2016年08月04日

ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち

ティツィアーノ《受胎告知》国立新美術館のヴェネツィア・ルネサンス展に行ってきた。ほとんどの作品がアカデミア美術館から借りてきたものである。ヴェネツィアと言えばフィレンツェ・ローマと並ぶルネサンスの重要都市であり,ほとんどの美術史の一般書ではきっちりとそう説明されているにもかかわらず,なぜだか高校世界史では完全にスルーされるという不可解さがある。その関係で,高校世界史はちゃんとやったけど美術には興味が無いという人にとっては,極めて影が薄いということになっているのではないか。

よく言われるのは,フィレンツェ派は描写の正確性を重視したのに対し,ヴェネツィア派は色彩を重視したということである。実際にヴェネツィア派の作品は非常に色彩豊かであり,鮮やかな彩りを持っている。代表的な画家は3つの時期に分かれて整理されていて,ジェンティーレとジョヴァンニのベッリーニ兄弟から始まる初期,ジョルジョーネとティツィアーノがいる黄金期,そしてティントレットを代表格としてヴェロネーゼとバッサーノがいる後期である。本展覧会の構成もこれに沿っており,展示されていた作品もこれらの画家のものが多かったが,ジョルジョーネは夭折しているため作品数自体が少なく,本展覧会では展示がなかった。まあそれは無理だ,というよりもティツィアーノとティントレットの大作をいくつか持ってきていて,割りと十分に豪華ではあった。

初期のヴェネツィア派について言えば,まだまだ表現が固く,中世の名残が強い。同時期のフィレンツェを考えると遅れていると言ってもいいかもしれない。その中でやはりジョヴァンニ・ベッリーニの作品は“先進的”に見えた。あとはカルロ・クリヴェッリの作品が何点かあり,知らなかったしそういう意識もなかったのだが,彼も出身地はヴェネツィアらしい。ヴェネツィア派に括るとするなら,かなりの異端児という印象になる。

黄金期の展示では,今回の目玉であるティツィアーノの《受胎告知》が展示されていた(詳しい説明はこちらに)。これが超大作で,なんと縦410cm,横240cmである。本作は美術館ではなく,サン・サルヴァドール教会の壁面に飾ってある作品であるから,わざわざ壁から外して持ってきたようだ。作品の重要性とか知名度の問題ではなくて,美術館ではないところとよく交渉したなとか,慎重に外す苦労が半端無かったのではないかとか,そういう心配が先立ってしまいそうだ。それでも持ってきたのは主催者か監修者の趣味か意地か。作品は紛れも無く名作であり,ティツィアーノはその巨大な画面をフルに活かしてダイナミックな視覚効果を仕掛けている。鑑賞者は作品を下から見上げる形になるわけだが,だからこそ自らに比較的近い位置に驚く聖母と受胎告知をするガブリエルの姿が見え,見上げると強烈な光とともに聖霊を示す鳩がいる。持ってきてもらって大変に感謝はしているのだが,これはやはり教会で見たい作品であるかもしれない。ティツィアーノ70歳の頃の作品で,描き上げた体力にも脱帽である。

そういえば鳩で思い出したのだが,この一つ前の展示室の作品のキャプションが「精霊」になっていたのを「聖霊」の漢字ミスではないかと近くの警備の人に言っておいたのだが,もう直っているだろうか。これから行く人がいたら確認してきて欲しい。

後期の作品では,ヴェロネーゼの《レパントの海戦の寓意》がおもしろかった。画面下部では海戦が繰り広げられ,画面上部では擬人化されたヴェネツィア(白装束)が聖母マリアに勝利を祈願している。周囲にいるのは,まず一番左は鍵を持っているのでペテロ。これはレパントの海戦にローマ教皇領も参戦していたからだろう。その右の男性はおそらく聖ロクスとされるようだ。本来は黒死病からの守護聖人だが,ヴェネツィアに彼に捧げられた教会がある。その右のナイフを持った女性は聖ユスティナで,パドヴァとヴェネツィアの守護聖人だが,当時のパドヴァはヴェネツィア領である。一番右の男性はわかりやすい。ライオンをつれているので聖マルコである。ヴェネツィアの守護聖人である。本当はライオンに羽がついているはずだが,この絵ではわからない。ヴェロネーゼの年代だと完全に同時代史であり,戦勝はさぞかしお祭り騒ぎだったに違いない。もっとも,この戦いは戦術的大勝利,戦略的敗北だったわけだけど。

そういえば,他のヴェロネーゼやバッサーノや他の画家の作品で,この展覧会では少なくとも5回は聖ヒエロニムスが描かれていたが,ヴェネツィアとは直接関係がある聖人だったか,私には記憶が無い。ひょっとして,聖マルコとのライオンつながりで当時のヴェネツィアで人気があったとかか。

最終章はティントレット(子,伊東マンショの肖像画を描いた人)やパルマ・イル・ジョーヴァネを出しての「ルネサンスの終焉」である。時期的にも作品の様式的にもほぼほぼバロックである。ヴェネツィアにとっては経済的な衰退期にあたり,文化の爛熟期でもある。


総じて言って見に行く価値のある展覧会であり,お勧めできる。すでにアカデミア美術館に行ったことがある人は除くが。


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この記事へのコメント
こんにちは。
軽くぐぐってみたところ聖ヒエロニムスはウルガタ聖書の翻訳者だそうで。
そのため神学者はもちろん、本屋の守護聖人とも見做されているようなお話がありました。ヴェネツィアで出版業が盛んだったことと関係しているかもしれませんね>人気
Posted by 紅茶 at 2016年08月04日 06:57
あ,確かに。
ルネサンス期のヴェネツィアは出版業盛んでしたね。
それで人気が高かったという可能性は十分に考えられます。
Posted by DG-Law at 2016年08月04日 08:18