2018年02月14日

ファンシーな作風と波乱の社運

《色絵金彩「皇帝」文コーヒーセット》パナソニック汐留ミュージアムのヘレンド展に行ってきた。ヘレンドはハンガリーの名門陶磁器ブランドであるが,同様の名窯のマイセンやセーヴル,ジノリ,ロイヤルコペンハーゲン等は概ね18世紀に王室や貴族の保護を受けて歴史がスタートするのに対し,ヘレンドはウィーン体制下の1826年(しかも実態としては1839年)にやっとスタートするので,比較的新興勢力である。しかも多くの名窯は近所に良い土の産地があって発展するところ,ヘレンドは土を輸入してのスタートだった。なぜそんなところに窯を建てたのか。しかし後発の強みはあり,1851年の第1回ロンドン万博の時には先行するメーカーと並んで高い評価を受けた。その後,1873年のウィーン市場株大暴落の影響を受けて破産しかけ,19世紀末にも経営不振で破産しかけ,一次大戦でも破産しかけ,やっと立ち直ったと思ったら二次大戦後に社会主義政権の下で国有化されるという,割りと過酷な歴史を辿っているという点でも,他のメーカーとはかなり立ち位置が異なる。

そのヘレンドの特徴というと,いつまでもロココ様式を引きずったところにある。19世紀のロココ様式なのでネオロココ様式と呼んだりするが,かわいくてファンシーで,透かし彫りを多用して造形美を全面に出し,ピンク主体の着色でカラフルである。今回の画像は1860年頃の作例だそうだが,デザインセンスだけ見ると前世紀に見える。個人的には,自分が使うことを考えなければけっこう好きなセンスだ(自分で使うにはファンシーすぎる……)

また,他のブランドはロココから始まりつつも時代に合わせて歴史主義やアール・ヌーヴォー等の流行を取り入れていったのに対し,ヘレンドも流行に乗っていくものの全面には出ておらず,20世紀初頭まで概ね主体はネオロココを貫いていた。だから不況のたびに破産しかけたのではというのは禁句のようだ。それでも何とか命脈を保ったのは,オーストリア=ハンガリー二重帝国という王侯貴族の文化が根付いた風土ゆえか。その他の特徴として,先発ブランドはどこも最初は中国陶磁器や古伊万里のコピーから始めて,けっこうそれを引きずるところ,ヘレンドは最初からかなり欧風であった。というよりも,マイセンコピーやセーヴルコピーに見えるものも多く,それらに並行して中国・日本磁器のコピーも入り交じるという様相であった。

1920年代になると創業者の一族経営から株式会社に変わり,経営のテコ入れが図られる。他のメーカーでもよくあるパターンで,伝統的な作品を作り続ける一方で外部から芸術家やデザイナーを招いてデザインの革新を図るという方式が取られて再建が進んだ。確かにこの時期の作品は妙にデザインが凝っていて,これまでのネオロココの作品とは明らかに異なる。しかし,このありきたりな路線になったからこそ,かえって特徴が薄まってしまったようにも。ともあれこの路線はありきたりながらやはり効果はあるようで,二次大戦中までは好調であったが,ハンガリーは敗戦した。ハンガリーが社会主義化するとヘレンドは他の陶磁器メーカーと一括りにされて,国有の陶磁器会社の一部門となってしまう。ヘレンドはこの会社の稼ぎ頭であったが,「芸術品ではなく庶民向けの小物を作れ」と制作が制限され,しかも収益は赤字メーカーの補填に使われるという苦しい状況が続いた。独自の貿易権を得て事実上の自立を果たしたのが1985年,完全に私企業に戻ったのが1993年だそうである。この1920年代から1993年までの期間は,ヘレンドとしては半ば黒歴史であるようで,本展覧会でもやたらと展示作品数が少なかったし,ヘレンドの公式ホームページを読んでも記述がほとんどなかった。

1996年に私企業としての再スタートと創業170周年を盛大に祝ったそうで,その時に撮影されたという工場の制作風景を映すムービーがフロントで流されていたで見ていた。ハンガリー人のイケてる風貌のおじさんたちが,繊細な手付きでピンク色を着色している姿はこう言ってはなんだが絵面がおもしろすぎるので,あのムービーはある意味必見である。