2021年07月23日

(何度目かの)白鵬の帰還

優勝争いが盛り上がればそれでいい,というのには他の力士の内容が薄く,私事で多忙であったので,その中で見させられる相撲がこれかという嘆き節から感想を書き始めなければならないのは不幸であった。なにかの負の連鎖なのか数名に生気をとられているのか,短くというよりはあっさり終わる相撲が多くて見応えが無かった。新たな謹慎者や感染者が出なかっただけ良しとすべきだろうか。

今場所の注目は照ノ富士の綱取り,白鵬の進退,高安の大関取りであった。照ノ富士の綱取りについては前回の記事で「優勝なら勝利数にかかわらず確実,そうでなくとも過去の事例から言って13勝次点以上なら確実,12勝同点・次点の場合は五分五分」と書いていたが,千秋楽まで14勝,優勝した白鵬にのみ負けるという圧倒的な戦績であっさりクリアすることになった。また,前回「「膝のスタミナ」という意味ではスタミナ不足の力士と同じ弱点を抱えた形であり,これからも終盤崩れる展開が多いと予想される」と書いたが,今場所の照ノ富士は膝に負担をかけない前進相撲がさらに進化しており,あれだけの前傾姿勢を維持しているのにはたきに落ちないのは,腰が重く,力士としては理想の姿勢と言える。組めば無論のことながら無敵に近いが,押すだけ決着がつくことが多く,取組時間が短く終わったのもスタミナの維持に貢献していたのだろう。本人が「膝のこともあるので残りの相撲人生は長くない」と明言しているので悲壮感があるが,綱取りの時の相撲を貫ければ膝に負担は少ないと思うので,可能な限り長く綱を張ってほしい。

白鵬もまた,初日・二日目の相撲はかなり危なかったが,これを乗り切ったことで相撲勘を取り戻していった。優勝したことはさして不思議でもなく,末期の大横綱とは「出場すれば優勝するが,そもそも出場できない」ということが常態化するものであって,出場しても優勝できなければ引退するのである。初日・二日目は白鵬の力士人生の分水嶺で,これを乗り切れなかったら引退もありえた。しかし,乗り切った以上は10勝以上は固い。取り口はやや変化があり,序盤・中盤は張り差しからの離れて取る省エネ相撲というのは通常通りだが,普段であれば終盤は右四つに組んでの盤石相撲に切り替わるはずであった。しかし,今場所の白鵬は13日目までこの省エネ相撲が続き,14日目と千秋楽も奇策で乗り切ったという点で異なる。白鵬は不安定でも省エネ相撲をとらざるを得ないのは全盛期と違って盤石相撲で15日間とるだけのスタミナがもう残っていないからだが,その盤石相撲を15日間で一度もとらなかったとなると,もう盤石相撲をとるスタミナが本当に残っていないのかもしれない。

ここでの私の感想は2つ。まず,白鵬が「前半省エネ,後半盤石」という戦略を取り始めたのは2013年頃からであったが,いくつかの場所で切り替わりが上手くいかずに後半戦でボロ負けしていた。そこへ行くと今場所は13日目までは悠々と省エネ相撲に徹していて,今の幕内上位陣は明らかに白鵬になめられている。まあこれだけ大関や大関候補が不在・休場では仕方がないとは思うのだが,それにしてもあれほどなめ腐った取り口で白鵬がやり過ごせてしまう辺り,今の幕内上位陣の弱体は深刻である。次に,白鵬の相撲の価値は盤石な相撲が中核であって,省エネ相撲はあくまで余技であってほしかった。以前から白鵬は省エネ相撲すらとるのが厳しい体調である際には,ラフプレーに走って周囲を閉口させる傾向があった。不調時の省エネ相撲をラフプレーで補って優勝するスタイルは2016年頃に最も多用されていたが,さすがに批判が多かったためにその後は鳴りを潜めていた。それが今場所の千秋楽の照ノ富士戦に限って復活したのは,5年も経っていれば皆忘れていると思ったか,一番くらいなら許されると思ったか。その5年前に私は「ラフプレーでしか優勝できないならもう優勝するな」と書いているが,あの頃はそれでもまだ相手が大関・横綱なら盤石相撲に切り替えていたし,そうでないと負けていたのであるし,そこにたどり着くまでのスタミナを持たせるためという擁護はあった。ところが今場所はそれすらなく,よりによって14日目を奇策で,千秋楽をラフプレーで乗り切った。照ノ富士も白鵬が最初からラフプレーで来るとわかっていれば対応できたであろうが,まさか千秋楽であの取り口の方が来るとは思っていなかっただろうという点で,あのラフプレーは奇策でもあった。あんな取組を千秋楽にとる横綱白鵬は見たくなかったというのが偽らざる本音である。

ラフプレーの代表格であるところの「(張り差しで視界を遮ってからの)かち上げの振りをしたエルボー」については,武蔵丸親方が「もうルールで禁止にしては」と提言していた。完全に同意する。昨今の脳震盪の危険性への対処を考えても,このまま残していい技ではないだろう。たとえあれを有効活用できるのが,現状では類稀な技巧を持つ白鵬だけだとしても。


その他の力士の個別評。大関。貴景勝は初日を見る限りで調子が良さそうだっただけに,二日目に大ケガで休場したのは悲しい。よくわからないタイミングでよくわからない場所をケガする大関であるが,来場所復帰できるだろうか。正代は強い日と弱い日が交互に出現したのは先場所と同じで,全般的には大関取りのときの防御力がない。

三役。高安は二日の休場がもったいないが,出場できていても9勝止まりだったので,いずれにせよ大関取りは途切れていたか。左差しにこだわって差し負けたり押し負けたりしていた印象。長い相撲が多かったが,ぎっくり腰なのに大丈夫なのか。長い相撲が得意で勝ててはいるが……。御嶽海はかも不可もなく。若隆景はおっつけが効く間合いになれば勝てるが,なれない辺り,他の上位陣による研究が進んでいる。おっつけ一本ではやはりきつい。明生はよくわからないが勝ち越した。初日の白鵬戦の善戦以外は印象が薄い。

前頭上位。逸ノ城は馬力が戻ってきたというよりもやる気が戻ってきたと評した方がよさそう。ここ3場所ほどのやる気は一体。いや,奮起しているのは良いことなのだけども。あとは豊昇龍くらいしか書くべき人がいない。豊昇龍は先場所に開花した足技に磨きがかかり,加えて今場所は投げ技も強く,あとは出足か寄る力がつけば手がつけられなくなりそうである。もう大関候補に名を挙げてもいいだろう。今場所は上位戦がありそうであまり無かった場所になってしまったので,来場所の上位戦フルコースをどうさばくかに期待したい。翔猿は奇策に出るのはいいが,もうちょっと考えてから奇策をとってほしい。奇策の持ち腐れになってしまっている。

前頭中盤。霧馬山は先場所まで膝が悪く,下がると脆かったが,今場所は下がらない相撲が多く,組んでからの投げがよく決まっていた。上位戦が入る位置に戻ることになる来場所に期待したい。玉鷲はまだ衰えている様子が見えないのがすごい。喉輪で突き放しそのまま押し出すか,組まれそうになったら小手投げで一発逆転というスタイルが完成されている。

前頭下位。琴ノ若は上りエレーベーターなだけという気はするが,12勝は見事で,彼が勝っていなければ今場所の白鵬・照ノ富士の独走がさらにひどかったことを考えると今場所の功労者である。身体能力が高く,今場所はそれに加えて右四つになるのが早く,投げの打ち合いも制するなど技巧が見られた。このまま右四つの本格派として開花してほしい。一山本は喋りが闊達すぎてYouTuberっぽいと評されていたのが一番おもしろかった。確かにインタビューを見ていても,終わり間際に「チャンネル登録よろしくお願いします」っていいそうな雰囲気があった。相撲もよく動く取り口ではつらつとしており,良い意味で社会人経験者とは思えない若々しさがある。終盤,勝ち越しがかかったプレッシャーで動きが硬かったのがもったいない。最後に,復活の宇良。居反りなどの技巧はそのままに押す力が圧倒的に増して帰ってきた。この人に敢闘賞が無かったのはあまりにもケチである。


豊響が引退した。北の富士に「平成の猛牛」とあだ名をつけられ,とにかく一直線に押す相撲で注目を浴びていたが,猛牛すぎて変化や横の動きには弱かった。山口県の響灘に面する豊浦町の出身で,後援会の名誉会長は安倍晋三であった。2005年の初土俵から出世は早く2007年には幕内にいたが,上位には定着できず,前頭の中盤・下位を移動していた。2018年以降は体調が思わしくなく,幕下でとっていたが,この度とうとう十両復帰を諦めた形だが,十分に長い力士人生であり,その長寿を誇ってよい。

旭日松が引退した。現在でこそ大量の塩まきパフォーマンスといえば照強だが,数年前はこの人であった。気風の良い押し相撲をとる力士ではあったが,押し相撲を貫徹するには身体が小さく馬力が足りず,幕内では押し負ける相撲が多かった。幕内在位はわずかに4場所だが,取り口や塩まき以外にも明るく楽しいキャラで印象が強い。この人も2018年以降は幕下で長くとっていたが,6月に引退届を出していた。

勢が引退した。稀勢の里・豪栄道・栃煌山と同年代のいわゆる「花のロクイチ組」の一人であるが,出世は遅く,2005年に初土俵で新入幕は2012年3月である。しかし,その後は長く幕内に定着し,典型的なエレベーター力士であった。最高位は関脇。右腕の使い方がとにかく巧みで,右四つで寄るというよりは右下手投げ・すくい投げが強く,左四つからの小手投げも強烈であったが,不思議と右上手投げだけはあまり見なかった。個人的には右すくい投げの印象が強い。身長が195cmと恵まれた体格で膂力もあったが,器用さに欠けるところがあり,右腕が効かなければ何も出来ず,ケガも多かった。ケガが多い割に強行出場するため,連続出場1090回という大記録を持つが,適当に休場していた方が力士寿命が延びていた気がしないではない。歌が上手い力士としても有名で,いろいろな意味でキャラの濃い力士であった。お三方とも,お疲れ様でした。

朝乃山が大関から関脇になるが,これは張り出しになると予想して組んだ。ならない場合は,以下全員半枚ずつずれて,最後は徳勝龍が前頭17枚目の西になる。十両との入れ替えは再入幕の豊山と新入幕の水戸龍が入り,千代の国と大奄美が下がる。千代の国は本来なら残れる成績だが,不運な陥落ということになりそう。新入幕の水戸龍は楽しみ。十両と幕下の入れ替えは数が多い。謹慎中の竜電と解雇が濃厚そうな貴源治もあわせて4人の枠が空く見込みで,北青鵬・美ノ海・村田改め朝志雄はすでに十両昇進との報道があった。あと1人は寺沢が濃厚か。

2021年名古屋場所

この記事へのコメント
更新お疲れ様です。

初日、現地に観戦に行き、これはさぞ盛り上がる場所になるだろうなぁとも思いましたが、中盤あたりから内容自体も淡白になってしまったかなという印象でした。

照ノ富士に関しては、怪我の悪化が場所中に起きない限りは問題なしかと思いました。無事に綱とり成就。14勝は自己ベスト更新する成績で立派としか言いようがないです。

幕内中位は豊昇龍の成長が印象的でした。若隆景戦や逸ノ城戦での下手投げや正代戦での足技ももちろんですが、阿武咲や千代大龍を一発で持って行った相撲が印象的でした。逸ノ城戦の取り直しで最初で一気に寄り切れるようになれれば、相当なものですが、そうなる日も意外に早いかも。

白鵬に関しては、自分の中でもなかなか考えがまとまらないなぁという印象ですね。いろいろとtwitter界隈を巡回していても、白鵬ファンでも千秋楽の相撲を「良い相撲」という人は案外少なく、白鵬の心中をどう見るかという感情の問題になっている気がします。
これに関しては、肯定したくもないけど、否定したくもないという、とても難しい感情が渦巻いています。
千秋楽の相撲、個人的には「すごい相撲」を見たなぁという感じでした。「良い相撲だったなぁ」ではなく「あれ、すごかったな」という感じ。現役を続けている以上、右膝も今より良くなることはない白鵬が15日間再び皆勤できるかは未知数だと思います。照ノ富士はリベンジの機会を迎えることができるのでしょうか。
Posted by gallery at 2021年07月23日 15:01
コメントありがとうございます。
そうそう,照ノ富士は自己ベストでもあるんですよね。お見事です。
豊昇龍はおっしゃる通り,寄る力も増している感じですね。

>白鵬に関しては、自分の中でもなかなか考えがまとまらないなぁという印象ですね。〜〜
私自身も割とそうですが,省エネ相撲や単なる奇策ならまだ擁護できたのですが,あのエルボーだけはどうにも許せないという人が多かったのだろうと思います。
私はそこまでTwitterを調べていませんが,白鵬の熱心なファンでもあれだけはやめてほしかったという人もいるのでは。

>右膝も今より良くなることはない白鵬が15日間再び皆勤できるかは未知数だと思います。照ノ富士はリベンジの機会を迎えることができるのでしょうか。
そうなんですよね。
だからこそなおさら,今場所だけはまっとうに衝突してほしかったと思います。
次の機会が,それもまた次も両者良い成績で,優勝決定戦の形でぶつかることになることを期待しています。
Posted by DG-Law at 2021年07月24日 00:58
もしも15日間出られたら優勝だろうと思っていた白鵬が全勝優勝した場所でした。千秋楽の取り組みは、なりふり構わず持ち味すべてを出し尽くして、ガッツポーズまで飛び出さないと勝てなくて、とうとう白鵬も必勝ではいられない相手が誕生した場所ともなりました。貴景勝の首の故障も心配で、今から突き押し相撲を変えられないでしょうし。

豊昇龍が強くなっただけに、若隆景の黒星の多さが残念。目立った弱点があるわけでもなく、体調不良でもなさそうですが、かつて肩透かしで旋風を巻き起こした翠富士同様に新しい相撲を身につける必要がありそうです。

十両は阿炎がまた全勝かと思いきや、こちらも足の怪我で連敗が。でも幕内復帰は遠くないでしょう。連勝で幕内復帰が容易に見えた白鷹山の怪我は惜しかった。幕下は、北青鵬が相撲は上手くないものの、恵まれた体を生かして優勝、そして十両昇進。外国人力士だと獅子が思ったより勝てませでした。十両が遠い。

天風は負け越しましたが友風は6勝と好調。十両復帰までに足の力を取り戻せれば良いのですが。11月は九州開催だそうで、その頃には新型コロナウイルスの心配が減っていることを願います。
Posted by EN at 2021年07月24日 20:48
コメントありがとうございます。
>もしも15日間出られたら優勝だろうと思っていた白鵬が全勝優勝した場所でした。
そこは割と皆そう思っていたところですよね。なりふり構わなかった千秋楽はどちらかというと衰えを感じたところではあります。
貴景勝はそれでも突き押し相撲を突き通すでしょうが……

若隆景は壁にぶち当たりましたね。おっつけ以外の技を身につけるまでは苦労しそうです。逆に豊昇龍は押す・寄る力が増してきていて弱点が消えつつありますね。

阿炎は今場所も十両優勝かなと思われたので,ケガで負けが込んだのは意外な展開でした。十両はそこまで甘くなかった。トゥルボルドも幕内が随分遠かったですね。
幕下だと,確かに獅司は期待して見ています。久々に相撲では新しい国からの出身者ですね。十両まで来ると話題になりそうです。北青鵬はまだまだ身体だけで相撲をとっている感じはありますね。

9月はともかく,九州の頃にはワクチン接種が大規模に済んでいると思いたいですね。
Posted by DG-Law at 2021年07月26日 04:45