2020年09月10日
パブリブ出版物・献本物の書評(『第二帝国』・『タタールスタンファンブック』・『ウクライナ・ファンブック』)
パブリブから歴史系・地域紹介系の書籍が出版されると献本が来るのだが,長らく積ん読にしてしまっていた。さすがに不義理だなと思って重い腰を上げ,巣ごもり期間にまとめて読んだので,紹介しておく。まず以下の3冊。
・『第二帝国』(上・下)
タイトルの通り,ドイツ帝国のあらゆる側面を著述した本。政治・経済だけではなく食生活やスポーツ・衣服にも切り込んでいくのはいかにも伸井太一著・パブリブの出版物という感じ。ニベアが生まれたのも,アスピリンが生まれてバイエル製薬が躍進したのも,黄禍論がはやる一方で柔道が入ったのも第二帝国の時代である。アフリカ植民地もちらっと触れられているが,この2年後にそれ単体の書籍が出ることになろうとは誰も考えていなかったのであった。
個人的な話をすると,下巻の少なくない紙幅が記念碑に割かれているのが嬉しかった。ドイツ帝国は記念碑の帝国でやたらめったら記念碑・記念堂を建てている。それというのも無理やり武力統一したので国民意識を醸成していく必要があり,何かに付けて記念碑が建てられるようになった。ドイツ美術とナショナリズムの関連性は学生時代によく読んでいたところなので,いろいろと思い出しながら読んでいた(なお,純美術史的に言えば記念碑の大半は国家事業で様々な思惑が絡むがゆえに平凡になりやすい,というのが一般的な評価)。本書内ではドイツ帝国と後の第三帝国や現在のドイツとのつながりについて触れられているが,下巻最後のページがドイツ帝国におけるハーケンクロイツの扱いとなっているのはいかにも収まりが良い。
・『タタールスタンファンブック』
ロシア連邦内にあるタタールスタン共和国をクローズアップし,これまたありとあらゆる観点を取り上げて紹介している本。「それどこだよ」という人も多かろうと思うが,そういう人でもわかるような紹介から入って,地理・観光・言語・歴史・文化・社会・生活と進んでいく。受験世界史をやった人なら,イヴァン4世によって滅ぼされたカザン=ハン国のあったところ,と言えば意外とわかるかもしれない。あとは日本とのつながりで言えば,代々木ジャーミーの前身を建てた人物がタタール人だったりする。
私自身全然知らない場所だったので,目新しい情報が多かった。極私的に言えばまたしても美術の話になるが,シーシキンの出身地でシーシキン博物館もあるというのがちょっと驚いた。タタールスタンの主要な言語といえば当然タタール語……と言いたいところだが,実際にはやはりロシア語にかなり押されていて,「当局にタタール語の間違いを指摘したら賞金」という制度があるほど,というのを読んで思わず笑ってしまった。少数言語の苦悩が忍ばれる。なお,タタール語オリンピックというものも開催されていて,本書の著者たちも優勝している。大統領は二言語話者(ロシア語とタタール語)という条件があるのもユニークで,他に言語能力が国家元首や行政府の長の条件になっている国ってあるのだろうかと気になったりした。
タタールスタン共和国はロシア連邦内ではかなり強い自治権を有している国ではあるが,プーチン強権体制にはかなり苦労している様子で,またやはりタタール人とロシア人の間に亀裂もあるようで,それらをオブラートに包んで解説している現代政治の章もなかなかおもしろい。あんな立地でよくがんばってるなと思ったら,石油がわんさか出ていてロシア経済を支えていた。なるほど。
・『ウクライナ・ファンブック』
タタールスタンの次はウクライナである。こちらの方が国としては随分メジャーであるが,じゃあロシアとの違いが言えますか? と言われると難しい。本書もつくりは同じで,地理・観光・生活・料理・文化・言語・宗教・歴史・政治・経済と様々な観点からウクライナに切り込んでいく。地理・観光の章がかなり凝っていて,キーウ(キエフ)やリヴィウ・オデーサ(オデッサ)・ハルキウ(ハリコフ)以外の地域が詳しく紹介されているのが大変に良かった。オデッサと聞いても3機のドムしか頭に浮かんでこない(私のような)人でもしっかり学べるので安心してほしい。
ウクライナ縁の日本人といえばやはり大鵬で,本書でもきっちり触れられていた。他にもスポーツ選手と言えばシェウチェンコ,セルヒー・ブブカあたりは懐かしいと思う人が多かろう。料理もボルシチ,キエフ風カツレツことチキン・キーウは有名で,歴史もコサックに負うところは多い(ちなみに海燕のキエフ風カツレツはめちゃくちゃ美味い)。ウクライナ語もイメージと違ってロシア語とかなり違う。また,ロシア語話者であっても2014年以降のロシアの侵略が全く支持されていないという世論調査の結果もあり,言語・文化と国家の相違の事例として興味深い。そう説明されていくとロシアとの違いがわかってきて,疑問もほぐれてくる。
歴史といえば,本書の帯にもあるように「う,暗いな」と思わざるをえないものがウクライナにはあるが,それもしっかりと説明されている。ウクライナの民族性として被害者意識が強すぎて鼻につくとか言われたりもするが,まあこんだけボコボコにされ続ければそうもなるよな,と。そうそう,あとがきに「編集の濱崎さんから『ウクライナ,明るいな』という書名を提案されて議論が紛糾した」とあって笑ってしまった。私としても大恩ある濱崎さんではあるが,私も「明るいな! う,暗いな……」は帯に回して正解だったと思います。
・『第二帝国』(上・下)
タイトルの通り,ドイツ帝国のあらゆる側面を著述した本。政治・経済だけではなく食生活やスポーツ・衣服にも切り込んでいくのはいかにも伸井太一著・パブリブの出版物という感じ。ニベアが生まれたのも,アスピリンが生まれてバイエル製薬が躍進したのも,黄禍論がはやる一方で柔道が入ったのも第二帝国の時代である。アフリカ植民地もちらっと触れられているが,この2年後にそれ単体の書籍が出ることになろうとは誰も考えていなかったのであった。
個人的な話をすると,下巻の少なくない紙幅が記念碑に割かれているのが嬉しかった。ドイツ帝国は記念碑の帝国でやたらめったら記念碑・記念堂を建てている。それというのも無理やり武力統一したので国民意識を醸成していく必要があり,何かに付けて記念碑が建てられるようになった。ドイツ美術とナショナリズムの関連性は学生時代によく読んでいたところなので,いろいろと思い出しながら読んでいた(なお,純美術史的に言えば記念碑の大半は国家事業で様々な思惑が絡むがゆえに平凡になりやすい,というのが一般的な評価)。本書内ではドイツ帝国と後の第三帝国や現在のドイツとのつながりについて触れられているが,下巻最後のページがドイツ帝国におけるハーケンクロイツの扱いとなっているのはいかにも収まりが良い。
・『タタールスタンファンブック』
ロシア連邦内にあるタタールスタン共和国をクローズアップし,これまたありとあらゆる観点を取り上げて紹介している本。「それどこだよ」という人も多かろうと思うが,そういう人でもわかるような紹介から入って,地理・観光・言語・歴史・文化・社会・生活と進んでいく。受験世界史をやった人なら,イヴァン4世によって滅ぼされたカザン=ハン国のあったところ,と言えば意外とわかるかもしれない。あとは日本とのつながりで言えば,代々木ジャーミーの前身を建てた人物がタタール人だったりする。
私自身全然知らない場所だったので,目新しい情報が多かった。極私的に言えばまたしても美術の話になるが,シーシキンの出身地でシーシキン博物館もあるというのがちょっと驚いた。タタールスタンの主要な言語といえば当然タタール語……と言いたいところだが,実際にはやはりロシア語にかなり押されていて,「当局にタタール語の間違いを指摘したら賞金」という制度があるほど,というのを読んで思わず笑ってしまった。少数言語の苦悩が忍ばれる。なお,タタール語オリンピックというものも開催されていて,本書の著者たちも優勝している。大統領は二言語話者(ロシア語とタタール語)という条件があるのもユニークで,他に言語能力が国家元首や行政府の長の条件になっている国ってあるのだろうかと気になったりした。
タタールスタン共和国はロシア連邦内ではかなり強い自治権を有している国ではあるが,プーチン強権体制にはかなり苦労している様子で,またやはりタタール人とロシア人の間に亀裂もあるようで,それらをオブラートに包んで解説している現代政治の章もなかなかおもしろい。あんな立地でよくがんばってるなと思ったら,石油がわんさか出ていてロシア経済を支えていた。なるほど。
・『ウクライナ・ファンブック』
タタールスタンの次はウクライナである。こちらの方が国としては随分メジャーであるが,じゃあロシアとの違いが言えますか? と言われると難しい。本書もつくりは同じで,地理・観光・生活・料理・文化・言語・宗教・歴史・政治・経済と様々な観点からウクライナに切り込んでいく。地理・観光の章がかなり凝っていて,キーウ(キエフ)やリヴィウ・オデーサ(オデッサ)・ハルキウ(ハリコフ)以外の地域が詳しく紹介されているのが大変に良かった。オデッサと聞いても3機のドムしか頭に浮かんでこない(私のような)人でもしっかり学べるので安心してほしい。
ウクライナ縁の日本人といえばやはり大鵬で,本書でもきっちり触れられていた。他にもスポーツ選手と言えばシェウチェンコ,セルヒー・ブブカあたりは懐かしいと思う人が多かろう。料理もボルシチ,キエフ風カツレツことチキン・キーウは有名で,歴史もコサックに負うところは多い(ちなみに海燕のキエフ風カツレツはめちゃくちゃ美味い)。ウクライナ語もイメージと違ってロシア語とかなり違う。また,ロシア語話者であっても2014年以降のロシアの侵略が全く支持されていないという世論調査の結果もあり,言語・文化と国家の相違の事例として興味深い。そう説明されていくとロシアとの違いがわかってきて,疑問もほぐれてくる。
歴史といえば,本書の帯にもあるように「う,暗いな」と思わざるをえないものがウクライナにはあるが,それもしっかりと説明されている。ウクライナの民族性として被害者意識が強すぎて鼻につくとか言われたりもするが,まあこんだけボコボコにされ続ければそうもなるよな,と。そうそう,あとがきに「編集の濱崎さんから『ウクライナ,明るいな』という書名を提案されて議論が紛糾した」とあって笑ってしまった。私としても大恩ある濱崎さんではあるが,私も「明るいな! う,暗いな……」は帯に回して正解だったと思います。
Posted by dg_law at 01:18│Comments(0)