2021年11月16日

2021年6〜10月に行った美術館(渡辺省亭・川瀬巴水・天台宗)

感想記事をサボりにサボっていたのでまとめて消化。

東京芸大の渡辺省亭展。渡辺省亭は明治期に活躍した花鳥画の名手で,海外で評価されたが,日本での知名度は低い。その理由は展覧会に行ってなんとなくわかった気がした。感想を書くのが億劫になる程度には特徴が無いのだ。渡辺省亭の特殊さは活躍時期が明治期であったことと,海外で評価されたこと,エドガー・ドガと交流があったこと,涛川惣助とコンビを組んで七宝焼にも携わったこと……と多岐に渡る。しかし,いずれも作品そのものへの評価ではない。もちろん花鳥画としては抜群に上手いのだが,このくらい上手い人は日本美術史上他にもいたわけだ。その時代を表象していることでもって美術史には刻まれるべきであろうが,こうして回顧展で見て楽しいかどうかは別問題である。現在の低すぎる評価は覆されるべきであろうとは思うものの,そのパワーがあるかはちょっとわからない。展覧会の感想としてこういうものになるのは珍しいので,これはこれで行った価値があったかなと思う。


SOMPO美術館の川瀬巴水展。大正から昭和にかけて活躍した版画家で,何人かいる「最後の浮世絵師」と言われる画家の1人である。同じようなポジションの画家に吉田博がいるが,実際にこの2人は風景画が主体で,どちらもしばしば旅行に出かけて写生し,帰宅後にコンビを組んでいる彫師や摺師と一緒に一気に作品を仕上げてしまうという制作スタイルも同じで,海外でも人気を博したことも共通する。逆に相違点を探すと,吉田博は登山家だが川瀬巴水は登らない,吉田博は人物を苦手としていたが川瀬巴水にその様子は無いことか。画風ももちろん違いがあって,川瀬巴水の方が色彩のコントラストが強めて,吉田博は淡くグラデーションの美しさに定評がある。個人的には登山家である親近感を差し引いても吉田博の方が好きだなーと思いながら眺めていたら,展覧会の終盤に,川瀬巴水の収集家だったスティーブ・ジョブズが「ノー,(吉田博よりも)巴水こそベストだ!」と言っていたらしく,やつとは美的感性が合わないことを再確認した。自分の中のアンチアップルの精神が成長した。今後もAndroid使うわ。まあそれはそれとして,ジョブズの審美眼にかなった画家というのはやはり偉大であろうと思う。なお,川瀬巴水展は展覧会期間が長く,年末までやっているのでジョブズの審美眼を確認したい方はぜひ。版画であるため作品数が多く,新しくなったSOMPO美術館の広さも相まってボリューミーな展覧会になっている。



東博の天台宗展。東博だとこの1つ前の聖徳太子展にも行っているのだが,サントリー美術館の聖徳太子展とまとめて書きたいので,少々お待ちいただきたい。さて本展は比叡山延暦寺の寺宝や最澄・円仁・円珍の活躍を中心に,日本全国の天台宗の寺院から寺宝をかき集めて展示したもので,今年の東京都の美術館の企画展としては最大規模のものであろう。企画展名「天台宗と最澄のすべて」は伊達ではない。現存最古の最澄の肖像画(国宝)からして教科書で見たやつとなること請け合い。その他にも最澄直筆の手紙,嵯峨天皇の宸筆等の国宝や重文がどんどん登場する。あとは日本史関連だと『往生要集』や慈円の消息の展示もあった。なお,延暦寺の宝物のうちの一部は宝箱からの開封に朝廷の許可が必要というルールが現存していて,今回も大真面目に宮内庁におうかがいを立てたという時代がかったエピソードがあり,その様子が撮影された動画が公開されている。私はこの場に立ち会ったら吹き出さない自信が無い。

それ以外にも最澄・円仁・円珍の足跡がわかるような展示や説明が豊富になされている。地方への広がりという点では,東京ならではの話題としてやはり天海と東叡山寛永寺・日光山輪王寺(日光東照宮)がクローズアップされていて,上記3人以外では例外的にかなりのスペースをとっていた。そういうわけで全く予期していなかったのだが,「摩多羅神二童子像」の本物を拝むことができて非常に感動した。『東方天空璋』の元ネタと言っても過言ではない絵画作品で,『闇の摩多羅神』の表紙にもなっているあの作品である。この天台宗展は東京・九州・京都の3つの国立博物館を巡回するのだが,地域色を出すために天海関連のものは東京展でしか展示されないようだ。プチ聖地巡礼を楽しみたい方は東京展で行くことをお勧めしたい。

闇の摩多羅神
川村 湊
河出書房新社
2008-11-19



この記事へのコメント
全くもって個人の感想ですが、『最澄と天台宗のすべて』展で感じたのは、教科書で並んで覚える最澄と空海であるけれども、両者を比較するとどちらも高水準ながら、個人としてはおそらく"弘法大師"空海の方がより著名である一方、宗派としての後世への影響力については真言宗より天台宗の方が大きかったのかなということでした。(天台宗展だからということも大きいかもしれないですが。)

川瀬巴水展については、SOMPO美術館の直前まで大田区立郷土博物館で行われていた展覧会が、流石地元?なだけあって前・後期計400点ほどの展示があり、あまりコスパのようなことを言うのも野暮ですけど、これで本当に無料かと思うような質と量でした。SOMPO美術館の方では版元にある作品も見ることができ、併せてこれで取り急ぎ一生分見たかなと思えるような感覚になりましたね。
Posted by ななし at 2021年11月18日 00:16
天台宗展のその感想は正しいかと思います。というよりも事実として天台宗は総合大学であったがゆえに他宗派の開祖を輩出することができたわけで,そこへ行くと真言宗はより純粋な密教でありすぎたきらいはありますね。
空海が哲学者・思想家としても評価が高く,満濃池をはじめとする治水事業に様々な伝承がある一方で,最澄はより実務家として業績を残したとも言えるでしょう。

川瀬巴水は,大田区立郷土博物館で直前にやってたんですね。それは確かに両方見るとさらに見応えがあったことでしょう。たまにそういう合わせ打ちはありますね。
記事中にも書いた通り,前に東博で聖徳太子展がありましたが,今度はサントリー美術館で聖徳太子展がありますね。没後1400年記念で重なったのでしょう。
Posted by DG-Law at 2021年11月20日 03:35