2022年09月04日
西美リニューアル展の感想と,展示のドイツ・ロマン主義風景画の解説
西美のリニューアルオープン記念展示。西美の所蔵品と,ドイツのフォルクヴァング美術館の所蔵品から,様々な風景画を展示したもの。本展は西美の所蔵品が多かったこともあって写真撮影がほぼ全面的に解禁されており,ツイッタラーとしては大変にありがたい展覧会であった。風景画好きとしてはそれだけでも嬉しいが,本展はサブタイトルが「フリードリヒ、モネ、ゴッホからリヒターまで」で,つまりこれはフリードリヒがモネやゴッホと並ぶ売り文句になるところまで出世したことを示しており,私としては喜ぶほかない。マイナーキャラを細々と推していたら突然劇場版で主役に抜擢された気分である。まあ,フリードリヒは実際にはそこまでマイナーキャラというわけではないのだが……
ついでにリニューアルされた西美の建物について,先に触れておこう。今回の改装はル・コルビュジェの当初の構想に戻す意図があったそうで,前庭がずいぶんとすっきりしていたのは少し驚いた。館内もマイナーチェンジが図られていて,常設展の配置も少し変わっていた。にもかかわらず,館内に多数あるトマソンは概ねそのままという点には笑ってしまった。登れない階段,もう西美の味になっちゃってるもんな……もう取り壊せないよな……
閑話休題,本展は風景画を集めた展覧会として極めて質が高く,非常に良かった。このまま行けば2022年ベスト企画展はこれにする。両美術館共演による印象派の風景画がどかどかとあって,フォルクヴァング美術館側のドイツ・ロマン主義風景画が並び,さらに西美側がドレやブーダン,コローとフランスの画家の作品で対抗する。時代が進んでいってマックス・エルンストの作品は両美術館から出ていた。現代アートもフォルクヴァング美術館がモンドリアンとクレーを出せば西美がカンディンスキーとミロを出すというような張り合いで最後まで続く。
本展は何よりやはりドイツの美術史が追えるのが美点で,フリードリヒに始まり,他のロマン主義画家としてシンケル,ダール,カールスが展示される。さらにベックリーンにマックス・リーバマンが続いて,最後にゲアハルト・リヒターの写真がどんと構える(実際の展示順はこうではないが)。これはドイツの美術館だからこそできる芸当だろう。以下はもう趣味全開で書いていく。
カスパー・ダーヴィト・フリードリヒの作品は《夕日の前に立つ女性》で,本作は朝日なのか夕日なのか議論がある。この女性は19歳年下の妻がモデルで,フリードリヒは溺愛していた。フリードリヒが描く太陽は夕日が多いが,最愛の女性が朝日と正対している,そこに希望を託した作品と考えれば朝日であるという導出もできよう。本展にかかわった西美の学芸員の方も朝日であると主張している(が,フォルクヴァング美術館側が夕日説押しなのだそうだ)。一方で,朝日というにはやや作品全体が暗くて日光が足りず,この時期のフリードリヒの作品はけっこう「奥さんがかわいかった」以外の動機が見いだせないものもあるので,意外と夕日に照らされる妻が描きたかっただけという可能性もある。ここはもう妄想は自由なので,鑑賞者各々で思いを馳せてほしい。
他の作品について。Twitterの並び順で言って2枚目,ヨハン・クリスティアン・クラウゼン・ダールはノルウェーの画家であり,フリードリヒの住むドレスデンで修行していた関係で,(奥さん以外には)気難しいフリードリヒにしては珍しく深い親交を結んだ人物である。風景画は自然をキャンバスで切り取ったものであるが,風景を窓から眺めている体にしただまし絵的な表現は逆説的に風景を強調するものとしてロマン主義では好まれていた。ダールはフリードリヒに比べると自然主義に少しだけ寄っていたのだが,本作の風景も特にロマン主義的ではない。窓から眺める風景というロマン主義ポイントと実際の風景の自然主義ポイントが両方出ているという意味ではダールらしい作品。
3枚目,シンケルは建築が本業で,ロマン主義的な題材を用いるが画風は新古典主義的で硬い。本展に来ていた《ピヘルスヴェルダー近郊の風景》は水平線が画面のちょうど真ん中に来ていて空が広い,風景が手前から丘,森林,川のある平原,都市となっている,丘の上に一組の夫婦の後ろ姿がある等の点でかなりフリードリヒに近い画面になっており,本作を選んだフォルクヴァング美術館は偉い。
4枚目,カール・グスタフ・カールスは本業は医者のディレッタントで,数少ないフリードリヒの弟子であった人物。本作はカールスによるフリードリヒの作品の模写であるので,カールスのオリジナル作品ではないのだが,模写としてはよくできている。フリードリヒは死後から19世紀末までの50年ほど,短くはあれ埋没期間があるので,よく模写が残っていたものだ。なお,カールスの作品は模写でなくてもよく師匠に似ていて,研究が進んでいなかった以前はかなり混同されていたらしい。当然ながら専業で師匠のフリードリヒの方が上手くて描写が細かいのだが,フリードリヒは晩年に筆致が荒れ気味になったので,それでわかりづらくなってしまった。
ついでにリニューアルされた西美の建物について,先に触れておこう。今回の改装はル・コルビュジェの当初の構想に戻す意図があったそうで,前庭がずいぶんとすっきりしていたのは少し驚いた。館内もマイナーチェンジが図られていて,常設展の配置も少し変わっていた。にもかかわらず,館内に多数あるトマソンは概ねそのままという点には笑ってしまった。登れない階段,もう西美の味になっちゃってるもんな……もう取り壊せないよな……
閑話休題,本展は風景画を集めた展覧会として極めて質が高く,非常に良かった。このまま行けば2022年ベスト企画展はこれにする。両美術館共演による印象派の風景画がどかどかとあって,フォルクヴァング美術館側のドイツ・ロマン主義風景画が並び,さらに西美側がドレやブーダン,コローとフランスの画家の作品で対抗する。時代が進んでいってマックス・エルンストの作品は両美術館から出ていた。現代アートもフォルクヴァング美術館がモンドリアンとクレーを出せば西美がカンディンスキーとミロを出すというような張り合いで最後まで続く。
本展は何よりやはりドイツの美術史が追えるのが美点で,フリードリヒに始まり,他のロマン主義画家としてシンケル,ダール,カールスが展示される。さらにベックリーンにマックス・リーバマンが続いて,最後にゲアハルト・リヒターの写真がどんと構える(実際の展示順はこうではないが)。これはドイツの美術館だからこそできる芸当だろう。以下はもう趣味全開で書いていく。
未だかつて、これほどまでにドイツロマン主義絵画がクローズアップされた美術展があっただろうか。 pic.twitter.com/ImDhX2YIUG
— DG-Law/稲田義智 (@nix_in_desertis) June 12, 2022
カスパー・ダーヴィト・フリードリヒの作品は《夕日の前に立つ女性》で,本作は朝日なのか夕日なのか議論がある。この女性は19歳年下の妻がモデルで,フリードリヒは溺愛していた。フリードリヒが描く太陽は夕日が多いが,最愛の女性が朝日と正対している,そこに希望を託した作品と考えれば朝日であるという導出もできよう。本展にかかわった西美の学芸員の方も朝日であると主張している(が,フォルクヴァング美術館側が夕日説押しなのだそうだ)。一方で,朝日というにはやや作品全体が暗くて日光が足りず,この時期のフリードリヒの作品はけっこう「奥さんがかわいかった」以外の動機が見いだせないものもあるので,意外と夕日に照らされる妻が描きたかっただけという可能性もある。ここはもう妄想は自由なので,鑑賞者各々で思いを馳せてほしい。
他の作品について。Twitterの並び順で言って2枚目,ヨハン・クリスティアン・クラウゼン・ダールはノルウェーの画家であり,フリードリヒの住むドレスデンで修行していた関係で,(奥さん以外には)気難しいフリードリヒにしては珍しく深い親交を結んだ人物である。風景画は自然をキャンバスで切り取ったものであるが,風景を窓から眺めている体にしただまし絵的な表現は逆説的に風景を強調するものとしてロマン主義では好まれていた。ダールはフリードリヒに比べると自然主義に少しだけ寄っていたのだが,本作の風景も特にロマン主義的ではない。窓から眺める風景というロマン主義ポイントと実際の風景の自然主義ポイントが両方出ているという意味ではダールらしい作品。
3枚目,シンケルは建築が本業で,ロマン主義的な題材を用いるが画風は新古典主義的で硬い。本展に来ていた《ピヘルスヴェルダー近郊の風景》は水平線が画面のちょうど真ん中に来ていて空が広い,風景が手前から丘,森林,川のある平原,都市となっている,丘の上に一組の夫婦の後ろ姿がある等の点でかなりフリードリヒに近い画面になっており,本作を選んだフォルクヴァング美術館は偉い。
4枚目,カール・グスタフ・カールスは本業は医者のディレッタントで,数少ないフリードリヒの弟子であった人物。本作はカールスによるフリードリヒの作品の模写であるので,カールスのオリジナル作品ではないのだが,模写としてはよくできている。フリードリヒは死後から19世紀末までの50年ほど,短くはあれ埋没期間があるので,よく模写が残っていたものだ。なお,カールスの作品は模写でなくてもよく師匠に似ていて,研究が進んでいなかった以前はかなり混同されていたらしい。当然ながら専業で師匠のフリードリヒの方が上手くて描写が細かいのだが,フリードリヒは晩年に筆致が荒れ気味になったので,それでわかりづらくなってしまった。
Posted by dg_law at 22:57│Comments(3)
この記事へのコメント
紹介ありがとうございます。おかげで最終日、かなり混んでいましたが行けました。フォルクヴァング美術館所蔵分も(一部)写真撮影可能だったのだ本当にありがたいです。夕日(朝日?)のセクションが素晴らしい展示でした。
Posted by Aruzya at 2022年09月12日 00:40
こちらこそご報告ありがとうございます。行ってもらえて嬉しいです。
読んだ人が余裕をもって行けるように,もっと早く美術館の記事を書けるようにしたいなとは思っています。
読んだ人が余裕をもって行けるように,もっと早く美術館の記事を書けるようにしたいなとは思っています。
Posted by DG-Law at 2022年09月13日 22:22
紹介していただけるだけで十分です。こちらの記事は行くべきかどうかの判断材料として貴重です。リアルに響かない範囲でぜひお願いします。
Posted by Aruzya at 2022年09月15日 21:54