2020年07月24日
大相撲の横綱・大関を世代で分析する
はてな匿名ダイアリー(通称増田)に次のような記事があった。
・将棋界の現時点での世代表
・2010年7月18日の世代表
・2000年7月18日の世代表
3つ並べてみると一目瞭然で「羽生世代のタイトル独占が20年に渡った結果,真上・真下の10年がタイトルホルダーになれず,非常に苦しんでいる」というのがよくわかる表になっている。大変に面白かったので,大相撲ではどうなるかを調べてみた。将棋と大相撲では,大相撲の方が競技寿命が短いという違いがあるものの,
・年間の主要タイトル数が6と7(8)でほぼ同じ
・個人競技であり,単発ならともかく,複数回のタイトル獲得には絶対王者を撃破する必要が生じる
・絶対王者でも年間タイトル完全制覇は困難で,半分から2/3くらいの支配にとどまる
・絶対王者が弱体化・引退すると,なぜか戦国時代は短くすぐに次の絶対王者が登場する
という全く同じ構造・性質を持つために,むしろ比較は非常にしやすい。
で,作る前からわかってはいたのだが,やはり大横綱が一人誕生すると,直下の世代は悲惨な目に遭っている。また,羽生世代が羽生善治一人ではなかったのと同様に,なぜか大横綱の生年の前後1年(計3年)にライバル的な横綱が出現し,世代で見ると向こう8〜10年ほどは完全制覇の様相になる。
まずは,直近の白鵬世代の支配から。なお,livedoorブログの仕様上,Excelデータが上手く貼れないので,画像でご勘弁を。はてなブログの方にちゃんとしたのを貼っておきます。
これはわかりやすく,真下の世代が完全に殺されている。少し上の朝青龍は時代が短かった。将棋の世代でいうところの「逆向きの渡辺明」と言えばいいのか,白鵬世代に一人で立ち向かったベテランという立ち位置と言った方がいい。そう考えると朝青龍の存在は稀有なもので,前後3年ほどに他の横綱・大関昇進者が全くおらず,完全に孤高の存在であった。不祥事で引退したのはかえすがえすも惜しい。
朝青龍が引退したことで,白鵬・日馬富士・鶴竜・稀勢の里の4人に誰も立ち向かえなくなってしまった。白鵬が横綱に昇進した2007年から稀勢の里と日馬富士が最後に優勝した2017年の11年間の65場所のうち,白鵬が39回,白鵬世代では53回優勝している。残りの12回のうち朝青龍が6回を占めているので,この5人以外での優勝がわずかに6場所しかなく,それも琴欧州・把瑠都・旭天鵬・照ノ富士・琴奨菊・豪栄道で1回ずつであるから,白鵬世代を大関に拡張して把瑠都・琴奨菊・豪栄道も入れるとさらに圧倒的な支配率になる。
一つ面白いのは,欄外に入れたように昭和61年生まれを「花のロクイチ組」と呼ぶが,期待に反して稀勢の里と豪栄道以外に大成しなかった。すでに散々書いてきたように,「花のロクイチ組」は少し手前に拡張して「白鵬世代」と呼んだ方が実態に適合する。今振り返ると,1・2年上の白鵬・日馬富士・鶴竜を無視して,なぜに民族的日本人だけでそうくくってしまったのか疑問である。以上のように白鵬世代の支配は10年以上にわたっているが,これは白鵬が歴史的に強い横綱であることに加えて,近年になって急速にスポーツ医学が大相撲に導入されていて,明らかに関取の現役寿命が伸びているために支配の延長されているという点は指摘しておきたい。白鵬世代はすでに35歳前後で,昔の大相撲ならとっくに引退している年齢だが,まだ白鵬と鶴竜と二人も残っている。琴欧州〜高安の大関陣では,琴欧州と把瑠都を除くと全員大関昇進が遅く,昔の現役寿命だったらまず無理だったという点も指摘しておきたい。試しに琴奨菊から高安までの4名の名前を消してみると,より白鵬世代支配の過酷さが実感できるだろう。
この11年間に比べると2018年以降は戦国時代と言っていいほど優勝経験者がばらばらであるのだが,不思議と横綱には誰も昇進しない。実はタイムリミットが迫っていて,横綱昇進平均年齢は年間六場所定着以後の面々で約25.7歳であり,かついわゆる大横綱に限定すると,これを超えて昇進したのは千代の富士一人しかいない(その千代の富士にしたって26歳3ヶ月)。朝乃山が白鵬世代を退けて時代を築くなら,今年のうちに二度優勝する必要はある。それにふさわしい実力はついてきたように見えるが,どうなるか。そして,現状で朝乃山に追随する強い横綱候補がおらず(大関候補なら28歳の御嶽海・26歳の阿炎など),正直に言ってポスト白鵬世代の大相撲の様子が全く予測できない。極めて惜しいのがやはり照ノ富士で,大ケガなく出世していれば彼は間違いなく横綱に昇進していたし,白鵬世代に楔をうち,場合によってはそのまま白鵬から政権交代を達成していただろう。「高照世代」が存在した世界線を見てみたかった。
次に若貴世代の支配。
先に注釈を一つ。「花の六三組」は初土俵が1988年3月だったというくくり方であるので,生年ではない。これは将棋でも世代を生年でくくるか四段昇進年でくくるかという議論があるのと同じで,大相撲の場合は生年でくくることの方が多いが,ここだけは初土俵のくくりである。該当するのが曙・貴乃花・若乃花・魁皇であるので表の上ではこのように表記した。
さて,やはりこの世代の支配力も高く,横綱4人であれだけ潰しあえばそうなるなという様相である。1992〜2001年の約10年間はほぼこの4人で優勝を回している。面白いのは若貴世代支配の崩壊過程で,少し遅れて出てきた武蔵丸を除く3人は後半の4年間,1997年あたりからケガだらけで「出場すれば優勝するが……」という状態であった。76〜77年生まれに大関昇進者が固まっているように,この頃にはすでに支配がやや緩んでいる。また比較的有名な話として朝青龍は貴乃花に0勝2敗,武蔵丸に4勝5敗と勝てておらず,これは朝青龍自身が「勝ち逃げされた!」と嘆いている。若貴世代は重量で自壊したのであって,実力でひっくり返されたのではないのである。前述の大関陣が横綱になれなかったのは,若貴世代につぶされたというよりは朝青龍につぶされたと言った方が正しい。若貴世代は華々しくはあったが,それゆえに短く散っていった。
特異点はやはり魁皇で,この人は本来横綱になっていたと思われるし,ならなかったおかげで長寿大関となって晩節を汚したようにも思われる。あとは栃東。当時「全盛期の朝青龍に伍した唯一の日本人」と言われ,横綱まであと一歩まで確実に来ていたが,ともかくケガに悩まされ,最後はまさかの病気で引退となった。魁皇はともかく,栃東が横綱になれなかったのは時代の不思議としか言いようがない。
最後に,千代の富士の支配。
その後の白鵬世代・若貴世代と全く異なる点が3つある。まず,後ろ2つの世代の支配は約10年ほどであったが,千代の富士の支配はやや短く,約8年(1982〜89年)である。次に,後ろ2つの世代は4人の横綱による集団支配であったが,これは千代の富士単独の時代であった。3つ目はその内実である。通常の大横綱は20代後半に大半の優勝回数を稼ぐが,千代の富士の場合は20代後半に稼いだ優勝回数は10回,30代前半の優勝回数が21回と,圧倒的な晩成なのである。つまり活躍が5年ほどずれるので,彼は活躍時期だけで言えば限りなく「花のサンパチ組」に近い。少し不思議な仮定になるが,千代の富士を花のサンパチ組に混ぜ込んでいいなら,支配が1991年まで伸びて約10年になるし,横綱4人による集団支配になるから,後ろ2つの世代との違いが薄くなる。千代の富士はちょっと間違って5年ほど早く生まれて,5年ほど早く横綱になってしまったということか。
その花のサンパチ組は全員,横綱になってからの現役寿命が短いが,これは千代の富士時代の末期に成長し,引退したと思ったら若貴世代に轢き潰されたためである。1990-91年の2年間は大相撲でも数少ない戦国時代であったが,あっという間に若貴世代が台頭する予兆はすでに見えていた。「花のサンパチ組」について言えば,改めて各関取の成績を調べて思ったが,双羽黒が横綱に昇進していて,魁皇と小錦が横綱に昇進していないのはおかしい。双羽黒が残した爪痕は大きい。
表にはしなかったが,この手前に輪湖の時代(1973〜81),短い北玉の時代(1970〜72),大鵬の時代(1961〜68)とさかのぼれる。長期的に世代を区切ると,やはり次第に時代が長くなっていて,スポーツ医学の発展の恩恵が大きいのは時代を築く大横綱なのかもしれないと思った。上述の通り,白鵬世代の支配は一応2018年に切れていて,直近2年半ほどは白鵬世代の黄昏を感じさせる戦国時代である。朝乃山が千代の富士ばりの晩成を見せて時代を築くか,それとも今の10代後半の力士が急速に台頭して時代を築くか,それともとうとう10年周期の支配のサイクルが崩れて,このまま長く戦国時代が続くのか。見守っていきたい。
・将棋界の現時点での世代表
・2010年7月18日の世代表
・2000年7月18日の世代表
3つ並べてみると一目瞭然で「羽生世代のタイトル独占が20年に渡った結果,真上・真下の10年がタイトルホルダーになれず,非常に苦しんでいる」というのがよくわかる表になっている。大変に面白かったので,大相撲ではどうなるかを調べてみた。将棋と大相撲では,大相撲の方が競技寿命が短いという違いがあるものの,
・年間の主要タイトル数が6と7(8)でほぼ同じ
・個人競技であり,単発ならともかく,複数回のタイトル獲得には絶対王者を撃破する必要が生じる
・絶対王者でも年間タイトル完全制覇は困難で,半分から2/3くらいの支配にとどまる
・絶対王者が弱体化・引退すると,なぜか戦国時代は短くすぐに次の絶対王者が登場する
という全く同じ構造・性質を持つために,むしろ比較は非常にしやすい。
で,作る前からわかってはいたのだが,やはり大横綱が一人誕生すると,直下の世代は悲惨な目に遭っている。また,羽生世代が羽生善治一人ではなかったのと同様に,なぜか大横綱の生年の前後1年(計3年)にライバル的な横綱が出現し,世代で見ると向こう8〜10年ほどは完全制覇の様相になる。
まずは,直近の白鵬世代の支配から。なお,livedoorブログの仕様上,Excelデータが上手く貼れないので,画像でご勘弁を。はてなブログの方にちゃんとしたのを貼っておきます。
これはわかりやすく,真下の世代が完全に殺されている。少し上の朝青龍は時代が短かった。将棋の世代でいうところの「逆向きの渡辺明」と言えばいいのか,白鵬世代に一人で立ち向かったベテランという立ち位置と言った方がいい。そう考えると朝青龍の存在は稀有なもので,前後3年ほどに他の横綱・大関昇進者が全くおらず,完全に孤高の存在であった。不祥事で引退したのはかえすがえすも惜しい。
朝青龍が引退したことで,白鵬・日馬富士・鶴竜・稀勢の里の4人に誰も立ち向かえなくなってしまった。白鵬が横綱に昇進した2007年から稀勢の里と日馬富士が最後に優勝した2017年の11年間の65場所のうち,白鵬が39回,白鵬世代では53回優勝している。残りの12回のうち朝青龍が6回を占めているので,この5人以外での優勝がわずかに6場所しかなく,それも琴欧州・把瑠都・旭天鵬・照ノ富士・琴奨菊・豪栄道で1回ずつであるから,白鵬世代を大関に拡張して把瑠都・琴奨菊・豪栄道も入れるとさらに圧倒的な支配率になる。
一つ面白いのは,欄外に入れたように昭和61年生まれを「花のロクイチ組」と呼ぶが,期待に反して稀勢の里と豪栄道以外に大成しなかった。すでに散々書いてきたように,「花のロクイチ組」は少し手前に拡張して「白鵬世代」と呼んだ方が実態に適合する。今振り返ると,1・2年上の白鵬・日馬富士・鶴竜を無視して,なぜに民族的日本人だけでそうくくってしまったのか疑問である。以上のように白鵬世代の支配は10年以上にわたっているが,これは白鵬が歴史的に強い横綱であることに加えて,近年になって急速にスポーツ医学が大相撲に導入されていて,明らかに関取の現役寿命が伸びているために支配の延長されているという点は指摘しておきたい。白鵬世代はすでに35歳前後で,昔の大相撲ならとっくに引退している年齢だが,まだ白鵬と鶴竜と二人も残っている。琴欧州〜高安の大関陣では,琴欧州と把瑠都を除くと全員大関昇進が遅く,昔の現役寿命だったらまず無理だったという点も指摘しておきたい。試しに琴奨菊から高安までの4名の名前を消してみると,より白鵬世代支配の過酷さが実感できるだろう。
この11年間に比べると2018年以降は戦国時代と言っていいほど優勝経験者がばらばらであるのだが,不思議と横綱には誰も昇進しない。実はタイムリミットが迫っていて,横綱昇進平均年齢は年間六場所定着以後の面々で約25.7歳であり,かついわゆる大横綱に限定すると,これを超えて昇進したのは千代の富士一人しかいない(その千代の富士にしたって26歳3ヶ月)。朝乃山が白鵬世代を退けて時代を築くなら,今年のうちに二度優勝する必要はある。それにふさわしい実力はついてきたように見えるが,どうなるか。そして,現状で朝乃山に追随する強い横綱候補がおらず(大関候補なら28歳の御嶽海・26歳の阿炎など),正直に言ってポスト白鵬世代の大相撲の様子が全く予測できない。極めて惜しいのがやはり照ノ富士で,大ケガなく出世していれば彼は間違いなく横綱に昇進していたし,白鵬世代に楔をうち,場合によってはそのまま白鵬から政権交代を達成していただろう。「高照世代」が存在した世界線を見てみたかった。
次に若貴世代の支配。
先に注釈を一つ。「花の六三組」は初土俵が1988年3月だったというくくり方であるので,生年ではない。これは将棋でも世代を生年でくくるか四段昇進年でくくるかという議論があるのと同じで,大相撲の場合は生年でくくることの方が多いが,ここだけは初土俵のくくりである。該当するのが曙・貴乃花・若乃花・魁皇であるので表の上ではこのように表記した。
さて,やはりこの世代の支配力も高く,横綱4人であれだけ潰しあえばそうなるなという様相である。1992〜2001年の約10年間はほぼこの4人で優勝を回している。面白いのは若貴世代支配の崩壊過程で,少し遅れて出てきた武蔵丸を除く3人は後半の4年間,1997年あたりからケガだらけで「出場すれば優勝するが……」という状態であった。76〜77年生まれに大関昇進者が固まっているように,この頃にはすでに支配がやや緩んでいる。また比較的有名な話として朝青龍は貴乃花に0勝2敗,武蔵丸に4勝5敗と勝てておらず,これは朝青龍自身が「勝ち逃げされた!」と嘆いている。若貴世代は重量で自壊したのであって,実力でひっくり返されたのではないのである。前述の大関陣が横綱になれなかったのは,若貴世代につぶされたというよりは朝青龍につぶされたと言った方が正しい。若貴世代は華々しくはあったが,それゆえに短く散っていった。
特異点はやはり魁皇で,この人は本来横綱になっていたと思われるし,ならなかったおかげで長寿大関となって晩節を汚したようにも思われる。あとは栃東。当時「全盛期の朝青龍に伍した唯一の日本人」と言われ,横綱まであと一歩まで確実に来ていたが,ともかくケガに悩まされ,最後はまさかの病気で引退となった。魁皇はともかく,栃東が横綱になれなかったのは時代の不思議としか言いようがない。
最後に,千代の富士の支配。
その後の白鵬世代・若貴世代と全く異なる点が3つある。まず,後ろ2つの世代の支配は約10年ほどであったが,千代の富士の支配はやや短く,約8年(1982〜89年)である。次に,後ろ2つの世代は4人の横綱による集団支配であったが,これは千代の富士単独の時代であった。3つ目はその内実である。通常の大横綱は20代後半に大半の優勝回数を稼ぐが,千代の富士の場合は20代後半に稼いだ優勝回数は10回,30代前半の優勝回数が21回と,圧倒的な晩成なのである。つまり活躍が5年ほどずれるので,彼は活躍時期だけで言えば限りなく「花のサンパチ組」に近い。少し不思議な仮定になるが,千代の富士を花のサンパチ組に混ぜ込んでいいなら,支配が1991年まで伸びて約10年になるし,横綱4人による集団支配になるから,後ろ2つの世代との違いが薄くなる。千代の富士はちょっと間違って5年ほど早く生まれて,5年ほど早く横綱になってしまったということか。
その花のサンパチ組は全員,横綱になってからの現役寿命が短いが,これは千代の富士時代の末期に成長し,引退したと思ったら若貴世代に轢き潰されたためである。1990-91年の2年間は大相撲でも数少ない戦国時代であったが,あっという間に若貴世代が台頭する予兆はすでに見えていた。「花のサンパチ組」について言えば,改めて各関取の成績を調べて思ったが,双羽黒が横綱に昇進していて,魁皇と小錦が横綱に昇進していないのはおかしい。双羽黒が残した爪痕は大きい。
表にはしなかったが,この手前に輪湖の時代(1973〜81),短い北玉の時代(1970〜72),大鵬の時代(1961〜68)とさかのぼれる。長期的に世代を区切ると,やはり次第に時代が長くなっていて,スポーツ医学の発展の恩恵が大きいのは時代を築く大横綱なのかもしれないと思った。上述の通り,白鵬世代の支配は一応2018年に切れていて,直近2年半ほどは白鵬世代の黄昏を感じさせる戦国時代である。朝乃山が千代の富士ばりの晩成を見せて時代を築くか,それとも今の10代後半の力士が急速に台頭して時代を築くか,それともとうとう10年周期の支配のサイクルが崩れて,このまま長く戦国時代が続くのか。見守っていきたい。
Posted by dg_law at 03:32│Comments(0)