2016年09月15日

私的相撲用語辞典(2)極め・突き押し編

(1)はこちら。二ヶ月(1場所)に一度は更新するはずが,十ヶ月(5場所)ぶりになってしまった。


・たぐり,とったり
前さばきの一種として,相手の差し手を妨害するため,差し手の腕を自らの両手でつかんでしまうことを「たぐり」と呼ぶ。そして,たぐったまま相手の腕を引っ張りこんで投げ飛ばす技を「とったり」と呼ぶ。まあこれも想像してくればわかるが,たぐり・とったりはやられた側のケガを非常に誘発しやすい。ただでさえ腕を引っ張っているところ,投げるためにひねる(ねじる)のだから,筋繊維がボロボロである。力量差があるとそのまま肘が折れる。しかし,たぐるのは高い技術力が必要で,しかもミスると相手に背を向けることになるので,そもそも力量差が無いと決まらないというジレンマ。近年のとったりの名手というと白鵬・魁皇の2人があがる。特に魁皇のとったりは破壊力が強く,不用意に左から差せば右から強烈なとったりが来て,左腕骨折病院直行であった。これが,魁皇が若手クラッシャーと呼ばれた原因であった。ごく最近では荒鷲がこれをよく見せる。

極め・小手投げ
差し手に対抗する手段はもう一つある。相手の差し手を自らの片腕で挟み込んで動きを止める。これを「極める」という。相手のもろ差しを自らの両腕で極めると(これを「抱える」と呼ぶ),差し手が浅くなって攻めづらくなる上に動きが封じられる。外四つに近いが,外四つよりは少しマシな体勢になる。この状態のまま,相手を抱えて寄り切ることを「極め出し」と呼ぶ。もしくは,相手の片腕だけを極めた状態のまま投げ飛ばすことを「小手投げ」と呼ぶ。で,ここまでの説明で感づいた人は相当に鋭いが,「小手投げ」と「とったり」は実際に見てみるとあまり差がない。片手で投げるのが小手投げ,両腕でぶん投げるのがとったり,と区別するくらいしかない。で,技が似ているということは技の性質も似ているということで,小手投げもまたケガ誘発装置である。小手投げを食うとしばしば腕が折れる。得意なのはやはり白鵬・魁皇あたりだったが,これも直近では照ノ富士が最も上手い。というよりも,照ノ富士の極めは規格外で,通常なら極まらない体勢なのに極っていたりする。相手はやりづらかろう。


突き,うわずっぱり
読んで字のごとくである。「突き押し」とひとまとめに括られやすいが,実際には技の性質がかなり異なる。「突き」は相手の胸・肩・喉元めがけて腕を伸ばして平手をぶつける技で,伸ばした腕は引っ込めて“次弾”を装填するわけであるから,どれだけ速射できるかがポイントになる。連発される突きを「回転する」と呼ぶ。突きは上手く回転すると,相手の体勢を崩しつつ距離を取ることができる。すなわち突いて相手を後退させて後背地をつぶし,いつかは土俵の外に放り出すことになる。これを「突き出し」という。

重要なポイントは腕と足の連動性で,どれだけ突いても,突きによって生じた前面に前進しないといつまでたっても相手を土俵の外に出せない。ところが,突きの威力を欠くと,どれだけ突いても前面に距離ができず,その状態で足を踏み出すと当然相手との距離は縮まる。結果的にまわしをとられることになる。突きの得意な力士はまわしをとった四つ相撲が弱い傾向が強いので,これは致命傷になる。結果的に「突いてはいるが,足が出ないのであまり意味が無い」突きが散見されることになる。この有効性を欠いた突きを「うわずっぱり」と呼ぶ。突き押しが得意なように見えて,実はうわずっぱりしかしていない力士は多い。近年では突き押しの第一人者であった千代大海からしてうわずっぱりの傾向はあった。


千代大海スペシャル
力士の体重は重く,足腰がどっしりしている。そのため,どうしても攻撃が上半身に集中する突きだけで相手を土俵の外に飛ばすのは難しく,相当に突きの圧力・回転を要する。イメージに反し,突きとは相撲においてそこまで有効な戦術ではないのである。そこで,突いてそれなりのダメージを蓄積させると,相手もこらえようと前傾姿勢になるので,そこでさっと引いて,後退するか横にずれることで相手を前のめりに倒す,という手段がとられることになる。突きの得意な力士の決まり手を見ると,実際には「引き落とし」や「はたき込み」が多いのはそういう事情による。突きの一辺倒ではなく,「突く」か「引く」かの駆け引きで,勝ち星を稼ぐのである。

その中でも抜群のセンスで,「うわずっぱりからの引き落とし」だけで無数の星を築き上げた大関がいる。千代大海その人である。それゆえに,この「うわずっぱりからの引き落とし」を千代大海スペシャル(CSP)と呼ぶ。全盛期の千代大海のCSPは“ある意味で”本当にすごく,立ち合いの仕切り線から一歩も前進しないまま相手をはたき落としてしまうことも多かった。千代大海引退後は千代大龍がこの技を得意としたため,彼の本名から「明月院スペシャル(MSP)」と呼ばれていたが,千代大龍が最近不調で十両にいること,また千代大龍の取り口が比較的前に出るものが多くなり,あまり引き技を見せなくなったことから,最近ではMSPの言葉も聞かれなくなった。


押し
さて,腕力だけで相手を弾き飛ばそうとする「突き」に対して,上半身を前傾姿勢にして全体重をかけることで相手を後退させる技を押しという。相手を後退させることが主眼である点とまわしをとらない点では確かに突きと共通するものの,違いも大きい。まず突きは相手と距離ができるが,押しはむしろ密着する傾向がある。よって,相手を後退させる圧力は突きよりも押しの方が強い。一方で,相手と密着するわけだから,まわしをとられる危険性もある。相手が自分のまわしをとったなら,ふんばりが効きやすくなるし,逆転の投げをうつ可能性も出てくるので,リスキーである。ゆえに,押しに徹するなら一気の馬力で一瞬で勝負をつけるか,あるいは四つ相撲に移行する覚悟の上で取らなければならない。

それゆえに「押し」を得意とする力士は大きく二種類に分かれる。まず,いわゆる「突き押し」の力士で,「突く」か「押す」かは手段を選ばないが,とにかく自分からは相手のまわしをとらず,相手にも自分のまわしをとらせずに相撲を進める。この種の力士は体重が重くパワーはあるが,四つ相撲がとにかく苦手で,まわしをとられると即死する傾向がある。やはり代表例は曙と千代大海で,特に千代大海は「自分は突き押しなら大関だけど,組んだら序二段級だから」と自嘲していた(なお,このエピソードから千代大海のアダ名は「クンジョニ」であった)。現役(平成28年時点)では,碧山や琴勇輝が該当する。ただし,この二人は「押し」よりも「突き」の人である。もう一方は,場合によっては組んで四つ相撲に移行するタイプの力士になる。このタイプは四つ相撲を苦手としないが,むしろ「突き」の技能は大したことがないことが多い。往年の名力士では武蔵丸が代表格であろう。現役では妙義龍,栃煌山,高安,臥牙丸が該当する。


はず押し
押しのうち,とりわけ相手の懐に入り込んで密着し,両腕を折りたたんだまま相手の脇あたりをぐっと押し込み続ける技を「はず押し(ハズ押し,筈押し)」と呼ぶ。完全に懐に入り込んで密着する必要があるので,この体勢にもって行くまでに苦労するが,人間両脇を押されると一気に上半身が崩れてバランスを失い,後退するしかなくなってしまうので,強烈な技である。また,まわしを取れば「もろ差し」に移行でき,もろ差しが得意な力士ははず押しも得意なことが多い。近年では栃煌山によく見られる取り口。


おっつけ
漢字で書くと「押付」になるが,ほとんど見ない表記で通常はひらがなで書く。外側から相手の肘・上腕めがけて突く・押す技のことで,主な目的は相手の差し手を殺すことである。肘を外側から思い切り押されれば,腕を伸ばすこと自体が困難になり,相手の脇に腕を差し込むどころの話ではなくなる。というか,肘や上腕をピンポイントに強烈に突かれれば,とんでもなく痛くてそれどころではないのも想像に難くないところであろうと思う。おっつけは出来る限り組みたくない突き押しの力士にとっても重要な技ながら,おっつけて相手の差し手を殺してから自分が差せば有利に組んで四つ相撲に持ち込めるので,四つ相撲力士にとっても重要な技になる。

近年でおっつけが得意な力士というと,一も二もなく稀勢の里になる。稀勢の里の左からのおっつけは強烈で,稀勢の里得意の左四つに組む起点になることもあれば,そのまま相手がぶっ倒れて押し倒しで勝負が決まってしまうことも多い。しかしながら,なぜあれだけピンポイントに相手の右肘を殺せるおっつけができるほど器用なのに,他の相撲の技は不器用なのかとか,左からおっつけて左差しに持ち込めば白鵬だって倒せるのに,ガチガチに緊張するとおっつけという技を忘れて全然別の技を繰り出すのかとか,いろいろ疑問も多い。


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この記事へのコメント
曙は突き押しが本領ではありましたが、四つに組んでも巨体に物を言わせて圧倒できたので、「四つ相撲がとにかく苦手」ということはなかった印象です。やはり、突き押しとまっすぐの叩き以外なにもできない千代大海は、上位力士の中では相当に特殊な例なのではないかと思います。対若の里の場合だけ、なぜか左四つに組んで上手投げで勝てていましたが。
Posted by 宮川 拓 at 2016年09月15日 22:43
実は書いててそれはちょっと思ったんですよね。技巧的ではないにせよ,「とにかく苦手」とまでは言えないなと。
ただ,私も自分がリアルタイムで見た相撲が若貴時代までしかさかのぼれないもので,それ以前の力士となると代表例で挙げるには自信がなく,ここで代表例として挙げるとしたらやはり曙になろうかな,という判断です。

>対若の里の場合だけ、なぜか左四つに組んで上手投げで勝てていましたが。
合口の問題なのか,こういうことってたまにあるのがおもしろいですよね。
普段の取り口から言えば相性が完全に悪いはずなのに,なぜか普段の取り口とは全く違う相撲を取って勝ててしまうという。
Posted by DG-Law at 2016年09月15日 22:56
相撲記事はいつも楽しく読ませてもらっています
特にこの私的相撲用語辞典のコーナーは非常に分かりやすい上に面白く
特にその戦法が得意な力士が挙がっているのは
素人が取り組み前に注目するポイントとして大変ためになります
ちなみに今回まさかCSPを単独項目として取り上げるとは思わなかったので
思わず吹き出してしまいました。
次も期待してます
Posted by 1素人 at 2016年09月26日 23:54
そう言ってもらえると,本当に嬉しいです。
CSPは,お硬い相撲辞典じゃないからこそ,ここで取り上げるべきかなと。

次は可能なら九州場所のタイミングで公開したいですね。
Posted by DG-Law at 2016年09月28日 06:37