2022年03月18日
2022受験世界史悪問・難問・奇問集 その１（慶應大・早稲田大途中まで）
今年も無事に公開に至ることができた。協力してくれる方々に感謝を申し上げたい。自分自身も例年より忙しさがやわらいだ２月で，少し書きやすかった。なお，３巻が発売しているので，2020年以前をまとめて読みたい方はこちらをお読みください。
＜収録の基準と分類＞
基準は例年とほぼ同じである。
出題ミス：どこをどうあがいても言い訳できない問題。解答不能，もしくは複数正解が認められるもの。
悪問：厳格に言えば出題ミスとみなしうる，国語的にしか解答が出せない問題。
→ 歴史的知識及び一般常識から「明確に」判断を下せず，作問者の心情を読み取らせるものは，世界史の問題ではない上に現代文の試験としても悪問である。
奇問：出題の意図が見えない，ないし意図は見えるが空回りしている問題。主に，歴史的知識及び一般常識から解答が導き出せないもの。
難問：一応歴史の問題ではあるが，受験世界史の範囲を大きく逸脱し，一般の受験生には根拠ある解答がまったく不可能な問題。本記事で言及する「受験世界史の範囲」は，「山川の『用語集』に頻度�，任發いい�らとりあえず記載があるもの」とした。
＜総評＞
昨年は17個と近年まれに見る少なさであったが，今年は30個に増加した。増加した理由であるが，まず昨年は文科省から高校の休校等への対応として入試を易しくするよう指示を出していて，これに対応した慶應大がそれなりに易しく，結果的に難問や悪問が少なかった。しかし，今年はそのような指示が無かったので元に戻り，特に法学部は２・３年前並のひどい状況になってしまった。また，早稲田大は（世界史のみならず他の教科・科目を含めて）出題が荒れ気味で，難しかったとか日本語が変とかいうよりも単純に校正ミスやら詰めの甘さやらでの問題不成立が多かった印象である。特に教育学部は，国語で爆発炎上していたが，世界史も同様に第三者の校正・検討がされていないと思しき出題ミスが多かった。新型コロナウイルス感染症対策で大学も疲弊しているのかもしれない。
以下，本編。
＜収録の基準と分類＞
基準は例年とほぼ同じである。
出題ミス：どこをどうあがいても言い訳できない問題。解答不能，もしくは複数正解が認められるもの。
悪問：厳格に言えば出題ミスとみなしうる，国語的にしか解答が出せない問題。
→ 歴史的知識及び一般常識から「明確に」判断を下せず，作問者の心情を読み取らせるものは，世界史の問題ではない上に現代文の試験としても悪問である。
奇問：出題の意図が見えない，ないし意図は見えるが空回りしている問題。主に，歴史的知識及び一般常識から解答が導き出せないもの。
難問：一応歴史の問題ではあるが，受験世界史の範囲を大きく逸脱し，一般の受験生には根拠ある解答がまったく不可能な問題。本記事で言及する「受験世界史の範囲」は，「山川の『用語集』に頻度�，任發いい�らとりあえず記載があるもの」とした。
＜総評＞
昨年は17個と近年まれに見る少なさであったが，今年は30個に増加した。増加した理由であるが，まず昨年は文科省から高校の休校等への対応として入試を易しくするよう指示を出していて，これに対応した慶應大がそれなりに易しく，結果的に難問や悪問が少なかった。しかし，今年はそのような指示が無かったので元に戻り，特に法学部は２・３年前並のひどい状況になってしまった。また，早稲田大は（世界史のみならず他の教科・科目を含めて）出題が荒れ気味で，難しかったとか日本語が変とかいうよりも単純に校正ミスやら詰めの甘さやらでの問題不成立が多かった印象である。特に教育学部は，国語で爆発炎上していたが，世界史も同様に第三者の校正・検討がされていないと思しき出題ミスが多かった。新型コロナウイルス感染症対策で大学も疲弊しているのかもしれない。
以下，本編。
慶應大・経済学部は収録なしとしたが，際どいものが２問あったので簡潔に記述しておく。１つは江戸幕府のポルトガル船の来航禁止（1639年）とオランダ商館の出島移設（1641年）のどちらが先かを問う問題で，長崎の出島が「鎖国」の完成であることは中学日本史の範囲であって，年号をはっきり覚えていなくてもそこから推測がつくと判断した。もう１つはケンペル（「鎖国」の名付け親）が日本に向かう途上で寄った都市を地図上から選ぶ問題で，ヒントはモスクワとイスファハーンの間に立ち寄ったことと油田があることという２つ，選択肢は実質的にバクーとトビリシの２択。正解はバクーで，バクー自体は範囲外である。しかし，当時のグルジア（ジョージア・サカルトヴェロ）はオスマン帝国領，対してアゼルバイジャンはサファヴィー朝の領土ということは普通に知っているはずの知識で，イスファハーンに行くのにわざわざオスマン帝国の領土を挟まないだろうという推測から，普通の受験生でも正解にたどりつけると判断した。厳しくとる人はこの２つも範囲外と考えるかもしれない。
１．慶應義塾大 商学部
＜種別＞難問
＜問題＞２ 問８ 下線部(g)に関連して（編註：19世紀後半のアメリカ合衆国の工業化），この時代を「金ぴか時代」と風刺した，当時のアメリカ合衆国を代表する作家は誰か。解答用紙Bの所定の欄に記入しなさい。
＜解答解説＞
2022年も商学部は全般的に易しい問題であったが，１問だけ満点だけは阻止するとでも言うように難問が置いてあった。正解はマーク＝トウェインで，以前の課程では低頻度ながら用語集に記載があったが，現在では消えている。ただし，用語集が拾っていないだけで東京書籍の教科書と実教出版の教科書には記載があった。本来であればこれは用語集頻度�△悩椶辰討い討靴�るべきところである。本企画で何度か説明している通り，山川の用語集は実質的に大学入試問題のベースとなっているために，教科書に載っている用語を全て採用・収録してしまうと受験生に細かい用語を問うことになってしまうから，編集している全国歴史教育研究協議会の判断であえて載せずに落としている用語がかなりある。つまり，全国歴史教育研究協議会の判断基準では，マーク＝トウェインや「金ぴか時代」は入試で問うには細かすぎるということなのだ。
この全国歴史教育研究協議会の方針は理解できるところであるが，近年の慶應大は明らかにこれを悪用して，用語集に載っていなくとも教科書のどこかに載っていれば出題してよいという自主的な判断に則って作問している。全国歴史教育研究協議会という本来何の権限もない一民間団体に入試の「範囲」を決められるのが癪なのだろうが，その作問姿勢は受験生に７冊の検定教科書全てを入手して隅々まで暗記することを強いてしまうのでやめてほしい。なお，商学部はこの他に「BLMと呼ばれるスローガンを英語で書け」という出題があった（正解はBlack Lives Matter）が，常識的な時事の範囲として収録しなかった。類題は2021年の早稲田大・商学部でも出題されていて，こちらは〔番外編〕としたが，2022年現在となってはもはや〔番外編〕とする価値も無いだろう。今後もまだまだ類題が出そう。
文学部は収録なし。用語集頻度�，離離奪�ス，�△離┘疋錙璽稗鏡ぁき△離織丱蝓次き，離劵蕁璽侫．髪親亜き，侶�地とやりたい放題だったが，巧妙に範囲外からの出題は避けていた。圏地が出題されたのは初めて見た。これだけあまりにもマイナーなので補足しておくと，清朝の八旗が政府から与えられた土地のうち，特に元々は漢民族の所有地だったものを指し，またそのために民間耕作地を強制的に収用した政策のこと。辮髪の強制と並んで漢民族の庶民から不評であったとのこと。
２．慶應義塾大 法学部
＜種別＞難問
＜問題＞１ ［設問１］ 下線部（ア）に関連して（編註：アフリカ西岸の探検），次の文章の (9)(10) に入る最も適切な語句を語群より選び，その番号を解答用紙の所定の欄にマークしなさい。
「航海王子」エンリケはアフリカ西岸航路の開拓を推進した。この探検の目的は，金などの入手の他に，当時存在すると信じられていたキリスト教王 (9)(10) の王国と連絡をとることにもあった。
01 アウィツォトル 02 アーサー 20 パチャクテク 29 プレスター＝ジョン
34 ムワタリ
（編註：関係のある選択肢のみ抜粋）
＜解答解説＞
以降，2022年も慶應大・法学部の地獄のロードが続く。がんばってついてきてほしい。さて，その１つめは一部の人のテンションが上がりそうな問題。正解はプレスター＝ジョン。モンゴル帝国が到来した時も遊牧民にネストリウス派がいたので，イスラームを倒すためのプレスター＝ジョンの救援が来たと信じたヨーロッパ人が多かったらしい。その後の大航海時代でも動機の一つとして稀に挙げられる。誤答のアウィツォトルはアステカ帝国の，パチャクテクはインカ帝国の皇帝。ムワタリはヒッタイト王。この辺の聞き覚えのないものはまず違うとして消し，アーサーもアーサー王伝説のひっかけ選択肢だろうから誤りとして消し，正解にたどり着いた受験生がいたかもしれない。語群の数は38で，例年の70〜80から比べるとかなり少なく，まだ消去法が可能そうな範囲。東京書籍のp.204に記述がある。
３．慶應義塾大 法学部（２つめ）
＜種別＞難問・出題ミスに近い
＜問題＞１ ［設問２］ 下線部（イ）に関連して（編註：ポルトガルはインド航路を探検した），ポルトガルの海外進出として（a）から（c）の出来事が下に示されている。（a）から（c）の出来事を古い順に正しく並べたものを［01］から［06］より選び，その番号を (11)(12) にマークしなさい。
（a） セイロン島占領 （b） マスカット占領 （c） マラッカ占領
［01］ （a）→（b）→（c）
［02］ （a）→（c）→（b）
［03］ （b）→（a）→（c）
［04］ （b）→（c）→（a）
［05］ （c）→（a）→（b）
［06］ （c）→（b）→（a）
＜解答解説＞
慶應大・法学部名物，範囲外からの出題ミス。ゴミである。この中で範囲内の情報で確実にわかるのは（c）のマラッカ占領の1511年しかない。（a）のセイロン島占領は用語集に「1505年に来航して交易所を建設」とあり，この当時の交易所であれば砦と一体であろうし，これは占領開始と言っていいだろう。また一般的な難関私大向けの受験指導や参考書ではこの年号で占領と教えられることが多い。たとえば山川の資料集は「1505年セイロン島を占領」としていて，『詳説世界史研究』も「1505年にセイロン島に進出」としているから，山川は1505年で統一されている。残った（b）のマスカット占領は用語集に記載がなく，厳しい。そもそもほとんどの受験生からするとマスカットはブドウの品種以外で思いつかず，当然場所も知らないだろう。しかし，ここで慶應大・法学部の悪習「用語集に載ってないが１冊の教科書の片隅には載っている」を想起して，教科書をさらってみると，帝国書院のp.145でヒットする。このページの地図中にある年号を拾うと「マスカット 1508年」とあるから，作問者はこれを見て作ってよしと判断したのだろう。よって正解は（a）1505年→（ｂ）1508年→（c）1511年で［01］になる。
……となるならまだよかったのだが，そうはいかないのが実に慶應大・法学部らしい。この帝国書院の教科書のp.145をよく見ると（可能ならこのページの画像を貼りたいところだった），同地図のセイロン島に1518年とあり，別記の表でも「1518年 ポルトガル，セイロン島占領」となっている。つまり，作問者がこの教科書のこのページを見て作ったなら（a）は1518年になるので，この場合の正解は（b）→（c）→（a）の［04］になる。このように，受験世界史として一般的な年号をとるか，例外的な年号を記載しているが明らかに作問のベースになった教科書を採用するかで正解が変わってしまう。複数正解は原理的に成り立たない問題であるから，正解を絞れない出題ミスである。
なぜこのようなことが起きたか。まず，大航海時代初期の欧州諸国はまだ力が弱く，一度は占領しても現地勢力に砦を破壊されて追い出され，再び占領するということがあったり，はじめは平和的に交易所を建てつつ徐々に要塞化したりしていたので，占領開始はこの年からという確固たる年号は示しにくい。そのため研究者が画期として最も妥当と思われる年号を選んで教科書に掲載することになる。しかし，研究者間で意見が割れることは当然にあり得るわけで，セイロン島の場合，山川は1505年をとり，帝国書院は1518年をとったということだ。したがって，こういうマイナーな年号を出題したい作問者は複数の教科書にあたる，また用語集を確認するということをして，年号に揺れがあるようなら出題しないとするのが常識的判断であり，とるべき行動である。この作問者はそれを怠って，1518年しかないと決め込んで出題した。また，少しでもこの分野に詳しい人なら，年号が定まらないことに思いが及んで避けると思われるので，詳しくない人の作問なのだろう。河合塾・代ゼミ・増田塾からも同様の指摘あり。駿台からは無理やり解答を出すならコロンボを占領した1518年を優先すべきだろうが，そもそもポルトガルは全島占領できていないのだから「セイロン島占領」という言葉自体が間違っているという別角度からの指摘。
これだけ予備校からボコボコに叩かれているのに当局発表は無いまま，大学から［04］のみ正答とする正解の発表があった。それは「本学の入試は山川出版社ではなく帝国書院に基づいているので，これからそちらを使って勉強してください」と言っているも同然であるのだが，さて過去の入試問題で山川の『新世界史』にしか載っていない事項を散々出題していたのはどこの大学のどこの学部の入試だっただろうか。ダブルスタンダードって言葉を知らないのかな。
４．慶應義塾大 法学部（３つめ）
＜種別＞難問
＜問題＞２ 18世紀に入るとサファヴィー朝は衰退し，アフガニスタンから進攻してきたアフガン人によって1722年に首都イスファハーンを攻略され，事実上滅亡した。以後イラン高原で，トルコ系遊牧民が (33)(34) 朝を，アフガン人が (35)(36) 朝を興した。
04 アフシャール 11 アワド 13 イドリース 23 ザイヤーン
27 ジャディード 39 ティフリス 40 ドゥッラーニー 53 ハフス
66 マリーン
（編註：関係のある選択肢のみ抜粋）
＜解答解説＞
イラン高原でサファヴィー朝とカージャール朝の間に勃興したトルコ系の王朝といえばアフシャール朝が代表例で，これが正解。しかし用語集に記載がなく範囲外であり，例によって東京書籍のp.321にのみ記載がある。消去法で選ぼうにも範囲外や頻度�，硫δ�が多いので難しい。また，ここでは王朝の誤答のみを並べたが，実際には王朝の名前ですらない見知らぬ用語も多く，そちらで間違えた受験生も多かろう。アフガニスタンの方は用語集頻度�，嚢猝椶�あるが，この�，脇韻犬�東京書籍のp.321を拾ったものと思われる。正解はドゥッラーニー朝。全国歴史教育研究協議会がドゥッラーニー朝は拾ってアフシャール朝を落とした理由はわからない。どちらも落選でよかったような。
なお，ドゥッラーニー朝はパシュトゥーン人がアフガニスタンのカンダハールを中心に建てた王朝であるので，「イラン高原で」と言われると違和感があるが，イラン高原を広くとる場合はヒンドゥークシュ山脈の麓までを含めるようなので，これは学術的に正しい用法と思われる。しかし，受験生が混乱するので，問題文で伏せているわけでもないのだから一言「アフガニスタンで」と入れておいてほしかった。
５．慶應義塾大 法学部（４つめ）
＜種別＞難問
＜問題＞２ ［設問１］ 下線部（ア）に関連して（編註：トルコ系・モンゴル系のイスラーム王朝），十字軍国家の最北に位置し，セルジューク朝の勢力と対峙したのは (37)(38) 伯領である。 (37)(38) に入る最も適切な語句を語群より選び，その番号を解答用紙の所定の欄にマークしなさい。
02 アッコン 12 アンティオキア 15 エデッサ 37 ダマスクス
39 ティフリス 43 トリポリ
（編註：関係のある選択肢のみ抜粋）
＜解答解説＞
範囲内外のグレーゾーンで迷ったが，収録した。十字軍国家は古い課程なら範囲内だったが，近年の課程ではイェルサレム王国（とラテン帝国）以外は教えない。仮に名前を覚えていても位置までは厳しい。十字軍国家は北からエデッサ伯国，アンティオキア公国，トリポリ伯国，イェルサレム王国の並びであるから，最北に位置したのはエデッサ。ローマ帝国とササン朝が戦ってウァレリアヌスが捕らえられたのもエデッサであるので，そちらを覚えていて，そちらのための誤答用選択肢と判断して検討から外した受験生もかなりいそう。現在でも資料集の十字軍国家の地図中にならエデッサ伯国の名前も位置も載っているので，これに見覚えがあった受験生なら解答できたか。
〔番外編〕慶應義塾大 法学部
＜問題＞２ ［設問２］ 下線部（イ）に関連して（編註：イラン＝イスラーム文化），後に『四行詩集』で知られることとなるウマル＝ハイヤームは，ワズィールであった (39)(40) の下で，ジャラーリー暦の制定に参加した。 (39)(40) に入る最も適切な語句を語群より選び，その番号を解答用紙の所定の欄にマークしなさい。
（編註：語群省略）
＜コメント＞
定説と言えるほど固まっているのかが私に判断できないし，受験世界史に下りてきている情報ということも無いので番外編とした。ウマル＝ハイヤームは詩人と天文学者で別人説がある。次の書籍の序文にあたる「『ノウルーズの書』解説」の��ページ以降をお読みいただきたい。
守川知子，稲葉穣『伝ウマル・ハイヤーム著 ノウルーズの書（附ペルシア語テキスト）』京都大學人文科學研究所附屬東アジア人文情報學研究センター，2011年。
別人説をとる場合は正解が無くなる。高校世界史で教えられる通りに同一人物説をとるなら，この時のセルジューク朝のワズィール（宰相）はニザーム＝アルムルク。以降，本企画では別人説が高校世界史に降りてくるまで本件を扱わない。
６．慶應義塾大 法学部（５つめ）
＜種別＞難問
＜問題＞２ ［設問６］ 下線部（カ）に関連して（編註：サファヴィー朝のアッバース１世は，港市バンダレ＝アッバースを開いて海上交易に力を注いだ），こうした国際商業活動を担ったのが (47)(48) 商人であり，アッバース１世はイスファハーンに彼らの居住区（ジョルファー）を設けて保護を与えた。 (47)(48) に入る最も適切な語句を語群より選び，その番号を解答用紙の所定の欄にマークしなさい。
01 アゼルバイジャン 03 アナトリア 10 アルメニア 22 グルジア
32 セファルディム 50 ハザール 69 ユダヤ
（編註：関係のある選択肢のみ抜粋，アゼルバイジャンは別の問題の解答）
＜解答解説＞
編註に書いた通り，別の問題の正解とわかればアゼルバイジャンは消せる。アナトリアはいかにも不自然として，ハザールとグルジアとアルメニアとセファルディムは習っていないからわからない。残ったユダヤを選びたくなるが，彼らの勢力圏はオスマン帝国領であってサファヴィー朝ではない。答えがない……という経路の思考で絶望した受験生が多かったのではないだろうか。正解はアルメニア。古来，中東の国際商人を多く輩出した民族で，オスマン帝国でもサファヴィー朝でも活躍している。一応，帝国書院の教科書p.143にそのままの記述があり，実教出版のp.222にも近い記述はある。やっぱり慶應大・法学部は受験生に主要教科書５冊の本文・脚注を全て１字１句覚えておいてほしいということなのだろうか。まあ，現状の高校世界史でアルメニア商人の影が薄すぎるという作問者の思いはわからないでもない。
７．慶應義塾大 法学部（６つめ）
＜種別＞難問
＜問題＞２ ［設問７］ 下線部（キ）に関連して（編註：カフカス），この地方におけるムスリム諸民族の激しい抵抗運動を目の当たりにし，1896年から1904年にかけて『ハジ＝ムラート』を執筆した文学者は (49)(50) である。 (49)(50) に入る最も適切な語句を語群より選び，その番号を解答用紙の所定の欄にマークしなさい。
06 アブデュルレシト＝イブラヒム 18 ガッサーン＝カナファーニー
24 サーブリーン 30 ストリンドベリ 35 タゴール
41 トゥルゲーネフ 42 ドストエフスキー 45 トルストイ
55 バラタ＝ナティヤム 60 ボーディセーナ 64 マフムード＝ダルウィーシュ
67 ムハンマド＝アフマド 70 ラシード＝アッディーン
（編註：関係のある選択肢のみ抜粋）
＜解答解説＞
2022年のクソ問オブジイヤー有力候補。本問は誤答が（受験生にとって）見知らぬ人名だらけでひどいので，先に紹介しておく。アブデュルレシト＝イブラヒムはタタール人のウラマーで，東京ジャーミイの創設者にして初代イマーム。ガッサーン＝カナファーニーは20世紀半ばのパレスチナの作家。サーブリーンはパレスチナのバンド。まさかの作家ではなく音楽集団だった。
バラタ＝ナティヤムは南インドの伝統舞踊の一種らしい。これが一番意味がわからなかった。他の問題の誤答のつもりで用意したのかもしれないが，人名にも見える以上は本問の誤答としても機能してしまう。ボーディセーナは菩提僊那のサンスクリット語名で，唐滞在中に日本に招かれて東大寺大仏の開眼供養を行った。日本史なら習うが世界史では一切習わないし，中学の歴史でも見ない。私は知ってはいたけど，あまりの脈絡のなさに見た瞬間笑ってしまった。どういう言語センスなのだろう。全く理解できないしする気も起きない。マフムード＝ダルウィーシュは20世紀後半のパレスチナの詩人で，1988年にアラファトが発表したパレスチナ独立宣言の起草者。パレスチナとインドの誤答用選択肢が多いのは作問者の趣味だろうか。
さて，これらを全部落とし，ラシード＝アッディーンは時代が違いすぎる，タゴールはインド人だからカフカスとは無縁そうとして落とすと，ヨーロッパ人の作家が多く残り，中でもロシアの作家が３人残ったのが目立つ。カフカスであるからロシアの作家というのはありうるだろう。このうち1896年時点で生きているのはトルストイしかいないから，正解はトルストイに絞れる……というのはあまりに無理筋な解法で全く現実的ではない。何よりも小説家が旅行中にインスピレーションを得て作品を書き起こすことがある以上，カフカスだからという理由でロシア以外の作家を落とすという推測は危険である。こんなことを載せている教科書は無いだろうと思いつつ調べてみたら実教出版のp.305に載っていて椅子から転げ落ちた。教科書が高校生の興味を引くためによかれと思って載せた珍しい事象を，ゴミクズみたいな入試問題の種にする行為に良心は痛まないのだろうか。教科書に対する裏切り行為だと思う。
なお，６番の［設問６］，この［設問７］と来て，次の［設問８］はヒントが「2009年当時のイラン大統領」「保守派」というヒントからのアフマディネジャドだった。用語集頻度�，世�受験生にとっては範囲外に近い感覚の人物だろう。地獄の三連問である。
８．慶應義塾大 法学部（７つめ）
＜種別＞難問
＜問題＞３ ［設問１］ 下線部（ア）（編註：冷戦期）の初期に生じた（a）から（d）の出来事を古い順に正しく並べたものを［01］から［18］より選び，その番号を (61)(62) にマークしなさい。
（a）経済相互援助会議（コメコン）の結成 （b）コミンフォルムの結成
（c）大韓民国の成立 （d）中華人民共和国の成立
［01］ （a）→（b）→（c）→（d） ［10］ （b）→（c）→（d）→（a）
［02］ （a）→（b）→（d）→（c） ［11］ （b）→（d）→（a）→（c）
［03］ （a）→（c）→（b）→（d） ［12］ （b）→（d）→（c）→（a）
［04］ （a）→（c）→（d）→（b） ［13］ （c）→（a）→（b）→（d）
［05］ （a）→（d）→（b）→（c） ［14］ （c）→（a）→（d）→（b）
［06］ （a）→（d）→（c）→（b） ［15］ （c）→（b）→（a）→（d）
［07］ （b）→（a）→（c）→（d） ［16］ （c）→（b）→（d）→（a）
［08］ （b）→（a）→（d）→（c） ［17］ （c）→（d）→（a）→（b）
［09］ （b）→（c）→（a）→（d） ［18］ （c）→（d）→（b）→（a）
＜解答解説＞
今回収録した慶應大・法学部の中ではまだしも解きやすい問題。コミンフォルム結成は1947年，大韓民国成立は1948年，コメコン結成と中華人民共和国成立がいずれも1949年であるから２択までは絞れるが，あとは月単位の問題なので運ゲーである。ただし，中華人民共和国の成立は1949年10月1日であることに気づけば，極めて単純な確率論で，コメコン結成は75％の確率で中華人民共和国成立よりも前と推測できる。この推測が正しく，コメコン結成は１月のこと。よって［09］が正解。慶應大・法学部は素でこういうくだらない確率の勝負を受験生に要求しそうで，イメージ通りといえばそう。しかも来年辺りに25％の方が勝つような問題作ってきそう。（なお，本問に対して校正者の一人から「25％で失敗するトレーニング，ウマ娘だったらよほどのことがない限り踏まずに休憩を選ぶな」とコメントしていて笑った。）
９．慶應義塾大 法学部（８つめ）
＜種別＞受験生には出題ミスにしか見えない
＜問題＞４ ［設問３］ 下線部（ウ）に関連して（編註：アリストテレスの思想は後にイスラーム教やキリスト教の神学に取り込まれ），古代ギリシアの影響を受けたイスラームの学問とその周辺の状況についての記述として誤っているものを下から選び，その番号を (89)(90) にマークしなさい。
［01］天文学や代数学に関する書物を著したフワーリズミーの名は「アルゴリズム」の語源となった。
［02］フィルドゥシーは，シチリアの君主に仕え，世界地図を作成した。
［03］スンナ派のウラマーであったガザーリーは，ギリシア哲学の用語と方法論を学び，神秘主義を理論化した。
［04］ハールーン＝アッラシードは，ギリシア語の文献をアラビア語に翻訳する機関をバグダードに創設した。
＜解答解説＞
深く考えずに正解を出すなら［01］と［03］はどう見ても正文，［02］はフィルドゥシーがイドリーシーの誤りと明確であるので，これが正解となって終わりである。審議の対象は［04］で，受験生の知識だと［04］はハールーン＝アッラシードがマームーンの誤りで誤文としか判断できない。複数正解の出題ミスにしか見えないだろう。これが難関私大の入試問題に詳しい高校教員や塾・予備校講師なら［04］は「多分，ハールーン＝アッラシードが知恵の館の前身になったような機関を創設したのだろうな」と推測して正文と判断することができるだろうが，受験生にそれを求めるのは酷だろう。実際にこの推測が正しく，ハールーン＝アッラシードは「知恵の宝庫」なる図書館を創設し，「知恵の館」の前身として翻訳作業を始めさせている。例によって，このことは東京書籍の教科書のp.134にのみ記載がある。
というわけで本問は範囲外からの出題でもなく出題ミスではないのだが，慶應大・法学部は2018・2019・2021年で出題ミスを出しているのだからこれくらい疑われるのは当然である。そして今年も出題ミスがある。痛くもない腹を探られるのが嫌なら，自らの作問能力を超えた出題はしないでほしい。私だって受験生だって常に出題ミスの存在を疑いながら解くのはもう嫌なのだ。
１０．慶應義塾大 法学部（９つめ）
＜種別＞難問
＜問題＞４ ［設問４］ 下線部（エ）に関連して（編註：イギリス），イギリスでは科学技術の発展を目的として王立協会が設立された。これに関連する記述として誤っているものを下から選び，その番号を (91)(92) にマークしなさい。
［01］王立協会の会長をつとめたニュートンは，トーリー派の庶民院議員であったこともある。
［02］クックは王立協会から要請を受けてオセアニアを探検した。
［03］フランスやプロイセンでも，科学技術の発展を目的として科学アカデミーが設立された。
［04］王立協会の前身となる組織は1660年に結成された。
＜解答解説＞
［02］［03］は正文とわかるが，［01］［04］の２択からは無理だろう。［01］が誤りで，ニュートンはホイッグ派であった。［04］の年号は正しい。1662年に勅許を得て王立協会となる。用語集には1660年・62年の年号が両方とも載っている。また，ニュートンがホイッグ派だったという記述は実教出版のp.217にある。
１１．慶應義塾大・法学部（10個め）
＜種別＞難問
＜問題＞４ ［設問６］ 下線部（カ）に関連して（編註：進化論），人類の起源にかかわる学術上の発見についての記述として誤っているものを下から選び，その番号を (95)(96) にマークしなさい。
［01］アルジェリアのタッシリ・ナジェールでは牛などが描かれた壁画が見つかっている。
［02］新人の化石としては，イタリアのグリマルディ人や，中国の周口店上洞人が見つかっている。
［03］1992年に発見されたラミダス猿人の化石には，「トゥーマイ（生命の希望）」という名前が付けられた。
［04］タンザニアのオルドヴァイ渓谷ではアウストラロピテクスの化石骨が見つかっている。
＜解答解説＞
難問や悪問になりやすい先史からの出題。受験生がまともに判断できたのは［02］が正文ということだけだろう。正解は［03］で，トゥーマイの通称があるのはサヘラントロプスである。例によってこれらは帝国書院の教科書のp.10にのみ記述がある。一応，実教のp.18にもトゥーマイは紹介されているが，こちらは逆にサヘラントロプスの名前が載っていない。［04］のオルドヴァイ渓谷は東京書籍のp.24にある。［01］のタッシリ・ナジェールもどこかに載っていると思われるのだが，主要５冊を探したところでは見つからなかった。残りの２冊かAの教科書に載っているのかもしれない。
さて，このシリーズを熱心に追ってくれている読者なら気づいたかもしれないが，前年までの慶應大・法学部の難問は出典が山川の『新世界史』に偏っていたが，2022年は大きく分散した。本企画は『新世界史』は発行部数が少なくて受験生には実質的に入手困難だから止めろと散々言ってきていたのだが，そういう解決は望んでいない。わざと勘違いした回答をして相手を煽るタイプのネット論者と対話しているようでイライラする。
グレーゾーンで際どく収録しなかった問題では，インカ帝国最後の皇帝（アタワルパ），イラン東北部の地方名（ホラーサーン），前述のアフマディネジャド，非同盟諸国首脳会議は冷戦終結後に開催されているかどうか（されている），エリトリアの独立年が1991年より前か後か（1993年なので後），1735年に出版された『自然の体系』の著者（リンネ，消去法で解答可能）等々，範囲内であれども難問が多い。2022年もグレーゾーンまであわせるとやはり15問程度になり，ここ数年と同水準である。「慶應大・法学部は難問と出題ミスを50問中15問程度出題する」は傾向として定着したと言ってよさそう。本企画で数少ない実益ある傾向分析を出した気がする。
ここから早稲田大。
〔番外編２〕早稲田大 文化構想学部
＜問題＞２ 設問３ 下線部C（編註：紀元後14年）の年に在位していた中国の皇帝の名を記述解答用紙の所定欄に記しなさい。
＜コメント＞
正解は王莽である。王莽の漢字は，莽の字の真ん中は“大”ではなく“犬”のほうが適切とされる。しかし，常用漢字ではなく通常のPCではこれを変換できない。そのため印刷物等ではデザイン業者に作字してもらうことになるが，それが手間である場合は“大”のまま通してしまう。大学入試問題の場合は問題文をちゃんと“犬”で表示し，受験生に書かせる場合も“犬”で無ければ誤答扱いにする大学が多い。しかし，早稲田大は問題文で一貫して“大”で通しているので，本問は受験生が“大”で書いてきても正解扱いになるだろう。これに対する予備校の分析が少し面白くて，河合塾と駿台は「それでも大学の採点は信用できないから“犬”で書いておけ」ということをオブラートに包んでコメントしていた。それについては正直同感である。それはそれとして，この問題がいつまでも宙に浮いているのも気持ち悪いので，そろそろ古代中国史家の大家のどなたかが声を上げて高校世界史上の王莽の漢字問題の決着をつけてほしい。個人的には“大”でもOKで統一してほしい。
ところで，合格発表が2/20の文化構想学部から，2/23になって当局発表があった。「「世界史」において採点の誤りがありました。「世界史」選択者について正しく採点し、再度合否判定を行った結果、次のようになりました。」として，22名の追加合格者が出て，19名の追加補欠合格者が出たとのことである。ひょっとしてこの王莽の「大」を誤答扱いにした採点者がいて後から発覚したという話なのではと疑っている。また，大学当局からすでに公式解答例が発表されているが，莽は“犬”になっていた。解答例で作字するなら問題文でも作字すればよかったのでは。力の入れどころがよくわからない。
１２．早稲田大 文化構想学部
＜種別＞限りなく出題ミスに近い
＜問題＞３ 設問１ 下線部A（編註：「インド化」の影響を受けた国家が多くの地域で成立するが，紅河デルタ周辺は10世紀までは中国の歴代王朝の支配下にあり，独立後も他の地域と違って，中国に由来する宗教，制度，文字などが見られる）に関して誤っている記述を次のア〜エの中から二つ選び，マーク解答用紙の所定欄にマークしなさい。
ア 「インド化」が生じた地域ではサンスクリット語やヒンドゥー教，大乗仏教などが受け入れられた。
イ 武帝は南越を滅ぼし，紅河デルタ周辺までを漢の支配下に入れた。
ウ 世界遺産プランバナンに代表されるように，13世紀までの諸島部ではヒンドゥー教が優越し，仏教は比較的低調であった。
エ 李朝はチャンパーを滅ぼし，メコンデルタ周辺まで版図を拡大した。
＜解答解説＞
アは正文，ウはボロブドゥールを想起すればわかる通り誤文，エは李朝が黎朝の誤りで誤文だから，イは検討しなくてもウ・エが正解になる（本問の要求は二つ選べ）。審議の対象はイで，武帝はベトナム中部まで征服して日南郡を設置しているから，ベトナム北部にあたる紅河デルタ“まで”にとどまっていない。ゆえに，非常に広い前漢の領土全体から見ればベトナム中部も紅河デルタの周辺みたいなものだと考えるなら正文になるし，そうは言ってもベトナム北部と中部は別物であって紅河デルタ周辺はあくまでベトナム北部しか指さないと考えるなら，イも誤文になる。イも誤文と見なせば複数正解で出題ミスである。
私は最初にこの問題を解いた時にはせいぜい悪問止まりで出題ミスとまでは踏み込めないかなと思っていたのだが，下線部に「紅河デルタ周辺は10世紀までは中国の歴代王朝の支配下にあり，独立後も他の地域と違って」とあることに気がついた。問題文が自分で紅河デルタ周辺とベトナム中部は別の地域と示唆しているという，とんでもなく間抜けな構造になっていて，下線部を素直に受け取るならイは誤文と判断せざるを得ない。これは限りなく出題ミスに近かろう。
なお，本問は予備校の解答が割れており，代ゼミ・駿台・早稲田予備校は素直にウ・エと出してイについては特に触れていなかったのに対して，河合塾はイ・エを正解と出していた。ウを正文と見なすのは無理があるだろうと思って分析を読むと「13世紀までの諸島部は直近13世紀のことだけを指すと考えれば正文と見なせる」という趣旨のことが書いてあった。いや，その手前に「世界遺産プランバナンに代表されるように」とあるのだが……プランバナンの造営年代は９〜10世紀で，ボロブドゥールよりも少し遅いだけである。また，諸島部の「インド化」においてはヒンドゥー教と大乗仏教は混交する形で伝播したとされていることを考えても，河合塾の分析は明確な誤りである。担当者がここを読んでくれていると信じて今更ながらの修正を期待したい。大学当局発表の公式解答例ではウ・エが正解となっていた。
１３．早稲田大 文化構想学部（２つめ）
＜種別＞難問
＜問題＞４ 設問４ 下線部Dを前後して（編註：日本政府は1872年に琉球王を琉球藩王に冊封し，それまで島津藩が管轄していた琉球を外務省に移管した），琉球民が台湾に漂流し殺害される事件が発端となり，日本は台湾に出兵した。この台湾出兵について次のイ〜ニの中から誤っているものを一つ選び，マーク解答用紙の所定欄にマークしなさい。
イ 日本は台湾出兵を清朝内に権益をもつ列強に通達した。
ロ この事件を契機に，台湾先住民は清朝の支配のもとにあるのかが日清間で問題となった。
ハ この事件の翌年に，日本政府は琉球に清朝との冊封朝貢関係の廃止を命じた。
ニ この事件を契機に，琉球民は日本に帰属するか否かが日清間で問題となった。
＜解答解説＞
文化構想学部としては珍しいストレートな難問。ロとニは正文とすぐにわかるが，イとハの判別が難しい。常識的に考えて列強には通達したと推測できる一方で，1872年に琉球藩設置で台湾出兵は1874年だから，1872年と74年の間に冊封朝貢関係の廃止は命じられていそう……と考えて正解を導き出すと大体は合っているものだが，本問はこの推測を裏切るから受験生にとってはたちが悪い。まず，日本政府が琉球に対して冊封朝貢関係の廃止を命じたのは，意外と遅い1875年，つまり台湾出兵の翌年で，ハは正文である。その後，琉球藩はなおも清朝への朝貢を続行しようとしたため，明治政府は琉球支配を強めるほかなく，1879年の沖縄県設置につながっていく。
一方，日本政府は台湾出兵についてあらかじめイギリスをはじめとする列強に「相談」していた。列強の反応は概ね「戦争に発展すると南シナ海の治安が乱れ，貿易に支障が生じる」として軍事行動を諫止するというものであった。これを受けて日本政府は派兵を中止したが，司令官に任命されていた西郷従道が独断で出兵を強行し，日本政府も追認する形となった。日本軍の独断専行体質はすでにこの時に現れている。このような出兵であったのでイギリスは寝耳に水の展開として日本政府に抗議したが，結局イギリスが日清間を仲介し，清朝が日本に賠償金を支払う日本優位の決着となった。この経緯をイギリスの立場で見ると，なるほど無通告の出兵であろう。したがってイが誤文＝正解で問題は成立しているが，受験世界史らしい推測――すなわち他の歴史的事例からありそうな展開を推測する能力――を裏切る展開の事例からこうした難問を作るのは性格が悪い。真面目に勉強していた生徒が救われるような出題を期待したい。
〔番外編３〕早稲田大 法学部
＜問題＞１ 設問２ 下線部bに関連し（編註：現在のラオス，ベトナム，タイ，ミャンマー（ビルマ））， 東南アジア諸国の歴史に関して述べた以下の文のうち，明白な誤りを含むものはどれか。
� ．薀�スでは，フランスの植民地支配からの独立後に勃発した内戦に，ラオス愛国戦線（パテト＝ラオ）が勝利し，ラオス人民民主共和国が成立した。
�� ベトナム和平協定が成立し，アメリカ軍の撤退が実現されたのち，南ベトナム（ベトナム共和国）軍と南ベトナム民族解放戦線は南北ベトナムを統一し，ベトナム社会主義共和国が成立した。
�� タイでは，19世紀後半から20世紀初頭にかけてラタナコーシン朝のチュラロンコン（ラーマ５世）が近代化に努め，またイギリスとフランスの緩衝地帯という国際環境を利用し，植民地化を回避した。
�� イギリスの植民地支配下におかれていたビルマ（ミャンマー）では，タキン党のアウン＝サンの指導下でイギリスとの交渉がまとめられ独立協定が結ばれた。
＜コメント＞
正解は�△如ぅ戰肇淵狹�一を主導したのは北ベトナムということでよいのだけど，「南ベトナム民族解放戦線」は「南ベトナム解放民族戦線」の誤植と思われる。�△�元から誤文でよかった。危うく出題ミスになるところだったので，校正はしっかりしてほしい。河合塾から同様の指摘あり。
１４．早稲田大 法学部
＜種別＞悪問（一応）
＜問題＞２ 設問２ 下線部�△亡慙△靴董癖埣陝�ヴェネツィアは将来の隆盛の礎となる東地中海の商業特権をビザンツ帝国（東ローマ帝国）から10世紀末頃に獲得している），東地中海地域について明白な誤りを含む文章を以下のア〜エから一つ選びなさい。
ア ７世紀以降ビザンツ帝国ではラテン語に代わりギリシア語が公用語として用いられるようになった。
イ 10世紀初めに北アフリカにおこったファーティマ朝は，アッバース朝に対抗してスルタンの称号を用いた。
ウ 11世紀前半におこったセルジューク朝は，アナトリアやシリアの沿岸地帯にも進出した。
エ 11世紀末以降ビザンツ帝国ではプロノイア制がしかれ， 軍役の見返りとして貫族に領地が与えられるようになった。
＜解答解説＞
イのスルタンがカリフの誤りで明白なので正解はイでよい。アとウは正文で，審議の対象はエ。厳密に言えばプロノイア制は国有地の徴税権・管理権を与えたものであって，領地ではない。プロノイア制は封建制かイクター制かで言えば後者に近いとされる。
ただし，イクター制もプロノイア制も本人一代限り・土着化させないための転封あり等のルールが形骸化していって，多かれ少なかれ王朝の中央集権的統治が衰退する原因になったのは違いない。また，封建制も含めてこれらの土地制度は，存続した地域・時代が非常に広く実態が多様であったものを，高校世界史のため，市民的教養として供するために専門家が最大公約数的にまとめたのが上述の説明である。ゆえに，その最大公約数的な説明を用いた制度の比較にはどれほどの意味があるのか，という話にもなりそうである。とすると，イクター制と封建制の比較は高校世界史には不要ではないか。しかも，イクター制は封建制に比べると王朝の解体への悪影響が弱かったという文脈で紹介されることが多いように思われる。私はこれに逆オリエンタリズム的なものを感じなくはない。中央集権化こそが歴史の流れであって，ともかく中世ヨーロッパの制度は遅れていたとでも言うような。
ここでちゃぶ台をひっくり返すと，実は封建制とプロノイア制の違いをそこまで深く掘り下げなくてよいと考えている教科書もある。その「プロノイア制で与えられたのは領地」とはっきり書いている教科書がシェア１位の山川の『詳説世界史』なのだから（p.134），もう受験世界史全般からここの差異は取っ払ってしまってよいような気がする。本問のエはその山川の『詳説世界史』からのコピペであるから，これで悪問と言われても早稲田大学も困るかもしれない。しかし，教科書によって書いている「深さ」が違うことはありうるので，厳密を期しても成立するような文にしてほしかった。たとえば，東京書籍の教科書はちゃんと「皇帝は，軍役奉仕とひきかえに国有地の管理権を彼ら（編註：貴族のこと）にゆだねたが，やがてそれらは世襲されるようになり（プロノイア制），皇帝権は弱まり，社会は独自な封建化がすすんでいた。」と書いている（p.141）。実教出版も帝国書院も同様の説明で，多数派はまだ封建制とプロノイア制を別物として説明している。これらの教科書で勉強してきた受験生は，本問がイとエの複数正解に見えたことだろう。この意味でも，特定の教科書のコピペだけで選択肢文を作るのは危ないので避けるのを大学の先生方には勧めたい。
１．慶應義塾大 商学部
＜種別＞難問
＜問題＞２ 問８ 下線部(g)に関連して（編註：19世紀後半のアメリカ合衆国の工業化），この時代を「金ぴか時代」と風刺した，当時のアメリカ合衆国を代表する作家は誰か。解答用紙Bの所定の欄に記入しなさい。
＜解答解説＞
2022年も商学部は全般的に易しい問題であったが，１問だけ満点だけは阻止するとでも言うように難問が置いてあった。正解はマーク＝トウェインで，以前の課程では低頻度ながら用語集に記載があったが，現在では消えている。ただし，用語集が拾っていないだけで東京書籍の教科書と実教出版の教科書には記載があった。本来であればこれは用語集頻度�△悩椶辰討い討靴�るべきところである。本企画で何度か説明している通り，山川の用語集は実質的に大学入試問題のベースとなっているために，教科書に載っている用語を全て採用・収録してしまうと受験生に細かい用語を問うことになってしまうから，編集している全国歴史教育研究協議会の判断であえて載せずに落としている用語がかなりある。つまり，全国歴史教育研究協議会の判断基準では，マーク＝トウェインや「金ぴか時代」は入試で問うには細かすぎるということなのだ。
この全国歴史教育研究協議会の方針は理解できるところであるが，近年の慶應大は明らかにこれを悪用して，用語集に載っていなくとも教科書のどこかに載っていれば出題してよいという自主的な判断に則って作問している。全国歴史教育研究協議会という本来何の権限もない一民間団体に入試の「範囲」を決められるのが癪なのだろうが，その作問姿勢は受験生に７冊の検定教科書全てを入手して隅々まで暗記することを強いてしまうのでやめてほしい。なお，商学部はこの他に「BLMと呼ばれるスローガンを英語で書け」という出題があった（正解はBlack Lives Matter）が，常識的な時事の範囲として収録しなかった。類題は2021年の早稲田大・商学部でも出題されていて，こちらは〔番外編〕としたが，2022年現在となってはもはや〔番外編〕とする価値も無いだろう。今後もまだまだ類題が出そう。
文学部は収録なし。用語集頻度�，離離奪�ス，�△離┘疋錙璽稗鏡ぁき△離織丱蝓次き，離劵蕁璽侫．髪親亜き，侶�地とやりたい放題だったが，巧妙に範囲外からの出題は避けていた。圏地が出題されたのは初めて見た。これだけあまりにもマイナーなので補足しておくと，清朝の八旗が政府から与えられた土地のうち，特に元々は漢民族の所有地だったものを指し，またそのために民間耕作地を強制的に収用した政策のこと。辮髪の強制と並んで漢民族の庶民から不評であったとのこと。
２．慶應義塾大 法学部
＜種別＞難問
＜問題＞１ ［設問１］ 下線部（ア）に関連して（編註：アフリカ西岸の探検），次の文章の (9)(10) に入る最も適切な語句を語群より選び，その番号を解答用紙の所定の欄にマークしなさい。
「航海王子」エンリケはアフリカ西岸航路の開拓を推進した。この探検の目的は，金などの入手の他に，当時存在すると信じられていたキリスト教王 (9)(10) の王国と連絡をとることにもあった。
01 アウィツォトル 02 アーサー 20 パチャクテク 29 プレスター＝ジョン
34 ムワタリ
（編註：関係のある選択肢のみ抜粋）
＜解答解説＞
以降，2022年も慶應大・法学部の地獄のロードが続く。がんばってついてきてほしい。さて，その１つめは一部の人のテンションが上がりそうな問題。正解はプレスター＝ジョン。モンゴル帝国が到来した時も遊牧民にネストリウス派がいたので，イスラームを倒すためのプレスター＝ジョンの救援が来たと信じたヨーロッパ人が多かったらしい。その後の大航海時代でも動機の一つとして稀に挙げられる。誤答のアウィツォトルはアステカ帝国の，パチャクテクはインカ帝国の皇帝。ムワタリはヒッタイト王。この辺の聞き覚えのないものはまず違うとして消し，アーサーもアーサー王伝説のひっかけ選択肢だろうから誤りとして消し，正解にたどり着いた受験生がいたかもしれない。語群の数は38で，例年の70〜80から比べるとかなり少なく，まだ消去法が可能そうな範囲。東京書籍のp.204に記述がある。
３．慶應義塾大 法学部（２つめ）
＜種別＞難問・出題ミスに近い
＜問題＞１ ［設問２］ 下線部（イ）に関連して（編註：ポルトガルはインド航路を探検した），ポルトガルの海外進出として（a）から（c）の出来事が下に示されている。（a）から（c）の出来事を古い順に正しく並べたものを［01］から［06］より選び，その番号を (11)(12) にマークしなさい。
（a） セイロン島占領 （b） マスカット占領 （c） マラッカ占領
［01］ （a）→（b）→（c）
［02］ （a）→（c）→（b）
［03］ （b）→（a）→（c）
［04］ （b）→（c）→（a）
［05］ （c）→（a）→（b）
［06］ （c）→（b）→（a）
＜解答解説＞
慶應大・法学部名物，範囲外からの出題ミス。ゴミである。この中で範囲内の情報で確実にわかるのは（c）のマラッカ占領の1511年しかない。（a）のセイロン島占領は用語集に「1505年に来航して交易所を建設」とあり，この当時の交易所であれば砦と一体であろうし，これは占領開始と言っていいだろう。また一般的な難関私大向けの受験指導や参考書ではこの年号で占領と教えられることが多い。たとえば山川の資料集は「1505年セイロン島を占領」としていて，『詳説世界史研究』も「1505年にセイロン島に進出」としているから，山川は1505年で統一されている。残った（b）のマスカット占領は用語集に記載がなく，厳しい。そもそもほとんどの受験生からするとマスカットはブドウの品種以外で思いつかず，当然場所も知らないだろう。しかし，ここで慶應大・法学部の悪習「用語集に載ってないが１冊の教科書の片隅には載っている」を想起して，教科書をさらってみると，帝国書院のp.145でヒットする。このページの地図中にある年号を拾うと「マスカット 1508年」とあるから，作問者はこれを見て作ってよしと判断したのだろう。よって正解は（a）1505年→（ｂ）1508年→（c）1511年で［01］になる。
……となるならまだよかったのだが，そうはいかないのが実に慶應大・法学部らしい。この帝国書院の教科書のp.145をよく見ると（可能ならこのページの画像を貼りたいところだった），同地図のセイロン島に1518年とあり，別記の表でも「1518年 ポルトガル，セイロン島占領」となっている。つまり，作問者がこの教科書のこのページを見て作ったなら（a）は1518年になるので，この場合の正解は（b）→（c）→（a）の［04］になる。このように，受験世界史として一般的な年号をとるか，例外的な年号を記載しているが明らかに作問のベースになった教科書を採用するかで正解が変わってしまう。複数正解は原理的に成り立たない問題であるから，正解を絞れない出題ミスである。
なぜこのようなことが起きたか。まず，大航海時代初期の欧州諸国はまだ力が弱く，一度は占領しても現地勢力に砦を破壊されて追い出され，再び占領するということがあったり，はじめは平和的に交易所を建てつつ徐々に要塞化したりしていたので，占領開始はこの年からという確固たる年号は示しにくい。そのため研究者が画期として最も妥当と思われる年号を選んで教科書に掲載することになる。しかし，研究者間で意見が割れることは当然にあり得るわけで，セイロン島の場合，山川は1505年をとり，帝国書院は1518年をとったということだ。したがって，こういうマイナーな年号を出題したい作問者は複数の教科書にあたる，また用語集を確認するということをして，年号に揺れがあるようなら出題しないとするのが常識的判断であり，とるべき行動である。この作問者はそれを怠って，1518年しかないと決め込んで出題した。また，少しでもこの分野に詳しい人なら，年号が定まらないことに思いが及んで避けると思われるので，詳しくない人の作問なのだろう。河合塾・代ゼミ・増田塾からも同様の指摘あり。駿台からは無理やり解答を出すならコロンボを占領した1518年を優先すべきだろうが，そもそもポルトガルは全島占領できていないのだから「セイロン島占領」という言葉自体が間違っているという別角度からの指摘。
これだけ予備校からボコボコに叩かれているのに当局発表は無いまま，大学から［04］のみ正答とする正解の発表があった。それは「本学の入試は山川出版社ではなく帝国書院に基づいているので，これからそちらを使って勉強してください」と言っているも同然であるのだが，さて過去の入試問題で山川の『新世界史』にしか載っていない事項を散々出題していたのはどこの大学のどこの学部の入試だっただろうか。ダブルスタンダードって言葉を知らないのかな。
４．慶應義塾大 法学部（３つめ）
＜種別＞難問
＜問題＞２ 18世紀に入るとサファヴィー朝は衰退し，アフガニスタンから進攻してきたアフガン人によって1722年に首都イスファハーンを攻略され，事実上滅亡した。以後イラン高原で，トルコ系遊牧民が (33)(34) 朝を，アフガン人が (35)(36) 朝を興した。
04 アフシャール 11 アワド 13 イドリース 23 ザイヤーン
27 ジャディード 39 ティフリス 40 ドゥッラーニー 53 ハフス
66 マリーン
（編註：関係のある選択肢のみ抜粋）
＜解答解説＞
イラン高原でサファヴィー朝とカージャール朝の間に勃興したトルコ系の王朝といえばアフシャール朝が代表例で，これが正解。しかし用語集に記載がなく範囲外であり，例によって東京書籍のp.321にのみ記載がある。消去法で選ぼうにも範囲外や頻度�，硫δ�が多いので難しい。また，ここでは王朝の誤答のみを並べたが，実際には王朝の名前ですらない見知らぬ用語も多く，そちらで間違えた受験生も多かろう。アフガニスタンの方は用語集頻度�，嚢猝椶�あるが，この�，脇韻犬�東京書籍のp.321を拾ったものと思われる。正解はドゥッラーニー朝。全国歴史教育研究協議会がドゥッラーニー朝は拾ってアフシャール朝を落とした理由はわからない。どちらも落選でよかったような。
なお，ドゥッラーニー朝はパシュトゥーン人がアフガニスタンのカンダハールを中心に建てた王朝であるので，「イラン高原で」と言われると違和感があるが，イラン高原を広くとる場合はヒンドゥークシュ山脈の麓までを含めるようなので，これは学術的に正しい用法と思われる。しかし，受験生が混乱するので，問題文で伏せているわけでもないのだから一言「アフガニスタンで」と入れておいてほしかった。
５．慶應義塾大 法学部（４つめ）
＜種別＞難問
＜問題＞２ ［設問１］ 下線部（ア）に関連して（編註：トルコ系・モンゴル系のイスラーム王朝），十字軍国家の最北に位置し，セルジューク朝の勢力と対峙したのは (37)(38) 伯領である。 (37)(38) に入る最も適切な語句を語群より選び，その番号を解答用紙の所定の欄にマークしなさい。
02 アッコン 12 アンティオキア 15 エデッサ 37 ダマスクス
39 ティフリス 43 トリポリ
（編註：関係のある選択肢のみ抜粋）
＜解答解説＞
範囲内外のグレーゾーンで迷ったが，収録した。十字軍国家は古い課程なら範囲内だったが，近年の課程ではイェルサレム王国（とラテン帝国）以外は教えない。仮に名前を覚えていても位置までは厳しい。十字軍国家は北からエデッサ伯国，アンティオキア公国，トリポリ伯国，イェルサレム王国の並びであるから，最北に位置したのはエデッサ。ローマ帝国とササン朝が戦ってウァレリアヌスが捕らえられたのもエデッサであるので，そちらを覚えていて，そちらのための誤答用選択肢と判断して検討から外した受験生もかなりいそう。現在でも資料集の十字軍国家の地図中にならエデッサ伯国の名前も位置も載っているので，これに見覚えがあった受験生なら解答できたか。
〔番外編〕慶應義塾大 法学部
＜問題＞２ ［設問２］ 下線部（イ）に関連して（編註：イラン＝イスラーム文化），後に『四行詩集』で知られることとなるウマル＝ハイヤームは，ワズィールであった (39)(40) の下で，ジャラーリー暦の制定に参加した。 (39)(40) に入る最も適切な語句を語群より選び，その番号を解答用紙の所定の欄にマークしなさい。
（編註：語群省略）
＜コメント＞
定説と言えるほど固まっているのかが私に判断できないし，受験世界史に下りてきている情報ということも無いので番外編とした。ウマル＝ハイヤームは詩人と天文学者で別人説がある。次の書籍の序文にあたる「『ノウルーズの書』解説」の��ページ以降をお読みいただきたい。
守川知子，稲葉穣『伝ウマル・ハイヤーム著 ノウルーズの書（附ペルシア語テキスト）』京都大學人文科學研究所附屬東アジア人文情報學研究センター，2011年。
別人説をとる場合は正解が無くなる。高校世界史で教えられる通りに同一人物説をとるなら，この時のセルジューク朝のワズィール（宰相）はニザーム＝アルムルク。以降，本企画では別人説が高校世界史に降りてくるまで本件を扱わない。
６．慶應義塾大 法学部（５つめ）
＜種別＞難問
＜問題＞２ ［設問６］ 下線部（カ）に関連して（編註：サファヴィー朝のアッバース１世は，港市バンダレ＝アッバースを開いて海上交易に力を注いだ），こうした国際商業活動を担ったのが (47)(48) 商人であり，アッバース１世はイスファハーンに彼らの居住区（ジョルファー）を設けて保護を与えた。 (47)(48) に入る最も適切な語句を語群より選び，その番号を解答用紙の所定の欄にマークしなさい。
01 アゼルバイジャン 03 アナトリア 10 アルメニア 22 グルジア
32 セファルディム 50 ハザール 69 ユダヤ
（編註：関係のある選択肢のみ抜粋，アゼルバイジャンは別の問題の解答）
＜解答解説＞
編註に書いた通り，別の問題の正解とわかればアゼルバイジャンは消せる。アナトリアはいかにも不自然として，ハザールとグルジアとアルメニアとセファルディムは習っていないからわからない。残ったユダヤを選びたくなるが，彼らの勢力圏はオスマン帝国領であってサファヴィー朝ではない。答えがない……という経路の思考で絶望した受験生が多かったのではないだろうか。正解はアルメニア。古来，中東の国際商人を多く輩出した民族で，オスマン帝国でもサファヴィー朝でも活躍している。一応，帝国書院の教科書p.143にそのままの記述があり，実教出版のp.222にも近い記述はある。やっぱり慶應大・法学部は受験生に主要教科書５冊の本文・脚注を全て１字１句覚えておいてほしいということなのだろうか。まあ，現状の高校世界史でアルメニア商人の影が薄すぎるという作問者の思いはわからないでもない。
７．慶應義塾大 法学部（６つめ）
＜種別＞難問
＜問題＞２ ［設問７］ 下線部（キ）に関連して（編註：カフカス），この地方におけるムスリム諸民族の激しい抵抗運動を目の当たりにし，1896年から1904年にかけて『ハジ＝ムラート』を執筆した文学者は (49)(50) である。 (49)(50) に入る最も適切な語句を語群より選び，その番号を解答用紙の所定の欄にマークしなさい。
06 アブデュルレシト＝イブラヒム 18 ガッサーン＝カナファーニー
24 サーブリーン 30 ストリンドベリ 35 タゴール
41 トゥルゲーネフ 42 ドストエフスキー 45 トルストイ
55 バラタ＝ナティヤム 60 ボーディセーナ 64 マフムード＝ダルウィーシュ
67 ムハンマド＝アフマド 70 ラシード＝アッディーン
（編註：関係のある選択肢のみ抜粋）
＜解答解説＞
2022年のクソ問オブジイヤー有力候補。本問は誤答が（受験生にとって）見知らぬ人名だらけでひどいので，先に紹介しておく。アブデュルレシト＝イブラヒムはタタール人のウラマーで，東京ジャーミイの創設者にして初代イマーム。ガッサーン＝カナファーニーは20世紀半ばのパレスチナの作家。サーブリーンはパレスチナのバンド。まさかの作家ではなく音楽集団だった。
バラタ＝ナティヤムは南インドの伝統舞踊の一種らしい。これが一番意味がわからなかった。他の問題の誤答のつもりで用意したのかもしれないが，人名にも見える以上は本問の誤答としても機能してしまう。ボーディセーナは菩提僊那のサンスクリット語名で，唐滞在中に日本に招かれて東大寺大仏の開眼供養を行った。日本史なら習うが世界史では一切習わないし，中学の歴史でも見ない。私は知ってはいたけど，あまりの脈絡のなさに見た瞬間笑ってしまった。どういう言語センスなのだろう。全く理解できないしする気も起きない。マフムード＝ダルウィーシュは20世紀後半のパレスチナの詩人で，1988年にアラファトが発表したパレスチナ独立宣言の起草者。パレスチナとインドの誤答用選択肢が多いのは作問者の趣味だろうか。
さて，これらを全部落とし，ラシード＝アッディーンは時代が違いすぎる，タゴールはインド人だからカフカスとは無縁そうとして落とすと，ヨーロッパ人の作家が多く残り，中でもロシアの作家が３人残ったのが目立つ。カフカスであるからロシアの作家というのはありうるだろう。このうち1896年時点で生きているのはトルストイしかいないから，正解はトルストイに絞れる……というのはあまりに無理筋な解法で全く現実的ではない。何よりも小説家が旅行中にインスピレーションを得て作品を書き起こすことがある以上，カフカスだからという理由でロシア以外の作家を落とすという推測は危険である。こんなことを載せている教科書は無いだろうと思いつつ調べてみたら実教出版のp.305に載っていて椅子から転げ落ちた。教科書が高校生の興味を引くためによかれと思って載せた珍しい事象を，ゴミクズみたいな入試問題の種にする行為に良心は痛まないのだろうか。教科書に対する裏切り行為だと思う。
なお，６番の［設問６］，この［設問７］と来て，次の［設問８］はヒントが「2009年当時のイラン大統領」「保守派」というヒントからのアフマディネジャドだった。用語集頻度�，世�受験生にとっては範囲外に近い感覚の人物だろう。地獄の三連問である。
８．慶應義塾大 法学部（７つめ）
＜種別＞難問
＜問題＞３ ［設問１］ 下線部（ア）（編註：冷戦期）の初期に生じた（a）から（d）の出来事を古い順に正しく並べたものを［01］から［18］より選び，その番号を (61)(62) にマークしなさい。
（a）経済相互援助会議（コメコン）の結成 （b）コミンフォルムの結成
（c）大韓民国の成立 （d）中華人民共和国の成立
［01］ （a）→（b）→（c）→（d） ［10］ （b）→（c）→（d）→（a）
［02］ （a）→（b）→（d）→（c） ［11］ （b）→（d）→（a）→（c）
［03］ （a）→（c）→（b）→（d） ［12］ （b）→（d）→（c）→（a）
［04］ （a）→（c）→（d）→（b） ［13］ （c）→（a）→（b）→（d）
［05］ （a）→（d）→（b）→（c） ［14］ （c）→（a）→（d）→（b）
［06］ （a）→（d）→（c）→（b） ［15］ （c）→（b）→（a）→（d）
［07］ （b）→（a）→（c）→（d） ［16］ （c）→（b）→（d）→（a）
［08］ （b）→（a）→（d）→（c） ［17］ （c）→（d）→（a）→（b）
［09］ （b）→（c）→（a）→（d） ［18］ （c）→（d）→（b）→（a）
＜解答解説＞
今回収録した慶應大・法学部の中ではまだしも解きやすい問題。コミンフォルム結成は1947年，大韓民国成立は1948年，コメコン結成と中華人民共和国成立がいずれも1949年であるから２択までは絞れるが，あとは月単位の問題なので運ゲーである。ただし，中華人民共和国の成立は1949年10月1日であることに気づけば，極めて単純な確率論で，コメコン結成は75％の確率で中華人民共和国成立よりも前と推測できる。この推測が正しく，コメコン結成は１月のこと。よって［09］が正解。慶應大・法学部は素でこういうくだらない確率の勝負を受験生に要求しそうで，イメージ通りといえばそう。しかも来年辺りに25％の方が勝つような問題作ってきそう。（なお，本問に対して校正者の一人から「25％で失敗するトレーニング，ウマ娘だったらよほどのことがない限り踏まずに休憩を選ぶな」とコメントしていて笑った。）
９．慶應義塾大 法学部（８つめ）
＜種別＞受験生には出題ミスにしか見えない
＜問題＞４ ［設問３］ 下線部（ウ）に関連して（編註：アリストテレスの思想は後にイスラーム教やキリスト教の神学に取り込まれ），古代ギリシアの影響を受けたイスラームの学問とその周辺の状況についての記述として誤っているものを下から選び，その番号を (89)(90) にマークしなさい。
［01］天文学や代数学に関する書物を著したフワーリズミーの名は「アルゴリズム」の語源となった。
［02］フィルドゥシーは，シチリアの君主に仕え，世界地図を作成した。
［03］スンナ派のウラマーであったガザーリーは，ギリシア哲学の用語と方法論を学び，神秘主義を理論化した。
［04］ハールーン＝アッラシードは，ギリシア語の文献をアラビア語に翻訳する機関をバグダードに創設した。
＜解答解説＞
深く考えずに正解を出すなら［01］と［03］はどう見ても正文，［02］はフィルドゥシーがイドリーシーの誤りと明確であるので，これが正解となって終わりである。審議の対象は［04］で，受験生の知識だと［04］はハールーン＝アッラシードがマームーンの誤りで誤文としか判断できない。複数正解の出題ミスにしか見えないだろう。これが難関私大の入試問題に詳しい高校教員や塾・予備校講師なら［04］は「多分，ハールーン＝アッラシードが知恵の館の前身になったような機関を創設したのだろうな」と推測して正文と判断することができるだろうが，受験生にそれを求めるのは酷だろう。実際にこの推測が正しく，ハールーン＝アッラシードは「知恵の宝庫」なる図書館を創設し，「知恵の館」の前身として翻訳作業を始めさせている。例によって，このことは東京書籍の教科書のp.134にのみ記載がある。
というわけで本問は範囲外からの出題でもなく出題ミスではないのだが，慶應大・法学部は2018・2019・2021年で出題ミスを出しているのだからこれくらい疑われるのは当然である。そして今年も出題ミスがある。痛くもない腹を探られるのが嫌なら，自らの作問能力を超えた出題はしないでほしい。私だって受験生だって常に出題ミスの存在を疑いながら解くのはもう嫌なのだ。
１０．慶應義塾大 法学部（９つめ）
＜種別＞難問
＜問題＞４ ［設問４］ 下線部（エ）に関連して（編註：イギリス），イギリスでは科学技術の発展を目的として王立協会が設立された。これに関連する記述として誤っているものを下から選び，その番号を (91)(92) にマークしなさい。
［01］王立協会の会長をつとめたニュートンは，トーリー派の庶民院議員であったこともある。
［02］クックは王立協会から要請を受けてオセアニアを探検した。
［03］フランスやプロイセンでも，科学技術の発展を目的として科学アカデミーが設立された。
［04］王立協会の前身となる組織は1660年に結成された。
＜解答解説＞
［02］［03］は正文とわかるが，［01］［04］の２択からは無理だろう。［01］が誤りで，ニュートンはホイッグ派であった。［04］の年号は正しい。1662年に勅許を得て王立協会となる。用語集には1660年・62年の年号が両方とも載っている。また，ニュートンがホイッグ派だったという記述は実教出版のp.217にある。
１１．慶應義塾大・法学部（10個め）
＜種別＞難問
＜問題＞４ ［設問６］ 下線部（カ）に関連して（編註：進化論），人類の起源にかかわる学術上の発見についての記述として誤っているものを下から選び，その番号を (95)(96) にマークしなさい。
［01］アルジェリアのタッシリ・ナジェールでは牛などが描かれた壁画が見つかっている。
［02］新人の化石としては，イタリアのグリマルディ人や，中国の周口店上洞人が見つかっている。
［03］1992年に発見されたラミダス猿人の化石には，「トゥーマイ（生命の希望）」という名前が付けられた。
［04］タンザニアのオルドヴァイ渓谷ではアウストラロピテクスの化石骨が見つかっている。
＜解答解説＞
難問や悪問になりやすい先史からの出題。受験生がまともに判断できたのは［02］が正文ということだけだろう。正解は［03］で，トゥーマイの通称があるのはサヘラントロプスである。例によってこれらは帝国書院の教科書のp.10にのみ記述がある。一応，実教のp.18にもトゥーマイは紹介されているが，こちらは逆にサヘラントロプスの名前が載っていない。［04］のオルドヴァイ渓谷は東京書籍のp.24にある。［01］のタッシリ・ナジェールもどこかに載っていると思われるのだが，主要５冊を探したところでは見つからなかった。残りの２冊かAの教科書に載っているのかもしれない。
さて，このシリーズを熱心に追ってくれている読者なら気づいたかもしれないが，前年までの慶應大・法学部の難問は出典が山川の『新世界史』に偏っていたが，2022年は大きく分散した。本企画は『新世界史』は発行部数が少なくて受験生には実質的に入手困難だから止めろと散々言ってきていたのだが，そういう解決は望んでいない。わざと勘違いした回答をして相手を煽るタイプのネット論者と対話しているようでイライラする。
グレーゾーンで際どく収録しなかった問題では，インカ帝国最後の皇帝（アタワルパ），イラン東北部の地方名（ホラーサーン），前述のアフマディネジャド，非同盟諸国首脳会議は冷戦終結後に開催されているかどうか（されている），エリトリアの独立年が1991年より前か後か（1993年なので後），1735年に出版された『自然の体系』の著者（リンネ，消去法で解答可能）等々，範囲内であれども難問が多い。2022年もグレーゾーンまであわせるとやはり15問程度になり，ここ数年と同水準である。「慶應大・法学部は難問と出題ミスを50問中15問程度出題する」は傾向として定着したと言ってよさそう。本企画で数少ない実益ある傾向分析を出した気がする。
ここから早稲田大。
〔番外編２〕早稲田大 文化構想学部
＜問題＞２ 設問３ 下線部C（編註：紀元後14年）の年に在位していた中国の皇帝の名を記述解答用紙の所定欄に記しなさい。
＜コメント＞
正解は王莽である。王莽の漢字は，莽の字の真ん中は“大”ではなく“犬”のほうが適切とされる。しかし，常用漢字ではなく通常のPCではこれを変換できない。そのため印刷物等ではデザイン業者に作字してもらうことになるが，それが手間である場合は“大”のまま通してしまう。大学入試問題の場合は問題文をちゃんと“犬”で表示し，受験生に書かせる場合も“犬”で無ければ誤答扱いにする大学が多い。しかし，早稲田大は問題文で一貫して“大”で通しているので，本問は受験生が“大”で書いてきても正解扱いになるだろう。これに対する予備校の分析が少し面白くて，河合塾と駿台は「それでも大学の採点は信用できないから“犬”で書いておけ」ということをオブラートに包んでコメントしていた。それについては正直同感である。それはそれとして，この問題がいつまでも宙に浮いているのも気持ち悪いので，そろそろ古代中国史家の大家のどなたかが声を上げて高校世界史上の王莽の漢字問題の決着をつけてほしい。個人的には“大”でもOKで統一してほしい。
ところで，合格発表が2/20の文化構想学部から，2/23になって当局発表があった。「「世界史」において採点の誤りがありました。「世界史」選択者について正しく採点し、再度合否判定を行った結果、次のようになりました。」として，22名の追加合格者が出て，19名の追加補欠合格者が出たとのことである。ひょっとしてこの王莽の「大」を誤答扱いにした採点者がいて後から発覚したという話なのではと疑っている。また，大学当局からすでに公式解答例が発表されているが，莽は“犬”になっていた。解答例で作字するなら問題文でも作字すればよかったのでは。力の入れどころがよくわからない。
１２．早稲田大 文化構想学部
＜種別＞限りなく出題ミスに近い
＜問題＞３ 設問１ 下線部A（編註：「インド化」の影響を受けた国家が多くの地域で成立するが，紅河デルタ周辺は10世紀までは中国の歴代王朝の支配下にあり，独立後も他の地域と違って，中国に由来する宗教，制度，文字などが見られる）に関して誤っている記述を次のア〜エの中から二つ選び，マーク解答用紙の所定欄にマークしなさい。
ア 「インド化」が生じた地域ではサンスクリット語やヒンドゥー教，大乗仏教などが受け入れられた。
イ 武帝は南越を滅ぼし，紅河デルタ周辺までを漢の支配下に入れた。
ウ 世界遺産プランバナンに代表されるように，13世紀までの諸島部ではヒンドゥー教が優越し，仏教は比較的低調であった。
エ 李朝はチャンパーを滅ぼし，メコンデルタ周辺まで版図を拡大した。
＜解答解説＞
アは正文，ウはボロブドゥールを想起すればわかる通り誤文，エは李朝が黎朝の誤りで誤文だから，イは検討しなくてもウ・エが正解になる（本問の要求は二つ選べ）。審議の対象はイで，武帝はベトナム中部まで征服して日南郡を設置しているから，ベトナム北部にあたる紅河デルタ“まで”にとどまっていない。ゆえに，非常に広い前漢の領土全体から見ればベトナム中部も紅河デルタの周辺みたいなものだと考えるなら正文になるし，そうは言ってもベトナム北部と中部は別物であって紅河デルタ周辺はあくまでベトナム北部しか指さないと考えるなら，イも誤文になる。イも誤文と見なせば複数正解で出題ミスである。
私は最初にこの問題を解いた時にはせいぜい悪問止まりで出題ミスとまでは踏み込めないかなと思っていたのだが，下線部に「紅河デルタ周辺は10世紀までは中国の歴代王朝の支配下にあり，独立後も他の地域と違って」とあることに気がついた。問題文が自分で紅河デルタ周辺とベトナム中部は別の地域と示唆しているという，とんでもなく間抜けな構造になっていて，下線部を素直に受け取るならイは誤文と判断せざるを得ない。これは限りなく出題ミスに近かろう。
なお，本問は予備校の解答が割れており，代ゼミ・駿台・早稲田予備校は素直にウ・エと出してイについては特に触れていなかったのに対して，河合塾はイ・エを正解と出していた。ウを正文と見なすのは無理があるだろうと思って分析を読むと「13世紀までの諸島部は直近13世紀のことだけを指すと考えれば正文と見なせる」という趣旨のことが書いてあった。いや，その手前に「世界遺産プランバナンに代表されるように」とあるのだが……プランバナンの造営年代は９〜10世紀で，ボロブドゥールよりも少し遅いだけである。また，諸島部の「インド化」においてはヒンドゥー教と大乗仏教は混交する形で伝播したとされていることを考えても，河合塾の分析は明確な誤りである。担当者がここを読んでくれていると信じて今更ながらの修正を期待したい。大学当局発表の公式解答例ではウ・エが正解となっていた。
１３．早稲田大 文化構想学部（２つめ）
＜種別＞難問
＜問題＞４ 設問４ 下線部Dを前後して（編註：日本政府は1872年に琉球王を琉球藩王に冊封し，それまで島津藩が管轄していた琉球を外務省に移管した），琉球民が台湾に漂流し殺害される事件が発端となり，日本は台湾に出兵した。この台湾出兵について次のイ〜ニの中から誤っているものを一つ選び，マーク解答用紙の所定欄にマークしなさい。
イ 日本は台湾出兵を清朝内に権益をもつ列強に通達した。
ロ この事件を契機に，台湾先住民は清朝の支配のもとにあるのかが日清間で問題となった。
ハ この事件の翌年に，日本政府は琉球に清朝との冊封朝貢関係の廃止を命じた。
ニ この事件を契機に，琉球民は日本に帰属するか否かが日清間で問題となった。
＜解答解説＞
文化構想学部としては珍しいストレートな難問。ロとニは正文とすぐにわかるが，イとハの判別が難しい。常識的に考えて列強には通達したと推測できる一方で，1872年に琉球藩設置で台湾出兵は1874年だから，1872年と74年の間に冊封朝貢関係の廃止は命じられていそう……と考えて正解を導き出すと大体は合っているものだが，本問はこの推測を裏切るから受験生にとってはたちが悪い。まず，日本政府が琉球に対して冊封朝貢関係の廃止を命じたのは，意外と遅い1875年，つまり台湾出兵の翌年で，ハは正文である。その後，琉球藩はなおも清朝への朝貢を続行しようとしたため，明治政府は琉球支配を強めるほかなく，1879年の沖縄県設置につながっていく。
一方，日本政府は台湾出兵についてあらかじめイギリスをはじめとする列強に「相談」していた。列強の反応は概ね「戦争に発展すると南シナ海の治安が乱れ，貿易に支障が生じる」として軍事行動を諫止するというものであった。これを受けて日本政府は派兵を中止したが，司令官に任命されていた西郷従道が独断で出兵を強行し，日本政府も追認する形となった。日本軍の独断専行体質はすでにこの時に現れている。このような出兵であったのでイギリスは寝耳に水の展開として日本政府に抗議したが，結局イギリスが日清間を仲介し，清朝が日本に賠償金を支払う日本優位の決着となった。この経緯をイギリスの立場で見ると，なるほど無通告の出兵であろう。したがってイが誤文＝正解で問題は成立しているが，受験世界史らしい推測――すなわち他の歴史的事例からありそうな展開を推測する能力――を裏切る展開の事例からこうした難問を作るのは性格が悪い。真面目に勉強していた生徒が救われるような出題を期待したい。
〔番外編３〕早稲田大 法学部
＜問題＞１ 設問２ 下線部bに関連し（編註：現在のラオス，ベトナム，タイ，ミャンマー（ビルマ））， 東南アジア諸国の歴史に関して述べた以下の文のうち，明白な誤りを含むものはどれか。
� ．薀�スでは，フランスの植民地支配からの独立後に勃発した内戦に，ラオス愛国戦線（パテト＝ラオ）が勝利し，ラオス人民民主共和国が成立した。
�� ベトナム和平協定が成立し，アメリカ軍の撤退が実現されたのち，南ベトナム（ベトナム共和国）軍と南ベトナム民族解放戦線は南北ベトナムを統一し，ベトナム社会主義共和国が成立した。
�� タイでは，19世紀後半から20世紀初頭にかけてラタナコーシン朝のチュラロンコン（ラーマ５世）が近代化に努め，またイギリスとフランスの緩衝地帯という国際環境を利用し，植民地化を回避した。
�� イギリスの植民地支配下におかれていたビルマ（ミャンマー）では，タキン党のアウン＝サンの指導下でイギリスとの交渉がまとめられ独立協定が結ばれた。
＜コメント＞
正解は�△如ぅ戰肇淵狹�一を主導したのは北ベトナムということでよいのだけど，「南ベトナム民族解放戦線」は「南ベトナム解放民族戦線」の誤植と思われる。�△�元から誤文でよかった。危うく出題ミスになるところだったので，校正はしっかりしてほしい。河合塾から同様の指摘あり。
１４．早稲田大 法学部
＜種別＞悪問（一応）
＜問題＞２ 設問２ 下線部�△亡慙△靴董癖埣陝�ヴェネツィアは将来の隆盛の礎となる東地中海の商業特権をビザンツ帝国（東ローマ帝国）から10世紀末頃に獲得している），東地中海地域について明白な誤りを含む文章を以下のア〜エから一つ選びなさい。
ア ７世紀以降ビザンツ帝国ではラテン語に代わりギリシア語が公用語として用いられるようになった。
イ 10世紀初めに北アフリカにおこったファーティマ朝は，アッバース朝に対抗してスルタンの称号を用いた。
ウ 11世紀前半におこったセルジューク朝は，アナトリアやシリアの沿岸地帯にも進出した。
エ 11世紀末以降ビザンツ帝国ではプロノイア制がしかれ， 軍役の見返りとして貫族に領地が与えられるようになった。
＜解答解説＞
イのスルタンがカリフの誤りで明白なので正解はイでよい。アとウは正文で，審議の対象はエ。厳密に言えばプロノイア制は国有地の徴税権・管理権を与えたものであって，領地ではない。プロノイア制は封建制かイクター制かで言えば後者に近いとされる。
ただし，イクター制もプロノイア制も本人一代限り・土着化させないための転封あり等のルールが形骸化していって，多かれ少なかれ王朝の中央集権的統治が衰退する原因になったのは違いない。また，封建制も含めてこれらの土地制度は，存続した地域・時代が非常に広く実態が多様であったものを，高校世界史のため，市民的教養として供するために専門家が最大公約数的にまとめたのが上述の説明である。ゆえに，その最大公約数的な説明を用いた制度の比較にはどれほどの意味があるのか，という話にもなりそうである。とすると，イクター制と封建制の比較は高校世界史には不要ではないか。しかも，イクター制は封建制に比べると王朝の解体への悪影響が弱かったという文脈で紹介されることが多いように思われる。私はこれに逆オリエンタリズム的なものを感じなくはない。中央集権化こそが歴史の流れであって，ともかく中世ヨーロッパの制度は遅れていたとでも言うような。
ここでちゃぶ台をひっくり返すと，実は封建制とプロノイア制の違いをそこまで深く掘り下げなくてよいと考えている教科書もある。その「プロノイア制で与えられたのは領地」とはっきり書いている教科書がシェア１位の山川の『詳説世界史』なのだから（p.134），もう受験世界史全般からここの差異は取っ払ってしまってよいような気がする。本問のエはその山川の『詳説世界史』からのコピペであるから，これで悪問と言われても早稲田大学も困るかもしれない。しかし，教科書によって書いている「深さ」が違うことはありうるので，厳密を期しても成立するような文にしてほしかった。たとえば，東京書籍の教科書はちゃんと「皇帝は，軍役奉仕とひきかえに国有地の管理権を彼ら（編註：貴族のこと）にゆだねたが，やがてそれらは世襲されるようになり（プロノイア制），皇帝権は弱まり，社会は独自な封建化がすすんでいた。」と書いている（p.141）。実教出版も帝国書院も同様の説明で，多数派はまだ封建制とプロノイア制を別物として説明している。これらの教科書で勉強してきた受験生は，本問がイとエの複数正解に見えたことだろう。この意味でも，特定の教科書のコピペだけで選択肢文を作るのは危ないので避けるのを大学の先生方には勧めたい。
Posted by dg_law at 18:00│Comments(25)
この記事へのコメント
今年もお疲れです。楽しみにしてました。
マーク・トウェインですが、トム・ソーヤーの冒険のヒントがあればもう少し簡単だったかもしれませんね。
マーク・トウェインですが、トム・ソーヤーの冒険のヒントがあればもう少し簡単だったかもしれませんね。
Posted by 名無し at 2022年03月18日 20:11
日本では「南ベトナム民族解放戦線」という言い方もあったんですよね。Wikipediaでも誤訳とされていますが、テレビ番組で聞いた覚えがありますし、子供の頃はそっちで覚えてました。
Posted by at 2022年03月18日 23:49
＞名無しさん
ありがとうございます。『トム・ソーヤーの冒険』があっても結局範囲外ではあるんですが，おっしゃる通り，正答率はまだ少し上がったのではないかと思います。
＞もう一人の名無しさん
そうなんですね。当時は訳が割れてたんでしょうかね。
ありがとうございます。『トム・ソーヤーの冒険』があっても結局範囲外ではあるんですが，おっしゃる通り，正答率はまだ少し上がったのではないかと思います。
＞もう一人の名無しさん
そうなんですね。当時は訳が割れてたんでしょうかね。
Posted by DG-Law at 2022年03月19日 17:29
「莽」の字は、中国語フォントを使えば犬のほうの字体が出せますね。個人的にはどちらの字体も可ということでよいとは思いますが。
今回出題された文化構想学部には、著作に王莽の伝記があり、大家とはいかないまでも知名度がある渡邉義浩氏がいるんですよね。解答例で犬の字体になってたのはそのせいなんでしょうか。
今回出題された文化構想学部には、著作に王莽の伝記があり、大家とはいかないまでも知名度がある渡邉義浩氏がいるんですよね。解答例で犬の字体になってたのはそのせいなんでしょうか。
Posted by りたー at 2022年03月19日 17:53
おお，そういえば渡邉義浩氏がいましたっけ。案外，作問にはかかわっておらず，解答を作るに当たって氏から指摘が入ったというような展開があったのかもしれません。想像の域は出ませんが。
Posted by DG-Law at 2022年03月19日 18:31
毎年お疲れ様です。今年は門外漢が見ても笑える問題は少ないのかな？という印象も受けました。
コロナで大学の先生疲弊してるという仮説ですが、今年医師国家試験も例年の倍以上廃問出してたりもするのであながち間違ってないような気もします。
コロナで大学の先生疲弊してるという仮説ですが、今年医師国家試験も例年の倍以上廃問出してたりもするのであながち間違ってないような気もします。
Posted by ななし at 2022年03月19日 19:36
「慶應法名物・範囲外からの出題ミス」ってまた不名誉な分類が増えましたね………
そして相変わらず東進の解説コメントは仕事しないという印象が強化されていく
そして相変わらず東進の解説コメントは仕事しないという印象が強化されていく
Posted by at 2022年03月19日 20:42
＞ななしさん
そうですね……Brexitのもののような，ぱっと見でひどいとわかるものは少ないかもしれません。
そもそも悪問や難問なんて少ない方が良いに決まっているのではるのですが。
＞もう一人の名無しさん
慶應大・法学部は毎年のようにそれを出していますからね。
記事中にも書いていますが，範囲外から出すならせめて出題ミスにはするなと心の底から思いますね。
東進さんは解答速報を事実上やめちゃったみたいで，今年は分析コメントはおろか，解答もほとんど出していませんね。寂しいですね。解答速報は営業・宣伝上の都合でやっているはずですが，やらなくて大丈夫なんですかね。
＞コメント削除要望の方
ここを見ているかはわからないですが，勘違いで削除希望ということだったので消しておきました。
お気になさらず。商学部の100字論述は難しかったですね。
そうですね……Brexitのもののような，ぱっと見でひどいとわかるものは少ないかもしれません。
そもそも悪問や難問なんて少ない方が良いに決まっているのではるのですが。
＞もう一人の名無しさん
慶應大・法学部は毎年のようにそれを出していますからね。
記事中にも書いていますが，範囲外から出すならせめて出題ミスにはするなと心の底から思いますね。
東進さんは解答速報を事実上やめちゃったみたいで，今年は分析コメントはおろか，解答もほとんど出していませんね。寂しいですね。解答速報は営業・宣伝上の都合でやっているはずですが，やらなくて大丈夫なんですかね。
＞コメント削除要望の方
ここを見ているかはわからないですが，勘違いで削除希望ということだったので消しておきました。
お気になさらず。商学部の100字論述は難しかったですね。
Posted by DG-Law at 2022年03月19日 21:50
慶應法の問題って選抜試験として機能してるんですかね…
難問、出題ミスの15問の運に左右された受験生が相当数いるのでは…
難問、出題ミスの15問の運に左右された受験生が相当数いるのでは…
Posted by 名無し at 2022年03月19日 22:29
それは私も疑問に思っていて，100点満点の30点分ですから，実際にかなり運に左右されているのではないでしょうか。
まあ残りの70点分を確実に正解し，かつグレーゾーンの問題や８番のような75％勝負で正解できて70〜80点くらい取れた受験生を合格にしたいという意図なのだろうと思います。あるいは英語を合否の決め手にしたいという考えがあって，地歴はある程度運ゲーにしてしまっている雰囲気もありますね。
まあ残りの70点分を確実に正解し，かつグレーゾーンの問題や８番のような75％勝負で正解できて70〜80点くらい取れた受験生を合格にしたいという意図なのだろうと思います。あるいは英語を合否の決め手にしたいという考えがあって，地歴はある程度運ゲーにしてしまっている雰囲気もありますね。
Posted by DG-Law at 2022年03月20日 11:36
早稲田の文化構想部はネフェルティティも難問だと思いました。私は知ってましたが、高校であまり習わないと思います。
Posted by 名無し at 2022年03月20日 15:12
今年も記事お疲れ様です！世界史は相変わらずの難易度ですね！
ちなみに早稲田の法での日本史では正誤で伊波普猷が民俗学を築いたという正文を伊波普猷が民族学という誤植で出題ミスになりました 民族学だと意味合いが変わるのです(大学は出題ミスを認めてました)
ちなみに早稲田の法での日本史では正誤で伊波普猷が民俗学を築いたという正文を伊波普猷が民族学という誤植で出題ミスになりました 民族学だと意味合いが変わるのです(大学は出題ミスを認めてました)
Posted by NaNashi at 2022年03月20日 15:54
＞名無しさん
ネフェルティティは難しいですね。用語集頻度�，覆里汎餞愡簑臑从�では出てくるので範囲内と見なしましたが，できなかった人も多かろうと思います。
＞NaNashiさん
その発表は見ました。日本史の当局発表もなかなか多かったですね。
ネフェルティティは難しいですね。用語集頻度�，覆里汎餞愡簑臑从�では出てくるので範囲内と見なしましたが，できなかった人も多かろうと思います。
＞NaNashiさん
その発表は見ました。日本史の当局発表もなかなか多かったですね。
Posted by DG-Law at 2022年03月20日 16:46
2でも3でも東進あまりにも出てこないからもしや？と思ってたけどやっぱりそういうことだったんですね………
経営判断なのか実は意外と苦しいのか
経営判断なのか実は意外と苦しいのか
Posted by >>7のもうひとりの名無し at 2022年03月24日 08:23
コメント欄で言われて，東進が去年・今年と解答速報から実質的な撤退状態であることを本文で触れていなかったことに気づきました。本企画上ではけっこう重要な変化ですので，去年の時点で本文中のどこかで書いておくべきでしたね……
Posted by DG-Law at 2022年03月24日 20:31
プレスタージョンが範囲外なのが驚きましたね。
私は現役時代やってましたので、社会人になってから世界史の入試問題趣味で解いた時プレスタージョンが出てきてへー、難問だけどまあ知ってるな、といった感覚だったので。
やはり、伝説の王だから重要性が低いと思われてるんですかね。
私は現役時代やってましたので、社会人になってから世界史の入試問題趣味で解いた時プレスタージョンが出てきてへー、難問だけどまあ知ってるな、といった感覚だったので。
やはり、伝説の王だから重要性が低いと思われてるんですかね。
Posted by 名無し at 2022年04月01日 21:13
そうですね。大航海時代の航海者の動機が複数ある中で，高校世界史としてその中でどれを重視して教えるかという際に，プレスター・ジョン伝説は相対的に低い順位であって，教えなくてよいと見なされているということだと思います。私も同意見です。古い課程の用語集なら載っているかもしれませんが，あまり意味がないかなと思ってそこは調べていません。
一方で，「一部の人のテンションが上がりそうな問題」と本文中に書いた通り，社会人の歴史好きでは知名度が高いですよね。こういうのは他にもけっこう例があります。三国志とか現代史，軍事史あたりで。なので，その驚きは正しいと思いますよ。
一方で，「一部の人のテンションが上がりそうな問題」と本文中に書いた通り，社会人の歴史好きでは知名度が高いですよね。こういうのは他にもけっこう例があります。三国志とか現代史，軍事史あたりで。なので，その驚きは正しいと思いますよ。
Posted by DG-Law at 2022年04月03日 16:07
＞日本政府が琉球に対して冊封朝貢関係の廃止を命じた
これ意外と日本史側の教科書に載ってないんですよね・・・
確認した限りで清水書院が本文中で言及ありますが、年号ないため判別できず。といったところです。
これ意外と日本史側の教科書に載ってないんですよね・・・
確認した限りで清水書院が本文中で言及ありますが、年号ないため判別できず。といったところです。
Posted by おおおおんづけ at 2022年04月19日 00:43
確認ありがとうございます。
そうですよね。日本史でも細かすぎる内容だろうと思います。
そうですよね。日本史でも細かすぎる内容だろうと思います。
Posted by DG-Law at 2022年04月22日 20:31
世界史探究の編集趣意書を見ていたら、Black Lives Matterが新世界史で採録されますね。
Posted by おおおおんづけ at 2022年05月25日 23:30
世界史探究の教科書，まだ見に行けていないのですよね。６月中にはどこかで見に行こうと思っています。
『新世界史』は日本史だとなくなるんですが，世界史は残ったんですよね。その差異が謎です。BLMはどこかの教科書が拾ってもおかしくはないかなと思ってました。
『新世界史』は日本史だとなくなるんですが，世界史は残ったんですよね。その差異が謎です。BLMはどこかの教科書が拾ってもおかしくはないかなと思ってました。
Posted by DG-Law at 2022年05月27日 09:23
問題文でOCRのいたずらが2件。１番は「風刺」が「風剌」（ハツラツの剌）、７番は「執筆」が「執箪」（たんすの箪）になっているようです。
７番、これまで９割以上の受験生が知らないだろう語をいくつも問いながら、ここは「とりあえず文学者であることは誰でも知っている」選択肢の中に正解があるの、これはこれで妙に腹立つような。
７番、これまで９割以上の受験生が知らないだろう語をいくつも問いながら、ここは「とりあえず文学者であることは誰でも知っている」選択肢の中に正解があるの、これはこれで妙に腹立つような。
Posted by 砂屋 at 2022年11月03日 20:52
直しました。ありがとうございます。気づきにくいやつですね。
７番はそういう側面がありますね。正解の人物自体は皆知っているという。
７番はそういう側面がありますね。正解の人物自体は皆知っているという。
Posted by DG-Law at 2022年11月03日 22:02
度々失礼します。３番の慶應法名物（笑）のゴミ問題についてですが最近調べる機会がありましてその成果をここで一応記しておこうと思います。
結論から申し上げますとこの問題は「『占領』という定義でいえば帝国書院の教科書が正しいと思われるが、書き方がセイロン島を提示したゆえにややこしくなった」ということです。
山川の用語集では大航海時代でのセイロン島の記載は1505年に来航と書いており、帝国書院では先生が提示したとおりＰ145にてセイロン島占領と書いています。
当時のスリランカ情勢はコーッテ王国という統一国家が支配しており、セイロン島のコロンボに上陸したのですが（1505年）、ポルトガル人から「和平か戦争か」と選択を迫られたようでコーッテ王国は和平を選んだとされております。
その後13年間は音沙汰なかったのですが1518年にポルトガルは軍艦10隻をもって暴力をちらつかせ、コロンボに砦を建設したというのがあらましのようです。
ところでこの一環の流れは19世紀末期にイギリスで配られた冊子に基づいて述べております。原文はありませんが、「かしゃぐら通信」というだいぶ古いサイトに
紹介がなされております。
さて、ここから検討してみれば1518年のほうが「占領」という言葉にふさわしいのではないでしょうか。ただし、山川の1505年は先程お示ししたようにあくまで「来航」というように紹介しているのでこちらも間違いではないように思いますね。
ここの設問の問題点は帝国書院がコロンボと書かなかったことで錯誤が生じた点と慶應法がろくに調べもせずに「セイロン島」と書いたことではないでしょうか。コロンボって書いておけばまだこんなことにはならなかったのかなぁ？ とはいえ、1505年の方もかなり有力視されているので難しいものですね。
それでも慶應法はなぜ1518年を有力としているのかについては聞いてみたいですねｗ
結論から申し上げますとこの問題は「『占領』という定義でいえば帝国書院の教科書が正しいと思われるが、書き方がセイロン島を提示したゆえにややこしくなった」ということです。
山川の用語集では大航海時代でのセイロン島の記載は1505年に来航と書いており、帝国書院では先生が提示したとおりＰ145にてセイロン島占領と書いています。
当時のスリランカ情勢はコーッテ王国という統一国家が支配しており、セイロン島のコロンボに上陸したのですが（1505年）、ポルトガル人から「和平か戦争か」と選択を迫られたようでコーッテ王国は和平を選んだとされております。
その後13年間は音沙汰なかったのですが1518年にポルトガルは軍艦10隻をもって暴力をちらつかせ、コロンボに砦を建設したというのがあらましのようです。
ところでこの一環の流れは19世紀末期にイギリスで配られた冊子に基づいて述べております。原文はありませんが、「かしゃぐら通信」というだいぶ古いサイトに
紹介がなされております。
さて、ここから検討してみれば1518年のほうが「占領」という言葉にふさわしいのではないでしょうか。ただし、山川の1505年は先程お示ししたようにあくまで「来航」というように紹介しているのでこちらも間違いではないように思いますね。
ここの設問の問題点は帝国書院がコロンボと書かなかったことで錯誤が生じた点と慶應法がろくに調べもせずに「セイロン島」と書いたことではないでしょうか。コロンボって書いておけばまだこんなことにはならなかったのかなぁ？ とはいえ、1505年の方もかなり有力視されているので難しいものですね。
それでも慶應法はなぜ1518年を有力としているのかについては聞いてみたいですねｗ
Posted by 歴史科目の入試問題が好きな学生 at 2023年07月02日 14:56
詳しい調査ありがとうございます。実のところ当時から「来航」と「占領」，「コロンボ」と「セイロン島」の食い違いは気になっていたところです。ただし，教科書の示す年号が食い違っていることと，慶應法の作問者は全く気にしていなさそうだったので，深く調べる気力が全くわきませんでした。
そうですか，それであれば確かに帝国書院はセイロン島ではなくコロンボと書くべきだったのでしょうね。まあこんな意味不明な問題にこういう形で1518年の年号が使われることになるとは思ってなかったでしょうが。そしてもちろん，おっしゃる通り「慶應法がろくに調べもせずに「セイロン島」と書いたこと」が最大の問題ですね。そもそもマラッカ，マスカットが都市なのにセイロン島では平仄があわないことに気付かなかったのでしょうかね。
そうですか，それであれば確かに帝国書院はセイロン島ではなくコロンボと書くべきだったのでしょうね。まあこんな意味不明な問題にこういう形で1518年の年号が使われることになるとは思ってなかったでしょうが。そしてもちろん，おっしゃる通り「慶應法がろくに調べもせずに「セイロン島」と書いたこと」が最大の問題ですね。そもそもマラッカ，マスカットが都市なのにセイロン島では平仄があわないことに気付かなかったのでしょうかね。
Posted by DG-Law at 2023年07月04日 19:19
