2021年11月22日
Webメディアの雑な歴史記事への指摘2件
・米国エリート教育と第1次世界大戦の深い関係 GAFAがリベラルアーツ教育を重視する理由(東洋経済オンライン)
→ この記事の歴史理解があまりにもひどい。半年経過している記事ではあるし,どの程度ページビューを集めた記事なのかもわからないが,このまま何も論評されずに放置されるのも不健全なネット社会だと思うので,まずい箇所別に指摘を入れていく。ただし,紙幅の関係でこういう表現になったのかもしれないと思う箇所もあるので,『教養としてのギリシャ・ローマ 』という単著もあるようだからそちらを読んで判断するべきなのかもしれない。
>12世紀の十字軍遠征の時代、拠点だったイタリアには、戦利品としてアラビア地域から古代ギリシャ学問の文献が大量に持ち込まれました。その翻訳作業を担うために発足した知識階層の組合が、今日の大学の前身と言われています。
12世紀ルネサンスを呼んだ翻訳活動は十字軍とは直接的な関係が薄く,重要な文献の大半がトレドとパレルモで翻訳されている。イタリアが大学の先進地域で,最初期の大学はラテン語に翻訳されたイスラーム世界由来の文献が教科書に使われていたから,イタリアでも翻訳活動はあっただろうが,トレドとパレルモを無視したこの説明は誤解を招くし,著者が正確な知識を持っているか疑われても仕方がない。加えて,中世の大学においても自由七学芸はあくまで基礎教養であって,無論のことながら人文学部が置かれた大学もあるが,基本は神学・法学・医学部の専門課程を学ぶのが大学であった。中世の大学起源について自由七学芸に焦点を当てすぎるのも誤解含みになってしまう。
>その古典学問を再発見することで起こった一大ムーブメントが、いわゆる「ルネサンス(文芸復興)」です。
12世紀ルネサンスと”ルネサンス”の区別くらいつけてほしい。著者がついていたとしても読者には不親切であろうし,本稿の読者の知識水準を考えると12世紀ルネサンスというタームを知っている人も多いはずで,首をかしげられたのではないか。
>古代ギリシャ学問の領域は、自然学、天文学、修辞学、論理学、数学、幾何学、哲学、建築や造船、芸術の分野など多岐にわたります。「ヘレニズム」と呼ばれるこれらがリベラルアーツの起源であり
古典的な意味でのリベラルアーツは文法・修辞・論理・幾何・算術・天文・音楽の7科目であってそれ以外を含むのは現代的な定義である。中世の大学を説明する文脈でこれを混ぜ込んでしまうのは誤解を招きかねず,面倒だからといってその説明を端折るべきではない。
>それまでのヨーロッパは、「暗黒時代」と呼ばれるほど破壊と略奪が数世紀にわたって繰り返され、荒廃しきっていました。
いつの時代の歴史観だよ。
>1914年に始まった第1次世界大戦は、神聖ローマ帝国崩壊後のドイツ、オーストリア=ハンガリー帝国や、オスマン帝国、ブルガリアという古参の秩序を保った国家と、大航海時代を経て大きく台頭したイギリス・フランスを中心とする西ヨーロッパ諸国との対立の図式でした。
この段落は全く意味がわからない。知識として誤っているというわけではないから余計に。第一次世界大戦の文脈で「神聖ローマ帝国崩壊後のドイツ」を引く意味はあるか。言うまでもなくドイツ帝国は統一されている。第一次世界大戦からそれほど遠くなく成立した新興国家ブルガリアが古参の秩序を保った国家とはどういう理屈だろうか。「大航海時代を経て大きく台頭したイギリス・フランス」も,そんな数百年単位のスパンで引用する枕詞でもあるまい。協商国を「西ヨーロッパ諸国」というのも意味不明で,ロシアの存在が消えている。リベラルアーツを重視した国々に優位があったという論旨のためにロシアを消したのなら悪意がある。あるいはロシア革命で途中で脱落したから欠いたということか。
>世界秩序は西ヨーロッパ諸国主導、さらにアメリカ主導へと大きく塗り替えられていきます。それに伴い、長く世界の中心だった地中海は、その地位をアメリカ両岸に位置する太平洋・大西洋に譲りました。
その3段落前に自分で「大航海時代の新大陸発見により、世界は地中海中心から大西洋・太平洋の二大洋の時代となり」と書いているのを忘れている? 論旨が崩壊しているのだが,筆者はともかく編集者も気づかなかったのだろうか。
・モンゴル語教育激減、中国が内モンゴルで「文化的ジェノサイド」(JBpress)
→ よりひどいのがこちらで,学者が書いたわけではないということを差し引いても(言うても近現代中国史の著作があるノンフィクション作家なのだが),媒体がかたいものではない点を差し引いても,なお知識の誤りが多い。こちらは前記事と違って私以外に指摘している人が極わずかにいたが,誤りのレベルを考えると全く批判されていないに近い状態であるので,やはりおかしな点を以下にまとめておく。あまりにも誤りが多いので私も気づいていないものもありそうだ。ここまで事実誤認があると論旨の説得力もない。
>古くは、11世紀にチンギス・ハーンが中央アジアに分散していたモンゴルの遊牧民を統一し、イラン、東ヨーロッパ、中央アジアから中国まで征服して、モンゴル帝国を打ち立てたことはよく知られている。
モンゴル帝国の成立は1206年なので13世紀。またモンゴル高原は普通中央アジアには入れない。加えてチンギスの時代にはまだイラン・東欧・中国を完全征服できていない。
>朱元璋は明王朝を打ち立て、漢族支配を高らかに宣言した。モンゴル高原でまた遊牧生活に戻ったモンゴル帝国の末裔たちは、その後の国際政治に翻弄されることになった。
モンゴル高原の遊牧国家は明朝に対して優位に戦ってる歴史は無かったことになったようだ。エセンやアルタンが泣くぞ。
>17世紀初め、中国東北部に住む満州族(女真)が、明王朝を滅ぼして清王朝を樹立すると、モンゴルの文化や伝統を尊重した。
明朝の滅亡は李自成の反乱によるものであって清朝に滅ぼされたわけではない。17世紀初頭も誤りで,明朝の滅亡は1644年。
>満州族は文字を持たなかったため、当初はモンゴル語を清王朝の公用文字として使ったくらいだ。
「モンゴル語が公用文字」という表現に違和感は無かったのだろうか。モンゴル文字の誤りだろう。
>1911年、孫文が「漢民族の国家を再興する」という旗印を掲げて辛亥革命を起こし
孫文は辛亥革命勃発後に国外から急いで帰国したのであって,革命を起こした張本人ではない。
>社会主義国・ソ連の影響力は強かった。中国に共産党を誕生させたばかりか、中国東北部に進出して鉄道を敷設して居座り、中華民国を揺さぶった。朝鮮半島にも影響力が及んだ。
ここからの近代史が本当にひどい。まず東清鉄道の敷設はロシア帝国と清朝の時代で,ソ連も中華民国も未成立。次に,ソ連が成立した頃には朝鮮半島は日本の統治下。この文脈でいうところの「影響力」は及びようもない。最後にこれは細かいので無視してもいいが,中国共産党の誕生は1921年,ソ連成立は1922年だから時系列が逆。
>これを足掛かりに、ロシア革命を経てソビエト連邦となっていた同国を中国・東北部から追い出し、そこに退位した清朝皇帝・溥儀をいただいて「満州国」(1932年)を樹立した。
追い出したのは張学良の奉天軍閥勢力で,東清鉄道の利権は満州国成立後にソ連から買い取っている。なお,ソヴィエト=ロシアは1919年のカラハン宣言で一度は東清鉄道の無償返還をうたったが,その後カラハン宣言を修正,結局利権を保持した。1929年に張学良が武力に訴えた際には返り討ちにしている。満州国から圧力を掛けられるとさすがに戦争への発展を危惧して売却した形であるが,いずれにせよ中華民国を蚊帳の外にした帝国主義国家間の交渉に過ぎず,本稿のように日本の奪取を肯定的に書けることではない。
今回偶然にも私の目についたのがこの2記事というだけで,実際には世の中に雑に書かれた記事が無数にあると思うと暗澹たる気分になる。しかし,やるだけ無駄とは考えず,気づいた範囲で(&自分の意欲と体力の範囲で)指摘を続けていきたい。
→ この記事の歴史理解があまりにもひどい。半年経過している記事ではあるし,どの程度ページビューを集めた記事なのかもわからないが,このまま何も論評されずに放置されるのも不健全なネット社会だと思うので,まずい箇所別に指摘を入れていく。ただし,紙幅の関係でこういう表現になったのかもしれないと思う箇所もあるので,『教養としてのギリシャ・ローマ 』という単著もあるようだからそちらを読んで判断するべきなのかもしれない。
>12世紀の十字軍遠征の時代、拠点だったイタリアには、戦利品としてアラビア地域から古代ギリシャ学問の文献が大量に持ち込まれました。その翻訳作業を担うために発足した知識階層の組合が、今日の大学の前身と言われています。
12世紀ルネサンスを呼んだ翻訳活動は十字軍とは直接的な関係が薄く,重要な文献の大半がトレドとパレルモで翻訳されている。イタリアが大学の先進地域で,最初期の大学はラテン語に翻訳されたイスラーム世界由来の文献が教科書に使われていたから,イタリアでも翻訳活動はあっただろうが,トレドとパレルモを無視したこの説明は誤解を招くし,著者が正確な知識を持っているか疑われても仕方がない。加えて,中世の大学においても自由七学芸はあくまで基礎教養であって,無論のことながら人文学部が置かれた大学もあるが,基本は神学・法学・医学部の専門課程を学ぶのが大学であった。中世の大学起源について自由七学芸に焦点を当てすぎるのも誤解含みになってしまう。
>その古典学問を再発見することで起こった一大ムーブメントが、いわゆる「ルネサンス(文芸復興)」です。
12世紀ルネサンスと”ルネサンス”の区別くらいつけてほしい。著者がついていたとしても読者には不親切であろうし,本稿の読者の知識水準を考えると12世紀ルネサンスというタームを知っている人も多いはずで,首をかしげられたのではないか。
>古代ギリシャ学問の領域は、自然学、天文学、修辞学、論理学、数学、幾何学、哲学、建築や造船、芸術の分野など多岐にわたります。「ヘレニズム」と呼ばれるこれらがリベラルアーツの起源であり
古典的な意味でのリベラルアーツは文法・修辞・論理・幾何・算術・天文・音楽の7科目であってそれ以外を含むのは現代的な定義である。中世の大学を説明する文脈でこれを混ぜ込んでしまうのは誤解を招きかねず,面倒だからといってその説明を端折るべきではない。
>それまでのヨーロッパは、「暗黒時代」と呼ばれるほど破壊と略奪が数世紀にわたって繰り返され、荒廃しきっていました。
いつの時代の歴史観だよ。
>1914年に始まった第1次世界大戦は、神聖ローマ帝国崩壊後のドイツ、オーストリア=ハンガリー帝国や、オスマン帝国、ブルガリアという古参の秩序を保った国家と、大航海時代を経て大きく台頭したイギリス・フランスを中心とする西ヨーロッパ諸国との対立の図式でした。
この段落は全く意味がわからない。知識として誤っているというわけではないから余計に。第一次世界大戦の文脈で「神聖ローマ帝国崩壊後のドイツ」を引く意味はあるか。言うまでもなくドイツ帝国は統一されている。第一次世界大戦からそれほど遠くなく成立した新興国家ブルガリアが古参の秩序を保った国家とはどういう理屈だろうか。「大航海時代を経て大きく台頭したイギリス・フランス」も,そんな数百年単位のスパンで引用する枕詞でもあるまい。協商国を「西ヨーロッパ諸国」というのも意味不明で,ロシアの存在が消えている。リベラルアーツを重視した国々に優位があったという論旨のためにロシアを消したのなら悪意がある。あるいはロシア革命で途中で脱落したから欠いたということか。
>世界秩序は西ヨーロッパ諸国主導、さらにアメリカ主導へと大きく塗り替えられていきます。それに伴い、長く世界の中心だった地中海は、その地位をアメリカ両岸に位置する太平洋・大西洋に譲りました。
その3段落前に自分で「大航海時代の新大陸発見により、世界は地中海中心から大西洋・太平洋の二大洋の時代となり」と書いているのを忘れている? 論旨が崩壊しているのだが,筆者はともかく編集者も気づかなかったのだろうか。
・モンゴル語教育激減、中国が内モンゴルで「文化的ジェノサイド」(JBpress)
→ よりひどいのがこちらで,学者が書いたわけではないということを差し引いても(言うても近現代中国史の著作があるノンフィクション作家なのだが),媒体がかたいものではない点を差し引いても,なお知識の誤りが多い。こちらは前記事と違って私以外に指摘している人が極わずかにいたが,誤りのレベルを考えると全く批判されていないに近い状態であるので,やはりおかしな点を以下にまとめておく。あまりにも誤りが多いので私も気づいていないものもありそうだ。ここまで事実誤認があると論旨の説得力もない。
>古くは、11世紀にチンギス・ハーンが中央アジアに分散していたモンゴルの遊牧民を統一し、イラン、東ヨーロッパ、中央アジアから中国まで征服して、モンゴル帝国を打ち立てたことはよく知られている。
モンゴル帝国の成立は1206年なので13世紀。またモンゴル高原は普通中央アジアには入れない。加えてチンギスの時代にはまだイラン・東欧・中国を完全征服できていない。
>朱元璋は明王朝を打ち立て、漢族支配を高らかに宣言した。モンゴル高原でまた遊牧生活に戻ったモンゴル帝国の末裔たちは、その後の国際政治に翻弄されることになった。
モンゴル高原の遊牧国家は明朝に対して優位に戦ってる歴史は無かったことになったようだ。エセンやアルタンが泣くぞ。
>17世紀初め、中国東北部に住む満州族(女真)が、明王朝を滅ぼして清王朝を樹立すると、モンゴルの文化や伝統を尊重した。
明朝の滅亡は李自成の反乱によるものであって清朝に滅ぼされたわけではない。17世紀初頭も誤りで,明朝の滅亡は1644年。
>満州族は文字を持たなかったため、当初はモンゴル語を清王朝の公用文字として使ったくらいだ。
「モンゴル語が公用文字」という表現に違和感は無かったのだろうか。モンゴル文字の誤りだろう。
>1911年、孫文が「漢民族の国家を再興する」という旗印を掲げて辛亥革命を起こし
孫文は辛亥革命勃発後に国外から急いで帰国したのであって,革命を起こした張本人ではない。
>社会主義国・ソ連の影響力は強かった。中国に共産党を誕生させたばかりか、中国東北部に進出して鉄道を敷設して居座り、中華民国を揺さぶった。朝鮮半島にも影響力が及んだ。
ここからの近代史が本当にひどい。まず東清鉄道の敷設はロシア帝国と清朝の時代で,ソ連も中華民国も未成立。次に,ソ連が成立した頃には朝鮮半島は日本の統治下。この文脈でいうところの「影響力」は及びようもない。最後にこれは細かいので無視してもいいが,中国共産党の誕生は1921年,ソ連成立は1922年だから時系列が逆。
>これを足掛かりに、ロシア革命を経てソビエト連邦となっていた同国を中国・東北部から追い出し、そこに退位した清朝皇帝・溥儀をいただいて「満州国」(1932年)を樹立した。
追い出したのは張学良の奉天軍閥勢力で,東清鉄道の利権は満州国成立後にソ連から買い取っている。なお,ソヴィエト=ロシアは1919年のカラハン宣言で一度は東清鉄道の無償返還をうたったが,その後カラハン宣言を修正,結局利権を保持した。1929年に張学良が武力に訴えた際には返り討ちにしている。満州国から圧力を掛けられるとさすがに戦争への発展を危惧して売却した形であるが,いずれにせよ中華民国を蚊帳の外にした帝国主義国家間の交渉に過ぎず,本稿のように日本の奪取を肯定的に書けることではない。
今回偶然にも私の目についたのがこの2記事というだけで,実際には世の中に雑に書かれた記事が無数にあると思うと暗澹たる気分になる。しかし,やるだけ無駄とは考えず,気づいた範囲で(&自分の意欲と体力の範囲で)指摘を続けていきたい。
Posted by dg_law at 23:14│Comments(0)