2020年03月03日
2020年東大・日本史の第3問についての考察
例の企画(執筆中)に先立ちまして,日本史の問題を個別にちょっとだけ取り扱う。日本史であるということ以上に難問でも悪問でもないというのと,これは単体で扱ったほうが面白いと判断したためである。単に小ネタというのもあるけど。
そういうわけで,今年の東大の日本史の第3問。問題を打ち直すのはさすがに面倒なので問題はリンクでご勘弁願いたい。問題自体はさして難しくないというか,東大の日本史らしい史料読解問題。Aは史料(1)・(2)・(4)から,実務は幕府担当で,名目上は日本の統治者である天皇の朝廷が儀式面を執り行ったということが読み取れる。(4)は朝廷が実務を担当しようとしたら実力不足で失敗した事例として読めばよい。江戸幕府は「武家政権はあくまで実力を認められて朝廷から統治を委任されている」という自意識が強く,それを何かに付けてアピールする癖があるというテーマは東大の日本史が好むところで,過去問を少なくとも10年分くらいは解いてきていることが期待される受験生には,模試も含めて飽きるほど見たテーマであろう。
で,Bの方。こちらも史料(1)・(3)・(5)を読むと,中国の科学の導入→漢訳洋書(蘭書)の導入→直接蘭書を輸入・翻訳と三段階に移り変わっていくのがわかる。漢訳を挟むよりも直接翻訳した方が正確な情報であるから,学問上その方が適していると考えるのは自然なことだ。つまり,これは科学的正確性を求めて学問の導入元が動いていく話,としてまとめることができる。(4)については,(3)にあるような西洋の学問由来の改暦を嫌った勢力の横槍が入った事例であり,同時に(4)の時代の段階ですでに漢訳洋書の知識は広く普及し始めていたことも示しているが,それらが読み取れなくても解答は作れるだろう。あとは「幕府の学問に対する政策とその影響」という要求通りに享保の改革における洋書の輸入緩和・実学(蘭学)奨励を盛り込めば十分な解答が完成する。実際,どこの予備校の解答もこんな感じであるし,作問者の想定する正解もこれで間違いないだろう。
……というのはあまりにも普通すぎる話で,本ブログで取り上げるからにはここで終わらない。というよりも本ブログの読者であれば,「元の暦」=授時暦の時点でピンと来たかもしれない。東大が地歴2科目を課していて,実際には日本史・地理という組み合わせの受験生はそれほど多くないことを踏まえると,受験生が世界史の知識を援用して解答を作ってくることは十分に想定されうるわけだ。そして,世界史の知識をもって本問を見ると少し違うテーマと解答が浮かび上がってくる。まず,以前に本ブログでも論じたことがあるように,授時暦はイスラーム天文学の影響下にある太陰太陽暦である。そうして(1)を見直すと,世界史の熟練者ならもう1つ,とんでもないことが書いてあるのに気づくはずだ。そう,しれっと書いてある「明で作られた世界地図」。これは「坤輿万国全図」のことなので制作したのはイエズス会士のマテオ=リッチである。ちなみに,日本最古の地球儀を製作したのは渋川春海で,参照したのはやはり「坤輿万国全図」だったりする。
とすると,これは(1)の意味が全く変わってくる。実は渋川春海が参照した情報の時点ですでに純粋な中国科学ではなく,広く言って非中国圏に由来する科学である。とはいえ授時暦を作ったのは中国人の郭守敬であるというのは当然留意すべきだが,同様に結局中国人自身が優秀すぎる授時暦を持て余して大統暦という改悪を行ったという事実もまた留意すべきだろう。こうしたことから,(1)と(3)は非中国圏科学の漢訳による間接的な摂取という点であまり差異が無くなってしまう。差分はスピード感である。授時暦の制作は渋川春海から見て約400年前,「坤輿万国全図」にしても約80年前になる。授時暦は古くから知られていたし,「坤輿万国全図」は江戸幕府の初期には輸入されたとされているので,いずれも渋川春海が活用した時点で古びた情報になっていた(それでも正確性が評価されていた授時暦はオーパーツか何かかな?)。一方,享保年間に輸入が緩和された漢訳洋書はもう少しタイムラグが無い。(3)に出てくる『天経或問』は,さすがに全く知らなかったので調べてみたら,中国で書かれたのが1675年のことだそうなので,1730年の輸入となると55年まで縮まる。さらに別の事例を挙げると,『暦算全書』なる書物は1723年に清朝で刊行,1726年には輸入されているので,漢訳から輸入までのタイムラグはほぼ消滅している。こうなるともう漢訳を挟まず直接訳した方が,中国人の翻訳を待つ間のタイムラグさえも消滅するので手っ取り早い。ついでに言えば,18世紀前半には雍正帝が中国におけるキリスト教布教を全面禁止してしまって,清朝の西洋科学摂取が鈍くなっていく時期になるので,もう漢訳洋書には期待しづらいという時代の変化もあった。
そう,世界史的な観点からこのBの解答を出そうとすると,科学的正確性を求めて学問の導入元が動いていく話ではなく,世界最先端の科学にキャッチアップする速度が上がっていく話に様変わりしてしまうのだ。実際,受験生には世界史・日本史の両方の知識がある以上,このような解答を作ってきても不思議ではないように思われる。「坤輿万国全図」のことに気づいてしまったら,解答の1行目に「当初の改暦は中国の科学に依拠したが」なんて書きづらくなってしまうだろう。東大の採点はそこまで拾って採点してくれるとは思うが,前述の通り,当初から正解として想定していたとも考えづらく,ちょっと驚いているのではないか。
なお,もう解答には関係ないことを前提に話を広げるなら,授時暦の13世紀と18世紀の間には西欧の17世紀科学革命が挟まっていることや,前述の清朝の宗教政策の変化,オランダの長崎貿易を含んだ国際貿易政策の変化等,本問には世界史にかかわるフックが多く潜んでいる。高校日本史と世界史の融合が目指されている昨今の情勢ではあるが,本問はその面白さと,同時にそれを大学人が行う難しさを伝えているように思われる。
そういうわけで,今年の東大の日本史の第3問。問題を打ち直すのはさすがに面倒なので問題はリンクでご勘弁願いたい。問題自体はさして難しくないというか,東大の日本史らしい史料読解問題。Aは史料(1)・(2)・(4)から,実務は幕府担当で,名目上は日本の統治者である天皇の朝廷が儀式面を執り行ったということが読み取れる。(4)は朝廷が実務を担当しようとしたら実力不足で失敗した事例として読めばよい。江戸幕府は「武家政権はあくまで実力を認められて朝廷から統治を委任されている」という自意識が強く,それを何かに付けてアピールする癖があるというテーマは東大の日本史が好むところで,過去問を少なくとも10年分くらいは解いてきていることが期待される受験生には,模試も含めて飽きるほど見たテーマであろう。
で,Bの方。こちらも史料(1)・(3)・(5)を読むと,中国の科学の導入→漢訳洋書(蘭書)の導入→直接蘭書を輸入・翻訳と三段階に移り変わっていくのがわかる。漢訳を挟むよりも直接翻訳した方が正確な情報であるから,学問上その方が適していると考えるのは自然なことだ。つまり,これは科学的正確性を求めて学問の導入元が動いていく話,としてまとめることができる。(4)については,(3)にあるような西洋の学問由来の改暦を嫌った勢力の横槍が入った事例であり,同時に(4)の時代の段階ですでに漢訳洋書の知識は広く普及し始めていたことも示しているが,それらが読み取れなくても解答は作れるだろう。あとは「幕府の学問に対する政策とその影響」という要求通りに享保の改革における洋書の輸入緩和・実学(蘭学)奨励を盛り込めば十分な解答が完成する。実際,どこの予備校の解答もこんな感じであるし,作問者の想定する正解もこれで間違いないだろう。
……というのはあまりにも普通すぎる話で,本ブログで取り上げるからにはここで終わらない。というよりも本ブログの読者であれば,「元の暦」=授時暦の時点でピンと来たかもしれない。東大が地歴2科目を課していて,実際には日本史・地理という組み合わせの受験生はそれほど多くないことを踏まえると,受験生が世界史の知識を援用して解答を作ってくることは十分に想定されうるわけだ。そして,世界史の知識をもって本問を見ると少し違うテーマと解答が浮かび上がってくる。まず,以前に本ブログでも論じたことがあるように,授時暦はイスラーム天文学の影響下にある太陰太陽暦である。そうして(1)を見直すと,世界史の熟練者ならもう1つ,とんでもないことが書いてあるのに気づくはずだ。そう,しれっと書いてある「明で作られた世界地図」。これは「坤輿万国全図」のことなので制作したのはイエズス会士のマテオ=リッチである。ちなみに,日本最古の地球儀を製作したのは渋川春海で,参照したのはやはり「坤輿万国全図」だったりする。
とすると,これは(1)の意味が全く変わってくる。実は渋川春海が参照した情報の時点ですでに純粋な中国科学ではなく,広く言って非中国圏に由来する科学である。とはいえ授時暦を作ったのは中国人の郭守敬であるというのは当然留意すべきだが,同様に結局中国人自身が優秀すぎる授時暦を持て余して大統暦という改悪を行ったという事実もまた留意すべきだろう。こうしたことから,(1)と(3)は非中国圏科学の漢訳による間接的な摂取という点であまり差異が無くなってしまう。差分はスピード感である。授時暦の制作は渋川春海から見て約400年前,「坤輿万国全図」にしても約80年前になる。授時暦は古くから知られていたし,「坤輿万国全図」は江戸幕府の初期には輸入されたとされているので,いずれも渋川春海が活用した時点で古びた情報になっていた(それでも正確性が評価されていた授時暦はオーパーツか何かかな?)。一方,享保年間に輸入が緩和された漢訳洋書はもう少しタイムラグが無い。(3)に出てくる『天経或問』は,さすがに全く知らなかったので調べてみたら,中国で書かれたのが1675年のことだそうなので,1730年の輸入となると55年まで縮まる。さらに別の事例を挙げると,『暦算全書』なる書物は1723年に清朝で刊行,1726年には輸入されているので,漢訳から輸入までのタイムラグはほぼ消滅している。こうなるともう漢訳を挟まず直接訳した方が,中国人の翻訳を待つ間のタイムラグさえも消滅するので手っ取り早い。ついでに言えば,18世紀前半には雍正帝が中国におけるキリスト教布教を全面禁止してしまって,清朝の西洋科学摂取が鈍くなっていく時期になるので,もう漢訳洋書には期待しづらいという時代の変化もあった。
そう,世界史的な観点からこのBの解答を出そうとすると,科学的正確性を求めて学問の導入元が動いていく話ではなく,世界最先端の科学にキャッチアップする速度が上がっていく話に様変わりしてしまうのだ。実際,受験生には世界史・日本史の両方の知識がある以上,このような解答を作ってきても不思議ではないように思われる。「坤輿万国全図」のことに気づいてしまったら,解答の1行目に「当初の改暦は中国の科学に依拠したが」なんて書きづらくなってしまうだろう。東大の採点はそこまで拾って採点してくれるとは思うが,前述の通り,当初から正解として想定していたとも考えづらく,ちょっと驚いているのではないか。
なお,もう解答には関係ないことを前提に話を広げるなら,授時暦の13世紀と18世紀の間には西欧の17世紀科学革命が挟まっていることや,前述の清朝の宗教政策の変化,オランダの長崎貿易を含んだ国際貿易政策の変化等,本問には世界史にかかわるフックが多く潜んでいる。高校日本史と世界史の融合が目指されている昨今の情勢ではあるが,本問はその面白さと,同時にそれを大学人が行う難しさを伝えているように思われる。
Posted by dg_law at 01:00│Comments(2)
この記事へのコメント
例の企画、非常に楽しみにしております。
今年は早稲田が理系数学で大チョンボをやらかしましたね…
今年は早稲田が理系数学で大チョンボをやらかしましたね…
Posted by ななし at 2020年03月04日 00:53
すみません,理系は全く追ってなくて知らないんですよね。
理系科目は配点の都合で1問やらかすとダメージが大きくなりがちではありますね。
理系科目は配点の都合で1問やらかすとダメージが大きくなりがちではありますね。
Posted by DG-Law at 2020年03月04日 21:42