2021年04月05日
コンスタブル展:ロマン主義的田園風景
三菱一号館美術館のコンスタブル展に行ってきた。コンスタブルはイギリスのロマン主義風景画を代表する画家の一人で,ターナーの次に名前が挙げられる人物である。ターナーとは生年が1年しか違わない同世代で,ロマン主義・風景画家というところまで共通していたライバルだった。ターナーの方が現在の知名度が高いのは,ターナーが鉄道や汽船などの産業革命に湧くイギリスの時代をとらえた画題を選んだことや,晩年には印象派を予感させるような筆触になっていったことから,社会史としても美術史としても王道の物語に乗せやすいところがあるだろう。これに比較するとコンスタブルの画題は「美しき故郷」としてイングランド,すなわち田園風景が主体である。産業革命によって都市化が進み,田舎が縁遠くなっていく時代であるから,その意味で時代を捕えてはいたのだろう。しかし,コンスタブルからするとそのような”時代”を描くという目的意識は特に無く,より純粋に「美しき我らがイギリス」を描きたかっただけであったから,そのような持ち上げ方は歴史学的にも危ういかろう。画家たちがそういった目的意識を持つようになったのは,より時代が進んだバルビゾン派や印象派の頃である。
とはいえ,コンスタブルの出身地イーストアングリアはイギリスで最初に農業革命が始まった地方であり(要するにノーフォーク州もイーストアングリアの一部である),コンスタブルの家系も製粉業と石炭業で財をなした新興資本家の家系であったから,その文脈においてならば彼の風景画と産業革命は無関係とは言えない。加えてコンスタブルは「美しきイングランド」という点で強い意識を持っていたから,ナショナリズムの高揚という時代性は捕えている。図録に入っていた小論にコンスタブルの絵が第二次世界大戦時の戦意発揚ポスターに使われていたという指摘があったが,まさにそうなることが予見される作品群である。なお,ターナーはロンドンという大都市生まれ,庶民の出の苦学生であり,こんなところでも二人は対照的である。また,この時代のイギリスの富裕層といえばイタリアに卒業旅行に行くグランド・ツアーが流行していて,画家もよくイタリアに修行にでかけたものだが,コンスタブルは生涯一度も外国に出ていない……どころかイングランドからも出ていない。地元の風景が好きすぎて外国を見に行く気が起きなかったのだろう。ターナーですら,出世して資金に余裕ができてからではあるが,イタリアには修行に出ているから,ここもまた対照的である。
もう一つ比較のポイントを用意すると,風景(画)に憧憬を求めた点でイギリスとドイツのロマン主義絵画は似ているものの,イギリスの画家たちは実際の風景を美しく描くことを追求したのに対して,ドイツの画家たちは現実の風景のスケッチを解体・再構成して架空の風景にしてしまう傾向があった。またターナーやコンスタブルは風光明媚で野趣はあれども人の手は入っている,まさにイギリス式庭園と同じ趣の風景を切り取るが,ドイツの場合は山岳地帯や人の手の全く入っていない平原・荒原を場面に選んだものが多い(その意味ではターナーの方がまだドイツに意識が近い)。廃墟とゴシック様式の聖堂が好きなのは数少ない共通点か。これらから後継者探しをすると,やはり素直にバルビゾン派などに受け継がれていったのはイギリスの方であって,ドイツの風景画はドイツだけで終わってしまったように思われる。特にコンスタブルの地元の風景を美しく描くという精神はバルビゾン派に直結する。
さてコンスタブルはそのような家庭であったので,実業家の道を捨てて画家になるという説得には苦労したようだが,幸いにして画家としての出世はそれなりに早かった(ただしライバルのターナーは最速記録的に早かった)。風景画の地位が古典的なジャンルのヒエラルキーでは下位だったというのはよく知られていることであるが,ターナーもコンスタブルもそのヒエラルキーが崩されていく時代に生まれたとも言えるし,彼ら自身が崩していったとも言える。ただし,コンスタブルは需要の高かった肖像画を多数描いていて生活の糧にしていたようだ。今回の展覧会にはこれらの肖像画も展示されていたが,思っていたよりも上手かったというか,風景画家にありがちな「肖像画は下手」というパターンには当てはまらなかった。これはちょっと意外だった。これだけの腕前ならおそらく肖像画家として食っていく方がより容易だっただろうが,結果として自分の好みを貫き通したことで彼は歴史に名を残すことになるのだから,人生はわからない。最終的にコンスタブルはロイヤル・アカデミーの正会員となって盤石の地位を築いた。
そうして全盛期のコンスタブルの作品を見ると,やはり見ていて安心する田園風景が多い。しかし,「実際に存在しているのだろうけど,極めて絵になる風景」を絵にしていて,さすがはピクチャレスクという概念を生んだ国の画家である。また技法レベルの話として,コンスタブルはまだまだ古典的・アカデミックは描き方で,樹木の描き込みが細かい。そこはやはりロマン主義であり,後のバルビゾン派とは違うところだろう。今回の画像《フラッドフォードの製粉所》(1816-17,テート美術館所蔵)もそのような作品であり,画面左の運河と右の巨大な樹木が映える配置になっている。まさにあるべき田園風景だ。
また,私が今まで知っていた以上にターナーとのライバル関係が強く,両者ともばちばちに意識しあっていたというのがわかって面白かった。その最大の決戦の場となったのが1832年のロイヤル・アカデミー展で,その時に隣同士に展示されたターナーとコンスタブルの作品が,今回の展覧会でも隣同士に飾られて場面が再現された。この「体験の再現」は得難いもので,コンスタブルの大回顧展としての面目躍如だろう。ターナーが飾られてから手を加える最後の仕上げの時にかなり焦っていたというエピソードもよくわかるところで,この2作だけで比較するならコンスタブルに軍配を挙げる人は多かろうと思う。
総じて風景画が好きなら満足できる展覧会であった。見に行くならこの記事の前半に書いたような,産業革命や農業革命の簡単な知識を入れてから行くとさらに楽しめるだろう。
Posted by dg_law at 17:00│Comments(0)