2020年12月13日
さしずめ「年金を受け取っている味」か
・「アメリカの大学生はよく勉強する」は本当か? 実は3人に1人が…(畠山 勝太)(現代ビジネス)
→ 前半で日米の大学生の勉強時間の比較,そこから労働時間の比較,そして後半の奨学金へと話題がスライドしていくが,どちらも面白かった。アメリカの大学生も平均的な像をとると,勉強時間も経済状況も日本の大学生と言うほど大きな差が無いのだな。逆にこれだけ差が小さいのに,卒業率だけ全然違うというのも面白いところで,日本もアメリカ式に「入りやすく,出にくい」大学にしようという主張をしている人はけっこういるが,それで日本の大学生が勉強するようになるかというとそうでもなさそうである。あれは典型的なアイビーリーグのイメージをアメリカの全ての大学に敷衍して語っている事例なのではないか。
→ 後半に出てくる社会実験が他人の人生を使っていてけっこう怖い。よくこんな差異が生まれることが許容されたなと思ったが,奨学金制度の周知に部分的に貢献したということでよいのか。ともあれ,貧困家庭は奨学金制度の活用法がわからなくて,余計に大学進学の機会を失っているというのはおそらく日本にもそのまま当てはまることで,制度は周知が難しいねんな……
・とんかつ屋の悲劇 〜 行列ができる人気店がなぜ廃業するのか(中村智彦) (個人 - Yahoo!ニュース)
→ シルバー世代の活用がダンピングになってしまい,ひいては業界自体のブラック化・後継者不足を引き起こしてしまうというやつ。飲食業にありがちで,類似ネタとしてはいわゆる「家賃払ってない味」がある。記事後段にある通り,値付けが小売店舗単位で行われる業界なら,飲食業以外の業界でも起きうる。適正価格をとってもらうしかない。最高価格令ならぬ最低価格令である。
→ これはちょっと形を変えると個人単位の労働市場でもそうなりがちで,65歳以上が継続雇用になったので新卒を取り渋っているというのもまた聞く話だ。この場合は年金を受給していないが,労働力が悪い形で競合しているという点では全く同じ構造だ。とはいえ,シルバー世代の活用は社会的な要請で,労働力不足が叫ばれている業界があり,高齢者の労働者が減ればより年金の支出が圧迫されることになるし,働いていてもらったほうがボケにくいという話もあるし,そう単純に「やっぱりシルバー世代の活用はやめましょう」とは言えない。現実的に難しい。
→ 我が身に問うても「65歳以上になっても働きますか?」と言われたら,多分自分は「生涯現役」と答えると思う。その歳になってみないとわからないけども。
・「シーライオニング」と「ヌルヌルうなぎ論法」(ショーンKY|note)
→ 本記事で指摘されている「「シーライオニング」という言葉を使うこと自体が語義不明瞭論法の一種になってしまっている、というのはいささか皮肉なところである。」というのは本当にその通りで,この用語を使い続ける意味はないと思う。私も使う場面があれば「ヌルヌル論法(話法)」の方の語を使っていきたい。
→ 相手に質問をしているということは相手の時間を奪っているということで,回答する側は面倒になったら「ここで質問するよりも読書する方が早いと思われ,答える義理も気力も尽きたから出直してきてくれ」という権利がある。しかしながら実際のネット口論でこれをやると「逃げた」判定する風潮が一部にあるのは良くない。実のところ私自身が被害に遭ったことはほとんど無いのだが,この風潮を滅ぼすためにもヌルヌル論法は踏み絵戦法並に卑怯でまともに取り合う必要がないということが広まってほしい。
→ なお,記事中で提示されている対処法については,ヌルヌル論法を自覚的にやっている人は「で,結局お前は何が言いたいんだ」と言うと「自分の主張は無いが,お前の主張のアラを探しているだけ」と堂々と言い返すと思われ,実際にそういう場面は何度か見たことがある。したがって相手をディフェンス側に回らせることが難しい。また,「アラを探されてもこちらの得ならないから取り合わない」と返すとやっぱり負けた・逃げた認定されてしまうと思われる。まあ,そんなやつのそんな認定は無視すればよいのではあるが。
→ 前半で日米の大学生の勉強時間の比較,そこから労働時間の比較,そして後半の奨学金へと話題がスライドしていくが,どちらも面白かった。アメリカの大学生も平均的な像をとると,勉強時間も経済状況も日本の大学生と言うほど大きな差が無いのだな。逆にこれだけ差が小さいのに,卒業率だけ全然違うというのも面白いところで,日本もアメリカ式に「入りやすく,出にくい」大学にしようという主張をしている人はけっこういるが,それで日本の大学生が勉強するようになるかというとそうでもなさそうである。あれは典型的なアイビーリーグのイメージをアメリカの全ての大学に敷衍して語っている事例なのではないか。
→ 後半に出てくる社会実験が他人の人生を使っていてけっこう怖い。よくこんな差異が生まれることが許容されたなと思ったが,奨学金制度の周知に部分的に貢献したということでよいのか。ともあれ,貧困家庭は奨学金制度の活用法がわからなくて,余計に大学進学の機会を失っているというのはおそらく日本にもそのまま当てはまることで,制度は周知が難しいねんな……
・とんかつ屋の悲劇 〜 行列ができる人気店がなぜ廃業するのか(中村智彦) (個人 - Yahoo!ニュース)
→ シルバー世代の活用がダンピングになってしまい,ひいては業界自体のブラック化・後継者不足を引き起こしてしまうというやつ。飲食業にありがちで,類似ネタとしてはいわゆる「家賃払ってない味」がある。記事後段にある通り,値付けが小売店舗単位で行われる業界なら,飲食業以外の業界でも起きうる。適正価格をとってもらうしかない。最高価格令ならぬ最低価格令である。
→ これはちょっと形を変えると個人単位の労働市場でもそうなりがちで,65歳以上が継続雇用になったので新卒を取り渋っているというのもまた聞く話だ。この場合は年金を受給していないが,労働力が悪い形で競合しているという点では全く同じ構造だ。とはいえ,シルバー世代の活用は社会的な要請で,労働力不足が叫ばれている業界があり,高齢者の労働者が減ればより年金の支出が圧迫されることになるし,働いていてもらったほうがボケにくいという話もあるし,そう単純に「やっぱりシルバー世代の活用はやめましょう」とは言えない。現実的に難しい。
→ 我が身に問うても「65歳以上になっても働きますか?」と言われたら,多分自分は「生涯現役」と答えると思う。その歳になってみないとわからないけども。
・「シーライオニング」と「ヌルヌルうなぎ論法」(ショーンKY|note)
→ 本記事で指摘されている「「シーライオニング」という言葉を使うこと自体が語義不明瞭論法の一種になってしまっている、というのはいささか皮肉なところである。」というのは本当にその通りで,この用語を使い続ける意味はないと思う。私も使う場面があれば「ヌルヌル論法(話法)」の方の語を使っていきたい。
→ 相手に質問をしているということは相手の時間を奪っているということで,回答する側は面倒になったら「ここで質問するよりも読書する方が早いと思われ,答える義理も気力も尽きたから出直してきてくれ」という権利がある。しかしながら実際のネット口論でこれをやると「逃げた」判定する風潮が一部にあるのは良くない。実のところ私自身が被害に遭ったことはほとんど無いのだが,この風潮を滅ぼすためにもヌルヌル論法は踏み絵戦法並に卑怯でまともに取り合う必要がないということが広まってほしい。
→ なお,記事中で提示されている対処法については,ヌルヌル論法を自覚的にやっている人は「で,結局お前は何が言いたいんだ」と言うと「自分の主張は無いが,お前の主張のアラを探しているだけ」と堂々と言い返すと思われ,実際にそういう場面は何度か見たことがある。したがって相手をディフェンス側に回らせることが難しい。また,「アラを探されてもこちらの得ならないから取り合わない」と返すとやっぱり負けた・逃げた認定されてしまうと思われる。まあ,そんなやつのそんな認定は無視すればよいのではあるが。
Posted by dg_law at 21:00│Comments(0)