2016年11月07日

『ブロークバック・マウンテン』

これは傑作。どのくらい傑作かというと『ショーシャンクの空に』クラスだと思う。明らかに私が見た映画の傑作トップ20には入る。トップ10に入れてもいいかもしれない。

有名な作品ではあるが2005年公開の作品であるし,あらすじを書いたほうが説明しやすいので,あらすじを書きながら要点をまとめていく。舞台はアメリカ中西部ワイオミング州,時代は1960年頃〜80年頃まで。主人公は二人のカウボーイの青年,ジャックとイニスである。彼らは夏の間ブロークバック・マウンテンで羊を放牧する季節労働を受ける。二人は雄大かつ過酷なロッキー山脈を,羊を連れて駆け抜けていく。仕事で協力する中で二人の間には友情が芽生える(ついでに一線も超える)。

結局二人は夏が終わって仕事も終わると離れ離れになり,連絡もとらないまま,4年の歳月が過ぎる。二人とも結婚して家庭を持ち子供ももうけたが,それぞれの事情によりどちらも幸せな家庭を築けたとは言えず,抑圧された生活を送っていた。そして4年経ったある日,ジャックがイニスを見つけ出して連絡を取り,二人は再会する。それから16年間,二人は何ヶ月かに一度会っては旅行に出かけ,再び友情(と愛情)を育んでいく。しかし,同性愛混じりのその友情は,保守的な社会の中では当然禁忌であり,それもあって二人の旅行先は必ず人目のつかないワイオミングの山中,ブロークバック・マウンテンだった。だが,はっきり言ってしまうと「人目を避けるため」というのは表向きの口実にすぎなかった。映画はストーリーを映像に語らせるのが真骨頂であるとするなら,本作は満点である。ブロークバック・マウンテンは,二人にとってはカウボーイでいられた若き日の思い出の場所であったことを,その自然の雄大な美しさをもって雄弁に語っていた。それは抑圧された家庭を持った二人にとって,何よりもかけがえのない思い出であった。本作が名作たる所以はいくつかあるが,その最大の理由を挙げるなら,間違いなく風景による心情の代弁であり,ロッキー山脈の美しさそれ自体でもある。(余談1:実際のロケ地自体はカナダだったそうだが,私は聞かなかったことにした。余談2:町山智浩氏はこの美しさをアダムとアダムと例えていたが,うんまあ,確かに森の妖精だったかな……。むしろニコニコ動画でアレを「アダムとアダム」や「森の妖精」と名付けた人は本作や町山氏の批評を知ってて付けたのなら,意外に趣深い。)

しかし,雄大な自然はただそこにあるだけで,鬱屈した現実を解決してくれるわけではない。16年続いた二人の交際は,ある事情によりあっけなく終わりを告げることになる。悲恋の物語だが,悲恋というだけで終わらせなかったので,非常に爽やかなエンディングとなっている。


本作で描かれているのは「二人の男性が長期間に渡って育んだ友情」であり,また「同性愛」である。一方で,同性愛の要素が無くても本作のストーリーは実はほとんど成立してしまう。友情のストーリーとして追っていくと,始まりからエンディングに至るまで,同性愛の部分を捨象しても十分に成り立ってしまうし,それでも本作は十分におもしろいのである。ではなぜ,本作はあえて同性愛を入れたのか。もちろん,アメリカ中西部の保守的で閉鎖的な社会を批判したかったという意図は無かったわけではなかろう。しかし,それ以上に友情と恋愛の垣根を取っ払って描写したかったというのが何よりの意図だったのだと思う。監督自身が「本作は普遍的なラブストーリー」と言っているように,逆転の発想で,何なら本作のストーリーは男女にしてしまって成立しないことはない(女性のカウボーイという存在が許されるのかは別問題として,あくまで筋だけ考えれば)。あえて言ってしまえば二人の関係は親友かつ恋人であり,そのいずれか片方ではないのである。

実はこの「友情の延長線上にある同性愛」という考え,私は百合ややおいに通じるものを見た。本作の公開年と奇しくも同じ2005年,『リリカルなのはA's』の誰だったかの評論で,「友情は過酷な戦闘を通じて恋愛との区別がつかなくなる……という発想を誘発する作品で,やおいを誘発する作品も同じ構造をしている」というのがあって,なるほどと思った記憶がある。当時ははてブなんて知らなかったので記録をとっていないのが残念である(そういえばはてブも2005年にサービス開始である)。『ブロークバック・マウンテン』を見て私が真っ先に思い出したのが,先の評論だったりする。


以下はネタバレで雑多に。
イニスとジャックが異なる家庭を作ったので,同じように鬱屈した生活を送っていながら,ちょっとずつ二人に齟齬が生じていくという仕掛けはおもしろかった。イニスはカウボーイの仕事に固執し,結果として経済的には下流の家庭を築いてしまう。もはや時代はカウボーイを求めていなかったのである。作中で奥さんに何度も「都会に住みましょう」とけしかけられ,イニス自身も農閑期には道路の舗装のバイト何かもしているが,明らかにスーパーマーケットでパートをしている奥さんの方が稼いでいるのである。保守的な家庭育ちであるので,家事もしないしできない。結果としてイニスには家庭での居場所がなくなる。最後にはジャックとの関係がばれて離婚。一方,ジャックは持ち前のイケメンをいかして金持ちのお嬢さんをひっかけて結婚する。ところがこちらでは身分違いの結婚だったがゆえに,義父からは小馬鹿にされ,挙句いない人扱いである。結果的にイニスを追い詰めたのは貧困というどうしようもない現実だったが,ジャックはまだイニスを連れて独立し,二人で牧場経営をするという夢を最後まで追いかけていた。

にもかかわらず,不思議と自分とよく似た性格の娘に懐かれ,人生の結末として次世代へのつながりを残したのはイニスの方であった。ジャックも息子にはそれなりに懐かれていたようだが,映画の作中後半ではほとんど描写がなくなる。ジャックの死因は表向き事故ということになっているが,本当に事故だったのか,ゲイということがバレてリンチにあったのかはぼかされている。これこそが本作の「友情と恋愛が地続き」の象徴ではあろう。友情の物語として取るなら前者であっても成立するが,同性愛の物語として取るなら,当然後者の方が悲劇性が際立つ。いずれにせよ,イニスがジャックの遺品として,若き日のブロークバック・マウンテンで付けた血痕のある青のジャケットを見つけるシーンはやはり名シーンとしか言いようがない。イニスは己の中の同性愛を消し去るため,あえてジャックに荒々しいケンカを仕掛けたのだった。しかしジャックの中では,それさえも美しい思い出だったのであり,実家のクローゼットで大切にとっていたのであるから。あんなのを見せられたら,視聴者としても嗚咽するしかない。その上,不器用なりに苦労して何とかやってきた人生で,懐かれた娘が結婚してその結婚式に呼ばれるんだから,イニスは報われた。


はてさて,「明らかに私が見た映画の傑作トップ20には入る。トップ10に入れてもいいかもしれない」と冒頭に書いたが(母数は多分200〜300くらいだと思うが数えたことがない),改めてトップ10を決めるとなるとかなり難しい。適当に候補作を並べてみよう。

・『12人の怒れる男』(1957年)
・『ニュー・シネマ・パラダイス』(1988年)
・『永久に美しく…』(1992年)
・『ホットショット2』(1993年)
・『ショーシャンクの空に』(1994年)
・『ラヂオの時間』(1997年,三谷幸喜から1作と限定するなら。)
・『ラン・ローラ・ラン(ローラ・レント)』(1998年)
・『黒猫・白猫』(1998年)
・『TAXi2』(2000年)
・『マルホランド・ドライブ』(2001年)
・『戦場のピアニスト』(2002年)
・『ブロークバック・マウンテン』(2005年)
・『キングダム・オブ・ヘブン』(2005年)

2006年以降の映画もちゃんと見ようと思った。でも『ブロークバック・マウンテン』を見たのは最近,『キングダム・オブ・ヘブン』も3年くらい前にやっと見たところなので許して欲しい。

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