2020年03月27日
『岳人』「戦国の山」特集(2017年12月号・2019年12月号)
登山雑誌はたまに買って読んでいるのだけど,面白かったので紹介しておく。モンベルが出している『岳人』の2017年12月号の特集が「戦国の山」で,好評だったがために2019年12月号の特集「続・戦国の山」であった。
まず2017年12月号の方から。取り上げられているのは丹沢・犬越路,小谷城,千草越,岩村城,天目山,天王山,賤ヶ岳,長谷堂城,越前大野城&戌山城,備中松山城,竹田城,坂戸城,岩櫃城,高根城,城井ノ上城,最後に佐々成政のさらさら越え。この他に縄張り図や用語解説,戦国時代の兵糧(干飯・芋茎の縄・兵糧丸等)レシピと実食感想レポートがついている。
賤ヶ岳は『ヤマノススメ』9巻でも登場していた。戦国の山の代表例と言えるかも。中川清秀の墓もあるので,『へうげもの』の聖地でもある。小谷城は麓に名物旅館があって,それも込みで去年に友人と行ってもいいかもという話をしていたが,どうせなら日本百名山にしようという話が出て伊吹山になった。あれはあれで関ヶ原の合戦場が一望できるので戦国時代を感じることができる山であったが,読んでいるとやはり賤ヶ岳や小谷城も行ってみたくなる。安土城とセットで旅程を組んでみるか。本企画を読んだ感じだと,登山として一番面白そうなのは賤ヶ岳だった。よくまあこんなところで戦ったなと思うが,当時は伐採されきった禿山だったらしい。「兵どもが夢の跡」という言葉そのものであった。
高根城はマイナーでは,と思ったらそういえば当時は「おんな城主直虎」が最終盤なのであった。城井ノ上城(きいのこうじょう)も私は全く知らなかったのだが,豊前国の城井氏が所持していた城で,秀吉の九州征伐の後に転封を明示されるも拒否,黒田長政に攻め滅ぼされたとのこと。見るからに堅城で,標高475mにして長大な鎖場があるっぽい。『岳人』編集部としては是非とも紹介したかったのだろう。
最後に一番面白かったのが佐々成政のさらさら越え特集。やはり三国志の登山家といえば馬謖,戦国時代の登山家といえば佐々成政だろう。富山県民の戦国時代のヒーローといえば佐々成政であって,神保氏ではないのだ(それはそれとして『信長の野望』シリーズを入手したらまず神保氏でやって生き残りを図るプレーは富山県民ならやったことがあるはず)。改めて考えても厳冬期の飛騨山脈,標高2500mを超える現在の黒部湖を突っ切るルートはあまりにもストロングスタイルで現実的ではない。やはり信憑性が高いのは飛騨まで南下してから信濃に入る旧安房峠ルートだろうと思う。しかし,伝説ルートはあまりにも夢があるので,腕……もとい脚と装備に自信がある人はチャレンジしてみてください。私は責任を取らない。ちなみに,このコラムを書いた人は「私自身,11月末,年末年始,3月,5月と近隣のエリアで登山したことがある」とあり,さすが『岳人』編集部。
ただし,『岳人』なだけあって実際の登山記録は参考になるものの,歴史家へのインタビューを除けば歴史関係の記述はちょっと心もとない。たとえば,p.29の地図は1582年の勢力図なのに加賀・能登・越中・丹後・丹波(とそれ以西)が信長の勢力圏に入っていないという割と致命的なミスがある。本能寺の変の秀吉犯人説という俗説はありきたりにもほどがあるだろう。せっかくの面白い特集であるので,そこはちゃんと詰めてほしかったところ。
次に2019年12月の「続・戦国の山」。前回が好評であったのでリバイバルしたとのこと。今回取り上げられているのは京都愛宕山(明智越),千草越,安土城,黒井城&八上城,信貴山,尼厳山(川中島),要害山,春日山城,岩櫃城,岩殿城,大和高取城,岩村城,八王子城,松倉城,基肄城。千草越・岩櫃城・岩村城は二回目。後述する千田先生の起用も含め,前回の反省があったのか無かったのかは知らないが,歴史の記述は「続」の方が全般的に堅牢になっていたように思う。それはそれとして,しれっと混じっていたが,基肄城は違くない? これが入るなら鬼ノ城も入れてほしかった気も。
2020年の大河ドラマを意識してか,明智光秀ゆかりの山が多い。八上城では地元の登山者から「来山者の増加を見越して,曲輪の周囲の林を切り倒した」という話を聞いたというエピソードも出てくるが,いや……マイナーすぎて増えないんじゃないですかね……。京都愛宕山は明智光秀が本能寺の変の前日に山頂の白雲寺で開催された連歌会に参加するために登っており,例の「ときは今」の歌を詠んでいる。亀岡駅が光秀の居城だった亀山城の目の前であるから,光秀の通った通りの明智越にアタックしやすいが,この明智越の標準タイムは片道4時間55分であるため,なかなか山が深い。眼前が保津峡であるが,掲載された写真を見る限り樹林帯で概ね眺望が死んでるっぽいのはちょっともったいない。なお,白雲寺は廃仏毀釈で滅び,現在は愛宕神社となっている。許すまじ明治政府。
信貴山のページでは『岳人』のライターに千田嘉博先生が同行していた。そう,『真田丸』の考証に参加していた歴史家の一人である。千田嘉博先生が参加していたせいで信貴山だけ明らかに濃く,読み応えがあった。松永久秀悪人説にも千田先生がきっちり掣肘を入れているし,空堀の説明をしている先生の写真がとても楽しそうだ。個人的には「そう,こういうのでいいんだよこういうので」というドンピシャなページであったので,次に「続々」をやるなら毎回学者を連れて行ってほしいところ(学者が登れるかは別問題)。信貴山は朝護孫子寺があるので,東方星蓮船の聖地でもあり,行きたい山リストに元から入っていたのだが,本稿を読んでその思いは強くなった。廃業したケーブルカーの跡がそのまま登山道になっていて,登山としても楽しそう。
岩櫃城は改めて見ると,ここに築城したのは完全に頭がおかしい。ハシゴと鎖場が多く,にもかかわらず堀切(※あえて尾根を切り崩して通りにくくすること)まである。実際に群馬県によるグレーディングでは2Cになっていた。一方,岩櫃城の観光案内のホームページには「鎖やハシゴはあるがビギナー向き」とあった。真田氏の家来,末裔まで含めて基準が狂ってそう。
岩殿山の方はまだマシそうだが,記事中の「山頂付近には厩跡があるが,こんなところに馬を連れてきたとして,何の役に立つのか」「難所に集中力を要し,ずいぶん疲れる山」「私にはとても攻略する気が起きない」という評価の数々がその厳しさを物語っている。しかし,山梨県のグレーディングは1Aになっていた。真相は自分で登って確かめるしかなさそう。岩殿山は『ヤマノススメ』15巻に登場しているので,その聖地でもあり,麓の川にかかっている猿橋が『東方風神録』の3面道中の背景であるので,これまた私的には縁が深く,絶対にいつか登る山リストに入れている。
概ね主要な山城は2回で扱われたような気はするが,まだ七尾城,月山富田城,観音寺城辺りが出てきていないし,そういえば神君伊賀越えもまだ扱われていないので,3回目もできそう。『岳人』スタッフに期待しよう。
2017年12月号は好評だったせいか,Amazonでは売り切れだった。モンベルの店舗だと普通にバックナンバーが売っているので,店舗で直接買うのがよいだろう。
まず2017年12月号の方から。取り上げられているのは丹沢・犬越路,小谷城,千草越,岩村城,天目山,天王山,賤ヶ岳,長谷堂城,越前大野城&戌山城,備中松山城,竹田城,坂戸城,岩櫃城,高根城,城井ノ上城,最後に佐々成政のさらさら越え。この他に縄張り図や用語解説,戦国時代の兵糧(干飯・芋茎の縄・兵糧丸等)レシピと実食感想レポートがついている。
賤ヶ岳は『ヤマノススメ』9巻でも登場していた。戦国の山の代表例と言えるかも。中川清秀の墓もあるので,『へうげもの』の聖地でもある。小谷城は麓に名物旅館があって,それも込みで去年に友人と行ってもいいかもという話をしていたが,どうせなら日本百名山にしようという話が出て伊吹山になった。あれはあれで関ヶ原の合戦場が一望できるので戦国時代を感じることができる山であったが,読んでいるとやはり賤ヶ岳や小谷城も行ってみたくなる。安土城とセットで旅程を組んでみるか。本企画を読んだ感じだと,登山として一番面白そうなのは賤ヶ岳だった。よくまあこんなところで戦ったなと思うが,当時は伐採されきった禿山だったらしい。「兵どもが夢の跡」という言葉そのものであった。
高根城はマイナーでは,と思ったらそういえば当時は「おんな城主直虎」が最終盤なのであった。城井ノ上城(きいのこうじょう)も私は全く知らなかったのだが,豊前国の城井氏が所持していた城で,秀吉の九州征伐の後に転封を明示されるも拒否,黒田長政に攻め滅ぼされたとのこと。見るからに堅城で,標高475mにして長大な鎖場があるっぽい。『岳人』編集部としては是非とも紹介したかったのだろう。
最後に一番面白かったのが佐々成政のさらさら越え特集。やはり三国志の登山家といえば馬謖,戦国時代の登山家といえば佐々成政だろう。富山県民の戦国時代のヒーローといえば佐々成政であって,神保氏ではないのだ(それはそれとして『信長の野望』シリーズを入手したらまず神保氏でやって生き残りを図るプレーは富山県民ならやったことがあるはず)。改めて考えても厳冬期の飛騨山脈,標高2500mを超える現在の黒部湖を突っ切るルートはあまりにもストロングスタイルで現実的ではない。やはり信憑性が高いのは飛騨まで南下してから信濃に入る旧安房峠ルートだろうと思う。しかし,伝説ルートはあまりにも夢があるので,腕……もとい脚と装備に自信がある人はチャレンジしてみてください。私は責任を取らない。ちなみに,このコラムを書いた人は「私自身,11月末,年末年始,3月,5月と近隣のエリアで登山したことがある」とあり,さすが『岳人』編集部。
ただし,『岳人』なだけあって実際の登山記録は参考になるものの,歴史家へのインタビューを除けば歴史関係の記述はちょっと心もとない。たとえば,p.29の地図は1582年の勢力図なのに加賀・能登・越中・丹後・丹波(とそれ以西)が信長の勢力圏に入っていないという割と致命的なミスがある。本能寺の変の秀吉犯人説という俗説はありきたりにもほどがあるだろう。せっかくの面白い特集であるので,そこはちゃんと詰めてほしかったところ。
次に2019年12月の「続・戦国の山」。前回が好評であったのでリバイバルしたとのこと。今回取り上げられているのは京都愛宕山(明智越),千草越,安土城,黒井城&八上城,信貴山,尼厳山(川中島),要害山,春日山城,岩櫃城,岩殿城,大和高取城,岩村城,八王子城,松倉城,基肄城。千草越・岩櫃城・岩村城は二回目。後述する千田先生の起用も含め,前回の反省があったのか無かったのかは知らないが,歴史の記述は「続」の方が全般的に堅牢になっていたように思う。それはそれとして,しれっと混じっていたが,基肄城は違くない? これが入るなら鬼ノ城も入れてほしかった気も。
2020年の大河ドラマを意識してか,明智光秀ゆかりの山が多い。八上城では地元の登山者から「来山者の増加を見越して,曲輪の周囲の林を切り倒した」という話を聞いたというエピソードも出てくるが,いや……マイナーすぎて増えないんじゃないですかね……。京都愛宕山は明智光秀が本能寺の変の前日に山頂の白雲寺で開催された連歌会に参加するために登っており,例の「ときは今」の歌を詠んでいる。亀岡駅が光秀の居城だった亀山城の目の前であるから,光秀の通った通りの明智越にアタックしやすいが,この明智越の標準タイムは片道4時間55分であるため,なかなか山が深い。眼前が保津峡であるが,掲載された写真を見る限り樹林帯で概ね眺望が死んでるっぽいのはちょっともったいない。なお,白雲寺は廃仏毀釈で滅び,現在は愛宕神社となっている。
信貴山のページでは『岳人』のライターに千田嘉博先生が同行していた。そう,『真田丸』の考証に参加していた歴史家の一人である。千田嘉博先生が参加していたせいで信貴山だけ明らかに濃く,読み応えがあった。松永久秀悪人説にも千田先生がきっちり掣肘を入れているし,空堀の説明をしている先生の写真がとても楽しそうだ。個人的には「そう,こういうのでいいんだよこういうので」というドンピシャなページであったので,次に「続々」をやるなら毎回学者を連れて行ってほしいところ(学者が登れるかは別問題)。信貴山は朝護孫子寺があるので,東方星蓮船の聖地でもあり,行きたい山リストに元から入っていたのだが,本稿を読んでその思いは強くなった。廃業したケーブルカーの跡がそのまま登山道になっていて,登山としても楽しそう。
岩櫃城は改めて見ると,ここに築城したのは完全に頭がおかしい。ハシゴと鎖場が多く,にもかかわらず堀切(※あえて尾根を切り崩して通りにくくすること)まである。実際に群馬県によるグレーディングでは2Cになっていた。一方,岩櫃城の観光案内のホームページには「鎖やハシゴはあるがビギナー向き」とあった。真田氏の家来,末裔まで含めて基準が狂ってそう。
岩殿山の方はまだマシそうだが,記事中の「山頂付近には厩跡があるが,こんなところに馬を連れてきたとして,何の役に立つのか」「難所に集中力を要し,ずいぶん疲れる山」「私にはとても攻略する気が起きない」という評価の数々がその厳しさを物語っている。しかし,山梨県のグレーディングは1Aになっていた。真相は自分で登って確かめるしかなさそう。岩殿山は『ヤマノススメ』15巻に登場しているので,その聖地でもあり,麓の川にかかっている猿橋が『東方風神録』の3面道中の背景であるので,これまた私的には縁が深く,絶対にいつか登る山リストに入れている。
概ね主要な山城は2回で扱われたような気はするが,まだ七尾城,月山富田城,観音寺城辺りが出てきていないし,そういえば神君伊賀越えもまだ扱われていないので,3回目もできそう。『岳人』スタッフに期待しよう。
2017年12月号は好評だったせいか,Amazonでは売り切れだった。モンベルの店舗だと普通にバックナンバーが売っているので,店舗で直接買うのがよいだろう。
Posted by dg_law at 12:00│Comments(2)
この記事へのコメント
面白い特集!私も読んでみます。
そして些末な指摘で恐縮ですが、丹波亀山城の最寄り駅は亀岡駅で亀山駅ではないです。話の流れから自明だとは思うのですが、一応地元の人間なので修正いただければありがたいです。
そして些末な指摘で恐縮ですが、丹波亀山城の最寄り駅は亀岡駅で亀山駅ではないです。話の流れから自明だとは思うのですが、一応地元の人間なので修正いただければありがたいです。
Posted by 亀岡人 at 2020年04月26日 16:07
いえいえ,すみません。修正しました。
Posted by DG-Law at 2020年04月26日 23:04