2020年09月11日
パブリブ出版物・献本物の書評(『ピエ・ノワール列伝』・『亡命ハンガリー人列伝』・『重慶マニア』)
パブリブから献本された書籍の書評その2。『ドイツ植民地研究』は分厚すぎて今読んでいるところ。『旧ドイツ領全史』は受け取ったばかりでまだ開いてないので,この2冊はしばらくお待ち下さい。つながりが深い2冊でもあるし。
・『ピエ・ノワール列伝』
初見時にワインの話かな? と思ったのは内緒だ。ピエ・ノワールはアルジェリアを中心とするマグレブがフランスから独立する前後の時期に,フランスに移住した植民地生まれ・育ちのフランス人の総称である。ピエ・ノワール自体は「黒い靴」の意味だが,それがこの人々を差すようになった経緯は不詳とのこと(本書の冒頭で説明がある)。本書はピエ・ノワールの中から有名人をピックアップして紹介している。代表例を挙げていくと,アルチュセール,ジャック・アタリ,アルベール・カミュ,ジャック・デリダ,イヴ・サン=ローラン,ジュスト・フォンテーヌ,メランション,ジャン・レノなど。ジュスト・フォンテーヌは全くそんなイメージが無かったのでちょっと驚いた。サッカーといえばジダンが入ってないと思った人もいそうだが,彼はベルベル人の家系でかつ2世なのでピエ・ノワールの定義に入っていない。とはいえピエ・ノワールの指す範囲は曖昧かつ複雑なようで,本書でも紙幅をとって説明されている。
本書は286ページあるが一人あたりはおおよそ1〜2ページ,つまり膨大な数の人物が紹介されている。特に芸能人はカバー率が高い。正直に言って私には全く興味がわかない人の紹介も多かったが,逆に言えばそれだけ広くピエ・ノワールがフランス社会に入り込んで活躍していると言えるだろう。その意味で,欲を言えばもうちょっと人数を絞って一人一人を深く紹介してもらえると,ピエ・ノワール初心者にはありがたかったかも。人物紹介以外だと本書はコラムが充実していて,本書を読むような人なら誰でも気になる「アルジェリア(独立)戦争」「フランスの核実験」「ピエ・ノワールの投票行動」等は面白かった。ド・ゴールに裏切られたという”記憶”から国民戦線への投票する人が多いとは,まさに歴史が現代政治を動かしている。
・『亡命ハンガリー人列伝』
こちらはハンガリー人の亡命者を紹介したもの。ピエ・ノワールと違って亡命者を輩出してきた歴史が長いため,18世紀のラーコーツィ・フェレンツ2世に始まり,1956年ハンガリー反ソ暴動による亡命者まで続く。ただし,本書では「なんらかの事情で国外に出ることを余儀なくされた者,または自発的意志で外国に移住した者」を列伝としてまとめているので,厳密に言えば亡命者以外の収録も多い。亡命の波は大きく五度あり,1848年革命・19世紀末の経済的移民・一次大戦敗戦後の混乱・戦間期(主にユダヤ系)・1956年である。本書はこれに沿って紹介が進む。
これもざっと有名人を挙げていくとコッシュート,ヘルツル・テオドール,クン・ベーラ,ホルティ,カール・ポランニー,カール・マンハイム,バルトーク,ロバート・キャパ,フォン・ノイマン,プシュカーシュ(マジック・マジャール),ジョージ・ソロス,ピーター・フランクルといった面々。時代が広く,亡命・移住しているという事情からかさすがに有名人が多く,業績をあまり把握していなくとも名前くらいは聞いたことがある,という人々が多いのではないか。ただし本書もやはり人物一人に長くても6ページ,短いと1ページで,人物紹介としてはやや短い印象があった。カール・ポランニーやプシュカーシュが4ページというのはちょっと寂しく,やはり人物数を絞ってもよかったのではないかとはちょっと思った。とはいえ,これだけボリューミーであるので,亡命者の列伝から自然と近現代ハンガリー史を追うことができる構成となっており,これまたこれだけ多くの著名人が国外に出ていかざるをえなかった歴史をよくよく噛みしめることができよう。
・『重慶マニア』
重い本2冊からいきなり軽めの本に飛ぶのだが(とはいえ本書もネタが軽いだけで219ページもある),中国は重慶市に絞った,非常にマニアックな紹介本である。『ウクライナファンブック』等と同様に地理・観光・料理・文化・歴史など様々な観点から重慶を紹介していくのだが,これまでのパブリブの本とは異なって,圧倒的に観光に重点が置かれている。これは筆者が学者ではないという属性の違いによるところが大きいと思われるが,重慶という都市ピンポイントであって広がりのある国家ではないだけに,この方針は当たっている。というか,とことん無駄にマニアックを突き詰めるのはパブリブの出版方針に一番マッチしているかもしれない。
やはり目を引くのは重慶という都市の広大さ,激しい高低差,異様に生えている高層ビル群が生んだ奇景の数々であり,フルカラーで書籍の冒頭でふんだんに紹介されている。あとはやはり四川料理で,紹介される数々の火鍋に,重慶に行ったらスイーツだけ食って過ごす覚悟を決めた(私は唐辛子をこの世から滅ぼしたいくらい辛いものが食べられない)。このページ赤すぎないですかね……
重慶市といえば一つの市としては異様に広く,北海道よりも広い。三国志で有名な白帝城も重慶市に含まれる。その他に歴史ネタといえば,日中戦争期の中華民国首都であったり,改革開放政策前の重工業都市であったりとやはり近現代史の話が多い。本書では「民国時代の史跡は,国共内戦の影響で大体廃墟になっている」とあったが,写真で紹介されているものを見る限りむしろよく残っている印象を受けた。わずか8年間の首都時代に使われていたソ連大使館の建物が別の施設に転用されて残っているのはなかなか大したものだ。日本とのつながりでは,重慶爆撃の他に,私も知らなかったのだが租界(それも列強唯一の)があったらしい。まあ,日中戦争開戦で閉鎖になり,史跡は現在立ち入り禁止らしいのだが。本書は最後に重慶渡航のためのアドバイスがまとめられているのだが,まさか出版直後に世界がこんなことになろうとは,全く予想だにしないところであった。
・『ピエ・ノワール列伝』
初見時にワインの話かな? と思ったのは内緒だ。ピエ・ノワールはアルジェリアを中心とするマグレブがフランスから独立する前後の時期に,フランスに移住した植民地生まれ・育ちのフランス人の総称である。ピエ・ノワール自体は「黒い靴」の意味だが,それがこの人々を差すようになった経緯は不詳とのこと(本書の冒頭で説明がある)。本書はピエ・ノワールの中から有名人をピックアップして紹介している。代表例を挙げていくと,アルチュセール,ジャック・アタリ,アルベール・カミュ,ジャック・デリダ,イヴ・サン=ローラン,ジュスト・フォンテーヌ,メランション,ジャン・レノなど。ジュスト・フォンテーヌは全くそんなイメージが無かったのでちょっと驚いた。サッカーといえばジダンが入ってないと思った人もいそうだが,彼はベルベル人の家系でかつ2世なのでピエ・ノワールの定義に入っていない。とはいえピエ・ノワールの指す範囲は曖昧かつ複雑なようで,本書でも紙幅をとって説明されている。
本書は286ページあるが一人あたりはおおよそ1〜2ページ,つまり膨大な数の人物が紹介されている。特に芸能人はカバー率が高い。正直に言って私には全く興味がわかない人の紹介も多かったが,逆に言えばそれだけ広くピエ・ノワールがフランス社会に入り込んで活躍していると言えるだろう。その意味で,欲を言えばもうちょっと人数を絞って一人一人を深く紹介してもらえると,ピエ・ノワール初心者にはありがたかったかも。人物紹介以外だと本書はコラムが充実していて,本書を読むような人なら誰でも気になる「アルジェリア(独立)戦争」「フランスの核実験」「ピエ・ノワールの投票行動」等は面白かった。ド・ゴールに裏切られたという”記憶”から国民戦線への投票する人が多いとは,まさに歴史が現代政治を動かしている。
・『亡命ハンガリー人列伝』
こちらはハンガリー人の亡命者を紹介したもの。ピエ・ノワールと違って亡命者を輩出してきた歴史が長いため,18世紀のラーコーツィ・フェレンツ2世に始まり,1956年ハンガリー反ソ暴動による亡命者まで続く。ただし,本書では「なんらかの事情で国外に出ることを余儀なくされた者,または自発的意志で外国に移住した者」を列伝としてまとめているので,厳密に言えば亡命者以外の収録も多い。亡命の波は大きく五度あり,1848年革命・19世紀末の経済的移民・一次大戦敗戦後の混乱・戦間期(主にユダヤ系)・1956年である。本書はこれに沿って紹介が進む。
これもざっと有名人を挙げていくとコッシュート,ヘルツル・テオドール,クン・ベーラ,ホルティ,カール・ポランニー,カール・マンハイム,バルトーク,ロバート・キャパ,フォン・ノイマン,プシュカーシュ(マジック・マジャール),ジョージ・ソロス,ピーター・フランクルといった面々。時代が広く,亡命・移住しているという事情からかさすがに有名人が多く,業績をあまり把握していなくとも名前くらいは聞いたことがある,という人々が多いのではないか。ただし本書もやはり人物一人に長くても6ページ,短いと1ページで,人物紹介としてはやや短い印象があった。カール・ポランニーやプシュカーシュが4ページというのはちょっと寂しく,やはり人物数を絞ってもよかったのではないかとはちょっと思った。とはいえ,これだけボリューミーであるので,亡命者の列伝から自然と近現代ハンガリー史を追うことができる構成となっており,これまたこれだけ多くの著名人が国外に出ていかざるをえなかった歴史をよくよく噛みしめることができよう。
・『重慶マニア』
重い本2冊からいきなり軽めの本に飛ぶのだが(とはいえ本書もネタが軽いだけで219ページもある),中国は重慶市に絞った,非常にマニアックな紹介本である。『ウクライナファンブック』等と同様に地理・観光・料理・文化・歴史など様々な観点から重慶を紹介していくのだが,これまでのパブリブの本とは異なって,圧倒的に観光に重点が置かれている。これは筆者が学者ではないという属性の違いによるところが大きいと思われるが,重慶という都市ピンポイントであって広がりのある国家ではないだけに,この方針は当たっている。というか,とことん無駄にマニアックを突き詰めるのはパブリブの出版方針に一番マッチしているかもしれない。
やはり目を引くのは重慶という都市の広大さ,激しい高低差,異様に生えている高層ビル群が生んだ奇景の数々であり,フルカラーで書籍の冒頭でふんだんに紹介されている。あとはやはり四川料理で,紹介される数々の火鍋に,重慶に行ったらスイーツだけ食って過ごす覚悟を決めた(私は唐辛子をこの世から滅ぼしたいくらい辛いものが食べられない)。このページ赤すぎないですかね……
重慶市といえば一つの市としては異様に広く,北海道よりも広い。三国志で有名な白帝城も重慶市に含まれる。その他に歴史ネタといえば,日中戦争期の中華民国首都であったり,改革開放政策前の重工業都市であったりとやはり近現代史の話が多い。本書では「民国時代の史跡は,国共内戦の影響で大体廃墟になっている」とあったが,写真で紹介されているものを見る限りむしろよく残っている印象を受けた。わずか8年間の首都時代に使われていたソ連大使館の建物が別の施設に転用されて残っているのはなかなか大したものだ。日本とのつながりでは,重慶爆撃の他に,私も知らなかったのだが租界(それも列強唯一の)があったらしい。まあ,日中戦争開戦で閉鎖になり,史跡は現在立ち入り禁止らしいのだが。本書は最後に重慶渡航のためのアドバイスがまとめられているのだが,まさか出版直後に世界がこんなことになろうとは,全く予想だにしないところであった。
Posted by dg_law at 00:00│Comments(0)