2017年11月08日
偉大なる狩野派の二代目
サントリー美術館の狩野元信展に行ってきた。狩野元信は言わずと知れた狩野派の巨匠で,御用絵師としては初代の正信の息子であるから,二代目ということになる。日本的な漢画の様式を整え,「狩野派」という画家集団を組織したのはこの二代目の元信であるから,守成の二代目というよりも,事実上の創設者と言える。室町時代にはすでに中国から大量の絵画が入ってきており,日本の水墨画もそれを模倣して高いレベルにあった。しかし,それらは個々人が学習していったものであったため,用法の名称や内実がばらばらであったところ,これを整備して人々が学びやすい形に変えていったのが,狩野元信の最大の功績にあたる。また,それに飽き足らず,日本画もう一つの潮流にして独自のものである大和絵をも学び,漢画が基本の狩野派の内に取り入れていった。あからさまな土佐派への対抗意識である。これにより狩野派の画風がより豊かなものになり,大きく開花することになったのは,元信よりも,元信の孫の永徳の絵を見たほうがわかりやすいであろう。
その狩野元信の現存する代表作といえば,大徳寺大仙院方丈の旧障壁画「四季花鳥図」(大独自大仙院所蔵)と同「禅宗祖師図」(東博所蔵)であり,これらは意外と表に出てこないので,見る機会が少ない。今回の展覧会は,頻繁に展示替えがあったとはいえ,短期間でこの両方の全幅を見ることができる貴重な機会であった。見た感想としては,典型的な狩野派の漢画であり,永徳や探幽の絵を知ってしまっているがゆえに,歴史を鑑みなければそれほどおもしろいとは思わない。しかし,これは「歴史を鑑みなければ」という前提が間違っているのであって,永徳や探幽の絵の原型がこの絵にあるのである。そう思ってみると,奇抜ではないからこその,かっちりとした「型」にはまった安心感が感じられる絵であると思う。この絵はまさにその「型」なのだから,それでよいのである。
本展覧会では,この狩野正信の画業,とりわけ漢画の様式の整備についてが大きく取り上げられており,わかりやすかった。また,狩野派のさらに元といえる中国の南宋の絵画や,元信が描いた大和絵なども展示されていた。大和絵は良かったのだが,南宋の絵画については,本展覧会の中核ではないとはいえ,量・質ともにやや物足りない展示であった。もう少し牧谿と玉澗を集められなかったものか。
Posted by dg_law at 18:00│Comments(0)