2015年12月06日
高校世界史上のフン人やマジャール人の扱いについて
・「ハンガリーHungary」と「フン族」の関係(Togetter)
・謎の用語「アジア系」「アフリカ系」(nix in desertis)
この辺の話。気になったので,フン人・アヴァール人・マジャール人・ブルガール人について,現行の教科書(全7冊)がどう表記しているのか,調べてみた。教科書の年度は全て最新版のB課程。上から5冊がいわゆる“受験用”,下の2冊が非受験用の教科書である(山川の『新世界史』は分類が難しいが)。なお,参考書のうち『用語集』および『詳説世界史研究』も調べたが,全て『詳説世界史B』と全て同じ表記であったので省略する。
【フン人】
特徴:4〜5世紀頃にヨーロッパに襲来。民族(言語)系統についてはよくわかっておらず,トルコ(テュルク)系あるいはモンゴル系とされている。北匈奴が移動したもの説があるが,確定していない。というよりも匈奴自体がトルコ系説とモンゴル系説がある。一時大帝国を建設したが,アッティラ大王が死ぬと瓦解・離散した。残党はゲルマン人やアヴァール人に同化して消滅したと考えられている。上掲のTogetterにある通り,「ハンガリー」の国名や,現在のハンガリーの主要民族であるマジャール人とは一切連続性がない。
こうした経緯から,教科書的な民族系統の表記はどうしても曖昧なものにならざるをえない。結果として,各教科書の表記もこうなる。
・山川『詳説世界史B』:アジア系
・東京書籍『世界史B』:モンゴル系
・実教『世界史B』:アジア系
・帝国書院『新詳世界史B』:アジア系
・山川『新世界史B』:系統の記載無し
・山川『高校世界史B』:アジア系
・東京書籍『新選世界史B』:アジア系
→ 「アジア系」が多数派。東京書籍『世界史B』は「モンゴル系」と断定しているが,大丈夫なのか。なお,山川用語集はアジア系ではなく「モンゴル,トルコ系を起源とする人々」で,詳しいようで不明瞭な記述。
【アヴァール人】
特徴:フン人の後にやってきた集団で,6〜8世紀のパンノニア平原を支配した。これまた突厥に敗れた柔然の西進説があるが,フン人=匈奴説以上に眉唾である。8世紀末にフランク王国のカール大帝に討伐されて衰退し,後からやってきたマジャール人に同化されて消滅した。民族(言語)系統はモンゴル系説が強いが,トルコ系説もある。
・山川『詳説世界史B』:アルタイ語系
・東京書籍『世界史B』:モンゴル系
・実教『世界史B』:モンゴル系
・帝国書院『新詳世界史B』:系統の記載無し
・山川『新世界史B』:系統の記載無し
・山川『高校世界史B』:存在自体が記載無し
・東京書籍『新選世界史B』:存在自体が記載無し
→ 非受験用の2冊は存在自体が記載されていない。受験用のものでも系統までは載せていないものが2冊ある。実際,他の3つに比べると世界史的重要度は低かろう。
【マジャール人】
特徴:現在のハンガリーの主要民族で,9〜10世紀にパンノニアに移動・定住した。フン人・アヴァール人と異なって,ウラル山脈を原住地としており(ヴォルガ川中下流域と推定される),厳密に言って「アジア系」ではないのだが,高校世界史の教育現場ではついつい「アジア系」と言ってしまいがちである。民族(言語)系統はウラル語系(より細かい分類ではフィン・ウゴル語系のウゴル語派)。今回の調査の最大の焦点だが,結果は以下の通り。
・山川『詳説世界史B』:ウラル語系
・東京書籍『世界史B』:非スラヴ系
・実教出版『世界史B』:アジア系
・帝国書院『新詳世界史B』:ウラル系
・山川『新世界史B』:系統の記載無し
・山川『高校世界史B』:アジア系
・東京書籍『新選世界史B』:アジア系
→ 受験に使う物では,実教出版が事実に反したことを書いていることが発覚。ついでに山川『詳説世界史B』は手元に古い教科書もあるのでさかのぼって調べてみたが,意外なことに,山川はかなり古くから「ウラル語系」である。山川『詳説世界史B』はアヴァール人をアルタイ語系としているので,それにあわせてマジャール人はウラル語系としているのかも。一方,受験に使わない2冊はともに「アジア系」。
【ブルガール人】
特徴:現在のブルガリア人の祖先。トルコ系遊牧民で,故地はマジャール人と同じくウラル山麓,ヴォルガ川の中上流域とみられている。つまり,彼らもアジア系ではない。7世紀頃に現在のブルガリアへ移住後,9世紀頃からスラヴ人に同化し,言語もスラヴ系に変わった。
・山川『詳説世界史B』:トルコ系
・東京書籍『世界史B』:非スラヴ系
・実教出版『世界史B』:トルコ系
・帝国書院『新詳世界史B』:トルコ系
・山川『新世界史B』:存在自体が記載無し
・山川『高校世界史B』:アジア系
・東京書籍『新選世界史B』:アジア系
→ 東京書籍はマジャール人とあわせて非スラヴ系としているのがやや特徴的。こちらは,受験用としてアジア系と書いている教科書がなかった。しかし,『新世界史』はブルガール人はおろかブルガリア帝国の記載自体が一切無いのだが,世界史Bの教科書として許されるのだろうか……? 一方,こちらも非受験用の2冊がいずれも「アジア系」。また,現行の山川用語集はトルコ系だが,一つ前の課程(2013年)までの用語集は「アジア系」の表記であった。最近になって直したようである。
【私的な感想】
受験用の教科書は思っていた以上に気をつけてアジア系を排していた,というのが正直な感想である。一方,非受験用の教科書が大雑把にも「アジア系」と記載しており,出版部数も多いことから戦犯はこいつらという疑惑が。
なお,受験に使用しないという点では世界史Aの教科書が気になる人もいようと思うが,世界史Aの教科書はどの教科書にも4民族とも,存在自体の記載ほぼ全く無いので民族系統の調査をする必要がない。というよりも,滅んでしまったフン人やアヴァール人,同化されたブルガール人はよいとしても,マジャール人の存在が記載されていないものを世界史として認めてよいものかどうか。
以上を踏まえて,受験用の教科書に従うならマジャール人とブルガール人をアジア系と呼ぶ根拠がないことから,やはり「受験世界史」の現場では極力アジア系と呼称するべきではない。一方,「高校世界史」は現場が議論する前にまず教科書が訂正されるべきでは,と結論づけておく。
・謎の用語「アジア系」「アフリカ系」(nix in desertis)
この辺の話。気になったので,フン人・アヴァール人・マジャール人・ブルガール人について,現行の教科書(全7冊)がどう表記しているのか,調べてみた。教科書の年度は全て最新版のB課程。上から5冊がいわゆる“受験用”,下の2冊が非受験用の教科書である(山川の『新世界史』は分類が難しいが)。なお,参考書のうち『用語集』および『詳説世界史研究』も調べたが,全て『詳説世界史B』と全て同じ表記であったので省略する。
【フン人】
特徴:4〜5世紀頃にヨーロッパに襲来。民族(言語)系統についてはよくわかっておらず,トルコ(テュルク)系あるいはモンゴル系とされている。北匈奴が移動したもの説があるが,確定していない。というよりも匈奴自体がトルコ系説とモンゴル系説がある。一時大帝国を建設したが,アッティラ大王が死ぬと瓦解・離散した。残党はゲルマン人やアヴァール人に同化して消滅したと考えられている。上掲のTogetterにある通り,「ハンガリー」の国名や,現在のハンガリーの主要民族であるマジャール人とは一切連続性がない。
こうした経緯から,教科書的な民族系統の表記はどうしても曖昧なものにならざるをえない。結果として,各教科書の表記もこうなる。
・山川『詳説世界史B』:アジア系
・東京書籍『世界史B』:モンゴル系
・実教『世界史B』:アジア系
・帝国書院『新詳世界史B』:アジア系
・山川『新世界史B』:系統の記載無し
・山川『高校世界史B』:アジア系
・東京書籍『新選世界史B』:アジア系
→ 「アジア系」が多数派。東京書籍『世界史B』は「モンゴル系」と断定しているが,大丈夫なのか。なお,山川用語集はアジア系ではなく「モンゴル,トルコ系を起源とする人々」で,詳しいようで不明瞭な記述。
【アヴァール人】
特徴:フン人の後にやってきた集団で,6〜8世紀のパンノニア平原を支配した。これまた突厥に敗れた柔然の西進説があるが,フン人=匈奴説以上に眉唾である。8世紀末にフランク王国のカール大帝に討伐されて衰退し,後からやってきたマジャール人に同化されて消滅した。民族(言語)系統はモンゴル系説が強いが,トルコ系説もある。
・山川『詳説世界史B』:アルタイ語系
・東京書籍『世界史B』:モンゴル系
・実教『世界史B』:モンゴル系
・帝国書院『新詳世界史B』:系統の記載無し
・山川『新世界史B』:系統の記載無し
・山川『高校世界史B』:存在自体が記載無し
・東京書籍『新選世界史B』:存在自体が記載無し
→ 非受験用の2冊は存在自体が記載されていない。受験用のものでも系統までは載せていないものが2冊ある。実際,他の3つに比べると世界史的重要度は低かろう。
【マジャール人】
特徴:現在のハンガリーの主要民族で,9〜10世紀にパンノニアに移動・定住した。フン人・アヴァール人と異なって,ウラル山脈を原住地としており(ヴォルガ川中下流域と推定される),厳密に言って「アジア系」ではないのだが,高校世界史の教育現場ではついつい「アジア系」と言ってしまいがちである。民族(言語)系統はウラル語系(より細かい分類ではフィン・ウゴル語系のウゴル語派)。今回の調査の最大の焦点だが,結果は以下の通り。
・山川『詳説世界史B』:ウラル語系
・東京書籍『世界史B』:非スラヴ系
・実教出版『世界史B』:アジア系
・帝国書院『新詳世界史B』:ウラル系
・山川『新世界史B』:系統の記載無し
・山川『高校世界史B』:アジア系
・東京書籍『新選世界史B』:アジア系
→ 受験に使う物では,実教出版が事実に反したことを書いていることが発覚。ついでに山川『詳説世界史B』は手元に古い教科書もあるのでさかのぼって調べてみたが,意外なことに,山川はかなり古くから「ウラル語系」である。山川『詳説世界史B』はアヴァール人をアルタイ語系としているので,それにあわせてマジャール人はウラル語系としているのかも。一方,受験に使わない2冊はともに「アジア系」。
【ブルガール人】
特徴:現在のブルガリア人の祖先。トルコ系遊牧民で,故地はマジャール人と同じくウラル山麓,ヴォルガ川の中上流域とみられている。つまり,彼らもアジア系ではない。7世紀頃に現在のブルガリアへ移住後,9世紀頃からスラヴ人に同化し,言語もスラヴ系に変わった。
・山川『詳説世界史B』:トルコ系
・東京書籍『世界史B』:非スラヴ系
・実教出版『世界史B』:トルコ系
・帝国書院『新詳世界史B』:トルコ系
・山川『新世界史B』:存在自体が記載無し
・山川『高校世界史B』:アジア系
・東京書籍『新選世界史B』:アジア系
→ 東京書籍はマジャール人とあわせて非スラヴ系としているのがやや特徴的。こちらは,受験用としてアジア系と書いている教科書がなかった。しかし,『新世界史』はブルガール人はおろかブルガリア帝国の記載自体が一切無いのだが,世界史Bの教科書として許されるのだろうか……? 一方,こちらも非受験用の2冊がいずれも「アジア系」。また,現行の山川用語集はトルコ系だが,一つ前の課程(2013年)までの用語集は「アジア系」の表記であった。最近になって直したようである。
【私的な感想】
受験用の教科書は思っていた以上に気をつけてアジア系を排していた,というのが正直な感想である。一方,非受験用の教科書が大雑把にも「アジア系」と記載しており,出版部数も多いことから戦犯はこいつらという疑惑が。
なお,受験に使用しないという点では世界史Aの教科書が気になる人もいようと思うが,世界史Aの教科書はどの教科書にも4民族とも,存在自体の記載ほぼ全く無いので民族系統の調査をする必要がない。というよりも,滅んでしまったフン人やアヴァール人,同化されたブルガール人はよいとしても,マジャール人の存在が記載されていないものを世界史として認めてよいものかどうか。
以上を踏まえて,受験用の教科書に従うならマジャール人とブルガール人をアジア系と呼ぶ根拠がないことから,やはり「受験世界史」の現場では極力アジア系と呼称するべきではない。一方,「高校世界史」は現場が議論する前にまず教科書が訂正されるべきでは,と結論づけておく。
Posted by dg_law at 14:28│Comments(0)│