。もっとも,受験科目にならない以上は未履修問題が浮上するのは必然で,何の工夫もなく設置すれば現在のA科目同様に実態上存在しない科目と化してしまうとも思う。

また,履修の体系における地理総合の位置づけは大きな論点になる。再度書くが,現行の地歴は「世界史AまたはB」から1つと「日本史AまたはB,地理AまたはB」から1つという構成だ。ここから「地理総合」を必修としつつ,「歴史総合」も必修として設置するとすると,おそらく下のいずれかくらいになるのではないだろうか。あくまで私の予測でしかないが,それなりに近い形になると思う。

・地理総合(2単位) + 歴史総合(単位数不明,多分2単位) + 日本史B or 世界史B or 地理B(4単位) 計:8〜10単位

他教科との兼ね合いを考えると,合計8単位以内には収めたい。まずまず合理的だと思う。大学受験を考えた場合の話もしたい。2020年からセンター試験は「新テスト」に置き換わる(予定,新国立競技場並に泥沼と化している現状に目を背けつつ)。仮に「新テスト」がセンター試験と全く同じ科目配置だとすると,ほとんどの大学は4単位科目しか受験科目として認めていないので,これらの場合はやはり歴史総合や地理総合は有名無実な科目と化してしまうだろう。

これを避ける手段は2つ思いつく。1つはちゃぶ台を返すようだが,地理総合は廃止にしてしまって地理Bを必修科目とし,歴史総合は4単位にした上で,以下の履修体系にする。
・地理B(4単位) + 日本史B or 世界史B or 歴史総合(4単位) 計:8単位
もう1つは,履修体系はいじらず,「新テスト」で「地理総合」と「歴史総合」を国公立大学の必須科目にしてしまい,50点+50点とする。これにB科目1つ(世界史・日本史・地理)の100点分を加え,国公立の文系社会科は原則として200点満点を要件にすれば,皆強制的に地理総合や歴史総合を勉強するようになるだろうし,テストの難易度を低く抑えれば受験生の負担もそれほど増えない。


「公共」についてはまた書く余裕がなくなってしまった。別の機会に何か書くか,まあ書かないでいいかになるかはわかりません。


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この記事へのコメント
公民科目についても、倫政の導入で要らない子化しつつある(?)現社のことを思うと、専門学科や普通科の就職コースの生徒をメインターゲットにした公共という科目を設置するのであれば、十分意義があると思います。

私案としては、受験組には地歴科目選択の参考になり、就職組には地歴の基礎的な部分を学べる地歴基礎でいいんじゃないかな、と思います。(運用の問題は無視)
近・現代の歴史と地理を融合させて、地政学的な観点を踏まえた2単位必修科目にしてみるとか。

あとは公民基礎と合わせて理系も社会2科目にすれば完璧だ(白目)

Posted by ta-ki at 2015年08月27日 22:43
言いたいことはわかるんだけども,しかし現代社会の本来の目的ってそこだったわけですよ。だからこそ現代社会の履修内容を変更すればよいのであって,「公共」に看板をかけかえる理由が生徒の側からすると全くない。
「現代社会をいらない子にしてしまった」責任から逃れるための看板のかけかえであることがうかがえるので。

ただし,歴史総合・地理総合が設置されることが前提になるが,「公民総合」(2単位)に看板かけかえるなら,まだ意味があると思う。それで,歴史総合か地理総合と同じで,新テストで50点満点の科目として導入する。

受験考えない子の負担になりすぎず,かつ受験で活用される科目にしようとすると,その辺りが落とし所じゃないかなぁ。
Posted by DG-Law at 2015年08月28日 00:32
現社は受験科目と共通履修科目の両取りに拘りすぎて死んだ印象ですね。
変な建前は捨てて、受験科目と共通履修科目と逃げ科目を明確に分けてしまえば、と思ってしまいます。
現行カリキュラムで言えば、センターから地歴A科目を完全排除する、という風に。(A科目は定期試験には使いやすく、非受験組にはうまく機能していると思います)
だから、「公共」を非受験科目、非共通履修科目の逃げ科目に設定するという条件付きで賛成です。(理科の「科学と人間生活」のようなポジション?)

就職する子は内申対策で勉強しなくてはならないので、受験組の共通履修科目未履修問題への対応さえクリアすればいいと思います。
その点はご指摘の通り、総合科目を受験科目に組み込めばいいですね。


Posted by ta-ki at 2015年08月28日 01:10
その議論で言うと,前の記事の本文中にも書いたけど,個人的には「受験科目」と「共通履修科目」と「逃げ科目」を履修体系の段階で分ける必要はなくて,高校ごとの実態と教師の裁量で決めていいと思っている。

合意が得られているポイントとして改めて書くに,受験科目としての死に科目になってしまっている日本史A・地理A・世界史Aを活用する方法を今から考えるよりも,「逃げ科目」にも「受験科目」にも使える(現場の裁量で選択できる)科目としての歴史総合や地理総合,公共を設置した方が意義深いよね。

その意味で,現代社会はおっしゃる通り,2単位科目のまま4単位科目並の受験科目にしようとして,逃げ科目との両立に失敗し,挙句「倫理,政経」が誕生して完全に死んだ,と言えるのかもしれない。
うまいこと受験科目と逃げ科目を両立できる科目の設置が,新課程に期待される所になるのかな。
Posted by DG-Law at 2015年08月29日 14:45
現場の裁量で実態に合った指導が行われるのなら、僕も同意ですが、理科基礎の運用状況見ている限り、難しそうなんですよね。
難しいことを、本質を押さえた上で簡単ににする、ということが、いかに難しいかがわかります。

こんな案はどうでしょうか?

歴史基礎 2単位 必修
地理基礎 2単位
公民基礎 2単位
公共 2単位
倫理 2単位
政治経済 2単位
世界史 4単位
日本史 4単位
地理 4単位

基礎三科目または歴史基礎+公共を必修化
受験科目には
理系は歴史基礎+地理基礎、または公民基礎+公民1科目
文系は4単位歴史+地理基礎+公民基礎または4単位地理+歴史基礎+公民基礎
または4単位地歴2科目
として設定
Posted by ta-ki at 2015年08月31日 00:28
いいんじゃないか。
妥当な落としどころだと思う。
この場合の公共は,公民基礎と分けているということは,完全な逃げ科目か。
倫理分野の内容を含まなかったりするわけね。
Posted by DG-Law at 2015年09月05日 08:54
公共についての解説もお願いします
Posted by ksaitou at 2015年10月08日 19:40
書く気はあったんですが,上で行われたコメント欄での友人との議論で論点が出尽くした感があって,本文に追加しなくてもよいかなぁと。


「公共」は,「現代社会」という死に科目をごまかすために,選挙権の18歳への引き下げと教育課程の切り替わりを名目として設置が検討されているというのが第一義ですね。科目の内容としては既存の現代社会とほぼ大差ないと思われます。

また,現代社会は「受験に使える科目」と「受験には不要だが,必要最低限の常識として全高校生に履修させる科目(=逃げ科目・共通履修科目)」を両立させようとしたが,どっちつかずになって失敗し,受験科目としての機能を「倫理」や「政経」に奪われて死んだ感じです。
それを踏まえる気が文科省にあるのならば,公共は「完全な逃げ科目・共通履修科目」という線で設置が検討されているのではないかと思われます。

私的な意見としては,単純な看板の掛け替えであれば反対で,現代社会を殺した総括のないままの教育課程切り替わりならば行ってはいけない。しかし,後段にあるように「逃げ科目」という要素を足すという目的においてならば看板の掛け替えもやむなしかな,というところです。


こんな感じでいいでしょうか。
Posted by DG-Law at 2015年10月09日 12:21