2017年09月03日

顔の「目」と「口」の部分に注目

アルチンボルド《夏》西美のアルチンボルド展に行ってきた。アルチンボルドは名前を知らなくても絵は知っている人が多そうな画家で,まあ見ての通りの寄せ絵である。1526年にミラノで生まれて修行を積み,1560年頃からオーストリア=ハプスブルクの宮廷に仕え,基本的に不遇になることはなく約25年間宮廷画家であり続けた。この間,3人の神聖ローマ皇帝(フェルディナント1世・マクシミリアン2世・ルドルフ2世)に仕えている。この時期の皇帝たちは,西に新教徒,東にオスマン帝国という苦難の時期を過ごしているので,アルチンボルドの珍奇な絵はさぞかし癒やしだったのであろう。

その後1587年に引退し,ミラノに凱旋帰国。余生は自らの伝記を口述筆記させることに費やしたそうだから,後世の名声を強く気にする人物であったようだ。こういう画風の人にしては意外とも言えるし,こういう画風の人だからこそ誤解されることを避けるべく気にしたと考えると納得もする。1593年,生前の名声にも後世の名声にも不安のない状態で病没。生前から売れていたという画家は多いといえど,余生まで含めてこれだけ完璧な人生設計を送った人も珍しい。作品同様,人生も奇抜に見えて設計上手だったのかもしれない。もっとも忘れられていた時期がないわけでもないらしく,再発見は20世紀初頭だそうだ。様式としてはマニエリスムに分類され,これは妥当というかむしろ彼こそがマニエリスムと言えるだろう。

彼の作品の寄せ絵は,動植物や道具などを組み合わせて顔に見せるというものであるが,じっくり見ると上手く顔に見せる工夫として口と目を上手く処理しているのがわかる。他の顔のパーツよりも処理が難しいのがこの2つで,なにせくぼませたり瞳を作らないといけない。《四季》では,春は花,夏と秋は目がベリー系の果実で,夏の口はチェリーとえんどう豆,秋の口は栗。冬の処理が一番上手くて,目は木のくぼみ,口は猿の腰掛と思われる。これらの寄せ絵は,皇帝ルドルフ2世の肖像もあるように,あくまで「笑い」を引き出す描写であることに徹しており,むしろ身体を構成する要素にライオンや黄金の羊を組み込むことでハプスブルク家の歓心を買うようなつくりなっていた。笑いが風刺や嘲笑につながりやすく,モデルの尊厳を維持しつつ笑いをとることの難しさを考えると好感が持てるところで,爽やかですらある。ただし,アルチンボルドが全く風刺作品を作らなかったかというとそうではなく,当時の宮廷の(頭が固くて嫌われていた)司書や財務官をもろに馬鹿にした肖像画も描いていたりして,なるほど,寄せ絵を全力で悪意に使うとこうなるのだなという実例を見ることができる。

こうした奇抜な表現の伝統というと,どちらかというと北方のイメージの方が強い。ブリューゲル然りヒエロニムス・ボス然りである。しかし,本展によればアルチンボルドのイメージソースは全く系統が異なり,故郷の北イタリア由来であるという。なんとなく北方系で,ウィーンやプラハで活動しているからああなったのだと思っていた。個人的には,これが一番の驚きであった。


ところで,本展を鑑賞中「ヨーロッパにも四季ってあるんだね」という信じがたい言葉を耳にしたのだが,逆説的にアルチンボルドの奇抜な寄せ絵はそういった層にまでリーチするということで,「笑い」ほど文化固有のものはないと言われる一方,この「笑い」は少なくとも現代の日本のマジョリティを貫通したとは言えるだろう。めちゃくちゃ混んでいるので,行くならなるべく空いた日時をお勧めする。