2018年01月20日
高校地理・世界史教科書における語族(アルタイ諸語)について
・高校地理における「(ウラル・)アルタイ語族」の取り扱いについてのメモ(思索の海)
>どなたか教科書も調べてくれると嬉しいです。
ということなので,便乗して。まず,高校の地歴公民というと山川出版社のイメージが強いが,実は山川は地理の教科書を発行していない。現在地理Bの教科書を作っているのは二宮書店・帝国書院・東京書籍の3つだけである。以前はもう少し多かったのだが,2014年の課程改定の際に撤退してしまった。シェアから言えば圧倒的に帝国書院で70%程度(参考データ)。
なお,教科書を作っていない科目があるのに山川が地歴公民の総合商社のようなイメージが強いのは,用語集を全科目作っている唯一の会社だからである。しかし,教科書を作っていないこともあって,地理の用語集は世界史・日本史に比べると信頼性が低い。また,そういう事情もあって世界史・日本史の学習が教科書・用語集中心でサブに資料集が来る三点セットになるのに対し,地理は圧倒的に資料集や地図帳頼りになって教科書・用語集は一度も開かれないままということもある。よって,世界史・日本史の高校生の学習状況や入試の頻出用語を調べるなら教科書・用語集を開けば事が済むのであるが,地理は幾分状況が面倒で,学習の概況もバラバラなら入試に出題される基準も特に無い。
以上を踏まえた上で本題。以下,年度は全て2017年版。地理と世界史について調査した。
【帝国書院『新詳地理B』】
◯本文では語族についての明確な説明はなく,「世界の言語は,大規模な人の移動や宗教の伝播などによって,少しずつ変化しながら長い年月をかけて広がっていった(注釈5)。」(p.209)
◯注釈5では世界の言語分布を示した世界地図が掲載され,表記は「ウラル語族」と「アルタイ諸語」。なお,日本語と韓国・朝鮮語は「その他」に分類。(p.209)
【東京書籍『地理B』】
◯本文の説明は「類似性に基いて世界の言語を系統的に比較すると,多くの言語が図1のようにいくつかの語族にまとめられる。日本語は,モンゴル語などのようなアルタイ語系の言語と多くの共通点があるが,その系統は十分に解明されていない。」(p.206,太字は原文ママ)
◯図1内の表記は「ウラル語族」と「アルタイ語族」。日本語と韓国・朝鮮語は「その他」に分類。(p.206)
【二宮書店『新編 詳解地理B 改訂版』】
◯本文の説明「母語として使われている言語を,言語学的に同一の起源をもつと考えられる言語群,つまり語族ごとに示したものが図1である。」(p.171,太字は原文ママ)
◯図1の言語分布は3つの教科書で一番色分けが細かい。表記は「ウラル語族」と「アルタイ諸語」で,アルタイ諸語は「チュルク語派」「モンゴル語派」「ツングース=マンチュー語派」でさらに分類して色分けされていた。日本語と韓国・朝鮮語はやはり「その他」。(p.170)
以下は世界史。全7冊だが,メーカーが同じなら表記は同じだったのでそれらを省き,4冊について報告。
【山川出版社『詳説世界史 改訂版』】
◯本文の説明「共通の言語から派生した同系統の言語グループを語族と呼ぶ。」(p.13,太字は原文ママ)
◯語族を列挙した一覧表が掲載され,そこでの表記は「ウラル語族」と「アルタイ語族」。「日本語と朝鮮語の帰属については定説がない」と補足説明。(p.13)
【帝国書院『新詳世界史』】
◯本文には記載なし。欄外のコラムで「語族は,語彙や文法などに類似点があって同じ語群をもつと想定される言語群のことである」と説明し,「世界の言語と語族」の地図を掲載(ともにp.12)。地図中の表記は「ウラル語族」と「アルタイ諸語」で,日本語・韓国語・朝鮮語は「その他」。韓国語と朝鮮語を分けているのは,世界史・地理を通してこの教科書のみ。
【東京書籍『新選世界史B』】
◯本文の説明「故地を同じくするために語法の類似したものがあり,語族という用語でくくられる場合がある。」(p.25)
◯語族を一覧にした表が掲載されており,この表がやたらと詳しい。そこでの表記は「ウラル語族」と「アルタイ語族」。また韓国・朝鮮語をアルタイ語族ツングース語派に分類していた。日本語は一覧表の中に記載がなく,欄外の説明で「文法的には北方のアルタイ語族・ツングース語派に属するが,語彙は南方のオーストロネシア語族やオーストロアジア語族の影響が強い。」と説明。(p.25)
【実教出版『世界史B 新訂版』】
◯本文に記載なく,欄外の注釈で「言語の分類概念としては,語族という用語がある。代表的なものとして,インド=ヨーロッパ語族,セム=ハム語族がある。」と表記(p.21)。語族の一覧や地図等は無し。ウラル語族・アルタイ諸語についての言及がないのもこの1冊だけなら,セム=ハム語族という表記は全世界史の教科書を通じてこの1冊のみ。
おまけ1
【山川出版社『世界史用語集』】
◯山川の教科書と同じ説明かと思いきや,アルタイ語族の項目に「日本語と朝鮮語を含める説もあるが,異論もある。」という説明。(p.4)
おまけ2
【山川出版社『日本史用語集』】
◯項目名が「アルタイ語」というところからしてどうかと思うが,その説明に「北方アジア系のトルコ語・モンゴル語・ツングース語・日本語などがこれに属し,助詞・助動詞を持つ膠着語で,述語動詞が最後にくるなどの特徴がある。」と,日本語はアルタイ語族扱い。
<とりあえずの感想>
地理ではいずれの教科書もウラル=アルタイ語族という表記はなく,意外と諸語と語族も使い分けている印象。世界史の方は,帝国書院の表記が最もしっかりしている。山川は諸語と語族を使い分けていないが,これ以外の部分も含めて,現状の世界史では最もスタンダードな表記になっている。東京書籍は山川とほぼ同じだが,韓国・朝鮮語の扱いがよくわからない。実教出版はなんとも評しがたい。日本史の用語集は誰かどうにかした方がいいと思います……
>どなたか教科書も調べてくれると嬉しいです。
ということなので,便乗して。まず,高校の地歴公民というと山川出版社のイメージが強いが,実は山川は地理の教科書を発行していない。現在地理Bの教科書を作っているのは二宮書店・帝国書院・東京書籍の3つだけである。以前はもう少し多かったのだが,2014年の課程改定の際に撤退してしまった。シェアから言えば圧倒的に帝国書院で70%程度(参考データ)。
なお,教科書を作っていない科目があるのに山川が地歴公民の総合商社のようなイメージが強いのは,用語集を全科目作っている唯一の会社だからである。しかし,教科書を作っていないこともあって,地理の用語集は世界史・日本史に比べると信頼性が低い。また,そういう事情もあって世界史・日本史の学習が教科書・用語集中心でサブに資料集が来る三点セットになるのに対し,地理は圧倒的に資料集や地図帳頼りになって教科書・用語集は一度も開かれないままということもある。よって,世界史・日本史の高校生の学習状況や入試の頻出用語を調べるなら教科書・用語集を開けば事が済むのであるが,地理は幾分状況が面倒で,学習の概況もバラバラなら入試に出題される基準も特に無い。
以上を踏まえた上で本題。以下,年度は全て2017年版。地理と世界史について調査した。
【帝国書院『新詳地理B』】
◯本文では語族についての明確な説明はなく,「世界の言語は,大規模な人の移動や宗教の伝播などによって,少しずつ変化しながら長い年月をかけて広がっていった(注釈5)。」(p.209)
◯注釈5では世界の言語分布を示した世界地図が掲載され,表記は「ウラル語族」と「アルタイ諸語」。なお,日本語と韓国・朝鮮語は「その他」に分類。(p.209)
【東京書籍『地理B』】
◯本文の説明は「類似性に基いて世界の言語を系統的に比較すると,多くの言語が図1のようにいくつかの語族にまとめられる。日本語は,モンゴル語などのようなアルタイ語系の言語と多くの共通点があるが,その系統は十分に解明されていない。」(p.206,太字は原文ママ)
◯図1内の表記は「ウラル語族」と「アルタイ語族」。日本語と韓国・朝鮮語は「その他」に分類。(p.206)
【二宮書店『新編 詳解地理B 改訂版』】
◯本文の説明「母語として使われている言語を,言語学的に同一の起源をもつと考えられる言語群,つまり語族ごとに示したものが図1である。」(p.171,太字は原文ママ)
◯図1の言語分布は3つの教科書で一番色分けが細かい。表記は「ウラル語族」と「アルタイ諸語」で,アルタイ諸語は「チュルク語派」「モンゴル語派」「ツングース=マンチュー語派」でさらに分類して色分けされていた。日本語と韓国・朝鮮語はやはり「その他」。(p.170)
以下は世界史。全7冊だが,メーカーが同じなら表記は同じだったのでそれらを省き,4冊について報告。
【山川出版社『詳説世界史 改訂版』】
◯本文の説明「共通の言語から派生した同系統の言語グループを語族と呼ぶ。」(p.13,太字は原文ママ)
◯語族を列挙した一覧表が掲載され,そこでの表記は「ウラル語族」と「アルタイ語族」。「日本語と朝鮮語の帰属については定説がない」と補足説明。(p.13)
【帝国書院『新詳世界史』】
◯本文には記載なし。欄外のコラムで「語族は,語彙や文法などに類似点があって同じ語群をもつと想定される言語群のことである」と説明し,「世界の言語と語族」の地図を掲載(ともにp.12)。地図中の表記は「ウラル語族」と「アルタイ諸語」で,日本語・韓国語・朝鮮語は「その他」。韓国語と朝鮮語を分けているのは,世界史・地理を通してこの教科書のみ。
【東京書籍『新選世界史B』】
◯本文の説明「故地を同じくするために語法の類似したものがあり,語族という用語でくくられる場合がある。」(p.25)
◯語族を一覧にした表が掲載されており,この表がやたらと詳しい。そこでの表記は「ウラル語族」と「アルタイ語族」。また韓国・朝鮮語をアルタイ語族ツングース語派に分類していた。日本語は一覧表の中に記載がなく,欄外の説明で「文法的には北方のアルタイ語族・ツングース語派に属するが,語彙は南方のオーストロネシア語族やオーストロアジア語族の影響が強い。」と説明。(p.25)
【実教出版『世界史B 新訂版』】
◯本文に記載なく,欄外の注釈で「言語の分類概念としては,語族という用語がある。代表的なものとして,インド=ヨーロッパ語族,セム=ハム語族がある。」と表記(p.21)。語族の一覧や地図等は無し。ウラル語族・アルタイ諸語についての言及がないのもこの1冊だけなら,セム=ハム語族という表記は全世界史の教科書を通じてこの1冊のみ。
おまけ1
【山川出版社『世界史用語集』】
◯山川の教科書と同じ説明かと思いきや,アルタイ語族の項目に「日本語と朝鮮語を含める説もあるが,異論もある。」という説明。(p.4)
おまけ2
【山川出版社『日本史用語集』】
◯項目名が「アルタイ語」というところからしてどうかと思うが,その説明に「北方アジア系のトルコ語・モンゴル語・ツングース語・日本語などがこれに属し,助詞・助動詞を持つ膠着語で,述語動詞が最後にくるなどの特徴がある。」と,日本語はアルタイ語族扱い。
<とりあえずの感想>
地理ではいずれの教科書もウラル=アルタイ語族という表記はなく,意外と諸語と語族も使い分けている印象。世界史の方は,帝国書院の表記が最もしっかりしている。山川は諸語と語族を使い分けていないが,これ以外の部分も含めて,現状の世界史では最もスタンダードな表記になっている。東京書籍は山川とほぼ同じだが,韓国・朝鮮語の扱いがよくわからない。実教出版はなんとも評しがたい。日本史の用語集は誰かどうにかした方がいいと思います……
Posted by dg_law at 20:51│Comments(0)