2016年03月30日

偉大なる短気:カラヴァッジョ

カラヴァッジョ《法悦のマグダラのマリア》西美のカラヴァッジョ展。間違いなく今年の上半期最大の企画展である。カラヴァッジョ単独で大規模な企画展が立てられること自体が極めて珍しく,というよりも私の知る限りここ10年の東京では初めてである。それもごまかしで無くきっちりとカラヴァッジョの作品が大量に展示されており,《トカゲに噛まれる少年》・《ナルキッソス》・《果物籠を持つ少年》・《バッカス》・《エマオの晩餐》など,代表作と言ってよいものが多い。よくこれだけ持ってこれたなと。かつ西美らしくカラヴァッジョの美術史的位置づけが説明され,カラヴァジェスキへの言及もなされていた。確実に見に行く価値がある展覧会である。展示数はわずか50点程度だが,ほとんどが油彩画で1点1点が大きいのもあり,十分に見応えがあった。なお,《法悦のマグダラのマリア》(今回の画像)は今回カラヴァッジョの真筆と認定されて初の展覧会展示だそうで。図録で見るとそうでもないが,実物は法悦というよりも死んでいるのではないかというくらい冷えた雰囲気を持った作品で,恐怖さえ感じさせる作品であった。


カラヴァッジョはバロックの開祖の一人である。画面中に光を偏在させるのではなく,特定の光源を用意して照らし,明暗のコントラストを劇的にすることで強烈なインパクトを作品に与えるということを発明した人物と言ってよい。西洋美術史の偉大な10人を選んだら,誰が選んでも高確率で入るだろう(私は入れた)。この偉大な画家は生存当時からすでに評価が高く,カラヴァジェスキと呼ばれる追随者たちを生んだ。というよりも,やがてそれは模倣を脱し,別系統のアンニーバレ・カラッチやエル・グレコ等の影響もありつつ,ルーベンスやレンブラントという輝かしい後継者を得て「バロック」という一大様式が展開することになる。西洋美術史が豊穣になったのは,ルネサンスに対置する概念としてバロックが誕生したからにほかならない。

さて,本展覧会がおもしろかったのは,カラヴァッジョのそうした美術史学的にまじめな要素だけで構成されていたわけではなく,ゴシップにならない範囲でカラヴァッジョのクズとしか言いようがない人生の紹介も兼ねていた点はエンタメ性の発露として評価してよく,しかもそのためにわざわざ原史料を持ってきたのはカラヴァッジョファンとしてスタンディングオベーションしかできない。カラヴァッジョは素行がひどく,暴行事件が絶えなかった。「カラヴァッジョ犯科帳」を整理すると(この表現は展覧会及び図録にあるものだ),ローマで起こした記録に残る重大事件だけで20件に上る。とうとう殺人を犯してローマから逃亡し,南イタリアを逃げまわることになる。「天才芸術家は性格が破綻している」という偏見が偏見でない人で,行った先々で問題行動を起こすので「まるで反省していない……(AA略)」としか言いようがない。極めつけがマルタ騎士団に入団して騎士にさえ暴行を働いている点で,喧嘩っ早い上に喧嘩が強いからいよいよ手に負えない。

一つ中でも印象的なエピソードを紹介すると,カラヴァッジョが居酒屋でアーティチョークを注文し,バターで炒めたもの4つと普通の油で炒めたもの4つが運ばれてきたので,カラヴァッジョがウェイターに「これはバターで炒めたものか,油で炒めたものか」と聞いたところ,ウェイターが「匂いを嗅げばわかるだろ」と答えた。すると,カラヴァッジョは突然切れて手元にあった皿を投げつけ,ウェイターにケガを負わせ,裁判になった。いわゆるアーティチョーク事件である。正直ウェイターの応答も大概な気はするが,カラヴァッジョの短気さを表す名エピソードである……で,今回の展覧会でこのアーティチョーク事件の裁判記録が展示されている。イタリア語読めないので何が書いてあるかはわからなかったが,さすがにテンションの上がる展示だった。


とりあえずまだそれほど混んでいなかったが,おそらく4/8にNHKで特集があるのと,4/17に日曜美術館で取り上げられるので,それらが過ぎるととんでもなく混むと予想される。お早めにどうぞ。


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