2020年04月19日

クワガタムシ他の昆虫を絵画に仕込むこと

・ある絵画にクワガタムシが描かれたのはなぜかという議論(Togetter)

この件について。こういう静物画は17世紀のオランダだと珍しくないが,ドイツだと珍しいかも。とはいえ,昆虫を仕込むのは,実はヨーロッパの古典絵画で普遍的に見られる。昆虫を描くのは技量の誇示とだまし絵的効果が相場であるが,大概はハエを選ぶ。もちろん静物画に仕込むのはいわゆるヴァニタス,物はいつかは腐るのだという教訓の意味合いもあろうが,他のジャンルにも昆虫は闖入するし,象徴的意味合いだけでは説明がつかないものも多い。

たとえば,カルロ・クリヴェッリの聖母子の絵。一応,この絵では説明に「The apples and fly are symbols of sin and evil」とあるので,象徴的意味合いが込められているが,これにしたってどう考えても「こんなところに,場にそぐわないハエがいる」というだまし絵的効果をねらっているのは明白であり,そんなちょい役であるにもかかわらずやたらとリアルで影まで描いているという念の入れようは技量の誇示としか言いようがない。次に,ペトルス・クリストゥスの修道士の肖像画になると,もはや象徴的意味合いが後退している。デューラーの絵にも同じ仕掛けのためにハエを描いたものが何点かある。その上で言えば,クワガタという選択は確かに珍しい。好きだったのか何かの象徴か。Togetter中で紹介されているが,クワガタムシを描いた絵画だけを集めた画集があるようで驚いた。西洋美術史学,層が厚すぎて何でも特集になる。

クワガタムシはおいといて,ゲオルク・フレーゲル(Georg Flegel)の方は,1566年オロモウツ生まれ,1597年フランクフルトで親方の資格を得て1638年に死ぬまでここで活動。ドイツの初期の静物画家としては重要とされているので,そこそこ有名らしい。私も知らない画家だったが,確かに盛期オランダの静物画ですって言われてもだまされるくらいに上手い。英語版Wikipediaを信用するなら,オランダに移動してユトレヒトの聖ルカ組合に入っていたかもしれないと言われているらしいので,画風から言えば納得感がある。ただし,その説自体はかなり疑わしい(ドイツ語版WikipediaにもRKDにもその記述が無い上に,当人に移動するメリットもあまりない)。一応,花の絵に長けていた弟子のヤーコプ・マレルがユトレヒトで活動していたのは確かなようなので,つながりが全く無かったわけでもなさそう。ちょっとマイナーな画家を調べる時のWeb Gallery of ArtとRKDのサイト便利すぎるな?

さて,ゲオルク・フレーゲルの他の絵を探してみるに,Togetter下段で出てくるトンボの他にカナブン,カミキリムシ,テントウムシも描いているし,当然のようにハエの作例もあったので,フレーゲルさんは単純に昆虫好きだったのではというのが結論で良さそうである。昆虫ではあるのでヴァニタスの添え物としての寓意はあれど,ハエではなく他の昆虫という点に理由を見出すのは難しそう。なお,ポスターを売っているサイトではあれ「This skilful painter Georg Flegel is well-known for his unique work Still Life With Stag Beetle.」という表現は見つかった。

西洋美術史学の研究の広さ・深さを考えると,ドイツ語文献なら確実にゲオルク・フレーゲル単体の研究があるはずだが,さすがにそこまでは調べる気力が無かったので,私の中ではこの件はここまで。興味ある人は調べてみてほしい(&報告してほしい)。