2021年07月27日

最近読んだもの・買ったもの(マリー・アントワネット関連作品2つ)

・『傾国の仕立て屋ローズ・ベルタン』1〜5巻。
→ 王妃マリー・アントワネット付のモード商となり,ルイ16世治世下のフランスのファッションの中心にいた人物マリー・ジャンヌ・ベルタンの伝記的な作品。
→ 主人公のベルタンは「仕事しよ」が口癖の有能なワーカホリックで,内に男性社会への反発・ファッションへの激しい情熱・強い功名心を持った女性として描かれている。この点では典型的な,ともすれば陳腐な領域に入るかもしれない,前近代の女性の立身出世物と言えよう。ただし,かなり出世欲が強い人物として描かれているのはやや珍しいか。
→ 主人公はあくまでベルタンであるが,同時期に活躍した髪結師レオナール・オーティエとは名コンビを組んでいて,ベルタンの出世に一役買う重要人物としてデュ・バリー夫人や,もう一人の主人公たるマリー・アントワネットも登場して,徐々に歴史の歯車が動いていく。ちょっと面白いのは作者すら予想していなかったことに,シャルトル公爵夫人(後のオルレアン公フィリップ・エガリテの妻)が主要登場人物に浮上していて,物語を上手く動かしているのは既存のマリー・アントワネット物にはなかなか見られない光景か。そもそも史実ではシャルトル公爵夫人こそがベルタンの出世を助けた人物であるようなのだが,本作では当初それをデュ・バリー夫人にやらせようとしていたようであった。しかし,宮廷でベルタンを助ける役がデュ・バリー夫人の一人だけでは足りなくなって,そこを史実に助けてもらっている形なのだろう。ベルタンの個人史としてはまだまだ序盤を扱っている段階の本作であるが,だからこそというべきか,デュ・バリー夫人とシャルトル公爵夫人のインパクトが非常に強い。(作中の時代が1774年4月まで来ているのでもうすぐデュ・バリー夫人は引退なのだが)
→ 政治史やマリー・アントワネット周りの物語は概ね史実通りに進んでいて,マリー・アントワネットを扱ったものとしては定番の「王女メディアのタピスリー事件」「結婚証明書にインクの染み事件」「挨拶戦争」等の事件も扱われているが,そこにファッションを織り込んでくるのが本作の創作性の発露と言えよう。たとえば「挨拶戦争」の解決にもベルタンのアイデアが入り込むのだが,これがなかなか面白い。どういう解決なのか気になった方は本作の読者に向いている。
→ また,大筋ではない部分では改変が多いようで,『乙女戦争』同様に単行本で改変部分の補足説明が多めに入っている。私も詳しくない時代・分野であるので,読者としてありがたい。なお,最大の史実改変はベルタンの容姿で,実際のご本人はあまり美しくなかったようであるが,本作のベルタンは派手さはない美人くらいの容姿で,シャルトル公に口説かれていたりもする。ここは漫画の「顔」である主人公なので仕方のない部分か。
→ ファッション漫画としての出来は正直わからないが,歴史漫画としての本作はいまのところ非常に面白い。5巻時点でやっと1774年4月,まだベルタンとマリー・アントワネットが会ってすらいない。このペースで行くなら完結は早くとも15巻くらいにはなると思われ,そこまで連載が持つことを切に願う……普通にけっこう売れているようなので,そこまで心配しなくてもよさそうだが。





・『悪役令嬢に転生したはずがマリー・アントワネットでした』1・2巻。
→ タイトル通りの作品。言われてみると,史実で最も有名な悪役令嬢である。
→ 転生物あるあるの歴史知識豊かな人が転生したかと思いきやそうではなく,フランス革命で処刑された程度の知識しか持たない(18世紀のフランスを「中世」だと思っている)現代人の女性が転生しているのが本作の特徴である。彼女は当然処刑エンドを避けるべく行動するも,上手く行かなかったり努力が明後日の方向だったり,「現代人しぐさ」でとんでもない言動をしてしまったりする。その結果として1巻から早々に「挨拶戦争」を1年ほど前倒しで解決することになったりしたが,これが吉と出るか凶と出るか,作者のみぞ知る。そもそも史実を知っている人間からすると「革命に至っちゃってもヴァレンヌ逃亡事件でへまをこかなければ,多分死なないよ」ってアドバイスしてあげたくなる程度には,本作の主人公は必死である。
→ そういうわけで早々に史実改変が入るので,史実に忠実も何も無いのだが,歴史に詳しくない現代人が転生したら確かにこうなるし,その結果の史実はこう変わっちゃうだろうなという納得感は強く,史実改変は上手いと思う。単行本2巻時点ではまだ1774年5月でルイ15世が死に,ルイ16世の即位が決まったところであるが,この先にどういう改変が入るのか,特に本作がアメリカ独立戦争をどう扱うのかが非常に気になっている。
→ 偶然にもマリー・アントワネットを扱った作品が2つ並走しているわけだが,ルイ15世やルイ16世,シャルトル公,デュ・バリー夫人,ルイ15世の娘未婚三人組,ノワイユ夫人あたりは本作も『ローズ・ベルタン』もほぼ全く変わっておらず,共通点になっているのが面白い。記録が多く残っていて創作の余地が無いという事情もあろうが,彼らのキャラが濃すぎて改変の必要もないのだろうなとも思った。逆にショワズール公のキャラは全然違うし,『ローズ・ベルタン』では重要人物になっているシャルトル公爵夫人は本作では全く登場しない。また,『ローズ・ベルタン』では第一回ポーランド分割は扱われないが,本作では単行本2巻で墺仏関係の重大事件として扱われる。扱う歴史的事件の差異の比較も面白いところだろう。
→ そういうわけで個人的には楽しく読んでいて今後の展開が気になりまくっているのだけれども,近隣のいくつかの本屋やオタク系ショップで未入荷で,結局そこそこ大きい本屋で買ったので続刊するかどうかを心配している。とりあえずここで宣伝しておきたい。