2019年09月16日

『碧いホルスの瞳』1〜6巻

・『碧いホルスの瞳』1〜6巻。
→ 最新刊まで一気読み。古代エジプト新王国時代の数少ない女性ファラオ,ハトシェプストの生涯を追う。1巻は王女時代,古代エジプトの王族らしく異母兄と結婚し,兄がトトメス2世として即位するまで。2・3巻は宮廷内の政争によりトトメス2世が死ぬまで。ここで第一部完。4・5巻は義子トトメス3世と摂政ハトシェプストの共治が始まり,事実上ハトシェプストの単独統治となるまで。6巻はハトシェプストの治世,平和主義外交・重商主義政策の様子。

本作で描かれるハトシェプストは権力志向が強く,女性であるがゆえにファラオになれないことに反発して政争を勝ち抜いていく……のだが,いかんせん当人が頭は切れるが謀略向きではなく,敵対勢力も微妙に甘いので生き残ってしまったという感じがして,謀略物として読むと肩透かしになると思う。歴史もので主人公が女性となると,どうしても男性社会の打破がテーマになってしまい,しかも女性が現代的な価値観を持っていて微妙な気分になることが多い。本作も割とこれに漏れておらず,奴隷解放のエピソードなんかは不要だった。美男子の臣下センムトとのラブロマンスもありがちで,冷徹な統治に恋愛は不要と突き放す6巻の展開も含めて(個人的には今後の展開としてハトシェプストがファラオであることと人間であることを両立させるとか言い出してセンムトを再び寵愛しだすとかだと面白い)。この辺が大作歴史漫画にしては今ひとつ話題にならない理由と言えそう。

若干話が逸れるが,そもそも現代の少女をタイムスリップさせた『天は赤い河のほとり』はこの点をカバーする設定として完璧だった。魔術でタイムスリップさせられた設定であるのでどんなトンデモが出てきても「あれも魔術です」でごまかせる。主人公が現代の知識を持っているのも自然であるので,ヒッタイトの鉄器との相性も良かった。それにしても主人公が現代日本の女子高生という出自にしては有能すぎるという意味で現在の異世界転生チート主人公物の走りでもあり,よくあんな作品が1990年代に出てきたなと今になって思う。

またファラオになること自体が目標であったので即位後はやることがなくなってしまうわけだが,本作は史実のハトシェプストが平和主義外交であったことを活かし,粗暴だった父や兄への反発という動機を持たせてこれを描いている。しかし,これを民衆と,何より義理の息子トトメス3世が弱腰外交と見て非難し,次第に宮廷でも社会でも二人のファラオを巡って亀裂が深まっていくというのが最新6巻の情勢で,テンプレオブテンプレだった第一部よりもこっちの方が面白いかもしれない。正直7巻の展開が気になっている。歴史漫画の醍醐味と言えば史料の隙間を補完する創造性であるが,ハトシェプストを描くのであれば即位前よりもトトメス3世の治世との違いの方が埋めるべき空白が面白いと思われ,その意味で意外にもこれからの作品であるように思う。

絵は抜群に上手く,何よりもハトシェプストが美しい。古代エジプトの歴史考証も,私が古代エジプトに全く詳しくないのではっきりしたことは言えないが,おそらくとんでもなく頑張っているであろうことは伝わってくる。