2019年05月02日

最近読んだもの・買ったもの(『アルテ』9巻)

・『アルテ』9巻。ウベルティーノとレオの小話と,ダーチャとアンジェロの小話。イレーネのフィレンツェ来訪。
→ アルテの物語としての本編は小休止,小話が2編という巻。レオがウベルティーノからの発注を受けて「ラザロと金持ち」を題材とした作品を描いていたが,発注を受けてすぐに文献を積み上げて(おそらく聖書の解釈関連なのだろう)読み始めたのを見て,ああこれが歴史画(宗教画)を受注するということかという感想がすぐに湧いた。何度か書いている通り,ルネサンスという時期は画家たちが「自分たちは職人ではなく知識人層である」と主張して,地位の向上を図った時期と重なる。歴史画を受けるというのはそれだけの頭脳労働になるのだ。さらっと流される,本作のストーリー上は特に重要でもないシーンだが,実はこれほどルネサンスの画家をよく示したシーンは無いと思う。
→ と書いたものの,その後にウベルティーノがアルテに対して「宗教画は高い教養と知識が必要だが,肖像画家は何もいらない,簡単な仕事だと思われている」ので,肖像画家として名声を高めるのはかえって画家として大成しづらくなるのではないか,と指摘するシーンが出てくるので,作者としても「宗教画は高い知識と教養がないと描けない」というのをレオの仕事振りで示すという伏線の意味合いがあったのだろう……が,さらっとしすぎていて多分皆気づいてない。なお,このウベルティーノのセリフは「と思われている」とつけることで,ウベルティーノが肖像画家も頭脳労働であることを自分はわかっていると暗に示しているが,しかしアルテが貴族出身&猛勉強中で実際には高い知識と教養がありつつも(その辺の事情をウベルティーノは知らないはず)「肖像画家として生きていくのも悪くない」と返事をしている……という両者の見識と会話の妙が現れている名シーンになっている。なお,バロック期には肖像画は歴史画に次ぐ高い地位を認められるようになっていくという約百年後との差異も知っていると,なおこのシーンを楽しめるだろう。
→ 7〜8巻で画家が職人から芸術家へと変貌していく過渡期としてのルネサンスを描き,本巻ではその知的労働の様子や絵画のヒエラルキーを描き,本作はルネサンスの紹介漫画として優秀すぎる。
→ そんな返事の直後に,アルテに肖像画家として大役が巡ってくる。発注者のコルトナの枢機卿パッセリーニは実在の人物。アルテが肖像画を描くよう命じられた偽名「イレーネ」は狂女王の娘であることが示されたが,狂女王はスペイン王家のフアナのことであろう。彼女はその娘の誰かとなる。1522-23年時点で独身の娘は末娘のカタリナしかいない。架空の人物でない限りは(あるいはWikipediaが間違っていない限りは)ほぼこれで確定だろう。このとき15-16歳のはずだが,そうは見えない……アルテよりも年上にすら見える。いずれにせよとんでもなく大物のパトロンには違いない。「生まれも性別も自分の武器」と前向きに認められるようになったアルテには,相手にとって不足なしである。

アルテ 9巻
大久保圭
ノース・スターズ・ピクチャーズ
2018-07-20