2015年08月17日
新潟・草津旅行記
11〜13日に新潟・草津に旅行したので,記録を残しておく。
11日:東京→新潟
旅行の準備を持ったまま出社して午前中は仕事。午後を有休にして,同行者(頬付と隙間坊主)の車に職場近くから拾ってもらう。関越自動車道に乗って一路新潟へ。11日はほぼ移動しただけであった。なお,初日の旅行先が新潟になった理由は「ちょうどいい距離のドライブ先」であり「旧斉藤家別邸が話題になっていたから」の二点しかなく,深い理由はない。
関越自動車道で思ったのは,埼玉県の西半分は本当にど田舎であること。群馬県の山々の風景は意外と富山県や石川県あたりの風景を思い起こさせてやや感動したこと(私の心の原風景)。反面,新潟県は妙高を抜けると早々に360度一面水田になってしまい,これはこれで趣深かったものの若干意外であったこと。関越トンネルは本当に長かったこと,あたりであろうか。
あとは,川越の芋納豆が大変に美味かった(高坂SA)。しかし,甘納豆の時点で納豆とは無関係なところ,材料が豆ですらない芋納豆が納豆を名乗るのは経緯を知らないと意味不明ではという疑問が拭えない。元は「甘納糖」であったが語感の近さと原材料の共通から「甘納豆」になり,原材料が大豆以外の豆(えんどう豆や小豆)が使われるようになったことから「甘納豆」が製法名に転化,その製法を芋に適用されて「芋納豆」になったらしい。ググると川越の老舗には「芋納糖」を名乗る店もあるようだが,字面の問題から言えばそちらのほうが正しい。
長岡JCTで北陸道に変わり,新潟中央ICで降りて,17時頃に新潟市着。この日の観光は無理ということで早々に旅館にチェックインして,夕飯を探しに。事前の調査で古町の辺りに飲み屋が固まっているとわかっていたので,そこら辺に。知らなかったのだが,こういう中核都市で駅前と繁華街が別個に存在しているというのは珍しいと思う。また,歩いてみて思ったのだが,人口が80万人もある都市にしては全体的に平べったく,贅沢な土地の使い方をしている印象を受けた。他のこういう都市はもうちょっと雑然としていると思う。富山や金沢もそうだから,雪のせいというわけでもないだろう。しいて言えば越後平野がかなり広いので,都市機能を密集させる必要がなかったということなのかもしれない。翌日の観光で,そもそも新潟市は他の日本海側の都市と比べて雪が降らず20cmくらいまでしか積もらないと聞いた(佐渡ヶ島が盾になっているため)。
結局,とある居酒屋でのどぐろ,のっぺい等を食した。
のどぐろはめちゃくちゃ美味しかった。また日本海側に行った際には必ず食したい。あとわっぱ飯も良かった。日本酒は言うまでもなし。適度に酔って就寝。
12日:新潟→草津
午前中は新潟市内観光。まずは目的の旧斉藤家別邸。ここの建物と日本庭園は本当に良かった。あまり深い動機もなく行ってみたが,ここは行く価値がある庭園だと思う。建物や庭園は解説員の人が常駐していて,かなり丁寧に説明してくれる。その意味で,特に日本庭園に慣れてない人は行く価値が高いと思う。
「庭園と建物の一体化」をテーマにした建築物であり,その一点に創意工夫がふんだんに込められている。建物の側はどの部屋であってもいかに鑑賞者を邪魔しないかに注意が払われ,逆に庭園の側は建物の中から見られることを最優先に構成されていた。たとえばこの写真は入ってすぐの大広間から撮られたものだが,不安になるくらい柱が少ない。典型的な数寄屋造り・書院造りの建物ではあるが,建てられたのはほぼちょうど100年前の1918年であり,直接目に見えないところではかなり近代的な造りになっている。つぶやいた人も書いているが,だからこういう無茶が出来たのだろう。
逆に庭園の側は建物すぐそばの大池を超えるとすぐに丘が迫っており,建物の屋根もあって眼前すべてが樹木で埋まるように設計されている。この丘は築山ではなく新潟砂丘の一部だそうで,かなり驚いた。実際に登ってみると,確かに樹木が生えていないところはあからさまに海岸の砂浜になっていておもしろかった。これは作庭するの苦労しただろうと思われるが,建物内に展示されていたこの地域の歴史を読むと,海岸に向かって急激に盛り上がる砂丘を利用し,松を植えて防砂林にしつつ鑑賞用にもする作庭は江戸時代後期からすでに行われていたそうだ。考えることは昔の人も同じであった。自然風景を見立てるための築山を見立てて自然の砂丘を用いたのだから相当なねじれである。枯山水よりひどい。
なお,旧斉藤家別邸は文字通り斉藤家の所有であり,別荘・来賓用として用いていた。しかし斉藤家は戦後の農地開放と当主の死亡による相続税に耐え切れず売却,加賀田家という建設会社が購入。この加賀田家も維持に苦しんだ末2005年に売却,購入者が取り壊そうとしたところ反対運動が盛り上がり,2009年に市が買い取って補修,2012年に観光名所としてオープンした。つまりオープンしたのはかなり最近である。これについては新潟市の英断に感謝するしかない。上手く宣伝していけば本当に新潟市随一の観光名所にできると思う。
もう一箇所行ったのが,旧斉藤家別邸のお向かいの北方文化博物館新潟分館。建物を建てた人は油田で一発当てた人だそうで,大変に新潟らしい話である。こちらも同じような明治末・大正時代頃の建物だが,一言で言えば「センスの良い田舎のおばあちゃんち」で,昭和の中期まではこういう豪邸が地方のどこでもあったんだろうなと思う。風通しの良い畳敷きの広い部屋から板葺きの縁側に続き,そこから直接庭に出られる。庭で小うるさく鳴くセミを聞きながら,スイカでもかじりたくなる(売ってないのが残念)。たまに野良猫が縁側で寝ているそうだが,それって完璧なのでは(建物の保存上はまずいが)。
受付の方曰く「雰囲気を出すためにわざとというわけではなく,壊れるまで使っているだけ」とのことだが,調度品もいい感じに昭和中期・後期で,この写真にあるような扇風機に,20年は経ってそうな冷蔵庫やコンロとこうした邸宅系観光地としては珍しいほど生活感にあふれた状態であった。あまりにノスタルジーあふれる雰囲気に思ったよりも長居してしまった。
この二つを見て,昼飯。へぎそばを食べたかったが上手く見つからず。これも次に来た時の宿題にとっておこう。そうして新潟を離脱して草津温泉へ。途中志賀高原に立ち寄る。ここのドライブは非常に良かった。
全然知らなかったが,国道最高地点(2172m)だったらしい。白根山を通るルートを予定していたが,警戒レベルの都合上午後17時以降は閉鎖されていて,通りがかったのがちょうど17時5分であったがために通れず,迂回。これはちょっと残念。18時半頃に草津温泉に到着。硫黄の匂いが立ち込めているのを嗅ぐと,温泉地に来た感覚が強くなってよい。標高1200m付近なだけあって,半袖Tシャツだとかなり涼しかった,というか寒かった。そういえば典型的な避暑地に泊まるのは人生で初めてになるような気がするが,避暑地なめてました。ペンションブルーベルというところに泊まったが,経営者のおじさんのジョークがユーモアあっておもしろく,夕飯はおいしかったし,風呂は当然温泉,2匹いる猫はモフり放題で欠点が見当たらない(しいて言うと壁は薄い,隣の部屋のいびきが聞こえた)。ここはお勧め。
13日:草津→東京
午前中は草津観光。湯畑を見学。
湯畑に「草津に歩みし100人」と題して,草津温泉を訪れた有名人100人が挙げられた表札があったのだが,
この絵面はちょっとシュール過ぎるのでは。大和武尊は実在が怪しいし,入りに来たのかも怪しい。その意味でルシウス・モデストゥスがいるのはいい緩衝材なのかもしれない。言うまでもないが,草津温泉は『テルマエ・ロマエ2』の舞台となった。その他の人物は歴代の首相や種田山頭火などの詩人,岡本太郎などの芸術家など。その後は西の河原温泉に入って,温泉まんじゅうを買う。12時頃に離脱し,東京へ。榛名山を通って「榛名さんは本当に大丈夫なんですか?」と言うお約束,イニシャルDの聖地巡礼をこなして(ドリフトはしてません),17時頃に帰宅。翌日からのコミケに備えてのんびり過ごした。
11日:東京→新潟
旅行の準備を持ったまま出社して午前中は仕事。午後を有休にして,同行者(頬付と隙間坊主)の車に職場近くから拾ってもらう。関越自動車道に乗って一路新潟へ。11日はほぼ移動しただけであった。なお,初日の旅行先が新潟になった理由は「ちょうどいい距離のドライブ先」であり「旧斉藤家別邸が話題になっていたから」の二点しかなく,深い理由はない。
関越自動車道で思ったのは,埼玉県の西半分は本当にど田舎であること。群馬県の山々の風景は意外と富山県や石川県あたりの風景を思い起こさせてやや感動したこと(私の心の原風景)。反面,新潟県は妙高を抜けると早々に360度一面水田になってしまい,これはこれで趣深かったものの若干意外であったこと。関越トンネルは本当に長かったこと,あたりであろうか。
あとは,川越の芋納豆が大変に美味かった(高坂SA)。しかし,甘納豆の時点で納豆とは無関係なところ,材料が豆ですらない芋納豆が納豆を名乗るのは経緯を知らないと意味不明ではという疑問が拭えない。元は「甘納糖」であったが語感の近さと原材料の共通から「甘納豆」になり,原材料が大豆以外の豆(えんどう豆や小豆)が使われるようになったことから「甘納豆」が製法名に転化,その製法を芋に適用されて「芋納豆」になったらしい。ググると川越の老舗には「芋納糖」を名乗る店もあるようだが,字面の問題から言えばそちらのほうが正しい。
長岡JCTで北陸道に変わり,新潟中央ICで降りて,17時頃に新潟市着。この日の観光は無理ということで早々に旅館にチェックインして,夕飯を探しに。事前の調査で古町の辺りに飲み屋が固まっているとわかっていたので,そこら辺に。知らなかったのだが,こういう中核都市で駅前と繁華街が別個に存在しているというのは珍しいと思う。また,歩いてみて思ったのだが,人口が80万人もある都市にしては全体的に平べったく,贅沢な土地の使い方をしている印象を受けた。他のこういう都市はもうちょっと雑然としていると思う。富山や金沢もそうだから,雪のせいというわけでもないだろう。しいて言えば越後平野がかなり広いので,都市機能を密集させる必要がなかったということなのかもしれない。翌日の観光で,そもそも新潟市は他の日本海側の都市と比べて雪が降らず20cmくらいまでしか積もらないと聞いた(佐渡ヶ島が盾になっているため)。
結局,とある居酒屋でのどぐろ,のっぺい等を食した。
というわけで新潟に来ています。のど黒高い。 pic.twitter.com/sBkOZbmoIJ
— 頬付 (@hoozuki37) 2015, 8月 11
のどぐろはめちゃくちゃ美味しかった。また日本海側に行った際には必ず食したい。あとわっぱ飯も良かった。日本酒は言うまでもなし。適度に酔って就寝。
12日:新潟→草津
午前中は新潟市内観光。まずは目的の旧斉藤家別邸。ここの建物と日本庭園は本当に良かった。あまり深い動機もなく行ってみたが,ここは行く価値がある庭園だと思う。建物や庭園は解説員の人が常駐していて,かなり丁寧に説明してくれる。その意味で,特に日本庭園に慣れてない人は行く価値が高いと思う。
旧斎藤邸庭園は近代建築なのでこんな無茶ができる(柱の中抜き) pic.twitter.com/D1msIh98Un
— 頬付 (@hoozuki37) 2015, 8月 12
「庭園と建物の一体化」をテーマにした建築物であり,その一点に創意工夫がふんだんに込められている。建物の側はどの部屋であってもいかに鑑賞者を邪魔しないかに注意が払われ,逆に庭園の側は建物の中から見られることを最優先に構成されていた。たとえばこの写真は入ってすぐの大広間から撮られたものだが,不安になるくらい柱が少ない。典型的な数寄屋造り・書院造りの建物ではあるが,建てられたのはほぼちょうど100年前の1918年であり,直接目に見えないところではかなり近代的な造りになっている。つぶやいた人も書いているが,だからこういう無茶が出来たのだろう。
逆に庭園の側は建物すぐそばの大池を超えるとすぐに丘が迫っており,建物の屋根もあって眼前すべてが樹木で埋まるように設計されている。この丘は築山ではなく新潟砂丘の一部だそうで,かなり驚いた。実際に登ってみると,確かに樹木が生えていないところはあからさまに海岸の砂浜になっていておもしろかった。これは作庭するの苦労しただろうと思われるが,建物内に展示されていたこの地域の歴史を読むと,海岸に向かって急激に盛り上がる砂丘を利用し,松を植えて防砂林にしつつ鑑賞用にもする作庭は江戸時代後期からすでに行われていたそうだ。考えることは昔の人も同じであった。自然風景を見立てるための築山を見立てて自然の砂丘を用いたのだから相当なねじれである。枯山水よりひどい。
なお,旧斉藤家別邸は文字通り斉藤家の所有であり,別荘・来賓用として用いていた。しかし斉藤家は戦後の農地開放と当主の死亡による相続税に耐え切れず売却,加賀田家という建設会社が購入。この加賀田家も維持に苦しんだ末2005年に売却,購入者が取り壊そうとしたところ反対運動が盛り上がり,2009年に市が買い取って補修,2012年に観光名所としてオープンした。つまりオープンしたのはかなり最近である。これについては新潟市の英断に感謝するしかない。上手く宣伝していけば本当に新潟市随一の観光名所にできると思う。
もう一箇所行ったのが,旧斉藤家別邸のお向かいの北方文化博物館新潟分館。建物を建てた人は油田で一発当てた人だそうで,大変に新潟らしい話である。こちらも同じような明治末・大正時代頃の建物だが,一言で言えば「センスの良い田舎のおばあちゃんち」で,昭和の中期まではこういう豪邸が地方のどこでもあったんだろうなと思う。風通しの良い畳敷きの広い部屋から板葺きの縁側に続き,そこから直接庭に出られる。庭で小うるさく鳴くセミを聞きながら,スイカでもかじりたくなる(売ってないのが残念)。たまに野良猫が縁側で寝ているそうだが,それって完璧なのでは(建物の保存上はまずいが)。
強い日差しの中、古い日本家屋の縁側で蝉の鳴き声を聞くというミッションをこなしたのでこの夏はもう終わっていい。 pic.twitter.com/ErisH5qdxh
— 頬付 (@hoozuki37) 2015, 8月 12
受付の方曰く「雰囲気を出すためにわざとというわけではなく,壊れるまで使っているだけ」とのことだが,調度品もいい感じに昭和中期・後期で,この写真にあるような扇風機に,20年は経ってそうな冷蔵庫やコンロとこうした邸宅系観光地としては珍しいほど生活感にあふれた状態であった。あまりにノスタルジーあふれる雰囲気に思ったよりも長居してしまった。
この二つを見て,昼飯。へぎそばを食べたかったが上手く見つからず。これも次に来た時の宿題にとっておこう。そうして新潟を離脱して草津温泉へ。途中志賀高原に立ち寄る。ここのドライブは非常に良かった。
全然知らなかったが,国道最高地点(2172m)だったらしい。白根山を通るルートを予定していたが,警戒レベルの都合上午後17時以降は閉鎖されていて,通りがかったのがちょうど17時5分であったがために通れず,迂回。これはちょっと残念。18時半頃に草津温泉に到着。硫黄の匂いが立ち込めているのを嗅ぐと,温泉地に来た感覚が強くなってよい。標高1200m付近なだけあって,半袖Tシャツだとかなり涼しかった,というか寒かった。そういえば典型的な避暑地に泊まるのは人生で初めてになるような気がするが,避暑地なめてました。ペンションブルーベルというところに泊まったが,経営者のおじさんのジョークがユーモアあっておもしろく,夕飯はおいしかったし,風呂は当然温泉,2匹いる猫はモフり放題で欠点が見当たらない(しいて言うと壁は薄い,隣の部屋のいびきが聞こえた)。ここはお勧め。
13日:草津→東京
午前中は草津観光。湯畑を見学。
草津温泉なう。 pic.twitter.com/qZrumJsddc
— DG-Law/稲田義智 (@nix_in_desertis) 2015, 8月 13
湯畑に「草津に歩みし100人」と題して,草津温泉を訪れた有名人100人が挙げられた表札があったのだが,
この絵面はちょっとシュール過ぎるのでは。大和武尊は実在が怪しいし,入りに来たのかも怪しい。その意味でルシウス・モデストゥスがいるのはいい緩衝材なのかもしれない。言うまでもないが,草津温泉は『テルマエ・ロマエ2』の舞台となった。その他の人物は歴代の首相や種田山頭火などの詩人,岡本太郎などの芸術家など。その後は西の河原温泉に入って,温泉まんじゅうを買う。12時頃に離脱し,東京へ。榛名山を通って「榛名さんは本当に大丈夫なんですか?」と言うお約束,イニシャルDの聖地巡礼をこなして(ドリフトはしてません),17時頃に帰宅。翌日からのコミケに備えてのんびり過ごした。
Posted by dg_law at 21:41│Comments(2)
この記事へのコメント
草津旅お疲れ様でした(笑)
新潟から白根山というと、結局万座・嬬恋方面を回って来たという事でしょうかね。予定ルート通り白根山を下っていくと草津の街並みが段々と足元に近づいてきて壮大な光景が見られるんですけどねぇ・・・。
あの辺りは周りの風景も地球に似た別の星のようで異質な感じがします。
泊まられたという「ペンションブルーベル」私も行ったことがあります。
と言っても泊りに行ったわけではなく中学生の文化祭の時に映画を作ろうという事になりまして、そこの娘さんと同級生だった縁で(この子とは保育園も一緒でした)ロケ地として貸してもらう事になったわけです。
ちなみに作った映画はオリジナル脚本の「白雪姫」。
今年は草津もお盆に入るまでは相当に暑かったんですが、DGさんがいらした13日頃からは大分涼しくなりまして、まぁ丁度いい時に来られたんじゃないですかね。あの硫黄臭さも慣れがあるようで我々町民は実は何も感じていません。
まぁそんなわけで、実は私の家、湯畑から徒歩15分(笑)
次はぜひ冬にお越しください。大雪と事故渋滞でその日の内には帰れない可能性もありますw
新潟から白根山というと、結局万座・嬬恋方面を回って来たという事でしょうかね。予定ルート通り白根山を下っていくと草津の街並みが段々と足元に近づいてきて壮大な光景が見られるんですけどねぇ・・・。
あの辺りは周りの風景も地球に似た別の星のようで異質な感じがします。
泊まられたという「ペンションブルーベル」私も行ったことがあります。
と言っても泊りに行ったわけではなく中学生の文化祭の時に映画を作ろうという事になりまして、そこの娘さんと同級生だった縁で(この子とは保育園も一緒でした)ロケ地として貸してもらう事になったわけです。
ちなみに作った映画はオリジナル脚本の「白雪姫」。
今年は草津もお盆に入るまでは相当に暑かったんですが、DGさんがいらした13日頃からは大分涼しくなりまして、まぁ丁度いい時に来られたんじゃないですかね。あの硫黄臭さも慣れがあるようで我々町民は実は何も感じていません。
まぁそんなわけで、実は私の家、湯畑から徒歩15分(笑)
次はぜひ冬にお越しください。大雪と事故渋滞でその日の内には帰れない可能性もありますw
Posted by ( д)゜゜@群馬県出身 at 2015年08月23日 23:12
それはなんとも奇遇な。そうです,万座方面を回ってたどりつきました。
ペンションブルーベルにまでかかわりがあるとは,ちょっと驚きました。
>予定ルート通り白根山を下っていくと草津の街並みが段々と足元に近づいてきて壮大な光景が見られるんですけどねぇ・・・。
めちゃくちゃ見たかったですね,それ。
>今年は草津もお盆に入るまでは相当に暑かったんですが
ああ,ちょうど涼しくなってから着いたんですね。それはタイミングが良かった。
>次はぜひ冬にお越しください。大雪と事故渋滞でその日の内には帰れない可能性もありますw
ヤバイ(確信)。でも雪の草津も見てみたい気がします。
ペンションブルーベルにまでかかわりがあるとは,ちょっと驚きました。
>予定ルート通り白根山を下っていくと草津の街並みが段々と足元に近づいてきて壮大な光景が見られるんですけどねぇ・・・。
めちゃくちゃ見たかったですね,それ。
>今年は草津もお盆に入るまでは相当に暑かったんですが
ああ,ちょうど涼しくなってから着いたんですね。それはタイミングが良かった。
>次はぜひ冬にお越しください。大雪と事故渋滞でその日の内には帰れない可能性もありますw
ヤバイ(確信)。でも雪の草津も見てみたい気がします。
Posted by DG-Law at 2015年08月24日 23:50