2019年10月30日

副題「ミュシャからマンガへ」

アルフォンス・ミュシャ《ジョブ》文化村のミュシャ展に行っていた。ミュシャは過去に何度か見ているからもういいかと思ったが,なんとなく時間に空きができたので文化村まで足を伸ばした。変な時間帯に行ったのに混んでいて,ミュシャ人気は健在である。本展はミュシャの主要な作品の展示の他に,ミュシャの初期の作品や,後世で影響を受けた作品も展示されていた。ミュシャの盛期の作品は「普通に良かった」以外の感想が特に無いので(《JOB》とかサラ・ベルナール作品とか最高確認でしかなかった),語るなら初期の作品と後世の作品ということになろう。なお,今回はスラヴ叙事詩などの後期の作品はほぼ展示が無かった。スラヴ叙事詩は(私は行っていないが)2年前に大規模な展覧会をやっていたので,今回はさすがに持ってこれなかったか。

初期の作品については,正直あまり面白いとは思えない。《ジスモンダ》で脚光を浴びてポスター作家として栄達する以前のミュシャは,挿絵や雑誌の表紙等を手掛けていたが,当然ながらモノクロである。描き込みが細かいとは思うものの,モノクロではミュシャの面白さはあまり発揮されない。一方,普通の油彩画は,以前のミュシャ展でも同じ感想だったのを,これを書くべく読み返して思い出したが,本当に普通すぎて特に感想がわかない。つまり,ミュシャにはカラフルで目立つポスター絵こそが天職であったのだ。これがサラ・ベルナールという当代一流の女優から発注されたというのはミュシャにとって美術史に名を残す千載一遇のチャンスであり,天佑であったとしか表現しようがない。しかもそれが後世の美術史・デザイン史に巨大な影響を残すのだから,人類の歴史というものはわからない。少なくともミュシャが不在の世界における萌え絵は,私には想像がつかない。

一方,後世の影響を受けた人々・作品について。意外だったのは1960年代後半から70年代の英米のレコードのジャケ写や,90年代以降のアメコミが影響を受けていたこと。当然ながら,日本のイラスト・漫画への影響とは全く受けたところが違う。私のそれらに対する知識がなくて大変困惑したし,説明する語彙も無いのだが,展覧会ホームページの表現を借りるなら「ミュシャの異世界的イメージと独特の線描写は、特にサイケデリック・ロックに代表される形而上的音楽表現と共鳴するものがあった。一方、よみがえったミュシャ様式は、新世代のアメリカン・コミックにも波及し、その影響は今日まで続く。」らしい。スピリチュアルな点が共感されたのと,アール・ヌーヴォーが半世紀以上経って”古くて新しい”表現に見えたということだろうか。確かにヒッピー・ムーヴメントの象徴にミュシャが担ぎ上げられたとするとちょっと理解できるかもしれない。

日本の場合はまず明治において『明星』の表紙を描いた藤島武二らが受容の先駆になったそうだが,やはり圧倒的に1970年代以降のイラスト・漫画への影響が圧倒的で,特に初期には少女漫画で見られた。展示されていたのは水野英子,山岸凉子,天野喜孝など。しかし,このテーマでCLAMPがいないのは片手落ちでは。大トリにいたら豪華な展覧会になっていて,21世紀現在の日本におけるミュシャ受容の象徴的存在として綺麗に締まったと思うのだが。

本展はすでにBunkamuraでの展示期間は終わっているが,現在は京都文化博物館に巡回中。この後,札幌芸術の森美術館にも行く模様。