2020年08月03日
2020年七月場所:名古屋でやらない七月場所
名古屋でやらない七月場所,しかも千秋楽が8月に食い込み,観客数・声援制限というイレギュラー開催であった。展開もドラマチックで,白鵬優勝で固いと誰しもが思っていた矢先の白鵬休場,では朝乃山だろうと思われたが,幕尻の照ノ富士が実力で奪還した。照強が朝乃山を倒した援護射撃は,5年前の照ノ富士初優勝時の日馬富士の援護射撃を思い起こさせる。伊勢ヶ濱部屋の結束力はなんと美しいことか。しかし,何よりも照ノ富士の復活は喜ばしく,朝乃山との決戦に勝利したのを見て涙した好角家は,山根千佳さんを挙げるまでもなく,私を含めて多かろう。
先場所に続いて声援の無い本場所ではあったが,拍手の応援があっただけでもかなり違った。やはり盛り上がるタイミングで拍手が湧くのはよいし,下品なコールが無い分かえって落ち着いて見ていられたところはある。また,最も盛り上がった箇所ではどよめきが生じたのも耐えきれなくなった観客の感情が伝わって面白かった。協会の収入を考えなければ,しばらくはこのやり方でよいのではないか。
そうそう,今場所は照ノ富士が幕内に戻ってきたことで,とうとう平幕に元大関が4人そろうことになった。大関を陥落してもすぐにはやめない,どころか幕下以下に落ちてもまだ続けて良いと風潮が変わったことを象徴するかのような場所であった。すでに長らく若手の門番と化している琴奨菊やそのポジションにつきそうな栃ノ心,まだ落ちたばかりで再昇進をうかがう高安,史上最大の逆転劇を見せた照ノ富士と役者がそろっていて,幕内下位も見ていて面白かった。上位陣に限定するとちょっと寂しい場所であったが,幕内全体ではかなり熱気があり,相撲のレベルも高かった場所だったと思う。
個別評。白鵬は十日目までは本当に完璧な相撲ぶりであったが,十一日目に右足が滑って狂いが生じ,十二日目も右足が滑って負傷が決定的となった。加齢の危険性としか評しようがない。鶴竜は休場の判断が早かったが,あれなら開幕前に休場届を出しておくべきだったのではないか。貴景勝も明らかに馬力不足だったが,引き技がよく決まってカド番脱出まではこぎつけた。本音を言えば,カド番でなければもっと早く休みたかったのだろう。あのよく決まった引きが彼の地力の高さではあり,大関の地位にふさわしいことは証明したが,観客が見たい相撲は馬力の強さであって物足りない。
新大関の朝乃山は,こちらも十二日目までは11勝1敗でほぼ完璧な内容,優勝して来場所綱取りかと思われたが,照ノ富士に四つ相撲で完敗して歯車が狂った。右四つなら白鵬以外には負けようがないと思われていたところ,"元"大関に右四つで完敗したのはショックが大きかったのではないか。しかし,朝乃山は立ち合いで立ち遅れて右四つになれないことがたまにあることと,ここぞという一番で緊張して体が固くなることが2つの大きな弱点であったが,今場所は前者の立ち合いの失敗は激減していて,むしろ強く当たって右四つになれなくとも押し切ってしまうシーンすら見られた。見事な修正であり,収穫も大きい。後者はまさにそのハートの弱さを突かれて伊勢ヶ濱部屋二人に惨敗したが,一朝一夕に鍛えられるものでもなく,長い目で見守りたいところ。
三役。全員好調で,11勝で大関取りの起点になった人が3人もいる。とはいえ御嶽海は好不調の並が激しすぎて大関になれていないだけで,11勝はむしろ好調時の平常運転に過ぎないだろう。正代も今年の初場所以降の受け将棋ならぬ受け相撲が板についてきた印象。好不調の並が小さいので,このまま持続すれば御嶽海に先行して大関をとっても不思議ではない。彼らに比べて躍進の印象が強いのは大栄翔である。彼も2019年に急激に伸びた力士であったが,今場所に白鵬を倒したことでさらに一皮むけた印象を受けた。3人の躍進に期待したい。惜しくも9勝に終わり三役全員二桁達成ならなかった隠岐の海は,一人だけ35歳のベテランで,2019年9月に突如覚醒してとうとうここまで来た。最近,徳勝龍といい玉鷲・嘉風といいこの展開多くないか。異様に深い懐の深さを生かした引き技は見どころがあり,普通の引き技との違いが際立って面白い。
前頭上位。隆の勝は上位初挑戦で勝ち越しはお見事。彼もまた押し相撲に力強さがある。貴景勝に鍛えられた成果か。現時点では大栄翔に一日の長があるが,隆の勝もまだ伸びるだろう。「おにぎりくん」のあだ名に反して梅干しが苦手というエピソード,すき。一方,阿武咲は事前の予想に反して上位挑戦は跳ね返されてしまった。どうも最後の詰めが甘く,そこを押し切るだけの馬力が足りない。とはいえ引き技が上手いわけでもなく,他の押し相撲力士に勝てない原因になっている。どうしたものか。霧馬山も上位初挑戦で,6勝で終わったものの,印象は悪くなかった。左四つか離れて相撲を取り,実に器用に動き,千秋楽に宝富士を左四つからの右上手ひねりで破った相撲など実に見事だった。謹慎休場となった阿炎は……さすがにそろそろ本当に怒られるラインに来てしまったので,破滅する前に自省してほしい。それだけである。
前頭中盤。炎鵬はかなり対策が進められての10敗で苦しい。読まれているなら潜らずに横に動き回って送り出しを狙ったほうがいいのかもしれない。照強は14日目の朝乃山戦の足取りが神がかっていた。実際,今場所は低く入って押し込むか足取りという取り口が多く,上手くいっていた。一方でそのまま押しつぶされる相撲も多かったが,14日目は押しつぶされる前に足取りに成功したので良かった。石浦は右足首を痛めていて相撲にならず。玉鷲と妙義龍は上りエレベーターの10勝であるが,その年でまだエレーベーターをできているのがすごい。
前頭下位。元大関と佐渡ヶ嶽部屋がひしめきあっているカオス。若隆景が初日から5日連続で佐渡ヶ嶽部屋との取組が組まれて「びっくりした」とコメントしていた。佐渡ヶ嶽部屋は琴恵光が10勝,琴奨菊と琴勝峰が8勝で5人中3人が勝ち越したが,琴ノ若と琴勇輝は休場となり,団体戦としては五分五分の情勢。琴恵光は良い相撲が多かった。体重が135kgとそこまで重くない割に,右四つで組むとかなり力強い。新入幕の琴手計改め琴勝峰は,新入幕と思えない落ち着いた振る舞いで,膂力があるところも見せたが,相手の十分になられての敗戦が多く,まだ幕内に慣れていないのも垣間見えた。同じく新入幕,若隆景は,誰かが舌を噛む前に改名しよう(提案)。アナウンサーですらしばしば「わかたたたかげ」になってしまっていて,これは誰もが言えないんだなと。今私も口に出してみたが,見事に噛んだ。完敗である。若隆景は押し相撲だが,押す力が強いというよりもよく動き回って崩してから押すタイプで,照強や石浦が近い。これでこのタイプは3人めで,近年になって突然増えてきた印象であるが,メソッドが確立されたか。10勝はお見事。高安は初場所・3月と見る影もない状態で心配であったが,今場所は立ち合いの威力がかなり回復していて,この回復軌道なら来場所は上位でもかなり取れそうである。
最後に照ノ富士。大ケガをする前から「モンゴル由来の投げの巧みさ・パワーに,高校から来日して磨いた相撲の技術が合わさった,モンゴル出身力士の完成形」と言われていたが,今場所はまさにそれが光った相撲であった。四つ相撲の技量が突出しており,相手のまわしを切る技術,差し手を殺す上手の使い方が巧みで,ケガのない両腕の腕力で白星を積み上げた。大ケガをする前はその技術があるのに,安直にパワーだけで振り回し,膝に負担をかける悪癖があったから,力士としては現在方が完成しているとさえ言えるだろう。大関再昇進が現実味を帯びてきた。膝の大ケガゆえに守勢になると脆く,引き技はほとんど全く打てないという巨大なハンデの中,どこまでやれるのか,応援していきたい。
さて,本場所が中止となって空いた間に引退した力士のうち3人にコメントしておく。最初に栃煌山。もろ差しの名手で,はず押しでも相撲が取れた。2007年新入幕,2010年から17年にかけて長く上位に定着し,琴奨菊・豪栄道・稀勢の里と並ぶ大関候補として若い頃から名を挙げられていたが,この面々では唯一大関に上がれなかった。小結・関脇でしばしば二桁勝利するのだが,これが3場所続かない。最高が3場所計30勝で紙一重で届かず,大関取りの厳しさとはこういうものであろう。もろ差し・はず押しの前進力なら天下無双であったが,離れて取る相撲はおろかまともな四つ相撲でも弱体化する等さすがに相撲の幅が狭すぎたことと,「稀勢の里並」と評された心臓の弱さが響いた。また,160kg前後あった体重の割にはつり技にめっぽう弱く,把瑠都につり出しを決められた際にはNHK解説の北の富士に「シャケじゃないんだから(つられたらもっともがくべき)」と苦言を呈され,以降ネット好角家でシャケとあだ名されるという不名誉な称号も得てしまった(この件は引退後に北の富士が謝罪していた)。とはいえ,栃煌山のもろ差しになる上手さ,もろ差し・はず押しの突進力は眼を見張る物があり,2010年代の大相撲の名物であったと言えよう。
次に豊ノ島。典型的なあんこ型の体型で,太鼓腹を生かしたもろ差し・左四つの寄りが強かった一方で,体重の割に機敏で土俵際でしぶとく,逆転も多かった。場所ごとの好不調の波が激しく,稽古不足も時折指摘される等もあって,三賞受賞が10回に及ぶ一方で,関脇で勝ち越したことがない。典型的なエレベーター力士であり,番付上位の力士には地力の差そのままに負ける一方,若手力士を老獪に土俵際で突き落とす門番であった。
三人目は蒼国来。中国内モンゴル自治区出身というモンゴル人力士の変わり種である。蒼国来の相撲人生といえば,八百長事件裁判で,多くの力士が身の潔白を証明できず,あるいは諦めて土俵を去る中,裁判で粘り強く戦って復帰を勝ち取った。2011年3月から2013年5月までの約2年に渡って大相撲から引き離されたにもかかわらず,引退まで相撲を取り,荒汐部屋の親方にまでなった。今考えてもあの八百長調査は杜撰であり,27〜29歳という脂の乗った時期をつぶされた蒼国来は大きな回り道をさせられた。取り口はモンゴル人らしい投げ技の名手で,左右いずれかの下手が入れば下手投げ・寄り・つりと多彩に展開して攻め立てた。下手のこじ入れ方が強引でケガをするのではないかと心配する取り口であったが,ケガにはならず,肘の強さも才能と言えるのかもしれない。荒汐部屋で飼っている猫も話題となり,名物親方としての今後を期待したい。
先場所に続いて声援の無い本場所ではあったが,拍手の応援があっただけでもかなり違った。やはり盛り上がるタイミングで拍手が湧くのはよいし,下品なコールが無い分かえって落ち着いて見ていられたところはある。また,最も盛り上がった箇所ではどよめきが生じたのも耐えきれなくなった観客の感情が伝わって面白かった。協会の収入を考えなければ,しばらくはこのやり方でよいのではないか。
そうそう,今場所は照ノ富士が幕内に戻ってきたことで,とうとう平幕に元大関が4人そろうことになった。大関を陥落してもすぐにはやめない,どころか幕下以下に落ちてもまだ続けて良いと風潮が変わったことを象徴するかのような場所であった。すでに長らく若手の門番と化している琴奨菊やそのポジションにつきそうな栃ノ心,まだ落ちたばかりで再昇進をうかがう高安,史上最大の逆転劇を見せた照ノ富士と役者がそろっていて,幕内下位も見ていて面白かった。上位陣に限定するとちょっと寂しい場所であったが,幕内全体ではかなり熱気があり,相撲のレベルも高かった場所だったと思う。
個別評。白鵬は十日目までは本当に完璧な相撲ぶりであったが,十一日目に右足が滑って狂いが生じ,十二日目も右足が滑って負傷が決定的となった。加齢の危険性としか評しようがない。鶴竜は休場の判断が早かったが,あれなら開幕前に休場届を出しておくべきだったのではないか。貴景勝も明らかに馬力不足だったが,引き技がよく決まってカド番脱出まではこぎつけた。本音を言えば,カド番でなければもっと早く休みたかったのだろう。あのよく決まった引きが彼の地力の高さではあり,大関の地位にふさわしいことは証明したが,観客が見たい相撲は馬力の強さであって物足りない。
新大関の朝乃山は,こちらも十二日目までは11勝1敗でほぼ完璧な内容,優勝して来場所綱取りかと思われたが,照ノ富士に四つ相撲で完敗して歯車が狂った。右四つなら白鵬以外には負けようがないと思われていたところ,"元"大関に右四つで完敗したのはショックが大きかったのではないか。しかし,朝乃山は立ち合いで立ち遅れて右四つになれないことがたまにあることと,ここぞという一番で緊張して体が固くなることが2つの大きな弱点であったが,今場所は前者の立ち合いの失敗は激減していて,むしろ強く当たって右四つになれなくとも押し切ってしまうシーンすら見られた。見事な修正であり,収穫も大きい。後者はまさにそのハートの弱さを突かれて伊勢ヶ濱部屋二人に惨敗したが,一朝一夕に鍛えられるものでもなく,長い目で見守りたいところ。
三役。全員好調で,11勝で大関取りの起点になった人が3人もいる。とはいえ御嶽海は好不調の並が激しすぎて大関になれていないだけで,11勝はむしろ好調時の平常運転に過ぎないだろう。正代も今年の初場所以降の受け将棋ならぬ受け相撲が板についてきた印象。好不調の並が小さいので,このまま持続すれば御嶽海に先行して大関をとっても不思議ではない。彼らに比べて躍進の印象が強いのは大栄翔である。彼も2019年に急激に伸びた力士であったが,今場所に白鵬を倒したことでさらに一皮むけた印象を受けた。3人の躍進に期待したい。惜しくも9勝に終わり三役全員二桁達成ならなかった隠岐の海は,一人だけ35歳のベテランで,2019年9月に突如覚醒してとうとうここまで来た。最近,徳勝龍といい玉鷲・嘉風といいこの展開多くないか。異様に深い懐の深さを生かした引き技は見どころがあり,普通の引き技との違いが際立って面白い。
前頭上位。隆の勝は上位初挑戦で勝ち越しはお見事。彼もまた押し相撲に力強さがある。貴景勝に鍛えられた成果か。現時点では大栄翔に一日の長があるが,隆の勝もまだ伸びるだろう。「おにぎりくん」のあだ名に反して梅干しが苦手というエピソード,すき。一方,阿武咲は事前の予想に反して上位挑戦は跳ね返されてしまった。どうも最後の詰めが甘く,そこを押し切るだけの馬力が足りない。とはいえ引き技が上手いわけでもなく,他の押し相撲力士に勝てない原因になっている。どうしたものか。霧馬山も上位初挑戦で,6勝で終わったものの,印象は悪くなかった。左四つか離れて相撲を取り,実に器用に動き,千秋楽に宝富士を左四つからの右上手ひねりで破った相撲など実に見事だった。謹慎休場となった阿炎は……さすがにそろそろ本当に怒られるラインに来てしまったので,破滅する前に自省してほしい。それだけである。
前頭中盤。炎鵬はかなり対策が進められての10敗で苦しい。読まれているなら潜らずに横に動き回って送り出しを狙ったほうがいいのかもしれない。照強は14日目の朝乃山戦の足取りが神がかっていた。実際,今場所は低く入って押し込むか足取りという取り口が多く,上手くいっていた。一方でそのまま押しつぶされる相撲も多かったが,14日目は押しつぶされる前に足取りに成功したので良かった。石浦は右足首を痛めていて相撲にならず。玉鷲と妙義龍は上りエレベーターの10勝であるが,その年でまだエレーベーターをできているのがすごい。
前頭下位。元大関と佐渡ヶ嶽部屋がひしめきあっているカオス。若隆景が初日から5日連続で佐渡ヶ嶽部屋との取組が組まれて「びっくりした」とコメントしていた。佐渡ヶ嶽部屋は琴恵光が10勝,琴奨菊と琴勝峰が8勝で5人中3人が勝ち越したが,琴ノ若と琴勇輝は休場となり,団体戦としては五分五分の情勢。琴恵光は良い相撲が多かった。体重が135kgとそこまで重くない割に,右四つで組むとかなり力強い。新入幕の琴手計改め琴勝峰は,新入幕と思えない落ち着いた振る舞いで,膂力があるところも見せたが,相手の十分になられての敗戦が多く,まだ幕内に慣れていないのも垣間見えた。同じく新入幕,若隆景は,誰かが舌を噛む前に改名しよう(提案)。アナウンサーですらしばしば「わかたたたかげ」になってしまっていて,これは誰もが言えないんだなと。今私も口に出してみたが,見事に噛んだ。完敗である。若隆景は押し相撲だが,押す力が強いというよりもよく動き回って崩してから押すタイプで,照強や石浦が近い。これでこのタイプは3人めで,近年になって突然増えてきた印象であるが,メソッドが確立されたか。10勝はお見事。高安は初場所・3月と見る影もない状態で心配であったが,今場所は立ち合いの威力がかなり回復していて,この回復軌道なら来場所は上位でもかなり取れそうである。
最後に照ノ富士。大ケガをする前から「モンゴル由来の投げの巧みさ・パワーに,高校から来日して磨いた相撲の技術が合わさった,モンゴル出身力士の完成形」と言われていたが,今場所はまさにそれが光った相撲であった。四つ相撲の技量が突出しており,相手のまわしを切る技術,差し手を殺す上手の使い方が巧みで,ケガのない両腕の腕力で白星を積み上げた。大ケガをする前はその技術があるのに,安直にパワーだけで振り回し,膝に負担をかける悪癖があったから,力士としては現在方が完成しているとさえ言えるだろう。大関再昇進が現実味を帯びてきた。膝の大ケガゆえに守勢になると脆く,引き技はほとんど全く打てないという巨大なハンデの中,どこまでやれるのか,応援していきたい。
さて,本場所が中止となって空いた間に引退した力士のうち3人にコメントしておく。最初に栃煌山。もろ差しの名手で,はず押しでも相撲が取れた。2007年新入幕,2010年から17年にかけて長く上位に定着し,琴奨菊・豪栄道・稀勢の里と並ぶ大関候補として若い頃から名を挙げられていたが,この面々では唯一大関に上がれなかった。小結・関脇でしばしば二桁勝利するのだが,これが3場所続かない。最高が3場所計30勝で紙一重で届かず,大関取りの厳しさとはこういうものであろう。もろ差し・はず押しの前進力なら天下無双であったが,離れて取る相撲はおろかまともな四つ相撲でも弱体化する等さすがに相撲の幅が狭すぎたことと,「稀勢の里並」と評された心臓の弱さが響いた。また,160kg前後あった体重の割にはつり技にめっぽう弱く,把瑠都につり出しを決められた際にはNHK解説の北の富士に「シャケじゃないんだから(つられたらもっともがくべき)」と苦言を呈され,以降ネット好角家でシャケとあだ名されるという不名誉な称号も得てしまった(この件は引退後に北の富士が謝罪していた)。とはいえ,栃煌山のもろ差しになる上手さ,もろ差し・はず押しの突進力は眼を見張る物があり,2010年代の大相撲の名物であったと言えよう。
次に豊ノ島。典型的なあんこ型の体型で,太鼓腹を生かしたもろ差し・左四つの寄りが強かった一方で,体重の割に機敏で土俵際でしぶとく,逆転も多かった。場所ごとの好不調の波が激しく,稽古不足も時折指摘される等もあって,三賞受賞が10回に及ぶ一方で,関脇で勝ち越したことがない。典型的なエレベーター力士であり,番付上位の力士には地力の差そのままに負ける一方,若手力士を老獪に土俵際で突き落とす門番であった。
三人目は蒼国来。中国内モンゴル自治区出身というモンゴル人力士の変わり種である。蒼国来の相撲人生といえば,八百長事件裁判で,多くの力士が身の潔白を証明できず,あるいは諦めて土俵を去る中,裁判で粘り強く戦って復帰を勝ち取った。2011年3月から2013年5月までの約2年に渡って大相撲から引き離されたにもかかわらず,引退まで相撲を取り,荒汐部屋の親方にまでなった。今考えてもあの八百長調査は杜撰であり,27〜29歳という脂の乗った時期をつぶされた蒼国来は大きな回り道をさせられた。取り口はモンゴル人らしい投げ技の名手で,左右いずれかの下手が入れば下手投げ・寄り・つりと多彩に展開して攻め立てた。下手のこじ入れ方が強引でケガをするのではないかと心配する取り口であったが,ケガにはならず,肘の強さも才能と言えるのかもしれない。荒汐部屋で飼っている猫も話題となり,名物親方としての今後を期待したい。
最近意地でも張り出し関脇・小結を置かない傾向がある審判団だが,今回はさすがに置くだろうという期待を込めて。張り出しが設置されない場合は遠藤が前頭筆頭で据え置き,以下は半枚ずつ下がっていく。再入幕は明生と旭大星,新入幕は翔猿と豊昇龍で間違いないだろう。十両の立浪部屋3人の優勝決定戦は面白かった。豊昇龍はかなり番付運が良い。所要15場所は朝青龍より3場所遅いが,かなり早い部類に入る。
十両・幕下の入れ替えは,栃煌山の引退,幕下に落ちるのが朝弁慶・貴源治・千代の海で計4人の枠が空き,上がってくるのが千代の国・王輝・北磻磨・錦富士となりそう。幕下4枚めで5−2の常幸龍は相当に不運である。
十両・幕下の入れ替えは,栃煌山の引退,幕下に落ちるのが朝弁慶・貴源治・千代の海で計4人の枠が空き,上がってくるのが千代の国・王輝・北磻磨・錦富士となりそう。幕下4枚めで5−2の常幸龍は相当に不運である。
Posted by dg_law at 18:04│Comments(6)
この記事へのコメント
照ノ富士が大関に上がってきた時は傲岸不遜というか、鬼のような顔で相手を睨みつけ、
力で相手をねじ伏せるような相撲で、ヒール感もあったように思います。
(稀勢の里ファンだった自分も平成27年秋場所の直接対決までは「こいつおる限りキセ横綱なれんやろなあ」と絶望してました)
そこから怪我と病気を重ねて陥落し、右膝前十字靱帯は無く、左膝の半月板も無い、左ひじにはねずみ、腎臓結石、C型肝炎、糖尿病という六重苦の状態からのリスタートになりました。
本人も諦観が大きかったようで何度も引退を申し出たそうですが、部屋の関係者や、序二段まで落ちてもタニマチを続けてくれた理解者の優しさに支えられ、地獄から這い上がってきました。
インタビューでの受け答えや土俵上で異様なくらい冷静さを崩さない所を見ていると、人間的に成長し、驚くほど心が強くなっているように感じました。
三年前の春場所では怪我を抱えた末に変化を選択した結果、
ヒール扱いされ聞くに堪えない言葉を受けるの見て、心苦しく思っていましたが、
今の照ノ富士は怪我に苦しむ力士やアスリートに勇気を与える、
紛れもないヒーローになれたと言えるでしょう。
身体能力自体は怪我する前より大幅に落ちており、
また膝の怪我が悪化する恐れがないとは言えませんが、
来場所もさらに鍛えなおして活躍できると思います。
これからは角界のヒーローの一人として頑張って欲しいです。
力で相手をねじ伏せるような相撲で、ヒール感もあったように思います。
(稀勢の里ファンだった自分も平成27年秋場所の直接対決までは「こいつおる限りキセ横綱なれんやろなあ」と絶望してました)
そこから怪我と病気を重ねて陥落し、右膝前十字靱帯は無く、左膝の半月板も無い、左ひじにはねずみ、腎臓結石、C型肝炎、糖尿病という六重苦の状態からのリスタートになりました。
本人も諦観が大きかったようで何度も引退を申し出たそうですが、部屋の関係者や、序二段まで落ちてもタニマチを続けてくれた理解者の優しさに支えられ、地獄から這い上がってきました。
インタビューでの受け答えや土俵上で異様なくらい冷静さを崩さない所を見ていると、人間的に成長し、驚くほど心が強くなっているように感じました。
三年前の春場所では怪我を抱えた末に変化を選択した結果、
ヒール扱いされ聞くに堪えない言葉を受けるの見て、心苦しく思っていましたが、
今の照ノ富士は怪我に苦しむ力士やアスリートに勇気を与える、
紛れもないヒーローになれたと言えるでしょう。
身体能力自体は怪我する前より大幅に落ちており、
また膝の怪我が悪化する恐れがないとは言えませんが、
来場所もさらに鍛えなおして活躍できると思います。
これからは角界のヒーローの一人として頑張って欲しいです。
Posted by バーサーカー at 2020年08月04日 00:07
自分は5年前の当時から照ノ富士のことは好きでしたが,本人も「当時はイケイケだった。今は慎重」と言っている通りですからねw
朝青龍にあこがれて酒豪を目指したこともあるそうで,確かにそういう路線だったと思います。
今場所の立ち居振る舞いは紛れもなくヒーローでしたね。
両膝は完治することがないと思われますが,本文に書いた通り,その巨大なハンデの中で大関に復帰したら,大相撲の歴史に大きな足跡を残すことになるでしょう。そこまでいってほしいですね。
朝青龍にあこがれて酒豪を目指したこともあるそうで,確かにそういう路線だったと思います。
今場所の立ち居振る舞いは紛れもなくヒーローでしたね。
両膝は完治することがないと思われますが,本文に書いた通り,その巨大なハンデの中で大関に復帰したら,大相撲の歴史に大きな足跡を残すことになるでしょう。そこまでいってほしいですね。
Posted by DG-Law at 2020年08月04日 23:47
上位陣の休場力士が増えていって、また何でも起こる場所となりました。朝乃山は取りこぼしが残念。貴景勝はかろうじてカド番脱出ですが、来場所は休場でしょうか。白鵬が15日間出られればもっと盛り上がっただろうに、惜しかった。
照ノ富士は、朝乃山の優勝へお膳立てされたようなツキを上回る怪力で、みごとな平幕優勝。10年に1度くらいではなく、年に2度もあるとは予想しませんでした。御嶽海が優勝争いを引っ掻き回す一方、強さを見せたのは大栄翔でした。けっこう白鵬相手に分が良いのでは。
遠藤は、上位陣を相手に苦労したけれど、千秋楽で勝ち越しを決めて、まだまだ侮れない。隆の勝はもうちょっと勝てそうでしたが、終盤に連敗してしまいました。大敗力士も目立って、豊山はどうしてしまったのか。阿武咲は最後のの2日間だけ元の実力を発揮。
幕下全勝優勝の千代の国が久々の関取復帰。幕下上位で5勝した常幸龍ですが、番付運に泣かされそうです。宇良ももう少しで十両に戻れそうで、怪我に気をつけて欲しいところ。
阿炎は引退するのか、もっと厳しい処分が下るのか。もう1人だったのは寺尾のようですが、そちらも。中川親方に田子ノ浦親方、式秀部屋からの集団脱走など、悪い意味で話題に事欠かない場所でした。
照ノ富士は、朝乃山の優勝へお膳立てされたようなツキを上回る怪力で、みごとな平幕優勝。10年に1度くらいではなく、年に2度もあるとは予想しませんでした。御嶽海が優勝争いを引っ掻き回す一方、強さを見せたのは大栄翔でした。けっこう白鵬相手に分が良いのでは。
遠藤は、上位陣を相手に苦労したけれど、千秋楽で勝ち越しを決めて、まだまだ侮れない。隆の勝はもうちょっと勝てそうでしたが、終盤に連敗してしまいました。大敗力士も目立って、豊山はどうしてしまったのか。阿武咲は最後のの2日間だけ元の実力を発揮。
幕下全勝優勝の千代の国が久々の関取復帰。幕下上位で5勝した常幸龍ですが、番付運に泣かされそうです。宇良ももう少しで十両に戻れそうで、怪我に気をつけて欲しいところ。
阿炎は引退するのか、もっと厳しい処分が下るのか。もう1人だったのは寺尾のようですが、そちらも。中川親方に田子ノ浦親方、式秀部屋からの集団脱走など、悪い意味で話題に事欠かない場所でした。
Posted by EN at 2020年08月05日 17:49
年に2度も幕尻優勝があるなんて誰も予想できなかったですよねw。
朝乃山は御嶽海・照ノ富士に負けたのは仕方がないとして,照強に負けたのが不用意でしたね。まあ,照強を褒めるべきなんでしょうが。
貴景勝は来場所休場なんですかね。彼の性格すると無理にでも出場してきそうですが,正直ケガの重さがよくわかりません。突然の休場でしたし。
大栄翔と白鵬は直近だと2勝6敗ですが,直近4取組だけなら2勝2敗ですね。今の三役では封じ込めている方かも。
遠藤はそろそろ千秋楽を7−7で迎えるのをやめてあげてほしい。毎回,遠藤ファンが悲鳴を上げていて心臓に悪いようなので……w
豊山と阿武咲は狂った歯車がなかなか元に戻らないようでしたね。
常幸龍は本当に不運なことになりそうですね。ある意味阿炎次第ですか。
阿炎は今場所の強制休場である程度禊が済んだ気はするので,これ以上の厳罰は求めていない人の方が多い気がするのですが,本人が引退届出していますからね。どうなることやら。
朝乃山は御嶽海・照ノ富士に負けたのは仕方がないとして,照強に負けたのが不用意でしたね。まあ,照強を褒めるべきなんでしょうが。
貴景勝は来場所休場なんですかね。彼の性格すると無理にでも出場してきそうですが,正直ケガの重さがよくわかりません。突然の休場でしたし。
大栄翔と白鵬は直近だと2勝6敗ですが,直近4取組だけなら2勝2敗ですね。今の三役では封じ込めている方かも。
遠藤はそろそろ千秋楽を7−7で迎えるのをやめてあげてほしい。毎回,遠藤ファンが悲鳴を上げていて心臓に悪いようなので……w
豊山と阿武咲は狂った歯車がなかなか元に戻らないようでしたね。
常幸龍は本当に不運なことになりそうですね。ある意味阿炎次第ですか。
阿炎は今場所の強制休場である程度禊が済んだ気はするので,これ以上の厳罰は求めていない人の方が多い気がするのですが,本人が引退届出していますからね。どうなることやら。
Posted by DG-Law at 2020年08月05日 22:34
照ノ富士の復活劇に大変胸を打たれました。
苦難を乗り越えての優勝は、本当に価値のあるものだと感じます。
ただ一方で、朝乃山と照強のマッチングは番付的に不自然では、ともやもやしています。
もちろん取組が全てであって、照強の足取りが見事だったことは当然ですが…
そもそものところでその割を組むのは作為的すぎないかなあと、そこだけうまく言えないつっかえがあります。
苦難を乗り越えての優勝は、本当に価値のあるものだと感じます。
ただ一方で、朝乃山と照強のマッチングは番付的に不自然では、ともやもやしています。
もちろん取組が全てであって、照強の足取りが見事だったことは当然ですが…
そもそものところでその割を組むのは作為的すぎないかなあと、そこだけうまく言えないつっかえがあります。
Posted by 〜 at 2020年08月08日 00:09
そのつっかえはわからないではないです。
作為的にドラマを作ろうとしたところはありますよね。
ただ,白鵬と貴景勝の急な休場で急遽番付中盤から誰か持ってくる必要が生じ,とりあえず照ノ富士を当てたはいいがあと一人どうしようとなった。本割を決めるのは二日前までの成績ですから,12日目時点ですでに負け越しが決まっているか,負け越しそうな力士を当てるのは慣例としてもありえませんし,面白くもないです。すると選択肢が,竜電・照強・徳勝龍(いずれも6−6),玉鷲・妙義龍・若隆景(8−4),栃ノ心・高安(7−5)。このうち栃ノ心と高安は元大関で格としては十分ですが,番付があまりにも下の方ですし,若隆景は新入幕なので大関に当てるのは問題がある。竜電と徳勝龍は朝乃山の圧勝で終わると思われマッチングとしてあまりにも面白くない……と消していくと,まあ玉鷲・妙義龍・照強の3択になりそうです。
「だったら一番盛り上がりそうなマッチングにしてしまえ」というやけくそ気味の割だったように推察されます。個人的には玉鷲でも良かったかなと思わないでもないですね。
作為的にドラマを作ろうとしたところはありますよね。
ただ,白鵬と貴景勝の急な休場で急遽番付中盤から誰か持ってくる必要が生じ,とりあえず照ノ富士を当てたはいいがあと一人どうしようとなった。本割を決めるのは二日前までの成績ですから,12日目時点ですでに負け越しが決まっているか,負け越しそうな力士を当てるのは慣例としてもありえませんし,面白くもないです。すると選択肢が,竜電・照強・徳勝龍(いずれも6−6),玉鷲・妙義龍・若隆景(8−4),栃ノ心・高安(7−5)。このうち栃ノ心と高安は元大関で格としては十分ですが,番付があまりにも下の方ですし,若隆景は新入幕なので大関に当てるのは問題がある。竜電と徳勝龍は朝乃山の圧勝で終わると思われマッチングとしてあまりにも面白くない……と消していくと,まあ玉鷲・妙義龍・照強の3択になりそうです。
「だったら一番盛り上がりそうなマッチングにしてしまえ」というやけくそ気味の割だったように推察されます。個人的には玉鷲でも良かったかなと思わないでもないですね。
Posted by DG-Law at 2020年08月08日 19:13