2021年05月26日

モンドリアン:垂直線と水平線で絵画を作ると地図になる

《大きな赤の色面、黄、黒、灰、青色のコンポジション》SOMPO美術館のモンドリアン展に行ってきた。SOMPO美術館が損保ジャパンビル42階から独立した建物に移転してから初めて行った。眺望が良かったのでちょっともったいなかったかなと思う。モンドリアンは20世紀前半に活躍した抽象画の画家で,現代アートの走りである。垂直線と水平線だけで構成された画面で有名で,美術の教科書で一度は見たことがあるだろう。このブログの古くからの読者であれば私が現代アートが嫌いなのはご存じだと思うが,なぜモンドリアンを見に行ったのか疑問に思うかもしれない。実はそれは現代アートの開闢期には微妙に当てはまらない話で,むしろ「若い頃に自然主義や印象派が流行していた人々が,自分の円熟期にはなぜこのスタイルになったのか」という観点でなら興味がある。その意味で(デュシャンは当然として)キュビスムの画家たちやカンディンスキー辺りには関心がある。これらの画家の若い頃の作品を展示してくれる展覧会は貴重でありがたい。

で,このモンドリアンもご多分に漏れず,若い頃の作品はもろに自然主義や印象派の作品を残していて,特に特徴がない,突出して上手いわけでもない普通の画家である。ところが,点描やキュビスムを経て次第に描かれたオブジェクトが単純化していき,ただの線や面になっていくので過程が非常にわかりやすかった。絵画作品の美しさとは現実の再現性ではなく,線や色そのものにあるから,具象物の形を取る必要がないという思考の過程が制作年順に作品群を追っていくと如実に現れてくる。これだけ跳躍が無く,わかりやすい画家も珍しいのではないか。若い頃の彼の作品群はその試行錯誤の表現なのだ。私自身の趣味で言えば全くの正反対で,絵画作品は具象物の再現であるという制限下でどれだけ美を表現できるかというジャンルたるべきと思っているが,思考の過程自体は理解できるし,そのわかりやすさは清々しくすらあったから,嫌いではない。

その行き着いた先に出てきたのが,直線だけで構成された画面である。同じ時代で同じような思考をたどった人にカンディンスキーやパウル・クレーもいるが,まだ彼らの作品は少し具象画の名残があるというか,極論を言えば丸や三角形のような図形もまだ具象画の要素が残っていると言えなくもないところ,完全に垂直線と水平線しか残さなかったところにモンドリアンの極端さがある。しかしながら,そこまで突き詰めた結果として出てきた画面がかえって都市の地図にしか見えなくなってしまうのが面白いところで,本展でも何作品か展示されていたが,やっぱりどう見ても都市の地図にしか見えなかった。事実上の具象画では。今回の画像も赤い大きな四角は巨大商業施設で,黄色はレストラン的な塗り分けかな? というような。モンドリアンの代表作である《ブロードウェイ・ブギウギ》は今回の展覧会には無かったが,モンドリアン自身がマンハッタンの碁盤の目状の形状やジャズの影響を受けていると言っている通り,自覚はあったのだと思う。というか,あの作品が一義には抽象画であってブロードウェイの地図を直接的に描いた作品ではないのだが,逆に思っている人も多そうである。

また,彼の属していたデ・ステイルの作家が作った椅子も展示されていて,なるほどモンドリアンの作品をそのまま立体にするとこうなるというような,ほぼ直方体だけで構成された椅子になっていて面白かった。こんな感じ。そりゃ立体化できるだろうけど本当に立体化するとは,と思っていたら,最後に展示されていたのが「モンドリアンっぽい図面だけを使って設計・建築された家」の映像で,こんな感じ。これもそりゃ立体化できるだろうけど本当に建てるやつがあるかwという案件で,内装も外観と同じような感じになっていた。まあ住心地が悪いわけではなかろうと思われ,Wikipediaを見ると実際に1985年まで人が住んでいたようである。