2020年03月23日
音を楽しむべき場所
本場所としては史上初,技量審査場所をカウントするならそれ以来の無観客開催であった。NHKで見てもAbemaで見ても,その最大の特徴は”音”で,四股のどすんどすんと鳴る音,塩のまかれるパサーっという音,立ち合いで骨と骨がぶつかるの音,果てはケガをした力士のうめき声まで,普段は歓声でかき消されて聞こえない音がこの場所の空気を作っていた。そういった事情で,映像で見ていた我々はその特殊さを一方的に楽しめたが,力士たちは普段と全く違う環境に戸惑っていた様子が見て取れた。その中には碧山のようにむしろ調子よく取れた力士もいたのが面白かったが,歓声を味方にする炎鵬や照強にとっては不利な場所であった。来場所がどうなるかは現時点でもすでに怪しいが,また無観客になるという覚悟はしておくべきだろう。
今場所のもう一つの焦点は朝乃山の大関取りであった。結果は11勝で3場所計32勝と1勝足りないが,どうやら昇進になるようである。私はこれに賛成で,2019年九州場所の評で「状況があまりにも朝乃山に味方していて大関取りラインが恐ろしく下がりそうな予感がしている。32勝まではほぼ確実に下がると思われる。」と書いたのが,ずばり的中した形である。
・右四つになると角界随一の強さで,勝った相撲の内容がある。
・4場所42勝である。加えて言えば6場所61勝で,優勝経験を含む。
・「横綱大関」が生じている大関不足で,かつ貴景勝が来場所カド番である。
・1年以内に他に大関取りができそうなのが御嶽海くらいしかいない。
しいて言えば横綱に対する戦績が悪く,不戦勝を除くと白鵬戦が0−3,鶴竜戦1−2というのが不安材料である。しかし,朝乃山の上位挑戦が1年くらい前からであり,この直近1年で二人の横綱が皆勤した場所が少ないから,そもそも戦う機会が全然なかったという,本人の努力ではどうしようもなかった点は加味してもよいと思う。優勝を経験してから強くなった人であるので地位が人を作るタイプとも思われるので,今後に期待してさくっと昇進させるがよい。ところで,若い若いと言われるが実はもう26歳であり,本人や協会が横綱へのロードマップを描いているのならそれほど時間が残っていないことは,この場で示しておきたい。
個別評。優勝した白鵬は,異様な惨敗を喫した正代戦以外はいつもの白鵬で,序盤から中盤は立ち合いの張り差しを多用して離れたままの短期決戦を仕掛ける省エネ相撲,温存したスタミナで終盤は盤石の四つ相撲という使い分けを巧みに効かせた。序盤の省エネ相撲は,立ち合いの張り差しさえ攻略すれば,先場所の遠藤や今場所の阿武咲のように勝機があるし,負けが込むとあっさり休場する。あるいは序盤の省エネが上手く行かないとスタミナが切れて終盤の本気相撲が弱体化して,三役・大関には脆くも負ける。逆に言えば序盤を省エネで,かつ1〜2敗程度で乗り切られた時の終盤の本気相撲に勝つのは,いまだもって困難であり,そこに白鵬の真の強さがあると言えよう。白鵬は2011年の技量審査場所も制しており,こういう特別な場所の白鵬は強い。
もう一人の横綱鶴竜は,序盤は引退間近かと思わせられるような不安定さであったが,これを2敗で乗り切ると千秋楽まで連勝し,平成25年九州場所以来の横綱相星決戦を実現させた(この時は白鵬と日馬富士で,日馬富士が14勝優勝)。これで力士寿命が2・3場所は伸びた。白鵬もそうだが,右四つでも左四つでも押し相撲でも取れるのはすごい。唯一の大関の貴景勝はまさかのカド番。明らかに突き押しの威力が鈍っていた。ケガがあったのだろう。組むとどうしようもなくなるのはしょうがないとして,阿炎や豊山に負けているのが重症。来場所に立て直せるとは思うが……
三役。大関取りの朝乃山は強かったと思うし,上述の通り大関に値するとは思うが,その上で言えば大関取り期間中に目覚ましい進歩があったわけではなく,2つほど苦言を呈しておく。まず立ち合いが遅れることがたまにある。それでも右四つになれれば勝てるが,なれずにそのまま負けるパターンの方が多い。次に,ここぞという相手の時に固くなることが多い。その意味で千秋楽は負けるのではないかと不安だったが,朝乃山の固さ以上に貴景勝の体調が悪かった。心技体の心を鍛える必要があろう。
正代は結果8−7だが,先場所に見えた足腰の粘り強さはかなりの程度残っていて,守備面での強さは印象に残った。特に十二日目,乱心した白鵬の張り手乱発を耐えきったのはお見事。しかし,そのためかえって攻めが遅く,そこから守ってもどうしようもないという状況になったことも多く,課題は残る。遠藤は可も不可もない出来。北勝富士は序盤・終盤はそうでもなかったが中盤が絶不調で,押しの威力が全く無かった。ケガでないならよくわからない。
前頭上位。4連敗からの大ケガで休場となった高安は非常に心配。来場所は平幕下位になるが,そこも休場して十両まで落ちる可能性もあるだろう。年齢を考えてもまだ引退しないと思うが,復帰は長期計画になりそう。徳勝龍は2〜4勝と予想していたので,予想の中では好成績だった。先場所見せた突き落としは今場所も生きていて,一皮むけたには違いないと思われる。勝ち星の割には好印象。炎鵬は上位挑戦を跳ね返されたが,こちらも徳勝龍同様に思っていたよりも善戦したという感想を持った。炎鵬は,左下手をとっても強引な下手投げをうつのは上位だと通用しないので止めたほうがいい。御嶽海は10勝で,安定してこの成績がとれればとっくに大関なのだが。阿武咲はやっと突き押しの圧力が戻ってきた。阿武咲の押しの圧力がこれだけ強かったのは2018年初場所のケガ以来で,復調に二年以上,大変に長かった。今場所の押しなら上位に定着可能だろう。
前頭中盤。入幕2場所目の霧馬山は9−6ながら目立ち,勝った相撲は強かった。霧馬山はモンゴル出身らしく器用で投げ技に華がある。十四日目の隠岐の海戦で見せた上手捻りはお見事としか言えない切れ味であった。鶴竜が部屋に合流したのが影響したか。今後の期待が非常に大きい。まずは来場所の上位初挑戦を早く見てみたい。次に挙げるべきは当然,12勝した隆の勝は押し相撲への開眼が目覚ましい。彼も次の場所で上位初挑戦になるが,今場所すでに御嶽海は撃破している。貴景勝や阿武咲とどう渡り合うかが楽しみ。顔が「おにぎりくん」というあだ名通りであるのでインパクトがあり,愛嬌があるので人気も出そう。
前頭下位。照強は押すだけでなく,他の小兵力士のような立ち合い変化や潜る動作を取り入れていて,去年の下半期はそれで失敗していたが,今場所は奏功していた。まだたまに立ち合いの変化失敗があるが,もっと機能するようなって攻めにバリエーションが出れば成績が伸びそう。碧山は何場所かに1回来る突き押しの威力が強かった場所で,今場所はどうも無観客が肌に合っていたから強かったようだ。無観客は碧山にとっては追い風なのかもしれない。終盤,優勝争いの先頭に立つと動きが固くなったところを見ても緊張しやすいのだろう。千代丸は蜂窩織炎で高熱が出て二日間休場していた。今場所は一人でも新型コロナウイルスによる肺炎が出たら中止になっていたので,関係者全員が緊張していた。そんな高熱が出たなら場所が終わるまで休んでいてくれ,とは正直思っていたが,11日目に復帰するや7−6−2でまとめ上げ,千秋楽に勝っていれば普通に勝ち越していた。力士の体調,一般人には理解できないところがある。
今場所のもう一つの焦点は朝乃山の大関取りであった。結果は11勝で3場所計32勝と1勝足りないが,どうやら昇進になるようである。私はこれに賛成で,2019年九州場所の評で「状況があまりにも朝乃山に味方していて大関取りラインが恐ろしく下がりそうな予感がしている。32勝まではほぼ確実に下がると思われる。」と書いたのが,ずばり的中した形である。
・右四つになると角界随一の強さで,勝った相撲の内容がある。
・4場所42勝である。加えて言えば6場所61勝で,優勝経験を含む。
・「横綱大関」が生じている大関不足で,かつ貴景勝が来場所カド番である。
・1年以内に他に大関取りができそうなのが御嶽海くらいしかいない。
しいて言えば横綱に対する戦績が悪く,不戦勝を除くと白鵬戦が0−3,鶴竜戦1−2というのが不安材料である。しかし,朝乃山の上位挑戦が1年くらい前からであり,この直近1年で二人の横綱が皆勤した場所が少ないから,そもそも戦う機会が全然なかったという,本人の努力ではどうしようもなかった点は加味してもよいと思う。優勝を経験してから強くなった人であるので地位が人を作るタイプとも思われるので,今後に期待してさくっと昇進させるがよい。ところで,若い若いと言われるが実はもう26歳であり,本人や協会が横綱へのロードマップを描いているのならそれほど時間が残っていないことは,この場で示しておきたい。
個別評。優勝した白鵬は,異様な惨敗を喫した正代戦以外はいつもの白鵬で,序盤から中盤は立ち合いの張り差しを多用して離れたままの短期決戦を仕掛ける省エネ相撲,温存したスタミナで終盤は盤石の四つ相撲という使い分けを巧みに効かせた。序盤の省エネ相撲は,立ち合いの張り差しさえ攻略すれば,先場所の遠藤や今場所の阿武咲のように勝機があるし,負けが込むとあっさり休場する。あるいは序盤の省エネが上手く行かないとスタミナが切れて終盤の本気相撲が弱体化して,三役・大関には脆くも負ける。逆に言えば序盤を省エネで,かつ1〜2敗程度で乗り切られた時の終盤の本気相撲に勝つのは,いまだもって困難であり,そこに白鵬の真の強さがあると言えよう。白鵬は2011年の技量審査場所も制しており,こういう特別な場所の白鵬は強い。
もう一人の横綱鶴竜は,序盤は引退間近かと思わせられるような不安定さであったが,これを2敗で乗り切ると千秋楽まで連勝し,平成25年九州場所以来の横綱相星決戦を実現させた(この時は白鵬と日馬富士で,日馬富士が14勝優勝)。これで力士寿命が2・3場所は伸びた。白鵬もそうだが,右四つでも左四つでも押し相撲でも取れるのはすごい。唯一の大関の貴景勝はまさかのカド番。明らかに突き押しの威力が鈍っていた。ケガがあったのだろう。組むとどうしようもなくなるのはしょうがないとして,阿炎や豊山に負けているのが重症。来場所に立て直せるとは思うが……
三役。大関取りの朝乃山は強かったと思うし,上述の通り大関に値するとは思うが,その上で言えば大関取り期間中に目覚ましい進歩があったわけではなく,2つほど苦言を呈しておく。まず立ち合いが遅れることがたまにある。それでも右四つになれれば勝てるが,なれずにそのまま負けるパターンの方が多い。次に,ここぞという相手の時に固くなることが多い。その意味で千秋楽は負けるのではないかと不安だったが,朝乃山の固さ以上に貴景勝の体調が悪かった。心技体の心を鍛える必要があろう。
正代は結果8−7だが,先場所に見えた足腰の粘り強さはかなりの程度残っていて,守備面での強さは印象に残った。特に十二日目,乱心した白鵬の張り手乱発を耐えきったのはお見事。しかし,そのためかえって攻めが遅く,そこから守ってもどうしようもないという状況になったことも多く,課題は残る。遠藤は可も不可もない出来。北勝富士は序盤・終盤はそうでもなかったが中盤が絶不調で,押しの威力が全く無かった。ケガでないならよくわからない。
前頭上位。4連敗からの大ケガで休場となった高安は非常に心配。来場所は平幕下位になるが,そこも休場して十両まで落ちる可能性もあるだろう。年齢を考えてもまだ引退しないと思うが,復帰は長期計画になりそう。徳勝龍は2〜4勝と予想していたので,予想の中では好成績だった。先場所見せた突き落としは今場所も生きていて,一皮むけたには違いないと思われる。勝ち星の割には好印象。炎鵬は上位挑戦を跳ね返されたが,こちらも徳勝龍同様に思っていたよりも善戦したという感想を持った。炎鵬は,左下手をとっても強引な下手投げをうつのは上位だと通用しないので止めたほうがいい。御嶽海は10勝で,安定してこの成績がとれればとっくに大関なのだが。阿武咲はやっと突き押しの圧力が戻ってきた。阿武咲の押しの圧力がこれだけ強かったのは2018年初場所のケガ以来で,復調に二年以上,大変に長かった。今場所の押しなら上位に定着可能だろう。
前頭中盤。入幕2場所目の霧馬山は9−6ながら目立ち,勝った相撲は強かった。霧馬山はモンゴル出身らしく器用で投げ技に華がある。十四日目の隠岐の海戦で見せた上手捻りはお見事としか言えない切れ味であった。鶴竜が部屋に合流したのが影響したか。今後の期待が非常に大きい。まずは来場所の上位初挑戦を早く見てみたい。次に挙げるべきは当然,12勝した隆の勝は押し相撲への開眼が目覚ましい。彼も次の場所で上位初挑戦になるが,今場所すでに御嶽海は撃破している。貴景勝や阿武咲とどう渡り合うかが楽しみ。顔が「おにぎりくん」というあだ名通りであるのでインパクトがあり,愛嬌があるので人気も出そう。
前頭下位。照強は押すだけでなく,他の小兵力士のような立ち合い変化や潜る動作を取り入れていて,去年の下半期はそれで失敗していたが,今場所は奏功していた。まだたまに立ち合いの変化失敗があるが,もっと機能するようなって攻めにバリエーションが出れば成績が伸びそう。碧山は何場所かに1回来る突き押しの威力が強かった場所で,今場所はどうも無観客が肌に合っていたから強かったようだ。無観客は碧山にとっては追い風なのかもしれない。終盤,優勝争いの先頭に立つと動きが固くなったところを見ても緊張しやすいのだろう。千代丸は蜂窩織炎で高熱が出て二日間休場していた。今場所は一人でも新型コロナウイルスによる肺炎が出たら中止になっていたので,関係者全員が緊張していた。そんな高熱が出たなら場所が終わるまで休んでいてくれ,とは正直思っていたが,11日目に復帰するや7−6−2でまとめ上げ,千秋楽に勝っていれば普通に勝ち越していた。力士の体調,一般人には理解できないところがある。
幕尻が非常に困ったところで,十両東の筆頭で8−7の琴勇輝を上げないわけに行かず,しかし星数だけ考えると前頭14で6−9の錦木,前頭17で7−8の明生も十両に落ちるほど悪くはない成績である。ここでは琴勇輝と錦木を優先させて,明生を落とした。
Posted by dg_law at 07:30│Comments(2)
この記事へのコメント
優勝争いがもつれた一方で、大敗した力士も目立った場所でした。十両から幕下陥落も4人か5人か、それとも6人か。富士東が久々に関取復帰のようです。宇良の優勝、常幸龍や希善龍、天風や舛乃山も勝ち越せて良かった。
白鵬は不思議な負け方もしましたが、まだ安定度が勝った形でしょうか。鶴竜は序盤に元気がなかったものの、中盤以降は横綱相撲も見せて、千秋楽の同星対決は惜しかった。貴景勝は怪我ですかねえ。朝乃山はあと1勝していればもっとすっきりした昇進になりましたが、ともあれ、今後にさらなる期待を。
碧山は、隆の勝と取り組む日に緊張した様子から星を落とし、終盤はまたしても優勝に届きませんでした。欲の無さそうな隆の勝は大勝、来場所で上位陣に通じるかどうか。突き押しの前ばったりといった負けが少なくなったのは、差せる相撲が増えたからでしょう。
無観客相撲は、ラジオで聞いていると、いつ勝敗が決したのか分かりづらいのが不思議な感覚でした。場所中、You Tubeでは親方たちが取り組みに言いたい放題をやっていて、以前の国技館であった館内放送のどすこいFMを思い出させてくれました。5月場所には、休場した高安や豊昇龍も身体を治して、観客の前で相撲を取ってくれると良いのですが、どうなるか現状では見当もつきません。
白鵬は不思議な負け方もしましたが、まだ安定度が勝った形でしょうか。鶴竜は序盤に元気がなかったものの、中盤以降は横綱相撲も見せて、千秋楽の同星対決は惜しかった。貴景勝は怪我ですかねえ。朝乃山はあと1勝していればもっとすっきりした昇進になりましたが、ともあれ、今後にさらなる期待を。
碧山は、隆の勝と取り組む日に緊張した様子から星を落とし、終盤はまたしても優勝に届きませんでした。欲の無さそうな隆の勝は大勝、来場所で上位陣に通じるかどうか。突き押しの前ばったりといった負けが少なくなったのは、差せる相撲が増えたからでしょう。
無観客相撲は、ラジオで聞いていると、いつ勝敗が決したのか分かりづらいのが不思議な感覚でした。場所中、You Tubeでは親方たちが取り組みに言いたい放題をやっていて、以前の国技館であった館内放送のどすこいFMを思い出させてくれました。5月場所には、休場した高安や豊昇龍も身体を治して、観客の前で相撲を取ってくれると良いのですが、どうなるか現状では見当もつきません。
Posted by EN at 2020年03月24日 21:53
言われてみると大敗した力士も多かったですね。ケガやら加齢やら。妙義龍や栃煌山が大敗しているのは,仕方がないとはいえ寂しかったです。
幕内と十両の交代も多いですが,十両と幕下の交代も激しそうですね。そっちは最大で6人ですかね。
隆の勝は今場所一気にブレイクした感がありますね。実力も人気も。じっくり見ると確かにおにぎりでした。上位にはまだ通用しなさそうですが,楽しみは楽しみです。
YouTubeはチェックしていませんでした。なるほど,それは確かに面白いかも。Abemaの土日限定で出てくる若乃花の解説が最高に面白いので,あれはお勧めですよ。
幕内と十両の交代も多いですが,十両と幕下の交代も激しそうですね。そっちは最大で6人ですかね。
隆の勝は今場所一気にブレイクした感がありますね。実力も人気も。じっくり見ると確かにおにぎりでした。上位にはまだ通用しなさそうですが,楽しみは楽しみです。
YouTubeはチェックしていませんでした。なるほど,それは確かに面白いかも。Abemaの土日限定で出てくる若乃花の解説が最高に面白いので,あれはお勧めですよ。
Posted by DG-Law at 2020年03月26日 00:05