2017年05月17日
伝統と変容の楽焼の歴史
近代美術館の樂焼(楽焼)展に行ってきた。初代長次郎から現在の第十五代吉左衛門・第十六代襲名予定の篤人まで,歴代の作品が並ぶ大展覧会である。本展はエルミタージュ等の海外美術館の企画展の凱旋展覧会でもあり,海外では好評を博したらしい。楽焼はご存じの通り,千利休の美意識から発露して,その片腕だった陶工長次郎を開祖とするもので,1579年頃に誕生する。当初の楽焼は黒または赤一色で,釉薬がかかっていないのではないかと思われるほどざらっとした表面,ろくろを一切使わない手こねとヘラ(篦)による成型あたりを特徴とする。黒一色のお碗の中に見える「宇宙」というやつである。美術館でよく見る楽焼はこういった特徴のものが多いと思われるし,今回の展覧会でも長次郎の有名な作品,銘「大黒」や「禿」,「俊寛」などを見るとこのイメージ通りである。他の展覧会でもよく見る作品が多いが,「禿」に限ればなかなか表に出てこないのでこれは貴重かも。
しかし,楽焼は樂家による一子相伝で伝わり,各時代の樂家の当主(吉左衛門)の創意工夫による個性が尊重されたので,実は先述のような特徴のうち「手こねとヘラによる成型」だけは鉄則として守られるが,それ以外は次第に変容していく。この各時代の吉左衛門による作風の違い・変容が楽焼の観賞ポイントであり,今回の展覧会は歴代の吉左衛門全員の作品が時代順に展示されていて,その変容がわかりやすかった。時代の風潮の影響,たとえば江戸初期なら織部好みを取り入れてちょっとだけ歪んでみたり,元禄時代ならかえって長次郎に回帰して地味になったり。あるいは時代にとらわれない個人の改変もある。個人的には釉薬をべったりかけていて,これなら素焼きには見えんだろと誇示するかのような,のっぺりした質感の楽焼はけっこう好みかもしれない。他にも色を複数使っていた人もいたし,ヘラを多用してカクカクした茶碗を作っていた人もいた。長次郎や本阿弥光悦あたりの作品しか知らなかったが,これは確かに個人差・時代差が大きくて意外と振り幅が大きく,おもしろい。
その中で当代の第十五代吉左衛門も全く負けてはおらず,というよりも20世紀末〜21世紀初頭感がめちゃくちゃする現代っぽさがあり,なるほどポスト岡本太郎の時代の茶碗は確かにこれだわ,という意味でとてもしっくり来た。楽焼に金粉使ってもいいじゃないか(今回の画像),なんて発想は破格すぎるかもしれないが,現代だからこそやっていいことなのかもしれない。長次郎の楽焼が黒一色による宇宙なら,こちらはカオスな銀河が浮かぶ宇宙だろう。しかし,同じ宇宙である。なぜ近美で楽焼なのか? と最初は疑問だったが,展覧会を見て納得した。この展覧会のフォーカスは,当代の第十五代吉左衛門である。
ところで,それはそれとして当代吉左衛門,銘の付け方がとてもこう……どこかがかゆくなるセンスの持ち主で……「竜蛇」って書いて「ナーガ」って読ませるあたりは序の口で,「女媧」とはついているもののどこか女媧なのかよくわからなかったり,「涔雲は風を涵して谷間を巡る悠々雲は濃藍の洸気を集めて浮上し」なんてやけに長かったり,うん,広い意味で中二病だね! そこもある意味現代的なのかもしれないけども。ちなみに今回の画像の銘は「砕動風鬼」である。
あと,高精度3Dプリンタによる長次郎の茶碗完全再現(※ただしアルミ製)だとか,VRで体験できる茶室(参考)だとか,遊びがすごい展覧会で,その意味でも楽しかったことを付記しておく。そうか,今時は茶室もVRなんだな。
Posted by dg_law at 12:00│Comments(0)│