2020年11月23日

2020年十一月場所:九州でやらない十一月場所

記事名は七月場所に重ねた。優勝争いも盛り上がったが,全体的に相撲内容がよく,見ていて楽しい場所であった。横綱・大関が4人休場していても,盛り上がらないということはないのである。

大関3人のうち2人が早々に脱落したが,優勝したのは残った大関であった。大関の優勝は2017年初場所の稀勢の里以来,22場所ぶり。随分と長い期間が開いたものである。間の21回の内訳は年によってかなり内実が違う。2017年の5場所は全て横綱の優勝であるが,2018年以降の16場所ではうち7回が横綱の優勝だが,関脇・小結の優勝が5回,平幕優勝が4回と割れている。特に平幕優勝4回のうち,今年の幕尻優勝が2回含まれている。その2017年初場所の大関陣は稀勢の里・照ノ富士・豪栄道・琴奨菊の4人で,この場所後に稀勢の里が横綱に昇進し,琴奨菊が陥落し,照ノ富士も4場所後に陥落した。そして今場所には当時のメンバーが誰も残っておらず,十両にいた琴奨菊が引退し,照ノ富士は二度目の大関取りにとって重要な優勝同点と4年の時間の経過を感じる。

貴景勝は自身二度目の優勝で10場所ぶり,最初の優勝は大関取りの起点となった。この間の貴景勝は左胸の筋肉断裂とそれを原因とする一度の陥落を含み,順調な歩みとは言いがたかった。先場所にやっと本調子の相撲が見れたくらいで,今場所も初日の時点では優勝本命とは見られていなかった。来場所は綱取りになるが,突き押し相撲の綱取りは難しいということについて,本人は「だから目指す価値がある」とコメントしていて心強い。貴景勝の取り口は以前と変わったわけではないが,改めて書いておくと貴景勝は突き押しの威力が強い上に,いなしを打つタイミングの見極めが極めて上手い。”組ませない”技術も高い。貴景勝は意外にも突き押しだけで勝負を決めることが少ないが,いなしが呼び込みになってしまうことが少なく,また組まれると負けるものの組まれる場面自体をほとんど見ない。こう書くと千代大海に近いようにも見えるが,千代大海の場合は引き技が決め技であったのに対し貴景勝はいなしはあくまでいなしであって決め技は突き押しである。また,千代大海と貴景勝はいわゆる「組んだら序二段」という点で同じだろうが,貴景勝は組まさせる場面が少なくてその印象が薄い。この新しいタイプの突き押し相撲に期待したい。綱取り要件は優勝か,14-1以上での優勝同点あたりだろう。


個別評。優勝した貴景勝以外の横綱・大関。鶴竜の休場は理由が理由なので,そろそろ親方は日本国籍を必須とする条項を廃止するなり特例をつけるなりの議論を協会はした方がいいだろう。白鵬は場所前まで稽古好調と報道されていたのは何だったのだろうか。朝乃山と正代の休場は全く予測がつかなかった。特に朝乃山の休場は花田虎上氏のデス予想の魔力が強すぎて,なんかもう笑ってしまった。照ノ富士に対しては意地になって右四つで勝とうとしていて,実際に私も実力は拮抗していると思うのだが,なぜだか勝てない。朝乃山は基本寄っていくしかないが,照ノ富士は投げ技のオプションがある分,朝乃山が不利ということなのだろうか。初日で右肩を負傷したから休場ということだったが,どちらかというと二日目に照ノ富士に負けて心が折れた雰囲気がした。正代は動きが固く,引き技で右足首をひねってのケガで,朝乃山よりも心配である。

三役。照ノ富士は先場所の8勝からすると大きな躍進で,膝の調子が良かったというか,要するに引くと膝がダメージを受けるので,そのような負担がかかる場面が多くなければ千秋楽まで持つということが改めて実証されたか。13勝優勝同点は大関取りの起点としては十分で,元大関であり優勝経験二度という経歴も加味すればハードルは極めて低くなると思われ,32勝あれば再昇進になると思われる。来場所も12勝以上なら,来場所後に再昇進もありうるのではないか。隆の勝は引き続き押し相撲が上り調子。高安はとりあえずこんなもんだろうというところ。御嶽海は悲しくなるほどその日の気分で強弱が違う。連敗すると心が折れるのも悲しい。なお,今場所の三役は全員7勝以上で来場所もメンバーが変わらない見込みである。これに大栄翔を足した5人でメンバーが固定されてしまった感があり,照ノ富士にさっさと大関に再昇進してもらわないと枠が空かない疑惑も。

前頭上位。大栄翔も隆の勝と同様に今場所も良い押し相撲だったが,10勝したのに再三役がなさそうで番付運が悪い。阿武咲は7−8で負け越したが悪い印象はない。先場所に続いて随分押す力が戻ってきていて,足が流れてばったり前に倒れることが減ってきた。来場所の成績によっては北勝富士・隆の勝・大栄翔に並べてよさそう。北勝富士は今場所やたらと長い相撲が多く名勝負製造機になっていた。特に十日目の宝富士との熱戦は同体取り直しとなったことも含めて,北勝富士の相撲人生を振り返るときに必ず触れられる一番になった。

霧馬山は上位挑戦3場所にしてとうとう左への回り込みが読まれるようになって大苦戦となった。動きと技の切れで勝負するタイプだが,動きが読まれると膂力の勝負となり,そうなると弱い。一方,上位初挑戦となった若隆景は7−8で,上位陣には全滅したが同格以下にはほとんど勝ってのこの成績であったので,初挑戦の結果としては上々だろう。先場所は押し相撲が多かったが今場所はもろ差しになる相撲が多かった。ところで,相撲協会の取り口を見ると「右四つ・寄り」になっているので,最近になって相撲が変わってきたのかもしれない。少なくとも直近2場所は右四つになった場面が少ない。最後に翔猿。翔猿も上位初挑戦だったが,オールドルーキーらしい物怖じしない相撲が見られ,貴景勝からも白星をもぎ取り,鮮烈なインパクトを残した。6−9で跳ね返されたが,これは地力の差で仕方がない。十三日目の高安にみまった蹴返しは教科書に載せたい見事なもの。また,翔猿は照ノ富士に吊り出しを食らった際に微動だにせず,北の富士から二代目シャケの襲名なったことも付記しておきたい。

前頭中盤……は竜電くらいしか書くことがある人がいない。今場所の竜電は場所の途中から立ち合いで腰を振ってリズムを取ることを始め,好調だった。あれは相手が立ち合いの呼吸を乱されて立ちにくい一方,リズムを合わせられれば一転して動きを読まれやすく,諸刃の剣であると思われる。来場所はどうなるか。

前頭下位。炎鵬は動きが読まれている上に痩せすぎ,公称の90kg台すら本当にあるのかという様子で,3−12という惨敗は納得が行くところ。豊昇龍は先場所と同じになるが,技の切れや粘り強さはあるが,身体が完成していない。力負けがさすがに多すぎる。一方で,力負けするからこそ技巧で補う相撲が見られ,これは今しか見れないと思えば貴重かもしれない。魁聖は動きがもっさりで悪い時の魁聖だった。逸ノ城は負けが込んできた後半になってから奮起しての8−7で,最初からやる気を出してほしい。

千代の国は10勝で敢闘賞だが,むしろただの上りエスカレーターで,三賞の価値があったかと言われると微妙な出来だったと思う。あまりに動きが良かったので,右肩のテーピングに偽装疑惑が出ていたのが面白かった。

新入幕の天空海は翔猿に続くオールドルーキーで,押し相撲が主体だが四つでもとれて案外器用であるが,真価はよく見えなかった。ところで,天空海は茨城県大洗町出身で,四股名の由来はアクアワールド由来というのを知らなかったのでけっこう驚いた。これはやっぱりガルパンおじさんとして応援しないとダメだろうか。最後に幕尻で11勝した志摩の海。またも幕尻優勝あるかと期待を持たせたが,さすがにそうもいかなかった。左右のおっつけが強く,そのまま押し続けるか右四つに組むかで白星を量産した。


臥牙丸が引退した。サカルトヴェロの出身で,2005年11月に初土俵であったから,15年勤め上げたことになる。2009年11月に新十両,2010年7月に新入幕,2012年3月に小結でこれが最高位。以後は2014年頃までエレベーター生活で,2014年下半期に突如力を落として幕内下位と十両を往復するようになる。2017年からは十両が中心になり,2020年は膝のケガでほぼ全休であったから,実質的なキャリアは2019年までであった。200kg近い体重を活かした押し相撲で,四つでも取れたが突きの威力は無かった。攻めが鈍重で二の矢が打てないまま逆に押されて負けるシーンが目立ち,キャリアハイの2011-12年頃を除くと変化やはたきにも弱かった。逆に言えばキャリアハイの頃は弱点克服の兆しが見えていたということであり,できていれば上位定着もあっただろうが,それがなかなか難しいのが相撲人生というものである。臥牙丸といえば日本人と見紛うほど日本語が達者で有名であり,口も達者でユーモアがあった。だからこそ引退後は協会に残らないのが意外で,日本にはとどまり,日本語を活かした仕事に就きたいとのことである。お疲れ様でした。もう一人の引退力士,琴奨菊は別記事で扱う。


隆の勝と高安は西にそのままとした。東に動く可能性もある。大栄翔と北勝富士はもったいないが,張り出し小結にはならなそう。十両との入れ替えは炎鵬・琴勇輝と,翠富士・明瀬山で確実だろう。十両と幕下の入れ替えは4人,琴奨菊の引退に加えて阿炎の謹慎休場,錦富士と富士東が陥落。上がってくるのは納谷・矢後・竜虎が確実として,最後の席が貴健斗・白石のどちらかか。

2020年十一月場所
この記事へのコメント
逸ノ城については家族と推理してたんですけど、

ゲル生活の家族にたくさん仕送りするため、少しでも長く幕内にとどまりたい
→平幕ならどの番付でも給料同じなので、熾烈でケガのリスクがある上位を避けて中〜下位にとどまる
→勝ちすぎると上位に放り込まれるので、8-7くらいに調整
→さらに、みんなが疲れてて勝ち星を稼ぎやすい後半に白星を集める
→なので、後半から本気出す

みたいな感じじゃないかな、と思ってました笑
本来の実力なら12〜3勝しててもおかしくないですけど、下半身の調子がよくないからケアするといった事情とかもあるんですかね
Posted by killrin at 2020年11月24日 11:52
熾烈な優勝争いが演じられたものの、大関同士や対横綱戦は見られない、肩透かしをくらった場所でした。照ノ富士は後半ほど弱くなっていくと心配されましたが、最後まで強かった。翔猿は上位勢を苦労させたのに三役はもらえず、残念。志摩の海は勢いがありましたが、貴景勝と照ノ富士には通じず、惜しかった。

隆の勝はぎりぎり勝ち越しましたが、割の問題で照ノ富士戦が無かったのを思うと、来場所は黒星が増えそうです。負け越しても元気の良かった阿武咲と若隆景は期待できるでしょう。御嶽海は、出血する怪我の後だと、強さが鳴りを潜める感じで脆かった。

十両は混戦で、戻ってきた勝ち越した宇良や常幸龍まで優勝候補に上がりましたが、翠富士が紙一重で持っていきました。新型コロナウイルスに感染休場して、番付留保されていた東富士は、久々の十両で初日が出せないまま負け越し。腰高で具合が悪そうでした。

序二段まで落ちていた臥牙丸が引退。隆の山の同時に入幕した覚えのある芳東は、序二段で負け越し。人それぞれですね。序二段優勝した経験のある琴誠剛も二十代半ばで引退。琴奨菊も十両陥落すると引退まで早かった。青狼も数場所前に引退して、関取の顔ぶれもかなり変わってきました。
Posted by EN at 2020年11月24日 16:49
>killrinさん
その説はたまに指摘されていますねw
2020年は長く十両にいてやっと上がってきたので,とにかくケガをしたくなかったんだろうなという感じはします。

>ENさん
そういえば隆の勝は照ノ富士との取組が無かったんでしたっけ。来場所の取組に期待ですね。
阿武咲と若隆景は期待が持てますね。記事中に書きましたが,悪い負け越しではなかった。

先場所の大輝があったので記事中に入れなかったんですが,富士東は皆勤全敗でしたね。やっぱり番付が留保されていても本場所に1場所出られなかったのは大きいようです。
Posted by DG-Law at 2020年11月25日 00:23
上位陣の休場は非常に寂しかった本場所ですが、優勝決定戦までもつれた優勝争いは盛り上がり、面目を保った場所といったところです。

貴景勝はおおむね好調な印象でした。中盤少し息切れも見られた感じですが、終盤再びギアを上げて、優勝したという印象です。
照ノ富士との本割は「大事に取りすぎた」という印象。ただそれを引きずらず、決定戦は会心の相撲を見せてくれました。

照ノ富士は負けた相手は、対戦回数が多い且つ苦手意識が薄く手の内を知っている高安や押し相撲の貴景勝、大栄翔のあたり、負けそうな相手に負けたという印象が強いです。技能相撲も光る一方、つり出しも見せていただき、本場所を盛り上げてくれました。
大関再昇進の期待も膨らみますが、今の照ノ富士は現上位陣の多くにとって、突如現れた新入り状態であり、対戦を重ねていくうちに攻略法が実践されていく可能性もあります。春場所までに好成績で大関に上がれるかどうかが大きなポイントのように思えます。

来場所カド番の両大関。朝乃山は8番ぐらい行けるだろうという気もしますが、心配なのは正代。防御力全振りスタイルですが、「防御力がガクッと落ちた」状態になったときにどうなるか心配でなりません・・・
Posted by gallery at 2020年11月25日 09:25
貴景勝と照ノ富士の本割は,照ノ富士の変化を警戒して貴景勝がまっすぐ突っ込めなかったのではないかとは言われていますね。決定戦はその迷いを振り切ったということなのでしょう。
照ノ富士は豪快な相撲をやりすぎると膝にダメージがいくので,地味にやっていきたいと本人が語っていました。確かに吊り出しは見ていてちょっと不安でした。確かに,幕内上位が若がっている分,前に大関だった時の照ノ富士を知らない力士が多いので,これから研究されると苦しくなるかもしれませんね。本人もだからこそ早めに大関に戻ると宣言しているのかも。

おっしゃる通り,朝乃山の方がカド番脱出安心感がありますね。二人とも大丈夫だとは思いますが。
横綱二人も引退がかかっての出場になる可能性が高く,初場所はそこそこ修羅場かも。
Posted by DG-Law at 2020年11月27日 19:30