2021年07月05日
そこでファティマ第三の予言が出てくるとは予想できなかった
・【電信 19世紀のグローバル情報ネットワーク】(Togetter)
→ 大英帝国が電信に支えられていたことがよくわかるまとめ。この方のまとめはこれ以外も社会経済史で面白いものが多いのでお勧め。
→ 大英帝国がそれ以前の覇権国家と決定的に違うのは交通・通信インフラを全世界的に独占していて,工業生産力や軍事力で激しい追い上げを食らっても帝国がしばらく持続した点にある。それゆえに科学技術の発展でインフラの敷き直しを強いられると強みを失い,覇権国家から転落せざるを得なくなった。この意味で言えばアメリカはICT関連で最先端を行っているうちは覇権を失わないはずであるが,この先の世界はさてどうなることやら。
・品田悦一「万葉ポピュリズムを憂う」(白水社)
→ なるほど万葉ポピュリズム。私は庶民の詩も入っているとして万葉集が持ち上げられる理由が「「美しい国、ニッポン」のために犠牲になれ」にあるとは全く思わないが,大陸の文化の影響を受ける前の日本こそ美しいと考える本居宣長的な素朴な信仰が現代日本にもまだまだ残っていて,それが庶民を包摂するために生きているという指摘は納得できるものだった。
→ なお,このエッセイは2019年11月に書かれたものであるが,その後に品田氏は本稿を大幅に加筆して『万葉ポピュリズムを斬る』という著書を出版している。エッセイを載せていた白水社ではなく講談社からだが。より理解を深めたい方はこちらを読むとよいだろう。
・正直、中国にはアメリカを滅ぼしてほしい(増田)
→ タイトルからは想像できない,ヤード・ポンド法への不満を高らかに謳い上げた増田文学の傑作。無駄な博学っぷりとテンションの高さが楽しい。「習近平を宇宙大将軍に」「菅がこの先生きのこるには」辺りから漂うネットの古株感に,「ヤードポンド法はディープステートの陰謀」や「総合的俯瞰的に判断して」という時事ネタを入れるセンスよ。個人的には「ゴルフと言えば?はいヤードポンド法。はいダメ。」という理不尽さが好き。
・「誤解を招いた」という「反省そぶり」を看過してはいけない(ハーバー・ビジネス・オンライン)
→ ほんとそれ。国民が誤解したことにして処理させてはいけない。誤解していないのだから。本件によらず,政治家が「国民の誤解を招いたようなら,お詫びする」と言ったら「国民は誤解していないが?」とつっこむことを記者の方々にはお願いしたいところ。記事中にある通り「不快な思いをさせたとすればお詫びしたい」も同様で,こうしたお詫びが出る時は大概において(多数のもしくは一部の)国民が不快に感じたかどうかが問題の本質ではない。政治家として不適切な何かしらの言動を行ったことが本質なのだから,そこを認めさせないとダメなのだ。
→ 大英帝国が電信に支えられていたことがよくわかるまとめ。この方のまとめはこれ以外も社会経済史で面白いものが多いのでお勧め。
→ 大英帝国がそれ以前の覇権国家と決定的に違うのは交通・通信インフラを全世界的に独占していて,工業生産力や軍事力で激しい追い上げを食らっても帝国がしばらく持続した点にある。それゆえに科学技術の発展でインフラの敷き直しを強いられると強みを失い,覇権国家から転落せざるを得なくなった。この意味で言えばアメリカはICT関連で最先端を行っているうちは覇権を失わないはずであるが,この先の世界はさてどうなることやら。
・品田悦一「万葉ポピュリズムを憂う」(白水社)
→ なるほど万葉ポピュリズム。私は庶民の詩も入っているとして万葉集が持ち上げられる理由が「「美しい国、ニッポン」のために犠牲になれ」にあるとは全く思わないが,大陸の文化の影響を受ける前の日本こそ美しいと考える本居宣長的な素朴な信仰が現代日本にもまだまだ残っていて,それが庶民を包摂するために生きているという指摘は納得できるものだった。
→ なお,このエッセイは2019年11月に書かれたものであるが,その後に品田氏は本稿を大幅に加筆して『万葉ポピュリズムを斬る』という著書を出版している。エッセイを載せていた白水社ではなく講談社からだが。より理解を深めたい方はこちらを読むとよいだろう。
・正直、中国にはアメリカを滅ぼしてほしい(増田)
→ タイトルからは想像できない,ヤード・ポンド法への不満を高らかに謳い上げた増田文学の傑作。無駄な博学っぷりとテンションの高さが楽しい。「習近平を宇宙大将軍に」「菅がこの先生きのこるには」辺りから漂うネットの古株感に,「ヤードポンド法はディープステートの陰謀」や「総合的俯瞰的に判断して」という時事ネタを入れるセンスよ。個人的には「ゴルフと言えば?はいヤードポンド法。はいダメ。」という理不尽さが好き。
・「誤解を招いた」という「反省そぶり」を看過してはいけない(ハーバー・ビジネス・オンライン)
→ ほんとそれ。国民が誤解したことにして処理させてはいけない。誤解していないのだから。本件によらず,政治家が「国民の誤解を招いたようなら,お詫びする」と言ったら「国民は誤解していないが?」とつっこむことを記者の方々にはお願いしたいところ。記事中にある通り「不快な思いをさせたとすればお詫びしたい」も同様で,こうしたお詫びが出る時は大概において(多数のもしくは一部の)国民が不快に感じたかどうかが問題の本質ではない。政治家として不適切な何かしらの言動を行ったことが本質なのだから,そこを認めさせないとダメなのだ。
Posted by dg_law at 07:00│Comments(0)