2015年12月24日
11・12月に行った展覧会(久隅守景展・兵馬俑展・物語絵巻展)
サントリー美術館の久隅守景展。この画家は狩野探幽門下の狩野派として世に登場するも,身内の不祥事が続いて追放された。それで野垂れ死なないあたりはさすがに力のあった絵師で,京都を拠点に活動し,また加賀藩前田家に拾われて加賀や越中でも活躍している。こういう経歴だからこそ典型的な狩野派的な山水画以外の作品,特に農村や庶民を描いたものが注目され,代表作もそうしたものの一つ,「納涼図屏風」である。今回の目玉展示もこれであった(ただ,その割に展示期間が短く,危うく見そびれるところであった。国宝ゆえの事情は知っているが,目玉展示なのだからもうちょっとがんばってほしい気も)。自分も久隅守景に対してはそういうイメージを持っていたのだが,今回の展覧会を見て思ったのは,むしろ思っていた以上にかっちりとした狩野派の画家であるということだった。展示されていた山水画は見事なもので,それも追放前もさることながら,追放後の時期に描かれた山水画もまた堂々たる狩野派であった。してみると,「身内の不祥事で追放された」のも,「農村の風景が多い」のも事実であるが,これらをもって「農村に溶け込んだ庶民派」とするのはイメージの捏造に近く,そうした評価はむしろ不当でさえあるかもしれない。その意味で,保存状態があまり良くなく,どちらかというと息抜きで描いた雰囲気さえある「納涼図屏風」が国宝で代表作というのも不思議な感覚がする。
もっとも,山水画は確かに狩野派として優れた作品が多いものの,では狩野探幽やその他の絵師と比較して美術史の一線級として名前が残るレベルかというと,他も優れている人が多すぎて埋没してしまう。すると「身内の不祥事で追放された」という不幸な属性だけが残る不遇絵師というのが美術史上の評価になってしまい,結果的に半ば捏造的ではあれ「庶民派絵師」というのは良い“キャラ立ち”なのかもしれない。歴史に名を残すのも大変であり,またどういう残り方をするかわからんもんだなという不思議な感慨に襲われた展覧会であった。
東博の大兵馬俑展。
展覧会の目玉はやはり兵馬俑で,出土された約8000体のうち10体ほど本物が来ていた。将来的に西安に直接行くというのは可能性が低いので,これは非常にありがたかった。ひょっとするとこれが人生で最初で最後になるかもしれない。数千体あって,一人一人顔が違う。役割分担がきちんとあって,一番多いのは一般歩兵だが,中には弓兵や騎兵・馬丁,部隊長級,将軍級の兵馬俑もいる。今回の展覧会でも歩兵ばかりでなく,多種多様な兵士たちが出展されていた。一番キャラが立っていたのは座った状態で弩弓を引く「跪射俑」で(今回の画像),いかにも戦いに備えている雰囲気がしてよい。
そういえば本展覧会は『キングダム』とコラボしているのだけれど,あまり表立って『キングダム』が宣伝されていなかった。ないしろ展覧会が終わって物販に入ってからコラボしているのに気づいたレベルである。いつぞやのレオナルド・ダ・ヴィンチ展の時の『チェーザレ』は全面的に出ていたような気がするし,『キングダム』の方が知名度があるような気がするのだが。何より『チェーザレ』とレオナルド・ダ・ヴィンチより,『キングダム』と兵馬俑の方が関連性が高かろうに。そこら辺は関係者の力の入れ具合によるということなのだろうか。
根津美術館の物語絵巻・屏風展。伊勢物語・源氏物語・曾我物語・平家物語などに焦点を当てた展覧会。伊勢物語・源氏物語あたりはいろんな展覧会で出てくるのであまり行く動機にはならなかったのだけれど,曾我物語に焦点が当たることは稀なので見に行った感じである。してみると曾我物語の屏風は1点だけであった。半ば詐欺である。当たり前ではあるが展覧会の中核はやはり源氏物語で,知名度が他の作品に比べてずば抜けており,絵巻の作品数も多いから仕方なかろう。自分自身,上に挙げた4つの中で一番物語を覚えているのはどれかと尋ねられれば,やはり源氏物語になってしまう。改めて絵巻や屏風を見ながら物語を思い出すに,光源氏の女好きっぷりに笑ってしまう。やはりこいつはクズなのだが,だからこそ「若菜」から後ろの転落っぷりも光るのだろう。
上に挙げたもの以外では,「西行物語絵巻」が出ていて,娘さんが蹴飛ばされるそこそこ有名なシーンを見ることができた
そして根津美術館といえば庭園である。12月中旬に行ったのでさすがに紅葉の時期は終わっていたが,落ち葉で埋まった道に程よい寒さで閑寂な雰囲気,秋でもなく冬でもなく,これはこれで趣深く,良かった。雰囲気が出ているかどうかはわからないが,一枚載せておく。

あともう一つ行っているが,長くなったので独立させた。その記事は明日。
Posted by dg_law at 02:18│Comments(0)│