2017年06月26日

バベルの塔(完成間近の方)

ピーテル・ブリューゲル《バベルの塔(ボイマンス美術館)》都美のバベルの塔展に行ってきた。バベルの塔の他に,ヒエロニムス・ボスとピーテル・ブリューゲルを二大巨塔として,15〜16世紀のベルギーの美術品が展示されていた。土日に行ったら混雑がひどかったので(入場20分待ち),可能であれば平日に行くのを勧める。

《快楽の園》等で有名な奇想の画家ヒエロニムス・ボスは16世紀前半の当時すでに高名な画家であり,彼の生み出した怪物たちは同時代の画家たちに模倣された。そのせいでボスの作品は真贋の鑑定が難しく,特に真筆と断定されている油彩画は約25作品しかない。フェルメールよりも少ないのである。もっとも,ボスの場合は生前遅筆で作品数が少ないというよりも「断定」できるものが少ないということなので今後増える可能性はある。今回の展示でも「ヒエロニムス・ボスの模倣」となっている作品は多かった。また,ボスは版画作品も多いから油彩画に限定して”少ない”というのもお門違いではあるように思う。それでも今回の展覧会はそのうち2点《聖クリストフォロス》と《放浪者(行商人)》が来ていたので豪華と言えるのだが,この点ではほとんど宣伝されていなかった。ポスター等に登場するのは全てブリューゲルの作品であって,ボスの作品ではなかった。当然ながら日本におけるボスの知名度はブリューゲルにかなり劣る。しかし,鑑賞客の受けは良かったようで,奇抜な怪物たちに魅了された人は多いようだった。これを機会にボスの知名度も上がるとよい。

ピーテル・ブリューゲル(1世)はネーデルラントのルネサンスを代表する画家であり,以後バロック美術の時代までネーデルラントの美術を牽引することになるブリューゲル一族の初代である。今回の展示はバベルの塔を除けばほとんどが版画ではあったものの,油彩画の様子をうかがうことができる版画が多く,良い紹介になっていたと思う。定番の農村の様子を描いたものや,教訓やことわざを描いたものもあった。

さて,《バベルの塔》である。16世紀では当然考古学は存在せず,そもそも西洋人がすんなりイラクまで行ける時代でもなかったから,完全に想像で描くしか無かった。ブリューゲルの《バベルの塔》が偉大なのは,ここまで高層の架空の塔を初めて構想したという点にある。当時のヨーロッパの高層建築というとまだゴシック様式の教会・尖塔しかなかった時代であり,いかに『旧約聖書』に「レンガ造りの天まで届かんばかりの高い塔」と書いてあっても,全く想像がつかなかったはずである。実際に,ブリューゲル以前に描かれたバベルの塔はそれほど高層には見えず,想像もつかないような世界を描く困難さを如実に表していたのであった。ブリューゲルの直前の時期になってやっと,螺旋状の外周を設けている作品が現れてくる。

そうしてブリューゲルの作品を見ると,リアルな建築現場が描かれていることがわかる。画面をよく見ると,塔の麓でレンガを作っている様子,塔の中腹で真っ赤なレンガや真っ白なセメントを高層まで運ぶための滑車が動いている様子や,最上階で木製の足場が組まれている様子などが描かれていて,塔の外では物資を運搬する巨大な船が港に入ってきている。これらの様子は当時の西洋経済の中心地であったアントウェルペンを観察して描かれたものであり,この時代にやっと神話の想像力に人間の技術力が追いついたと言えるのかもしれない。一方,この塔は人間の大きさを基準に計算すると高さは約500mになるそうで,高いには高いが21世紀現在ではそう珍しくもない高さである。なんせ828mもあるブルジュ・ハリファを我々は知っている。16世紀の天才が考えた「神の怒りを買う高さ」をすでに人類は超えているのである。

なお,ブリューゲルの《バベルの塔》は2作品あり,1つは建設開始間もない頃の塔で,こちらはウィーン美術史美術館にある。もう1つは建設がかなり進んだ状態の塔で,ロッテルダムのボイマンス美術館にあり,今回展示されているのはこちらである。画面自体の大きさは前者が後者の約4倍あり,ボイマンス美術館所蔵の方がかなり小さい。しかし,実物を見てみるとわかるが,ボイマンス美術館のものでも十分巨大で迫力がある。してみるとウィーン美術史美術館の方も見てみたくなった。

今回の《バベルの塔》の展示では,特別企画が2つ動いていた。1つは,大友克洋氏がバベルの塔の内部構造を想像して描いたInside Babel。もう1つは東京芸大が主体となって,画面を約3倍に引き伸ばして描いた《バベルの塔》の模写作品である。どちらも会場で展示されていてよくできており,良い企画だったと思う。芸大の作品なんかは本物よりも混んでない&引き伸ばしているおかげで細部がわかりやすくなっているので,じっくり見たいのならお勧めである。もちろん,3倍に引き伸ばされても荒れない元絵の画素の高さもすごい。(油彩画に画素って言葉を使っていいものかどうかは別として)


その他の展示は,ブリューゲルとボスに金がかかりすぎたか層が厚くなかったものの,ヨアヒム・パティニールを持ってきていて「西洋初の風景画家」と紹介していたのはとても良かった。また,オランダが独立する前の,というよりもオランダが世界経済の中心地として隆盛する以前のホラント州の画家たちの作品が紹介されていた。技術レベル等の観点では普通すぎて特にコメントがないが,たとえば江戸幕府開府前の江戸の画家の作品が残っていたらおもしろいだろうなと考えると,作品の価値は理解できるし,こういう形で紹介されるのは貴重である。




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