2021年02月07日

大相撲における関脇・小結という地位について

・豊ノ島の引退で考える「関脇」問題。初昇進から1年の成績が未来を占う?(西尾克洋,Number)
この記事に,非常に興味深いデータがある。昭和33年以降の入幕で関脇に昇進した経験がある力士136人のうち,
1.関脇で勝ち越し経験が無い力士:38名
2.関脇で勝ち越し経験はあるが二桁勝利経験が無い力士:22名
3.関脇で二桁勝利経験はあるが大関に昇進していない力士:16名
4.大関に昇進した経験のある力士:60名
とのことだ。大関昇進率は60/136であるから,関脇まで来れば半数弱は大関に昇進することになる。私の実感としてもそのくらいで,関脇昇進は大関昇進に片腕届いていると言っていい。小結は番付運が良ければ上位戦の無い前頭中盤で好成績をあげるとなれてしまう。また小結は初日に横綱と当たって前半は上位総当たりになるため,前半で負けがこむとそのまま調子を崩して後半も勝ち星をあげられないというパターンが多く,好成績を残しにくい地位である。その小結で勝ち越さないと関脇になれないわけだから,関脇になれた時点で実力はかなり保証されるのだ。まあ,小結をすっ飛ばして関脇に二段階特進する強運の持ち主もたまにいるが,これについては後述する。

しかも関脇は小結と違って,その場所の横綱・大関の数にもよるが,上位戦は中盤か終盤に回ってくるので小結ほど調子の維持の面で厳しくない。にもかかわらず,上述のパターンで4に次いで多いのが1,つまり勝ち越し経験が無い力士というのは意外である。豊ノ島も小結は在位8場所で3度勝ち越している。しかし関脇は5場所在位して一度も勝ち越していないーー前述の通り,関脇の方が良い環境であるにもかかわらず。大関に片腕がかかっているというプレッシャーゆえか。

以上の説明からすると,「初めての関脇昇進から1年以内に二桁勝利を挙げるケースが多く、その割合は実に81%に上る。関脇で勝ち越しを経験した力士の68%が、昇進した最初の場所で勝ち越しを決めている。」というデータはすんなり納得が行くところだろう。やはり,関脇という地位にプレッシャーさえ感じなければ,小結で勝ち越せた実力があれば関脇で勝ち越すのは容易であり,そのまま大関への足がかりも作っていく。逆に小結で勝ち越せておいて関脇で勝ち越せないのは,その力士は実力以外の点で”何か”ある。

最後のページの指摘も示唆的で,私も「横綱・大関世代表」の記事で指摘したのだが,2020-21年の大相撲は前頭上位・小結・関脇に若者が少なく,2021年初場所で言えば横綱の平均昇進年齢25.7歳よりも若い人が琴勝峰と阿武咲しかいないというのはかなり悲観的な状況と言わざるを得ない。2017-19年頃によく言われた「世代交代」は2021年現在,完全に止まってしまっている。


このNumberの記事に対する反応として自分は「同じようなデータを小結でも見たいところ。」と書いたものの,ネットにそんなデータが落ちてなかったので自分で数えてみた。母集団は「昭和33年初場所以降に入幕し,かつ小結以上の地位に昇進した経験がある力士」で計204人。このうち最高位が大関以上が62人,関脇が78人,小結が64人である。まずこの数を比較するとわかることだが,実は最高位が小結のまま引退する力士は少ない。小結まで昇進した者の約7割は関脇以上に昇進できる。小結・関脇・大関以上で概ね1:1:1になるのは面白い。その上で以下のデータを見てほしい。

1.小結で勝ち越し経験が無い力士:53人
2.小結で勝ち越し経験はあるが関脇に昇進していない力士:11人
(最高位が小結の力士小計:64人)
3.小結で勝ち越し経験が無いまま関脇に昇進した力士:24人
 このうち小結未経験のまま関脇に昇進した力士:4人
4.小結で勝ち越して関脇に昇進した力士:54人
(最高が関脇の力士小計:78人)
5.最高位が大関・横綱の力士:62人

前述の通り,小結という地位は序盤に上位戦が組まれるために勝ち越しが非常に難しい。そのため,前頭上位で勝ち越して小結に昇進するわけだから,大関・横綱にも勝てる実力が保証されているにもかかわらず,小結では実力が発揮できずに散っていく力士が多いのである。ゆえに,小結が最高位の力士のうち6人に5人は勝ち越し経験がなく,しかもその内情を見ると小結が最高位の力士のほとんどが3勝12敗や4勝11敗,在位が1〜3場所という結果に終わっている。いかに小結という地位が過酷かわかろう。小結での序盤上位挑戦は,それ以上の地位への試練になっていて,良い選抜として機能している。

ところが,その試練をスルーして関脇になった幸運な者が長い大相撲の歴史で4人だけいる。そのうち2人は平成以降であるので名前を挙げておくと,北勝力と隆の勝である。また,小結での勝ち越しを未経験のまま関脇になった者も20人いて,意外に多い。逆に小結で勝ち越して試練を突破したにもかかわらず関脇に昇進できなかった不運な者も11人いる。しかも小結での勝ち越しで関脇に昇進できなかった11人のうち5人は直近15年に集中している(露鵬・黒海・遠藤・阿炎・阿武咲,まあ後ろ3人はまだ関脇になる可能性があるが)。ちょっと古いところだと旭道山がそう。最近の番付は3人めの関脇(いわゆる張り出し関脇)を極力認めていないが,その弊害がここに現れていると言えよう。この調査内容を踏まえるに,負け越しとの差別化を図るべくもっと寛容に張り出していけばいいのではないか,という提言を本記事のまとめとしたい。


この記事へのコメント
 通りすがりのものです。半年以上前の記事へのコメントですみません。管理人様の大相撲に対する見方•分析は大変興味深く、参考になります。
 重箱の隅をつつくようで恐縮ですが、平成以降の小結未経験での関脇昇進となると、追風海も該当しますね。
 北勝力は三役昇進直前場所に、小結での勝ち越し以上の偉業を成し遂げているので、実力で幸運を掴んだのかもしれません。
 
 小結で勝ち越したのにも関わらず関脇に上がれなかった力士というと、2006-8年頃の稀勢の里を思い出します。小結での3場所連続勝ち越しや2桁勝利を挙げながら昇進を逃し、運が無いなあという印象を持っていました。もし雅山が大関復帰を果たし、繰り上げで2006年中に関脇昇進,定着。2008-9年頃に大関昇進を果たしていたらと考えてしまいます。2006-7年当時の稀勢の里は千代大海以外とは五分で、対朝青龍勝利経験もあったので。(そうなると1年早い白鵬の横綱昇進や2横綱5大関体制が到来するなど、現実と乖離し過ぎているので、あまり意味の無いifですが。)
Posted by 通りすがり at 2021年09月26日 15:46
コメントありがとうございます。
あら,そうすると小結未経験で関脇に昇進した人は計5人ですね。なぜ見落としていたか,ちょっとわかりません。かなり綿密に調べたのですが……
(労力の割に全然読まれていない記事なんですよね,本記事)
4.の54人に間違えてカウントされていると思われるので,こちらが53人が正しいかと思われます。

>稀勢の里
当時のネットでは(Twitterが無かったので要するに某所ですが)稀勢の里が「永世小結」と呼ばれていたのを思い出すところです。懐かしい。改めて調べ直してみたら,2006年は3回小結で8勝していずれも昇進を流されているのはなかなかすごいですね。
本当はこの種の関取も多いと思われるのですが,今回の調査では最高位基準で調査したので,当然稀勢の里も5.の62人に含まれているのですよね。
小結・関脇という地位の難しさをさらに分析するにはそうした苦戦も加味すると良さそうです。稀勢の里以外にも,最終的には関脇以上に上がったものの,小結で勝ち越したのに番付運によりなぜか関脇に上がれなかった人は,平成以降に限っても複数人いそうな印象があります。ざっと調べたところだと,出島と魁皇も3回ほど小結で勝ち越して来場所小結で留められていますね。
Posted by DG-Law at 2021年09月26日 23:28
 コメントをしたものです。ご返信ありがとうございます。
 共同通信社の『大相撲力士名鑑』のような大著でも誤植があるので。あと新三役が関脇だったのは、私も失念してましたが逸ノ城もですね。他にもいるかも...

 最高位が大関以上の力士の関脇•小結時代の詳細な分析や分類は面白そうですね。出島は全く足踏みの印象が無かったのですが、4場所連続小結は逆に珍しいかもしれません。張り出しが普通に認められていた時代なのですが。
 魁皇や稀勢の里や武双山や栃東のように、年間を通して上位総当たりの番付で、内2,3場所は三賞or2桁勝利を記録する時期を5年以上も持続していた人は、肩書では表現し切れない地位を築いていたともいえそうです。若の里のように、近い地位にいたのに大関に上がれなかった人と比較しても面白いかもしれません。 この辺りは個人の印象が大いに絡むのと、引退後にあまり振り返られない時期なので、意味があるかはわかりませんが。
 
 現在の幕内は大関以上の層は薄いですが、上位層全体は固定化されている人が多いので、彼らは後世でどのように評価されるのか気になります。大関以上との星取が最終成績に大きく反映されないことが多い気がするので。御嶽海はかつての魁皇のような地位になりつつありますが、どのような力士人生となるのでしょうか。
Posted by 通りすがり at 2021年09月29日 15:48
あー逸ノ城もそうですね。6人になってしまった……全体的に調べ直した方が良さそうですがさすがに気力と時間がないですね……

>出島
出島の場合は,
平成10年9月 西小結1 8勝7敗
平成10年11月 西小結1 9勝6敗
平成11年1月 東小結1 8勝7敗
平成11年3月 西小結1 9勝6敗
平成11年5月 東関脇2 11勝4敗
なので,これはなかなかきついですよ。西小結1の9勝で翌場所に東小結1ってどういうことなのか。(この場所の東小結1の武双山も9勝・西小結2の琴乃若が10勝で小結3人が全員勝ち越しており,翌場所に出島だけが関脇に昇進できなかったということのようです。経緯を知ると割と納得するのですが)


>魁皇や稀勢の里や武双山や栃東〜〜
やってみると番付運等の運命的に「もう1つ上」に届かなった人と,実は肝心なところの勝率が悪い人というのが浮かび上がってきて,意外と面白いかもしれません。
ただ,おっしゃる通り名誉関脇・小結たちは個人の印象に頼らざるを得ないところが大きく,選出が難しそうです。

>現在の幕内は大関以上の層は薄いですが〜〜
エレベーターからは一歩抜け出たけど,三役で大勝できないくらいの人が多いですかね。世代交代に失敗した世代という振り返られ方になるかも。ちょうど将棋の羽生世代と藤井世代の狭間のような。
御嶽海は大関になれば稀勢の里同様の遅咲きの人,なれなければ若の里と並び称される名誉関脇になりますかね。
Posted by DG-Law at 2021年10月01日 01:51