2021年03月27日

2021受験世界史悪問・難問・奇問集(国立大編)の落ち穂拾い

先週公開した記事の,追加調査や読者の反応を経た補足。それほど大した内容ではないが,それなりの分量になってしまったので補足しておく。

1.共通テスト第2日程
まんま同じ地図が収録されている日本語論文がある(が論文名は忘れた)という読者の指摘があった。それが事実なら,問題文の「『パン=ヨーロッパ論』所収の地図を加工したもの」は大学入試センター自身が加工したようにしか読めないので,問題文が誤読させる文になっていて良くない。また,普通に考えると出典表記が必要である。名古屋大が前に『興亡の世界史』所収の地図を出典不掲載のまま利用したのと同じで,引用の条件を満たしていない。入試問題は著作者に事前に許諾を得ないまま著作物を利用することが可能だが,引用の条件は守る必要がある。私自身がその論文を確認しているわけではないので濡れ衣の可能性があるから,現時点ではあくまで可能性として指摘しておく。


3.東京外国語大
指摘そびれ。ドイツ語の原文にせよ問題文の和訳にせよ,西暦1796年2月9日と同日の嘉慶元年1月1日に譲位が行われたかのように読めるが,清朝の改元は踰年改元であるので,乾隆帝はこの日に譲位したわけではない。実際に乾隆帝の譲位は西暦1795年10月15日。つまり原文も2つのミスがある。もうどうしようもない。


4.一橋大
ついでにゲーテやその周辺情報が教科書でどの程度載っているのか調べてみた。例によってlivedoorブログはExcelで作成した表を直接貼り付けられないので,図での表示になるのはご容赦願いたい。

ゲーテ教科書調査


一橋大のあの問題にまともに対抗しうるだけの情報があるのは実教出版の教科書だけではないかと思う。次点だと古典主義の説明を省いている東京書籍がかえって都合が良い。しかし,大多数が使っていると思われる山川の『詳説』と帝国書院の説明だとゲーテは完全に古典主義の人なので,情報が足りないどころか誤誘導にすらなっている。かろうじて用語集の説明が割とまともなのが救いか。あと,『詩と真実』第三部の引用部分の周辺を読んでみたものの,結局『ゲーテとその時代』で入手できた知識以上のことは書いていなかった。この問題のために『詩と真実』岩波文庫の4冊,『ゲーテとその時代』に『文化と経済』と合計6冊買ったのだが,まだ解決に至っていない。


7.大阪大
まず指摘そびれ。麒麟を引いている人物は飼育係(馬丁)であって,正式な朝貢使ではない。朝貢使に付随する人物にあたるので,厳密に言えばそもそも「使節」ではない。絵に「使節」は映っていないと考えるとその時点で解答不能の出題ミスになる。とはいえこれはちょっとかわいそうな解釈で,ここでいう使節とは朝貢使の随員・私的な下僕,留学生や朝貢品の人夫などを広く含めたものであろうから,その意味でならこの飼育係も「使節」であろう。しかし,この指摘そびれを書いていて気づいてしまったのだが,問題文の情報および調べてみた範囲の情報で言えば,この飼育係はキリンを受け取った後に中国側が用意した人物であるという可能性が捨てきれず,この場合は「使節」の定義をどう拡張したところで当てはまらない。問題文が解答不能な出題をしているということで出題ミスになる。

もう一つ,これは完全に余談だが,阪大の文学部の美術史の教授が,國華賞を受賞していた。國華賞は日本・東洋美術を対象とした美術史学の研究に対して与えられる最高権威の賞である。その論文の内容が「香雪美術館にある《レパント戦闘図屏風》で描かれている戦闘の場面は,レパントの海戦ではなく別の戦闘なのではないか」というもので,阪大があの入試問題を出した年度に,2014年の千葉大の問題にかかわる論文が阪大の教員が受賞したというのは奇遇というほかない。それにしても,場面がレパントの海戦ではない可能性が生じるなら,あの千葉大の問題は完全に崩壊したことになる。7年前にはまだレパントの海戦で疑いを持たれていなかったから,そこを当てこするのはかわいそうなところで私もするつもりは全く無いが,学術的調査が不十分で定説のない作品を大学入試で出題するのは避けるべきということを改めて実証する機会になったということは強調しておきたい。

私は本企画抜きで興味がある内容であるので,大学図書館に入れるようになったら上述のパン=ヨーロッパについての論文とともに探して読んでみます。やっと予約すれば入れるようになったらしいので。

この記事へのコメント
初めてコメント記入いたします、いつもこの企画を楽しみにしております

1の共通テストの地図画像に関して、手元の書籍ではどうか確認を行いました
遠藤乾(編)『ヨーロッパ統合史(初版)』(2008、名古屋大学出版会)p.67
こちらは世界全図でしたが、やはりイングリアは(小さくて見逃しそうなレベルながら)パン・ヨーロッパになっていました
原出典は、Stirk, A History of European Integration since 1914, Pinter, 1996, p.ixです

2014年の増補版がいま手元にないので改訂時に変更があったかもしれませんが、ご参考までに

まあ、もともとク伯(長い)自身を研究対象とする先生が少ない(日本では鹿島・鳩山家・創価学会とお付き合いするため)ので、気づける先生も少なそうな事柄ではあります

Posted by Sarmacki at 2021年04月04日 13:59
情報ありがとうございます。本編に貼った図5とはまた別のものということでしょうか。
探すのがそれほど難しくなさそうですので(絶版ですが),こちらでも探して確認してみます(可能であれば2008年も2014年も)。
Posted by DG-Law at 2021年04月04日 22:15