2019年03月01日
キズナアイバッシング事件関連
ノーベル賞のNHK解説に「キズナアイ」は適役なのか? ネットで炎上中【追記あり】(Yahoo個人ニュース)
・「表現の自由」はどのように守られるべきなのか? 再びキズナアイ騒動に寄せて(Yahoo個人ニュース)
→ 発端。「あーいつものねはいはい」という感じですぐに鎮火すると思っていた通称「キズナアイバッシング事件」は意外にも延々と延焼して2018年10月いっぱいまで続いた。そこはやはりキズナアイの知名度と,後述する「スタートラインがここなのか」という驚きによるものだと思う。また,(千田先生以外の)珍客が多くて延焼した感が強い。池内恵まで加わるとは思わなかった。
・近代美術史家の松下哲也氏「萌え絵批判では暴論的解釈がまかり通ってる」(Togetter)
→ 批判対象はちゃんと分析して,問題は切り分けて個別に批判すべきであるところ,なぜか萌え絵批判は雑で許されるということを,美術史家が明言した意義は非常に大きいと思う。こればっかりは私が言っても説得力が無く,権威が必要なのだ。おそらく批判者には自らの批判が隣接する学術分野を雑に“侵犯”していたという意識すら無かったのではないか。
→ 萌え絵を擁護する人たちの中でも,古典的な性別による役割の割り当てであるという批判には同意する人も多い(そも根本的にジェンダーロールの批判をしたいのであればオタクに殴りかかるのは間違いという指摘も見かけて首肯した)。キズナアイのキュロットの短さ等に疑問があるオタクもいないわけでもない(私も無意味に短いと思う)。が,それを萌え絵批判と十把一絡げに展開されると全面的に反論するしか無いのである。
→ Togetter内の松下氏の発言でもう一つ重要なのは,ポルノ作品として作られたものがあることと,ポルノ作品として見ることも可能なものがあることと,鑑賞者が勝手にポルノ性を見出すことは全部別物であるということだ。後者二つを「私にはポルノにしか見えないから」という理由で弾圧を扇動する言論にはやはり問題がある。
→ 騒動初期の自分のつぶやき。この「萌え」という概念も(一定数いつの世にも反発はあるとしても)定着したと思っていたのだが,ただのエロでもかわいいでもないということが理解されるまで,まだ10年くらいはかかるか。
→ それも含めて「世間的にはどの程度のエロの“濃度”からが“萌え”ではないか」というラインは今後世論で詰めていくことになると思うので,実はその意味で千田先生の主張にそこまで異論はないのだけれど,ハーバマスの市民的公共圏という言葉を出したのはうかつだった。あとまあ単純に,過去の他の事例はそりゃダメだろうと思えたり,あるいは世に出して詰めていく対象になるだろうと思えるラインだったが,キズナアイの造形で,しかもインターネット上の1サイトに載せていいか否かが世論のスタートにされてしまうとちょっとしんどいものはある。これが擁護側にとって衝撃が大きかったポイントではないか。
→ 議論の本題の総まとめとしては,この丹治記者のツイート群でよいと思う。千田先生をはじめとした批判者は,上述のような萌え絵分析まで踏み込まないにしても,せめて昨年以前の同企画や近年の科学漫画を調べたり,キズナアイの女性人気を調べた上で発言するべきであった。
・社会学者、査読論文出してなくても教授になれるし、招待論文(依頼論文のこと?)があれば査読論文無しでも良いらしい問題(いろいろ追記有り)(Togetter)
・人文系の文献の取り扱いとか業績についてちょっとだけ(dlitの殴り書き)
・リンク:何を業績とカウントするかは分野によって大きく異なる(発声練習)
・(日本)社会学における査読論文の価値と研究者評価の大勢(増田)
→ 延焼としては最も盛大に燃えたやつ。学問分野によって質を担保する方法・慣行が違いすぎるので,安易に「英語の論文がor査読論文が重視されていない」というだけで批判されても困る,ということでさすがに諸分野の学者から反論があり,その情報交換が見られて,本騒動の延焼では数少ない有益な場面であった。それにしても,ここまでの議論の推移を読んでから改めて最初のTogetterに戻るにやはり千田先生の発言がうかつ過ぎる。この人,ネット上で議論をさせてはいけない人では。
・千田さんが「炎上している」と書いた時、キズナアイは「炎上」していたか?(データをいろいろ見てみる)
→ 今回の騒動のオチの一つとして。そもそも反論する側がヒステリックに反論しすぎではというのは前から思っていたことで,反論自体はあった方がよいと思うが,誰かが可燃性の高いことを言っていても,変に反論しないでほっといた方が良いという教訓は浮かび上がってきそう。議論が盛り上がったことにされてしまい,都合よく便乗したい人に便乗されてしまうのである。
・「表現の自由」はどのように守られるべきなのか? 再びキズナアイ騒動に寄せて(Yahoo個人ニュース)
→ 発端。「あーいつものねはいはい」という感じですぐに鎮火すると思っていた通称「キズナアイバッシング事件」は意外にも延々と延焼して2018年10月いっぱいまで続いた。そこはやはりキズナアイの知名度と,後述する「スタートラインがここなのか」という驚きによるものだと思う。また,(千田先生以外の)珍客が多くて延焼した感が強い。池内恵まで加わるとは思わなかった。
・近代美術史家の松下哲也氏「萌え絵批判では暴論的解釈がまかり通ってる」(Togetter)
→ 批判対象はちゃんと分析して,問題は切り分けて個別に批判すべきであるところ,なぜか萌え絵批判は雑で許されるということを,美術史家が明言した意義は非常に大きいと思う。こればっかりは私が言っても説得力が無く,権威が必要なのだ。おそらく批判者には自らの批判が隣接する学術分野を雑に“侵犯”していたという意識すら無かったのではないか。
→ 萌え絵を擁護する人たちの中でも,古典的な性別による役割の割り当てであるという批判には同意する人も多い(そも根本的にジェンダーロールの批判をしたいのであればオタクに殴りかかるのは間違いという指摘も見かけて首肯した)。キズナアイのキュロットの短さ等に疑問があるオタクもいないわけでもない(私も無意味に短いと思う)。が,それを萌え絵批判と十把一絡げに展開されると全面的に反論するしか無いのである。
→ Togetter内の松下氏の発言でもう一つ重要なのは,ポルノ作品として作られたものがあることと,ポルノ作品として見ることも可能なものがあることと,鑑賞者が勝手にポルノ性を見出すことは全部別物であるということだ。後者二つを「私にはポルノにしか見えないから」という理由で弾圧を扇動する言論にはやはり問題がある。
キズナアイNHKの問題,「かわいい」と表現するには性的なニュアンスが大きすぎるし(かわいいが多義的すぎるというのもある),エロいと表現するには言葉が強すぎる(そこまで直球に性的でない)表現が登場し,「萌え」なる新たな感情と言葉が創造されたのだな,という気分で眺めている。
— DG-Law/稲田義智 (@nix_in_desertis) 2018年10月4日
→ 騒動初期の自分のつぶやき。この「萌え」という概念も(一定数いつの世にも反発はあるとしても)定着したと思っていたのだが,ただのエロでもかわいいでもないということが理解されるまで,まだ10年くらいはかかるか。
→ それも含めて「世間的にはどの程度のエロの“濃度”からが“萌え”ではないか」というラインは今後世論で詰めていくことになると思うので,実はその意味で千田先生の主張にそこまで異論はないのだけれど,ハーバマスの市民的公共圏という言葉を出したのはうかつだった。あとまあ単純に,過去の他の事例はそりゃダメだろうと思えたり,あるいは世に出して詰めていく対象になるだろうと思えるラインだったが,キズナアイの造形で,しかもインターネット上の1サイトに載せていいか否かが世論のスタートにされてしまうとちょっとしんどいものはある。これが擁護側にとって衝撃が大きかったポイントではないか。
今回の件は、「キズナアイバッシング事件」と記憶するのが正しいと認識する。彼女に対する非難のほぼすべてが言いがかりの域を出ず、唯一説得力があった「教えるのが男性、教わるのが女性」という性的役割固定論も、昨年の同企画の聞き手が鈴木福くんで、女性の先生がいた事実の前に簡単に破綻した。
— 丹治吉順 a.k.a. 朝P (@tanji_y) 2018年10月20日
→ 議論の本題の総まとめとしては,この丹治記者のツイート群でよいと思う。千田先生をはじめとした批判者は,上述のような萌え絵分析まで踏み込まないにしても,せめて昨年以前の同企画や近年の科学漫画を調べたり,キズナアイの女性人気を調べた上で発言するべきであった。
・社会学者、査読論文出してなくても教授になれるし、招待論文(依頼論文のこと?)があれば査読論文無しでも良いらしい問題(いろいろ追記有り)(Togetter)
・人文系の文献の取り扱いとか業績についてちょっとだけ(dlitの殴り書き)
・リンク:何を業績とカウントするかは分野によって大きく異なる(発声練習)
・(日本)社会学における査読論文の価値と研究者評価の大勢(増田)
→ 延焼としては最も盛大に燃えたやつ。学問分野によって質を担保する方法・慣行が違いすぎるので,安易に「英語の論文がor査読論文が重視されていない」というだけで批判されても困る,ということでさすがに諸分野の学者から反論があり,その情報交換が見られて,本騒動の延焼では数少ない有益な場面であった。それにしても,ここまでの議論の推移を読んでから改めて最初のTogetterに戻るにやはり千田先生の発言がうかつ過ぎる。この人,ネット上で議論をさせてはいけない人では。
・千田さんが「炎上している」と書いた時、キズナアイは「炎上」していたか?(データをいろいろ見てみる)
→ 今回の騒動のオチの一つとして。そもそも反論する側がヒステリックに反論しすぎではというのは前から思っていたことで,反論自体はあった方がよいと思うが,誰かが可燃性の高いことを言っていても,変に反論しないでほっといた方が良いという教訓は浮かび上がってきそう。議論が盛り上がったことにされてしまい,都合よく便乗したい人に便乗されてしまうのである。
Posted by dg_law at 12:00│Comments(2)
この記事へのコメント
<この人,ネット上で議論をさせてはいけない人では
先月騒ぎになっていた「子宮摘出デマ」でも千田氏の名前が挙がっていたのですが、「自衛を促すためなら何も悪くないじゃん」とか発言されていて脱力。
先月騒ぎになっていた「子宮摘出デマ」でも千田氏の名前が挙がっていたのですが、「自衛を促すためなら何も悪くないじゃん」とか発言されていて脱力。
Posted by スパルヴィエロ大公 at 2019年04月19日 15:01
その騒動全く追ってないんですが,そこだけで駄目発言ってわかりますね……>「自衛を促すためなら何も悪くないじゃん」
Posted by DG-Law at 2019年04月19日 19:38